制帽天使と半殺しの山
◆◇◆
学園の中庭では、タスキをかけ、自分の名前を連呼する日和又昇の姿があった。
「日和又、日和又をよろしくお願いします」
数える程しかいない聴衆を前に、熱の入った演説を見せる日和又。
だが、そのうち、聴衆の中のある女子が黒いゲーム機を掲げているのに気がつく。
「……ん、それは?」
日和又はマイクを止めると、その女子の前に来て問う。
「これは没収されたっていう、君の『ブラプラス』。教師どもから取り戻したから君に返しにきたの」
その女子、カレンの言葉に、
「ほ、本当か!?」
信じられないといった様子で声を上げる日和又。
「うん。お礼はちゃんと貰えるんだよね?」
天使の様な微笑みを浮かべて尋ねるカレン。
「どこの誰かは知らないが、もちろんだよ!」
日和又は目を輝かせながらうなずく。
そして、ポケットから一枚のクシャクシャになったチケットらしきものを取り出すとカレンの手に握らせた。
「お礼としては少々、豪華すぎるかもしれないけど、まぁ遠慮することはない。取っておいてくれ」
すぐさま、手の中のそのチケットらしきものを確認するカレン。
「……」
だが、その途端にうつむいて黙り込む。
そんな様子のカレンに、
「どうしたの?」
横にいた海月が心配して声をかける。
「……これ見て」とカレンは小息を漏らすように呟いた。
そして、手渡されたクシャクシャのそれを海月に見せる。
「な……!」
海月の言葉が止まる。
日和又からカレンが手渡されたものは、某牛丼チェーンの『豚丼』割引券だった。
「ゆ、許さないんだからぁ……」
カレンの震える声。
だが、そんなカレンの様子を知ってか知らずか、日和又は、
「十分なお礼もしたことだし、僕の『ブラプラス』返してくれ」
そう言うと右手をカレンに向けて差し出した。
しかし、カレンが『ブラプラス』を日和又に渡す気配はない。
「聞いてるのか?」
「……」
日和又の質問に、うつむいて何も答えないカレン。
「返してくれ」
「……」
「お礼だってしただろ。おい」
「……」
だが、相変わらずカレンは『ブラプラス』を渡そうとはしない。
何も言わず、ただ、じっとうつむいている。
やがて、そんなカレンの態度にしびれを切らしたのか、日和又は、
「おい!」
そう言って、カレンの肩に手をかけた。
その拍子に、地面にぱさりと落ちた制帽。
次の瞬間。
カレンは一閃の鋭い回し蹴りを放っていた。
一瞬にして日和又の身体が宙を舞う。
「!」
あまりに突然の出来事に固まる聴衆及び日和又の支援者たち。
「……ふざけてるの?」
カレンは短く言った。
その声は静かだが、明らかに怒りを含んでいる。
「っつうううううううう!」
激痛のあまりひざを抱えて、その場に転げまわる日和又。
「ちょ、カレン!」と、思わず、海月は声をかける。
「おにぃたんは黙ってて……。日和又。ふざけてるの?」
そう言ったカレンの目に、いつものような穏やかさはない。
「……ふ、ふざけてない! 僕はいつでも大真面目だっ!」
日和又は、動揺しながら弁明した。
「……じゃあ、なんで……。じゃあ、なんで『ブラプラス』のお礼が豚丼の割引券なのよ。おかしいでしょ?」
カレンの肩が小刻みに震えているのが分かる。
「いや……、それは……、その」
その言葉にほとんど何も言えない日和又。
そんな日和又に、カレンは冷たい表情で追い討ちをかける。
「普通、こういう場合に渡すものの相場って決まってるよね?」
「……う」
「言ってみなさい」
しん、と静まり返る中で響く彼女の声。少々Sが入っているのかもしれない。
そんなことを思いつつも、海月と聴衆はそれを見守る。
「き、金券とか……、そういうのですか?」
「違う」
「リアルの現金ですか……?」
「違う」
「僕の身に着けてる腕時計とかの品?」
「違う」
「全身に仕込んでるエロゲーカセット」
「違う」
「まさか、僕の命?」
「欲しいけど違う」
「じゃ、じゃあ一体……!?」
日和又は困惑して答えを問う。
そんな日和又に対して、カレンは大きな声で言った。
「普通、こういう場合は牛丼の割引券だろっ!」
「……」
あまりに意外なこの回答に、再び固まる聴衆及び日和又の支援者たち。
だが、次には皆が口を揃えて叫んでいた。
「「そっちかよっ!」」
その声に、きょとんとした顔に戻るカレン。
「え、そうじゃないの?」
すかさず、海月は突っ込む。
「ちがーう! そうじゃなくて、この場合は選挙道具一式とテントのこと言わなきゃ意味ないでしょ!」
「あ、そっかぁ」とカレンは手を叩く。
そして、再び大きな声で叫ぶ。
「やっぱり、要求を選挙道具一式とテントに変更! わたしたちによこしなさい!」
「選挙道具一式とテントだと……!?」
カレンのその言葉に、ざわめく日和又の支援者たち。
「そんなの、ダメに決まってるだろ! ふざけんじゃねえ!」
もちろん、日和又もその要求を呑もうとはしない。
するとカレンは、
「あ、そう。わかった。じゃあ、この『ブラプラス』、今日中にゲーム機ごと、おにぃたんとわたしでチュタヤに売りに行くから……」
と脅しをかけた。
日和又の顔がみるみる青ざめる。
「ま、待って、それだけは……、ネネちゃん売るのだけはやめてえええ」
やがて、そんな日和又の様子を見かねたのか、支援者たちは、
「た、隊長……大丈夫ですか! き、貴様らぁ、我らが隊長を侮辱しやがって、生かしてはおかんぞ!」
そう言うと、海月とカレンの周りを取り囲みだした。
「う、やばいかも」
海月は動揺する。
「全然」
対照的に、カレンのほうはいたって平然としている。
「お前たち、気をつけろ。特に、その女子のほう、ただ者じゃないぞ!」
日和又は、支援者たちに忠言した。
「任せてください! さっきの蹴りは偶然ですよ。我々がこんなチビどもに負ける訳ありません」
支援者たちは薄ら笑いを浮かべて、海月たちを見つめる。
「その油断がいけないんだ! 女子相手といえど、絶対に気を抜くな!」
さらに、忠告する日和又。
すると、支援者の一人は言った。
「分かりました。気をつけます。……ところで、おれ、無事にこの闘いが終わったら、彼女と初デートに行くつもりなんで、そこのところはよろしくお願いします」
その顔は非常に爽やかだった。
「……死亡フラグ」
日和又は、ぽつりと呟いた。
「いくぞおおおお」
日和又の支援者たちは叫ぶ。
「行動からして雑魚キャラだね。どっからでもどうぞ」
カレンは、気だるそうに言う。
「うおりゃああああああ」
一斉に飛び掛る支援者たち。
「なんてこった!」
思わず頭を抱えて、海月は目をつむる。
◆◇◆
カレンの美しく長い黒髪が風をうけてさらさらと揺れている。
「……まじ?」
目を開けた海月は、信じられないといった調子で言った。
「……まじかよ?」
日和又も同じような様子で言った。
「まじだよ」
天使のような笑顔で、カレンは微笑む。
だが、それとは裏腹に、カレンの周りには、屍……、では無く半殺しにされた支援者の山が出来あがっていた。
「一件落着」
パンパンと何事も無かったかのように手をはたくカレン。
「い、一体、お前……、何者!?」
日和又は、震える声でカレンに尋ねる。
「わたしは、越前カレン。そこにいる越前海月の二卵性の双子の妹だけど」
カレンは平然と答える。
「……う、嘘だ! おまえみたいに強いやつがいるはずない。僕の支援者が、あっという間に全滅するなんて……。お、おまえ人間じゃないだろ!?」
「いや、いたって普通の人間だよ。特技も加速装置での超高速移動ぐらいしかないし……」
一瞬、固まる日和又だったが、やがてぽつりと呟いた。
「加速装置って言っちゃったよ……」
海月も思わず、右手で顔を抑える。
「あちゃ……」
だが、当のカレンはきょとんとした様子である。
「わたし、何かおかしなこと言った?」
「うん」
即座に、日和又と聴衆は首を縦に振る。
「まさか……、この子、今話題の契約型ヒューマノイドなんじゃ……」
聴衆の中の誰かが言った。
「あ、そうかもしれない!」
「確かに……!」
「契約型ヒューマノイドかも」
それにつられる様に聴衆から次々に声があがる。
「そ、そうだ! 絶対そうだ! こいつは契約型ヒューマノイドに違いないぞ!」
日和又も呼応する。
「ありゃ……」
その言葉に、少し、気まずそうに頭をかくカレン。
「や、やっぱりそうだったか!」
聴衆がざわめきだす中、
「おかしいと思ったよ。僕の支援者が全滅するなんて……。おまえやっぱり、契約型ヒューマノイドだったん」
日和又はカレンを指さして、さらに言いつのろうとする。
「待って」
だが、その言葉を海月がさえぎる。
「なんだよ?」
皆の視線が海月に集中する。
そんな中、海月は大きな声を出す。
「カレンは、確かに『契約型ヒューマノイド』かもしれない。でも……、今の僕にとっては大切な『人』だ! 侮辱しないでくれ!」
「……な」
その言葉に顔を見合わせる聴衆たち。
「海月……、じゃなくておにぃたん!」
驚いたような表情を浮かべるカレン。
「おまえ……」
日和又は、顔をしかめる。
「……日和又先輩。あなたの『ブラプラス』……、やっぱりお返しします」
「なに!?」
「おにぃたん! いいの!?」
「いいんだよ。カレン」
海月は、暖かく微笑んだ。
「……」
皆が言葉を忘れたかのように静かになる。
「……僕たちは、また別のやり方を探すぞ」
海月の声は、穏やかだった。
「うん」
カレンの顔に笑顔が戻る。
「ほ、本当にいいのか!?」
思わず、叫ぶ日和又。
「おにぃたんがいいのなら、いいや」
カレンは、落ちた制帽を手に取ると被りなおす。
「はい『ブラプラス』」
そして、持っていた『ブラプラス』のソフトがささったゲーム機を日和又に手渡した。
「……で、でもどうして急に!?」
『ブラプラス』を受け取りながらも日和又は納得できない。
そんな日和又の問いかけに、海月はこう言った。
「いや、思い出したんです。選挙道具一式とテントって、そういえば職員室からの支給品だったってことを……」
「……!」
その場にへなへなと崩れ落ちる日和又と聴衆たち。
そして去ってゆく海月とカレンの背中を見ながら誰となく言った。
「……それ、もっと早く気づこうよ」