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『大精霊』メギストス

 

《プロローグ》





 ――遠い国で、ある少女が最後の願いを込めた日記をつけてから約二百年。

 中世から近世にかけて生きてきた迷信やまじないはもちろんのこと、革命や戦争なども人々にとっては遥か過去の記憶となり、その代わりに科学技術が日夜進歩を続け、産業発展を優先して銃刀法が程よく緩和された現代の日本。

 だが、この日本においても、うるう年は未だに神秘的な意味合いを持つ数少ない日のひとつとして位置付けられている。


 そして、漆黒の空に無数の星々が瞬く、四年に一度しか訪れない今宵。

 人口五万人程度の町、天魔町てんまちょうにあるアパートの一室では時代にそぐわぬ、異世界の扉が偶然にも開かれようとしていた。

「う……あ……」

 本を片手に、瞠目してへたり込んでいる青年はこの部屋の主である日和又昇ひわまたのぼる

 そして彼の面前、というか部屋全体、いや、アパート全体を包み込むのは、崇高ともいえる無数の煌き。


 これに加えて、間もなく天からひとすじの光がゆっくりと差し込みはじめたかと思うと……。

 直後、部屋にその姿を現したのは、神々しい輝きに包まれた一人の少女だった。

 ――――さらさらと腰まで伸びた繊細な銀髪に、抜けるように白い肌、なにか超自然的なものを連想させる碧眼、瑞々しく潤んだ桃色の唇。

 そして頭部からぴょこんと突き出た猫科動物のようなソレ

 その類まれに見る美しい容貌からは一種の気品すら漂わせている。

 おまけに少女のほっそりとした裸足、その先を見て日和又は己の目を疑った。

 彼女の足は地に着かず、ふよふよと浮いているではないか。


「……」


 自室にて展開されるあまりに信じがたい光景。

 だが、それは決して目の錯覚などではなかった。

「痛てっ」

 頬をつねればいつもの痛みが伝わってくる紛れもない現実である。

 彼はいま、この散らかった部屋の中、『ある本』を通じて『ある少女』を呼び出してしまったのだ。


 ……少女の正体。


 それは、数多の偉大なる書物にその名を残す大精霊、

〝トトノス・トリス・メギストス″

『本』に記されているところによれば、時として超絶的治療技術を伝え、時として銅貨を一瞬にして金貨に変えてしまうような不思議な力を持つために、歴史上の名だたる錬金術師たちがその姿を追い求め続けた伝説的魔物だという。

 そんな幻の存在が、いま目の前に……。


 日和又は緊張のあまり、ごくり、と喉を鳴らす。



 ――――



 一方、必要最小限の部分だけを覆った羽衣姿の彼女は、しばらく宙に浮いて部屋中を見渡していたものの、やがて端麗な顔で微笑むと、静やかに部屋の中心に置かれていた卓袱台へと舞い降りる。


 聖なる光に包まれてまたたくまに黄金色に変わる卓袱台。

 再び仰天する日和又に向かって、卓袱台上の美の結晶は艶やかな白銀の髪をさらさらとなびかせながら、ゆっくりと桃色の唇を開く。


「……偉大なる召喚師よ。わらわを人界に召喚したのは、そなたが史上三人目じゃ。褒めてつかわす」

〝褒めてつかわす〟、そのセリフと、彼女の威厳に満ちた態度に触れて、ようやく小康状態となった日和又。いまの自分の心境は宝くじで高額当選を果たした人間のそれに近いのかもしれない……、などと、勝手な想像が頭を巡る。


「あ、ありがとうございます……」

 釈然としない頭を押さえて、なんとか大精霊に謝意の言葉を返すと、自分の成し遂げた業の大きさに彼は改めてその身を震わせた。


 しかし、念には念を、だ。

 おそるおそる口を開くと、彼女に確認する。

「……ほ、本当に間違いなくトトノス・トリス・メギストス……さま、ご本人ですか? い、偉大な方すぎて……なんだか……その……心配で」

 なんといっても、相手は数多の古書物にその名を残すという大精霊。面前の光景があまりに信じがたいものであるために、未だその実感がはっきりと湧いてこないのである。加えて、これが仮に違う者だった場合、例えば精巧に偽装した悪魔か何か(そこまでのやり手はいないかもしれないが)だった場合、本当にそれこそ大変なことになるので、まぁ、その辺りの事情も含めて、日和又は、まず本人の口からしっかりとそれを聞いておきたかったのだ。


 するとメギストスは、いきなり無礼なやつじゃ、と少し表情を曇らせつつも、

「もちろん、わらわはわらわじゃ」

 すぐに短い返事をしてきた。


 これを聞いた日和又は、

「わわわ……、すみません! そうですよね、失礼しました!」

 彼女の尊大な口ぶりから間違いなく本物の大精霊だと確信して、召喚した張本人であるにもかかわらず、すかさず土下座の姿勢に入る。


 しかも、強烈な畏怖の念からか、それは普通の土下座ではない。

 少々の時間と多大な労を要したうえで、ようやく完成する、

〝ハイパー土下座〟

 その土下座を見たものは、どんなに激高した者であれ彼のことを許さずにはいられなくなるという日和又の奥義である。


 しかし、はたしてそんなものが人外に、しかもよりによって大精霊に、なんといっても猫耳に通用するのか?






【実験してみた】






「ニャッハハ! 素晴らしいな。見事じゃ」

 ――――通用した。

 というよりか、むしろ効果絶大だったようだ。

 少しばかり曇りを見せていたメギストスの表情は一変、手を叩いて、小さな喉から笑い声を漏らす。


 それだけではない。彼女はよほど土下座に気をよくしたのか、その麗しい唇を広げて、

「そなた、名は?」

「……日和又昇です」

「日和又……か。ふむ、貴様の先ほどの無礼は忘れよう。いや、むしろ、わらわを人界に召喚してくれた貴様には礼をせんとな」

 これ以上ないほど寛容な言葉を投げかけてくる始末。


「え!?」

 予想を超えた事態に驚く日和又を傍目に、やがて大精霊の口をついて出る一言。


 それは、

「願いを三つまで叶えてやる。……言え」

 普通ならば、どんな人間でも望むであろう最高の提案だった。

「ほ、本当ですか!?」


 日和又の表情が一瞬にして、変わる。


「ああ、本当じゃ……。なんでも叶えてやるよ。……最初の願いを言え。大召喚師!」

 いくらあの土下座を見せたとはいっても、気前が良すぎる。それこそ某漫画の某ボールを七個集めると出てくる某龍神の比ではない。


 この神ともいえる展開に、そんなことを思いつつ、若き召喚師(?)はある願望を胸にゆっくりとその場に立ち上がる。

 そして、小さく息をつくと、ここぞとばかりにその野心を大精霊へと告げた。

「よ、よし、じゃあ」

「うむ」




「…………大家さんに怒られるのでちょっとだけ光を弱めてください」




 ガタンッ!

 次の瞬間、鈍い音を立てて卓袱台から落下。うつ伏せに倒れるメギストスの姿を日和又はしっかりと目撃した。

「……」


 一分後。


 いまだに彼女が畳から起き上がってくる気配はない。

「どうしてこんなことに……」


 というわけで。

 青年、日和又昇はこの非現実な状況に至るまでの経緯をそれほど明瞭とはいえない頭でなんとなく思い返してみることにしたのだった(一部に想像を含む)……。

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