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最後の願い

「バ、バカなのですか、貴様らぁああ」

 パラケルスの表情が強張った。

 彼女はどうにか、宙には浮いているが、元々の防御力は高いほうではない。万が一にも命中すれば一撃必殺ということもありえた。

 左右に逃げ場があるかを確認しようとするパラケルス。

「3」

「2」

「1」

 この間に一気にカウントダウンが進められた。

 そしてついに。

「いまだっ! 解説厨キャノン発射っ!」



 ズガガガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!



 凄まじい爆音が響いて、日和又はパラケルスに突っ込んでいった。

「くぅっ」

 しかし、意識を集中させたパラケルスはこの一撃を見切った。

 ふよふよと宙に浮いていた身体を素早くひねり、体当たりを間一髪でかわすことに成功する。

 一瞬、太もも辺りになにやら違和感を感じたが、肉体へのダメージは全くない。恐らく攻撃が掠ったためであろう。

 一方、全身全霊の一撃をかわされた日和又はというと、そのまま街路樹に身体をぶつけて動きを止めた。

 もはや彼に戦えるだけの体力など残っていないのは火を見るより明らかだ。

 パラケルスは咄嗟に日和又の方を向くと、

「あははははは。せっかく仲間が支援してくれた捨て身の一撃も無駄になりましたねー。日和又くん。私としては最後に面白いものが見れてよかったですよ。それでは反撃開始です!」

 勝利を確信した声をあげる。

 この発言に、日和又は絶望のあまりその目をゆっくりと閉じる……ことはない。

 それどころか得意そうな笑みすら浮かべている。

「……ほぅ、反撃。どうかな?」

 青年は何気ない口調で言うと、ひょいと右手を持ち上げた。

 その手には何かが握られている。

「ま、まさか……」

 パラケルスの端正な顔から一気に血の気が引いた。それどころか、みるみる赤面に変わっていく。

「き、貴様ぁああああああああああああああああああああ」

 そう、握られていたのはクシャクシャのいちごパンツだった。

 考えてみれば、先ほどからやけに下半身がスー、スーするとは思った。しかしまさか、日和又がこんなに外道だったとは。

 パラケルスはショックを隠しきれない。

「僕は冷静に考えたんだよ。どうやったらおまえの攻撃を止められるのかを。そしてその結果がこれだ。おまえの魔法は明らかにスカートを持ち上げる動作により何らかの作用が起きて発動していた。だが、ノーパンではスカートを託しあげる動作はできない。これにより攻撃は封じられた。違うかい?」

 この言葉はパラケルスにとって完全に図星だったようだ。

「くぅう。おまえは最初からこれを狙って」

 顔をゆがめたパラケルスはぎりぎりと歯軋りする。

「本当の策士は策を選ばないものさ」

「く、おまえ、変態だな。最低だな」

 憎まれ口を叩くパラケルスに日和又は問いかけた。

「さて、どうする? まだ温かい、いちごパンは僕の手中にあるぞ」

「わ、私が、異世界の怪異を統率する立場の私がこんなくだらないことで降参するとでも思っているのかっ!? 外道め!」

「そうか。恥を捨てて戦いを続けるんだな」

「うっ……」

 明らかにパラケルスは動揺していた。

 ここぞとばかりに日和又は追い討ちを掛ける。

「じゃあ、このパンツは僕がじっくり堪能した後に、おまえのポラロイド写真付きで会員制のネットオークションにでもかけることにしよう。エリート美少女怪異が穿いていたっていうことでマニアの評価は高いだろう」

 これにはさすがの彼女も折れたらしく。

「わ、分かったぁぁ。参りましたよぉぉっ。も、もう、私の負けでいいからぁああ」

 パラケルスは涙目になる。

 敵ながら、めちゃくちゃ可愛いらしい表情だ、と日和又は思った。

「じゃあ、降参するんだな?」

「はい。だからパンツ返してください。写真付きで闇オークションとか、そういう気持ち悪いことだけはやめてくださいっ!」

「召喚師に二言はないからな」

「分かってますよ……」

「オーケー」

 ぱたぱたと漆黒の翼をはためかせて、上空から降り立ったパラケルスは日和又の手からパンツを素早く受け取った。

 やがて、彼女の背中に生えていた漆黒の翼は消え去り、上空を覆っていた霧も晴れてきた。

「ううう、悔しいです……。卑怯者。メギストスが見込んだ男は変態紳士だったんですね」

「いや、別に見込まれているわけではないと思うぞ。ついでに全く褒め言葉になってないからな、それ」

「いえ、これでも褒めているつもりですよ……。しかし、キミなら……違った意味で私の代役になれそうですね。……二百年前に私はあることをメギストスに願っていたのです。そう、忘れもしないあの晩。厳格だったお父様に無理やり彼女との仲を裂かれた晩……。私は自分の代わりにメギストスのことを大切にしてくれる人の登場を望んだ……。あの願いは、叶ったとみていいのですかね」

「おまえの、人間としての最後の願いっていうのは……。それだったのか」

 その問いかけに、元召喚師は結ばれていた口元を僅かに緩めて、イエスと首を振った。

「……とにかく用件は済みました。もはや私がここにいる意味はありません」

「帰るのか?」

 日和又は意外そうに聞き返す。

「はい。異世界の某所にて最後の侵略会議がありますので」

「そうか。でも最後ってことは、まさか」

「ふ、ご想像にお任せしますよ」

「良い意味であることを祈るよ」

「……さてね。機会あらば、またお会いしましょう」

 そのように言い残して、彼女は踵を返すと、再びカツリ、カツリと靴音をたて、通りのかなたに消えていく。

 そんな折。メギストスは消え行く元召喚師の背に向けて言った。

「パラケルスよ、おぬしの三つ目の願い……。二百年の時を経て確かに叶えたのじゃ。……あと、いまさらだけどおぬしパンツ履き忘れてるぞ」

 遠くからパラケルスの恥ずかしそうな声が聞こえてきたのは言うまでもない。

 元召喚師をどこか懐かしそうに見送った後、メギストスはサラサラとした長い髪を風に揺らしながら、今度は力強い眼差しを四人に向ける。

「さて、いろいろな願いを叶えてきたおかげだと思うが、いま溢れんばかりの精霊力がわらわの中に満ちてきておる。……そろそろ次元装置の修復に向かうとするか」

「ついに……ですね」

 青年は安堵の表情を浮かべながらも、メギストスたちとの別れの時が近づくのを感じていた。

 


 ◆◇◆



 日和又の住むアパート前に着いた五人。

「ワイザー、リザレクション、ラフィス、シード――」

 いよいよメギストスは呪文を唱え始める。

 すると、その詠唱に沿うようにして上空からゴゴゴゴゴ、と何か重厚な音が響き、あの晩から天魔町全体を覆っていた重苦しい気配が消え去っていくのが分かった。

 大精霊の言うところによると、どうやら呪文によって次元装置が修復されたので、穴は自然に塞がれていくらしい。

 程なくして。

「これでわらわの役目は終ったというわけじゃ……」

 午後の静かな団地には、メギストスの寂しげな声が響いていた。

「やっぱりメギストスさまは……これでお帰りに」

「えええ、そんな! 帰っちゃうのっ?」

 日和又と七川の問いかけにメギストスは、こくりと頷いた。

 どうやら本当に別れの時のようである。

 日和又自身、覚悟はしていたがやはりどうしても信じられない。

「メ、メギストスさま。提案なのですが、もうしばらくここに残ることはできませんか?」

 思わず青年の口から出た言葉に、メギストスは目を閉じて首を横に振った。

「すまない」

 さすがに無理だとは分かっていたが、そのショックは大きかった。

 日和又は一瞬、落胆した表情でメギストスを見つめる。

 だが、やがて。

「……分かりました」

 彼は納得して静かに頷いた。

「日和又、七川よ。そなたたちと過ごした日々は決して忘れはせぬ。……いつまでも元気でいるのじゃぞ」

 メギストスはその言葉を最後に、手にした書をゆっくりとめくっていく。

 恐らく帰還の呪文を探しているのだろう。

 しかし、ふいにページをめくっていたその白い手が止まる。

 そして。

「く、うう。……わらわのバカ」

 開かれたページの上に。ぽつり、ぽつりと冷たい雫が落ちたのが分かった。

 七川はそれを見るや我慢できなくなったのか、ついにメギストスに抱きつく。

「メギストスさん……。ううう、うわあああああん。帰るなんて嘘だぁっ」

 いつもの幼馴染らしくはない号泣だった。

「お、おい……。バカッ、やめるのじゃ。うっ、うう。わぁあああああん」

 七川の悲しみは大精霊にも伝染したらしい。

 ついでにミーナと大王にも。

「わたしのことも忘れないでくださいよ。また征服に来ますからねっ! ふぇええ」

「同じく。ボクのことも忘れないでよねっ! うわあああんっ」

 結局、日和又を残して全員が泣いてしまっていた。

「おまえらのこと忘れるはずないだろ! っていうか、結局、僕以外はみんな泣くんだな。せっかく我慢していたのに雰囲気がぶち壊しだよバカ。うううっ」

 だが、即座にミーナから指摘が入る。

「そういう自分も泣いてるじゃん!」

 こうして、メギストスたちが帰還の呪文によって異世界へと帰るまで、全員が号泣し続けた。

 永遠のようにゆっくりと流れていくその時間は五人にとって、まるで魔法にかけられたかのようなひとときだった。

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