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捨て身タックル

 ◆◇◆



 明るい太陽がまだ顔を覗かせている時間帯。

 五人は大通りの人ごみに紛れ込んで身を隠すことにした。

 人。

 人。

 人。

 長期休暇の最中ということもあり周囲は人で溢れている。

 不幸中の幸いか、予想以上の人数だ。

 日和又は、昔から人ごみが得意ではなかったが、今ではむしろこの状況が心強い。

 それに加えて、メギストス、七川、ミーナ、大王の四人も無事だった。ひとまず、ここを逃げ切り反撃の策をどこか安全な場所で話し合うべきだろう。

 日和又が思考を巡らせていると。

「ちょっと待って」

 突然、足を止めた七川が微かに震えた声で言った。

「ん、どうした?」

 日和又は幼馴染に聞き返す。

「何か変だよ」

「え」

「空を見て」

 彼は言われたとおりに上空を見上げる。

 すると、日食でもないのに真っ黒な霧が太陽を覆いはじめていた。

 瞬く間に闇が空を支配していき、そこには混沌の渦が立ち込める。

 不気味な色に染まった空を見て、人々がざわめき出す。

「く……。あやつめ。追ってきた」

 メギストスは忌々しげに言って、闇を睨んだ。

 どうやら完全に尾行されていたようだ。

「ロケス、ピラトゥス、ゾトアス、トゥリタス、クリサタニトス――――」

 闇の中、不気味な呪文詠唱が鳴り響く。

 その声に呼応するように、上空から無数の黒い矢が降り注いだ。

 一瞬の風を切る音。

 降り注いだうちの一本が、日和又の後ろにいた通行人の男性に突き刺さっていた。

「……!?」

 苦痛の声をあげる間もなく男性は、ドシャリ、とその場に崩れ落ちる。

 この惨劇に周囲の人ごみから大きな悲鳴が上がった。

「ふえええ、この人エキストラとかじゃないですよね?」

「そんなわけないじゃろ」

 大王とメギストスがそんなことを言っている間に、上空の闇から、その背に漆黒の翼を広げてパラケルスが姿を現した。美しくもおぞましいその姿はやはり怪異そのものである。

『ば、化け物だーっ』

 これを見るや否や、居合わせた人々は次々に逃げ始めた。

 波が引くかのように小さくなっていく人ごみの中で、日和又たちも後に続こうとするが、我先に逃げようとする人々に阻まれて思うようにいかない。

 そして気がつけば。

 結局、逃げ遅れてしまった五人。

「あれ……。やばい。日和又の護衛作戦失敗」

 ミーナが絶望の声を漏らす。

「必死に隠れたのでしょうが、残念でしたね。さて、どうやって料理しましょうか」

 一行の様子を見下ろしながら、パラケルスは冷淡に言い放った。

 だが、ターゲットとなった日和又は諦めない。

 土壇場で彼はある手段に打って出ることにした。

「仕方ない。パラケルス、おまえごときにこの技は使いたくはなかったが」

「ほう……」

 日和又の意味あり気な発言に、パラケルスは関心を示す。

「いくぞ」

 青年は恥を捨てて思いの丈を叫んだ。

 それは。

「――――参りました! すみません! 武士の情けを! 僕には未来があるんです! 見逃してください! 勘弁して――――」

 単なる哀願。

 さらに、青年は頭を地に擦り付けて『ハイパー土下座』を実行する。

 どんなに激高した者であれ彼のことを許さずにはいられなくなるという日和又流奥義、その真髄が発揮された。


【結果は】


「……えーと。気が変わりました。連帯責任で仲間共々、滅びてもらいましょう」


 ――――逆効果だった。


「「バカアアアアアアアーッ!」」

 メギストスたちから半分呆れたような怒号が飛ぶ。

「すみません」

 日和又はうなだれた様に頭を下げる。

 しかし、いまはそんな場合ではなかった。

「く……。日和又のバカめ。こうなったら、もはや戦いは回避できないのじゃ」

「もう仕方ない」

 メンバーはそれぞれこの場で戦う覚悟を決める。

 ある者は手にした魔法書を広げ。

 ある者は、ガチリ、と改造モデルガンの撃鉄を起こし。

 ある者はバッグからガーゴイルの衣装を取り出し。

 ある者はツインテールをぴくぴくと動かし。

 ある者はスマホから警察に「化け物が出た」と電話を掛けて一笑に付された。

 恐らく怪異パラケルスはある程度まで人間の記憶を操作することができるのだろう。

「くそ」、そう言って日和又はスマホの電源を切った。

 どうやら戦うしかないようだ。しかし、他のメンバーと違って日和又に武器などはない。一体どうすれば。

 青年は頭を抱えて考える。

 そして思いだした。自分は無力であることを。

 振り返れば、これまでメギストスを中心に仲間に頼ってばかりで自分が役に立ったことなど一度たりともなかったのだ。

 そして現状でも、それは変わらない。

 いや、それどころか自分は愚かにも仲間たちをこのような絶体絶命の危険に晒しているではないか。

 青年は胸の内に言いようのない自己嫌悪の念が湧いてくるのを感じていた。

 そんな中、パラケルスは、先ほどと同じようにスカートの裾を持ち上げる。

 カチリ、という音がして上空からは容赦なく漆黒の矢が降り注いだ。

 メギストスはそれに対応して素早く防衛の呪文を唱えるが、それにも限界があるのだろう。

 最初は完璧に矢をはじき返していたバリアも、だんだんとその強度は落ちていき、とめどなく降り注ぐ矢の威力を削いではいるが、彼女の身体には確実にダメージが蓄積されていた。

 そして、肉体へのダメージは他の四人も例外ではない。

 上空からの容赦ない連続攻撃の前についに、ミーナ、七川、大王は倒れこんだ。はぁはぁ、という息遣いが聞こえる。極端な体力の消耗によって過呼吸が起こっているのだ。

 かろうじて意識はあるものの、日和又の体力も限界に近いところまできていた。

 このままでは、メンバーの全滅は時間の問題だろう。

 恐らく、日和又たちの意識が闇に沈んだ後、待っているのは天魔町が怪異に埋め尽くされ、やがてそれが周辺都市全体にまで広がっていく悪夢のような光景。

 彼の脳内を絶望の二文字が支配しようとしていた時だった。

「日和又」

 近くで透き通った声がした。

 青年は咄嗟に声の主であるメギストスに目を向ける。

 すると彼女はどこか寂しげな瞳で日和又を見つめたまま言った。

「このままわらわが元の世界に戻れなくなっても……。おまえは……一緒にいてくれるか?」

「……!」

 その瞬間、日和又はメギストスが次に何をしようとしているのかを理解した。

 ……そう、恐らく彼女はこれまでに苦労して溜めてきた精霊力をこの場で全て解放する気なのだ。

 もちろん、いま、メギストスの精霊力を全て解放すれば、仲間全員が助かり、この危機から脱することができるかもしれない。しかし、そうなればメギストスはもう天界には戻れない……。

 彼女自身もそれを承知して。

 ……苦渋の選択。

 当然、メギストスは心の中で葛藤したのだろう。

 それこそ悩み抜いたに違いない。

 だが、彼女は選んだ。

 自分を犠牲にして仲間を助けるという道を……。

 それは並みの決意ではない。

 いつも皮肉を垂れておきながら彼女は、それだけ四人のことを。

 だけど、もしかしたら本当はまだ。

 まだ、不安なのかもしれない。

 いや、むしろ不安だらけに違いない。

 なのに。

 それなのに彼女ときたら。

 こういうときに素直になれない、ネコミミ娘。

 だからこそ……。

 だからこそ言ってあげないといけない。

 喉からありったけの声を絞り出して伝えなきゃいけない。

 自分のような凡人は殆ど何もできないだろうけど。

 それくらいのことはやってあげられる。

 だからいま――――。

 気がつくと日和又は叫んでいた。

「安心しろ。その時は僕がずっと一緒にいるから。この世界をもっと楽しくさせてやる!」

「日和又っ!」

 メギストスの目からは涙の筋がひとつこぼれていた。

「……ありがとう。バカヤロ」

 やはり素直ではないメギストス。だが、日和又はそんな彼女が大好きで。

 ……ただ、泣くのは少し早いですよ、青年は小さくつぶやいた。

 そう、彼はメギストスに精霊力を使わせるつもりはさらさらなかった。

「メギストスさま。僕にも一回くらいは格好を付けさせてください」

「!」

 きょとんと不思議そうな顔をするメギストス。

 そんな彼女を横目に見ながら、日和又は不敵に言い放つ。

「おい、パラケルス。成績書オール3の僕はまだ生きてるぞ! おまえの攻撃はもはや見切った」

 これを聞いたパラケルスが上空で深々とため息をつきながら、

「まったく……。あなた一人を殺すのなんて赤子の手首をひねるよりも――――」

 皮肉を言おうとした時だった。

 彼女のいるところよりもさらに上空から、バラバラと大量の小石が降り注いできたではないか。

 大王のファフロツキーズ攻撃である。この奇襲に、パラケルスは顔をしかめつつ腕で小石を振り払う。

「くっ、貴様。まだ動けたのか」

「ふぇふぇふぇ。敵を欺くにはまず味方からですーっ」

「むう、この雑魚っ! 先に消してやります!」

 パラケルスは脚を開いてスカートの両端を持ち上げようとするが、今度はその手に超強化プラスチックの弾丸が撃ちこまれる。

「ぅああああああああああっ」

 これには、さすがのパラケルスも唸った。

「早く。昇! ミーナちゃん!」

 七川は最後の一発まで撃ち尽くしたモデルガンを腰のベルトに直しながら、声を張り上げる。

「準備はできたよっ」

 ガーゴイル姿のミーナが日和又に言った。

 彼女はこれまでの戦いで全ての砲弾を使い尽くしており、もはや発射できるものはない。

 だが、日和又はガーゴイルの攻撃の特質を知っていた。開いた口に入るものならばどんなものであろうと発射できるのだ。

 ウィーン、という機械的な音がして、これ以上ないほど大きくガーゴイルの口が開かれる。

 彼はその中に身体を入れこんだ。

 一度も敵と戦ったことがなかった凡人がなんとか考え出した怪異に対抗する手段。それは自分が『弾』そのものになることだったのだ。

「これが本当の捨て身だね」

「最初で最後の攻撃になりそうだよ」

 このやりとりを最後に、

「ロックオン!」

 ガーゴイルは空に浮いたパラケルスに照準を合わせた。

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