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日和又昇のマニフェスト

 ◆◇◆



 翌日。

 海月とカレンは生徒会の学内選挙に立候補すべく学園の職員室を訪れていた。

「え……、そんなに簡単な手続きでいいんですか!?」

「ああ。立候補したいのなら、そこの登録用紙に名前を書いて登録して、この選挙用バッジを胸に目立つようにつけておいてもらえばOK……。それでお前たちは正式な立候補者として扱われる」

「おおっ、意外とスムーズに済んだね。海月っ」

「うん。はじめてだからよく分からないけど、この学園、マンモス校だし、立候補自体にも抽選とか制限があったりするのかなと思ってた。でも、まぁ、僕らが目指してる席は書記補と会計補だから、そんなにライバルがいないのかな……?」

「そうだねっ。もしかしたら、書記補と会計補に立候補してるのは海月とわたしだけだったりしてっ」

「ありえるかもな……。まぁ、選挙が始まるまではわかんないけど……」

 すると、その会話を聞いていた受付担当の若い理科教師は二人に言った。

「いや、生徒会の選挙戦は、とっくに始まっているぞ」

「えええっ!?」

 その言葉にショックを受ける二人。

「お前たち兄妹を除いた候補者たちは五日後の投票日に向けて、すでに校庭、中庭はもちろんのこと、学園内のいたるところに陣取ってそれぞれの演説を始めている」

「そ、そんなのありなのっ?」

「投票日までの期間中、候補者たちは自由に場所を確保して選挙演説や個人アピールをして良いというのがこの学園の選挙ルールだからな。知らなかったのか?」

「……し、知らなかったっ」

 動揺を隠せない二人。

「そうか……。お前たちは立候補したのが他の候補者よりも、かなり遅かったから、色々な面で遅れをとっていると思うぞ」

「……なんてことだ!」

「……うっ!」

「正直、立候補の受付自体、午前中までのはずだったんだがな……。しかし、まぁ、お前たち兄妹の生徒会に対する、その異様なまでの熱意を買って、特別に出馬を認めてやったんだ……。とにかく、当選したいのなら、投票日までの残り少ない期間に、他の奴らに負けないくらいに選挙演説やアピールを頑張るんだな。さもないと書記補や会計補でも落選になりかねないぞ。それから――――」

 その理科教師は、さらに何か重要なことを言っているようだったが、今の海月とカレンには、それを最後まで聞いている余裕はなかった。

「海月! 急ぐよっ! このままじゃ、他の奴らにどんどん先を越されちゃうっ!」

「あ、ああ! すみませんが、これくらいで失礼します。どうもありがとうございました!」

 そう言うと、二人はそのまま職員室を飛び出し、校庭へと向かった。



 ◆◇◆



 理科教師の言ったとおり、校庭には多くの立候補者たちが集まり、選挙演説や個人アピールを繰り広げていた。

 その敷地のほとんどは、各陣営のテントやシートで埋めつくされており、新しくきた海月たちが確保できそうな場所は見当たらない。

「やはり、遅すぎたか……」

 思わず、ため息をつく海月。

 だが、カレンは、

「……大丈夫。策はあるよ」

 そう言うと、学生鞄を漁り、やがて、何やら小さな箱を取り出した。

「なにそれ?」

 海月は尋ねる。

「交渉に使うの」

 短い返事が返ってきた。

「交渉……?」

「うん」

「一体、なんの?」

 それに対し、カレンは答える。

「選挙道具一式、テントを他の候補者から丸ごと貰う交渉」

「えっ!?」

 その言葉に、驚く海月。

 だがどうやら、カレンは本気のようだ。

「このビラ見て」

 そして、学生鞄から、今度は一枚のビラを取り出すと、海月に手渡した。

 それは、カレンと同じく書記補に立候補している生徒の選挙用のビラらしく、そこにはこう書いてあった。



 ◆◇◆



『日和又がやりぬく! ぜひ、僕を生徒会・書記補に!』

【二年C組 日和又昇ひわまたのぼる 十七歳 独身】

 今日は。このたび、竜王学園高校生徒会、書記補に立候補することになった、二年の日和又と言います。

 偶然拾ったにしろ、無理やり鞄にねじ込まれたにしろ、皆さんが僕のビラを見てくれたことに感謝いたします。正直なところ、このスペースだけでは、言えることも限られてくるのですが、頑張りたいと思います。

 僕の演説を聞いてくれた人々は、もう分かっているかもしれませんが、僕のマニフェストは、校則違反による私物没収の体制強化への反対です。特に、携帯型ゲーム機の没収強化は許せません。

「取られたくないなら家でやれよ」

 と言う人もいるかも知れませんが、それでは意味がないのです。

 これらのゲームは校内でやるから、面白いんです。

 もちろん、見つかれば、教師に没収されてしまうというリスクはありますが、そのぎりぎりの駆け引きが、僕らをさらに興奮させるのです。

 これはゲームを校内に持ち込んだ経験がない人間には分かりません。

 ある時期までは、学園へのゲームの持ち込みは一種のステータスだったんです。

 ゲームの持ち込みを専門とする通称『ブリンガー』と呼ばれる生徒たちもいました。

 当初はゲームの没収体制も甘かったため、この『ブリンガー』人口は安定していました。

 しかし、それはもはや、過去の話。

 この事態に、憤慨した教師たちが、通称『先生旅団』という、探知犬を引き連れた専門の対策組織を設置したからです。

 探知犬の前には、誰もが無力でした。二週間前に起きた、中川君の『泥酔少女Ⅳ』のソフト没収事件などは、皆さんの記憶に新しいと思います。

 さて、当陣営での調査の結果、特別な訓練を受けていない一般生徒がゲームを学園内に持ち込み、無事に自宅まで持ち帰れる確率は約七パーセントしかないという事が分かりました。

 信じられますか? でも、これは事実です。

 校内に持ち込まれたゲーム機やソフトはほとんどの確率で我々の手元に戻ってこないのです。

 僕はこの現状に、じっとはしていられません。

 教師たちも、高校生相手に本気を出しすぎだと思います。元々、これらのゲームは僕たちが色々と頑張ってやっとのことで手に入れたものです。

 しかし、大半が戻ってはきません。

 ある先輩など、入学式の際、取り上げられたゲームソフトが卒業式で卒業証書と一緒に戻ってきたそうです。……あ、この場合は一応、戻って来てます。

 話がそれましたが、とりあえず、この没収体制の強化に不満のある生徒は多いのですよ。

『その声のいくつかを紹介します』

(N君 二年 男子より)先生、早く俺のゲーム返して。

(H君 二年 男子より)取り上げたゲームで勝手に遊ぶのやめてください。

(N君 二年 男子より)遊び終わった後、人のゲームを勝手に店に売るのやめて。

(H君 二年 男子より)人のバラクエⅤで勝手にフロラと結婚しないで。僕はビアン派だ。

(N君 二年 男子より)感動系のエロゲやるなら、せめて、エンディングがどんなんだったかは報告して。気になって夜も眠れない。

 えー。このように、僕ら、いや、彼らの主張は他にもいくつかあるので、紹介したいところですが……。とりあえず、スペースが無いので僕が当選した場合の大きな公約だけ書いて終わりとします。

「僕がこの学園の書記補になったあかつきには、皆さんの没収された持ち物を教師たちから取り戻します。※ただし、時間と心に余裕がある時に限る!」

 だから、その為にも力を貸してください。一緒に、闘いましょう。

 この日和又昇に清き一票を!



 ◆◇◆



「……なるほどね。変わった人だけど……、これがどうかしたの?」

 ビラの本文を読み終えた海月がぼそりと呟く。

「海月、そこじゃない。ここ見て」

 カレンはそう言うと、その端に目立たないくらいの大きさで書かれていた一文を指差した。

 そこには、こう書かれていた。

「なお、僕の『ブラプラス』というゲームソフトもゲーム機ごと没収されています。お礼ははずむので、よければ取り戻すのに協力してください」

「……あ、まさか、その箱の中身は!」

 海月のその問いかけに、カレンは、

「ザッツライト」

 そう言って微笑み、箱の蓋を開けた。

 箱の中には『ブラプラス』のソフトがささったゲーム機が入っていた。

 黒い外観が太陽の光で深みのある艶を描いている。

「一体、どこでそれを!?」

「さっき職員室に行ったとき、偶然見つけて、こっそり持ってきてたの」

「……」

「せっかくだから、これのお礼として、その人から選挙道具一式と、テントを貰っちゃおう」

 カレンは嬉しそうに言った。

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