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『契約型ヒューマノイド』戦争屋カレン

◆◇◆



 どのくらいがたったのだろうか……。

「っ……痛ってえ……」

 海月が目を覚ますと、なにやら横に気配がする。

「大丈夫?」

 聞き覚えのある、透き通ったかわいらしい声。

「……うわあああ」

 真横に、先ほどの制帽少女がいた。

「死んだふりとか……、心配するんだからっ」

「誰だよぉ……」

 海月は、わけの分からない不安に駆られつつも、少女の顔を見る。

 その顔は幼さを残しつつも非常に整っており、まるで先ほどまで童話の世界にいたかのようである。

 制帽から伸びる黒く艶のある長い髪は、そんな彼女の顔だちをより一層魅力的にしている。

 その美しさに海月は思わず、息を呑んだ。

「なんで、君みたいな子が泥棒なんか……」

 そう言いつつも、海月は、制帽少女の淡雪のような真っ白な肌に見入ってしまっていた。

 そのとき。

「っぐぅう!」

 声にならないうめき声を上げ、海月はまた、その場にうずくまった。

 なんといきなり、海月のみぞおちに鋭い肘うちが入れられていたのだ。

「わたし、泥棒じゃないよっ。あと、恥ずかしいからあんまり、まじまじと見ないで……、越前海月っ」

 制帽少女は、少しもじもじとしながら、かわいらしい声でいう。

 海月を見つめる、その儚げで大きな瞳は、山奥の湧き水のような澄んだ色でとても美しい。

「どうして……泥棒が……、僕の名前を……知っているんだ」

 海月はみぞおちを押さえてうずくまりながら、自分の頭が混乱していくのを感じた。

 なにせ、知らない少女に殴り飛ばされた後、目が覚めると、今度はいきなり肘うちをくらったのだ。それも無理はない。

 だが、彼女はそんな海月の様子などおかまいなしに、少しずれた制帽を整えると、何食わぬ顔で今度は、チョップを海月の背中めがけて打ち込んだ。

 ゴキッ!

 海月の背骨が鈍い音を発する。

「うゎあああああ」

 チョップは少女の小柄で華奢な身体からは想像できない程、恐ろしい破壊力であった。

「泥棒っていったらダメっ。一度で済むことを二度いわなくちゃいけないのは、そいつの頭が悪いからだよっ」

 制帽少女はそう言うと、にこりと微笑む。

「……」

 骨折こそしなかったものの、その全身に電流の流れるような連続攻撃の威力に海月は意味もわからず這いつくばうしかなかった。

 それからすこし間をおいて。

 そのダメージが体から引いてきたところで、海月はようやく、

「君は誰なんだ……?」

 と、言いたいセリフを吐き出すことができた。

 その質問に制帽少女は応える。

「わたしは、戦争屋カレン。君のお父さんから依頼を受けてやってきた、世界を股に駆ける、契約型ヒューマノイドだ」

「契約型ヒューマノイド!?」

 制帽少女はうなずく。

 もちろん海月には少女の言っていることの意味がわからない。

「いったい、契約型ヒューマノイドって何だよ? 父さんの依頼を受けた……? ただのラバー(泥棒は禁句らしいから英語で)じゃないか、作り話もいい加減にしろよ!」

 当然の発言である。

 しかし、制帽少女もこれに負けてはいない。

「作り話じゃないっ。カレンはちゃんと、某帝国から夜明け前に出航する、ぎゅうぎゅう詰めの船に乗ってここまで来たのっ。ラバー(泥棒よりは聞こえがいいけど)なんていわないで。苦労したんだからっ!」

 逆に、ご立腹の様子だ。

「それ密入国っていうんだよ! なら、君がラバー(確かに英語の方が聞こえがいいね)じゃなくて、その契約なんたらだって証明できるのか? まぁ、そうであっても、かなり怪しいやつに変わりはないが……」

「証拠はあるよ。それを見せたら信じてくれるかな?」

「いいだろう。でも、どうやって」

 すると、そのカレンと名乗る制帽少女はセーラー服のポケットから何かをゆっくりと取り出した。

「え……。なんだ……」

 驚いて、構えようとする海月をよそにカレンはそれを差し出す。

「これ」

 それは電子手帳のような形をした機械であった。開かれたそれにはモニターといくつものボタンがついている。

 動揺しつつも、やがてそれを受け取る海月。

「なんだよ、これ」

「一番右上のボタン」

「これ?」

「うん。そう。それ押して」

 言われたとおりに一番右上のボタンを押す。

「……」

 ところがこれといった変化はなにもおこらない。

「いったいなんだよ。このおもちゃは?」

 海月は正直拍子抜けしていた。

「それじゃあテレビをつけてみて。越前海月」

「なんでテレビなんだよ……? 今の時間、面白いのやってないぞ……。まさか、君、おかしなこと言って僕を嵌めて、その隙に逃げる気じゃないだろうな?」

「いいから早く」

 海月はこのカレンという少女が隙を見て逃げ出さないように注意を払いつつ、液晶テレビの台に近づき、電源をいれる。もちろん次の瞬間、その目に飛び込んでくるのは、なんの変哲もない昼時のゆるいホームドラマか何かのはずだった。

「ほら、つけたぞ。これで満足」

 だが、そう言いかけて海月の言葉が止まった。

「嘘だろ……!?」

 それもそのはず……。液晶テレビの画面には、なんと、海月の父親が映っているではないか。

「あー、ゴホン。海月。久しぶりだな。元気にしているか?」

「父さん!?」

 海月は目の前の信じがたい光景に目が点になった。

「海月。お前には、いまの状況を把握しにくいとは思うが聞いてくれ。今回、お前を高校に復学させ、充実した学園生活を送らせるために、契約型ヒューマノイドの戦争屋カレンちゃんに、しばらくの間、お前の生活指導を頼むことにした!」

「え……」

 あまりにも突然のことで、海月にはよく事情がのみこめない。

「父さんな、お前が不登校になったってことを聞いて、とても悲しかったんだ。同時にこれは父さんの責任であるとも思った。だから、必死でなにか自分が息子にしてやれることはないかを探していたんだよ」

「ちょっと、いきなりすぎるだろ! どうして僕がこんな女の子に指導されなきゃならないんだよ!」

「不安もあるだろうし、どうして彼女を雇うことになったかについてもお前は知りたいと思う。だから説明しよう。父さんは、カレンちゃんの存在をネットで知ったんだ」

「ネット!?」

「ある時、父さんはネット上の某匿名巨大掲示板で、契約型ヒューマノイドが今けっこうやばいらしいという書き込みを見つけたんだ」

「書き込みっ!?」

「それを見た父さんは、直ちに掲示板に貼られたURLからその契約型ヒューマノイドの公式サイトに飛び、そこに登録してあった数多くヒューマノイドの中から、特にかわいい……、いや、特に優秀な子を探したんだよ」

「……」

「その結果、見つかったのが、今回の戦争屋カレンちゃんだったというわけだ!」

「その結果って……おい! ていうか、それだけの理由かよ!?」

「こう見えても、カレンちゃんは、傭兵から学校生活支援、暗号解読からジャンガリアンハムスターのエサやりまで、ありとあらゆる分野におけるエキスパートらしい。少なくともそのサイトのプロフィール欄にはそう書いてあった……。だから安心しろ!」

「安心できないよ!」

「……それに今なら、戦争屋さん十周年記念キャンペーンで、普段ならありえない料金でお前の復学と学校生活を支援してくれるそうだ。もう、父さんこれしかないと思ったんだよ。マジで」

「他に方法あっただろ!」

「という訳で、突然かもしれないけど、お前と戦争屋カレンちゃんは明日から一緒に高校に行ってもらうことになったから、仲良くやってくれ。あと、お前以外の家族には、すでにカレンちゃんが家に来ること伝えてあるから、安心しろ。それじゃあ、おれは仕事があるから。健闘を祈る」

 すると、父親の姿が画面から消えて、なぜかTHE・ENDの文字が手書きで雑に書かれた板が画面上に浮かび上がった。

 しかし、撮影者の不手際なのか音声だけは消えずに、後ろでまだ続いている。

「……ちゃんと、台本どおりにやりました。これでいいですかね?」

「OKバッチリ。よく撮れてるよーっ」

 板の後ろから、先ほど聞いたばかりの、かわいらしい声がした。

「……あ! ここから先は見なくていいからね」

 カレンは笑顔でそういうと、リモコンを使って素早くテレビの電源を切ろうとする。

「言われたとおりにやりました。だから、だから……さっき出来心で、発育中のその胸を触ったことは、許してくださ……ぐわああああああああ」

 テレビの電源がきれる寸前に、父親の悲痛な断末魔が聞こえた気がした。

 あまりに突然の出来事に唖然とする海月。

「どう? これでわたしがさっき話したこと信じてくれる気になった?」

 かわいらしい笑顔のままカレンが問いかける。

「う、ああ……」

 あまりにありえないことが、確かに海月の目の前で起きたのだ。海月は少女、カレンの言ったことを、あらゆる意味で信じざるを得なかった。

「とりあえず、明日から君にはわたしと一緒に登校してもらうよっ。学校にはすでに手続きしてあるのっ」

 そう言うと、カレンは海月の通う高校のものと全く同じ生徒手帳を見せた。

「どうして、うちの高校の生徒手帳をっ!」

「生徒手帳の偽造なんて、契約型ヒューマノイドには朝飯前なのだよ! これもできないようじゃ一人前のヒューマノイドとはいえませんなっ」

「警察は契約型ヒューマノイドを一斉摘発しろよ!」

 この時、海月は、何気に恐ろしい奴が来たということを実感した。

「なにより、なんで僕が学校にいかせられなきゃならないんだよ! ああ……、本当に今日っていう日はどうなってるんだ……」

「君のお父さんからの依頼なんだから、腹くくってねっ」

「うう……。学校だけは勘弁してくれないか。無理だ。それに、まだ君とは出会ってから間もない……。いつか、社会人になって出世したら、父さんが君に払った(?)っていう金額を倍にして払うから、今回の依頼とかいうのは無かったことにしてくれ」

「ダメ。事態は一刻を争うのっ。それに出世払いなんて、ノーノーノーだぜ」

「僕は行かないぞ!」

「うーん。じゃあ、もう一度床に這いつくばらせて事情を教えるしかないなぁ。こっちも手が痺れるから、あんまりやりたくないけど」

 その言葉を聞いて、頭を抱える海月。

「……よろしくお願いします」

 その目には、薄っすらと涙が浮かんでいる。

「賢明な判断だっ」

 そんな海月の様子を眺めながら、カレンは満足げに微笑んだ。



 ◆◇◆



 その晩。

「今日から少しの間お世話になりまーすっ」

 カレンはそう言ってお辞儀すると、目の前に置かれたチキンステーキをナイフとフォークを使って上手に切り分ける。

「わーいお姉ちゃんができたー」

 海月の小学五年の妹がはしゃいでいた。

「海月を学校に行かせるのを手伝ってくれるなんて……。戦争屋カレンちゃん。あなたには、私なんて感謝したらいいのやら……」

 海月の母は、涙ぐんでいるようだった。

「ついでに数学と英語の勉強も家庭教師としてあの子に教えてくれたら……。もうこれ以上ないくらい嬉しいな……」

 そして、涙ぐみながらさり気なく依頼を追加した。

「ご安心ください。越前海月は私が責任をもって明日、学校に登校させますよっ。あと数学と英語ですねっ。大丈夫です。私、兵器学校時代の成績はオール5ですからっ」

 カレンはそういいながらかわいらしく微笑む。

 あれから帰宅したのち、海月を高校に行かせるために来たというカレンを家族は、非常に高待遇でもてなした。

 カレンは、最初は戸惑っていたものの、すぐに越前家に適応し、いまはもうすっかり溶け込んでいる様子だ。

 しかし、海月だけは、ただがっくりと頭をうなだれたままである。

「嫌だ……。どうして僕が明日、学校なんかに行かなきゃならないんだ……。いまさら行ったって、きっとみんなからの冷たい視線攻撃に晒される……」

 まるで絞首刑を明日に控えた死刑囚である。

「明日が楽しみだね。越前海月っ」

 カレンは、そんな海月とは裏腹に、明日、高校に登校するのが待ち遠しいのか目が輝いている。

「カレン。僕がもう半年以上学校行ってないのを知ってるだろ……! 怖いから、明日のことは言わないで……」

「あぁ、ごめん。ごめん。人間の高校に行けることを考えたら、わたしとしたことが、少しだけわくわくしてしまってねっ。ひさびさの個別任務だし今回っ」

「僕はわくわくしないよ! 明日、学校行くくらいなら、死んだほうがマシだ」

「大丈夫だよ。越前海月。君に死なれたら、わたしの給料カットらしいから……。はぁ……。めんどくせ」

「さりげなくSだなあんた!」

 再び、海月は頭を抱えるのだった。

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