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ドレスチェンジ

なんと、胸当てと襟に線の入ったセーラー服にミニスカート。さらには青と白の縞ニーハイソックスにこれまた同じ模様の女性下着一式だった。


「なんじゃ、それは? 新手の殺戮兵器か?」

「いえ。万が一彼女が出来た時用に通販で買ったもので、とある、魔装少女が通う高校のコスプレ衣装の完全版です」

「で、それを。何に使うのじゃ?」

「申し訳ないですが、メギストスさまに着ていただかなければいけなくなりました」

「……え、わらわ?」

 銀髪の美しき大精霊の表情に微かな驚きが広がる。



「いまのあなたの服は露出が多すぎます。そして……、あいにくこの部屋には女性用の衣服がこれしかないんですよ。まぁ、せめてもの保険です」

 少し言葉に詰まったものの、日和又はなんとか言い切った。


「ふっ、ふざけるな!」

 だが、メギストスは引こうとしない。当然ではある。

 すると、召喚師は小さく息をついて。

「僕もこんな状況は予想してなかった。と、とにかく土下座をもう一度みせると言ってもダメですか?」

 この発言を受けたメギストスは、一瞬ハッとした表情を浮かべたものの。

「そんなもので、わらわが釣られると思うのか?」

「それが……、ハイパー土下座だったら?」

 日和又は苦肉の切札(?)を突きつける。

 すると、約二十秒ほどであろうか。沈黙をはさんだ末。


「……う」

 小さな呻き声。

「どうかお願いしますっ!」

 この機を逃すまいと、青年は頭を深く下げて頼み込む。

 しかしメギストスにも大精霊だという自負があるのだろう、先ほどまでが嘘だったかのようにその表情は厳しくなる。


(あれ? 表情が)


 やはり〝ななはのセーラー服を着ろ〟等というふざけた要望をすることは、あまりにナンセンスすぎたのか。

 それこそ先刻のルール違反の話がある。さすがにここまで無茶苦茶な要求をする召喚師は過去にもいなかっただろう。

 加えて、彼女は人外。それも莫大な妖力を持つ大精霊である。

 途端に不安になったが、メギストスを刺激するのもよくないと、日和又はできる限りの平静を装う。

「おいっ!」

 そんな中、彼女が発したのは鋭い声。

 同時に注がれる、凍りつくような蒼き眼差し。

 青年は蛇に睨まれたカエルのように、ピタリと静止する。

 時すでに遅く、日和又は大精霊の逆鱗に触れてしまっていた。


 殺される。


 と、思いきや!

「…………わらわ着る」

 少し恥ずかしそうに彼女は言ったのだった。


 この言葉を最後にして、先ほどまでが嘘だったかのように穏やかな空気が戻る。

 どうやら取り越し苦労だったと分かって、日和又は全身の力が抜けそうになった。


 しかし、今回の要望は〝願い〟としてはカウントしない、そのような寛大な処置を大精霊がとってくれたのであえて何も言わないでおくことにした。

 その後、念には念のため、

「ほ、本当に。本当にセーラー服、いいんですか!?」


 するとメギストスは、

「ああ。わらわもそのセーラー服とやらに興味がないこともない……。そのかわり、乙女の着替えは覗くなよ?」

 少し、顔を赤くしつつ言い放った。


 ……物は試しである。


 日和又はこれに感激しつつ、

「も、もちろんですよ。ありがとうございます。メギストスさま!」

 そう言うや否や、大精霊に背を向ける。


 しかし、

「あれ……、この逆三角形の縞布切れはどうすればいいのじゃ?」

「この、小さなおわんの付いたベルトはどう使えば?」

「セーラー服っていうのは――――」

 後ろからは、すぐさま質問が矢のごとく飛んでくるのだった。


 まぁ、想定の範囲内といえば範囲内だ。

 これに少し顔を赤くして、たじろぎつつも、日和又は的確に、理解しやすく答えていくことにした。それこそ、分かりやすい解説が売り文句だった某有名ジャーナリストのごとく。


「ええっと、まず逆三角形の布切れ。それは女性用の下腹部下着である縞パンティーというものです。下半身に直接身につけるものなんで、そのまま、メギストスさまのカモシカのようなご自慢の美脚を開いている穴に通して穿いていただければ結構です。さすがに裏表の判断はつきますよね?」


「……と、当然じゃ。馬鹿にするな。よ、よし穿けたぞ縞パンティー」

「ええと、それじゃあ次は、メギストスさまいわくの、おわんの様なベルト。すなわちブラジャーの説明に移りますよっ。いいでしょうか?」


「こいっ!」


「ブラジャーの装着方法は簡単です。まず、ブラジャーの肩紐を両肩に掛けた状態から、前かがみになって、おわん、すなわちカップの部分を胸に当ててバスト全体を包んでください。バストが包まれたら、そこで下からグッと持ち上げるイメージで身体を起こします。そして、背中にあるホックとよばれるものでそれを固定します。本来ならこの後、胸を中央に寄せてあげるのが好ましいですが、たぶんメギストスさまにはあまり関係のない話でしょうから、もうそれで完成です」


「なるほど。……よし、着けたぞ縞ブラジャー」


 これに対して、青年は後ろを向いたままパチパチと拍手を送る。

 顔は見えないが、背後のメギストスはおそらくとても満足げな表情を浮かべていることだろう。


「縞下着一式の装着おめでとうございます。ただ、ここでひとつ。僕としてはメギストスさまともあろうお方には愛を持ってこれらを穿いていただきたい。なので、まずは縞下着の歴史から解説して、深くこれらについて知っていただくのもありかなと思いました。どうですか?」


 縞の女性用下着を愛するあまり、日和又の悪い癖が出始めた。

「……きょ、許可するっ。こいっ、縞ブラジャーの歴史。縞パンティーの歴史!」

 明らかに時間の無駄遣い、見当違いの方向へ向かっていく二人。


「縞パンティー。そして縞ブラジャー。それは古代ギリシャにおいても、ミノア文明時の――――」

 ……その後、日和又は時間を忘れて縞下着一式についての歴史、そして装着の手順(2度目)を熱く語り聴かせた。

 しかし、メギストスのほうもそれを大人しく聴き、時折うなずき、相槌まで入れ始める。

 次第に薄れていく二人の間の危機感……。


「――――よし、ここまで語ればもう完璧ですねメギストスさま?」

「うむ。完璧じゃ。パンティーもブラジャーも完璧じゃ」

「では縞下着一式が装着できたところで、セーラー服と縞ニーハイソックス。メギストスさまにはこれら最後の難関に挑戦していただきます」

「うむ。……興奮しているせいか、身体が寒い」

「じゃあ、早く着た方がいいですね。解説参ります」

「長い解説より、先にすることがあると思うのは気のせいか?」

「気のせい……ですね。きっと」

「じゃあ、お願いします。師匠」

「さすがに、師匠は恐れ多いです」

「お願いします。むっつり師匠」

「かといって、むっつりはいりませんよ」

「ヘックチ! うう、寒い。とにかく、早く着たい」

「じゃあ手短なところで、十九世紀半ばのセーラー服・革命に関するお話を」

「……噛み付くぞコラ」






 ――――ほどなくして。





「よし、これでいいだろ。着こなしたぞセーラー服と縞ニーハイソックス!」

 どうやら、メギストスはセーラー服を着て、縞ニーハイソックスを穿くことができたようだ。


 振り向いても大丈夫ですか、と確認する日和又にメギストスは、

「良いぞ。好きなだけ振り向け。〝絶対領域〟も完璧じゃ」

 ちょっとズレた許可を出してくれた。


「あれ……」

「ん、どうした?」

「いや、〝絶対領域゛はご存知なんですね。メギストスさま」

「うむ。まぁ、〝絶対領域〟くらいはな」

「……セーラー服は詳しくなかったみたいですけど」

「わらわの人界に関する知識は超が付くほど偏っておる」

「そうなんですか?」


「例をあげるなら、停止性問題を解くチューリング機械が存在しないことを対角線論法で示す計算可能性理論は分かっている。対して縞パンの穿き方はイマイチつかめていない。以上!」


「うーん、少々ご都合主義な感じがしますね……」

「おまえ跡形もなく消されたいか? やろうと思えばキー操作で貴様の存在くらい簡単に――」

「ちょ、ちょーっと、メギストスさまっ! ……それは禁則事項ですっ!」


「アメリカンでイタリアンなジョークだ」


「随分危ない橋を渡りかけた気が……。まぁ、そういうことですよね。では気を取り直して」


 日和又はついに、彼女の方へと視線を移す。

「どーだ?」

 そこには、華麗にセーラー服を着こなし、ニーハイソックス着用が織り成す境界線上の素晴らしい太もも、通称・絶対領域を最大限に強調したメギストスの姿があった。


 息が詰まるほどに美しい、その姿は、まさに萌えと神話の融合が生み出す芸術品といってよかった。

「す、素晴らしいっ!」


 感激の眼差しを彼女へと向ける日和又に、

「ありがとう、むっつり師匠。ここまでたどり着くのに苦労した……。特に絶対領域の加減が地味すぎず派手すぎずな……」

 メギストスは、ふ、と口元に笑みを浮かべて慢心に言葉を紡ぐ。

「そうですか、よくやりましたね。……当初の目的から結構ずれちゃってる気はしますが、もはや気にしません! もはや可愛いすぎる! もはや表彰ものだっ!」

「うむ。もはやの三連発ありがとう」

「セーラー服をそこらの女子高生よりも完璧に着こなし、絶対領域に加えて、偶然とはいえ〝ななは〟特有の内股具合までもが完璧に再現されてますよ!」

「と、当然じゃ。わらわを誰だと思っておる」


 さらりとした銀髪を掻き上げると、彼女は少し照れた様子でそう言った。

「そうですね。あとは……」


 日和又は伏目がちに、こほん、と咳払いする。

 意味あり気なその視線。

 メギストスがそれを追っていくと。

「……あ」

 セーラー服の下から縞パンティー(青)が丸見えになっているのに気がつく。

「わっ、見るな!」

「気にしなくて大丈夫です。というか、今のままでいてくだひゃ――――」

 フォローの言葉を口にしかけた日和又の頭頂部めがけて、大精霊から超強烈なげんこつがプレゼントされた。

「ぐはっ!」

 いささか派手な音が響いて、むっつり師匠も少しは我に返ったようだ。

 ミニスカートを穿いて今度こそ、完全にコスプレ衣装の着用が完了したメギストス。

「衣装着用完了! これでいいだろ日和又。今度はおまえが約束を果たす番じゃ」

 これを聞いた、日和又が頭部を押さえながら、

「分かりましたよぉ……」

 ため息交じりの言葉を漏らした、その時だった。





 ピンポーン。






 インターホンが鳴る。


 一瞬の沈黙。


 やがて、


「「……来た」」

 二人の声が重なった。

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