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『不登校』越前海月


《番外編――三・五章》

 



「嘘だ……」

 その少年には、自分が学校へ行くということが未だに信じられなかった。

 だが、彼はもう制服に着替えて、高校の校門前にいる。

 少年の名は越前海月えちぜんくらげ、十六歳。本来ならば高校一年生である。

 しかし、彼はこの『竜王学園高校』に入学してすぐ、対人関係の恐怖により不登校となり、すでに半年近く学校に行っていなかった。

 将来的な進路などに関しても全く何も考えておらず、海月も自身が完璧なダメ人間に退化しつつあることを自覚し始めていた。

 そんな彼が『ある少女』との出会いにより、急遽、毛嫌いしている高校に行くことになったのである。

「嘘でもなんでもないよっ。越前海月は今日からわたしと一緒に高校に通うの」

 少年の脇にいる、童話からでてきた赤頭巾のようなかわいらしい顔だちをした少女が言う。

「本当に大丈夫なの……?」

 心配そうに尋ねる海月。

「それは、越前海月が校舎の中に入ってからの、オ・タ・ノ・シ・ミ」

 少女は愛らしく微笑みながら口元に指を当てる。

 風が、彼女の長い黒髪をさらさらと揺らした。

 海月はがっくりと肩を落とし、少女と出会った日のことを思い返す。

「どうして、こんなことに……」



 ◆◇◆



 日を逆のぼることたった一日、昨日の昼。

 いつもどおり海月は家の二階にある自室のベッドで寝転びながら読書(主にライトノベル)を楽しんでいた。

 ここまでは、何の変哲もない一日である。

 欠かさない習慣の一つである昼の読書を終え、海月は読み終えたライトノベルを、脇に重なっている本の山の頂きに戻すとベッドから飛び起きた。

 そして背伸びをしながら呟く。

「よし、自室に問題なしっと……」

 不登校になって以来、海月は読書(主にライトノベルや漫画)をした後に、越前家のいろいろな部屋を見まわるようになっていた。

 自宅警備と呼んでいる、彼のいま現在で唯一の仕事(?)である。

 海月は、これを不登校の穴埋めのつもりでやりだしたのだが、正直あまり意味をなさない作業であるということに、始めて二日目には気がついた。

 しかし、ほかにやることもなかったので彼はこれを最低二週間のあいだ、継続することに決めたのだった。

 そんな海月は、自宅警備を始めて十二日目のその日もまた、軽い警備作業のために一階への階段を下りていく。

 居間に怪しい人物がいないかだけを点検しに行くのであるが、この作業中、そのような人物に出くわしたことはない。

 確かに、そういった怪しい人物が昼間から家の中に侵入している可能性はきわめて低い。

 だが、海月にとって、それはどうでもよかった。むしろ一つの作業を長い期間、継続できているということに自分なりのちょっとした充実感を見出していたのだ。

 彼の場合、一部屋、一部屋の見回りを無事終えるごとにそれは満たされていった。

 越前家は父親、母親、海月、妹の四人家族で、父親は現在、海外に単身赴任中。母親、妹はこの時間はパート、学校でそれぞれいない。

 広い居間には、特注の皮ソファーが置かれており、その手前には大理石のテーブル。ソファーから少し離れたところの台には、ついこの間、母が懸賞で当てた液晶テレビが置かれている。

「居間は問題ないな」

 満足気に呟き、海月がいつものようにその場から出ようとした。

 そのとき。

 突如、何かを漁るような物音が居間の奥を曲がったところにある台所から聞こえてきた。

「……え。なんだ」

 一瞬なにが起きたか分からなかった。

 しかし、それはすぐに海月の頭の中に浮かんだ。

(泥棒……)

 徐々に激しく鼓動し始める心臓。

「……」

(今、護身用具はなにもない。もし泥棒だったら……)

 安全であるということを背景に今までやってきたこの警備活動には、あまりにも想定外の事態であった。

(いったいどうすれば……)

 侵入者が現れることなどありえないと、これまでタカをくくっていた海月。

 しかし、今、この広い自宅に何者かが、それも台所にいるのを感じている。

 そうこうしているうちにまた台所から、今度は冷蔵庫を開閉するような音が聞こえてきた。

(やっぱりだ。気のせいじゃない。誰かが台所にいる!)

 様々な思いが海月の頭の中でループする。

(このまま、見つからないようにするか? でも、その間に、うちの家がめちゃくちゃに荒らされてしまったら――――)

 あれこれ悩んだあげく、ついに、海月は護身になるものをもって台所まで直接、確認に行くことにした。

 何かないだろうかとあたりを見回す。

「……おっ」

 すると、小窓に掛かったカーテンが目に止まった。

「これだ」

 海月は小窓に近づくと、音を立てないようにゆっくりとカーテンを窓からはずして、カーテンを窓枠に固定していた鉄製の棒をカーテン生地から抜き取る。

 そこまでたいした武器ではないが、何もないよりはずいぶん心強い。

「よし……」

 その鉄の棒を握ると、海月はじりじりと台所に足音を立てないように忍び寄っていく。

 台所から聞こえてくる何かを漁るような物音。

「ずうずうしい奴だな……」

 音から察するに謎の人物は、冷蔵庫の中の食料を取り出して勝手に食べているのであろう。

 しかし、海月には気がついていないようである。

 やがて、台所の近くにくると、海月は素早く、台所に隣接した壁に身を隠した。

「ふぅ……」

 そしてその壁を背に、すこし呼吸を整える。

 その間にも、冷蔵庫を漁っているような音は続く。

 海月は、問題の台所のほうを、そっと覗いてみることにした。

 あまりよくない眼を凝らす。

「……」

 薄暗い台所に、冷蔵庫の明かりがほんわりと光っていた。

 そして、その正面に誰かが座っている。

 開けられた扉が邪魔で顔などは見えない。

 だが、薄暗い中でも、相手がとても小さな人物であることがわかった。

 目立った武器を持っている様子はない。

 想像していたよりも随分、華奢でひ弱そうな泥棒である。

 女かもしれない。

「!」

 相手の意外な風貌に、一瞬、戸惑う海月。

「……」

 だが、すぐに考える。

(僕の知っている人間だろうか……?)

 もちろん、思い当たる節はなかった。

(やはり、泥棒)

 変わらず恐怖もあったが、相手の正体をある程度まで把握した海月は、だいぶ落ち着きを取り戻した。

(……とりあえず、華奢な女が一人。これなら、僕だけで捕まえられるかもしれない……)

 海月の頭をよぎるそんな思い。

 それはすぐに確信へと変わった。

(……うん。間違いなく大丈夫だ。もし抵抗されたとしても、華奢な女の攻撃なんてタカがしれてる。それに、僕はまだ相手に気づかれていない)

 海月の自宅警備魂に、いつの間にか火がついたようだ。

「……作戦変更」

 そう呟くと、海月は、鉄の棒を強く握りなおす。

 胸の奥に、ふつふつと湧いてくる闘志。

(捕まえて警察に引き渡してやる……)

 呼吸を整え、また、ちらりと薄暗い台所のほうを覗く。

 相手は先ほどから、冷蔵庫の食料を漁るのに夢中で、海月の存在には気がついていないようである。

 この機会を逃がす手は無い。

「……かわいそうだが、自業自得だ!」

 海月は覚悟を決めた。

(いくぞ!)

 カウントをとりはじめる海月。

「5……」

 バタン。突然、冷蔵庫の扉が閉まる音がした。

「4……」

 ひた。ひた。誰かが裸足でこちらに歩いてくる音がする。

「3……」

 ひた。ひた。ひた。さらに足音は近づく。

「2……」

 ひた。ひた。ひた。ひた。足音がすぐそばで聞こえる。

「1……」

 突然、足音が消えた。

「0!」

 海月は勢いよく、隣接した壁から台所に向けて飛び出した。

「おい、観念し」

 だが、言い終わらないうちに言葉を詰まらせる。

「……え」

 そこには誰もいない。

 まるで、狐につままれたような感覚のまま立ちすくむ。

 薄暗い台所は、何もなかったかのような静けさである。

「どういうことだ……」

 海月は、信じられない事態に唖然となる。

 いったいなにがおきたのか分からない。

 すると突如、そんな海月の背後から

「隙が多くて、あくびが出ちゃうねっ」

 透き通るようなかわいらしい声がした。

「わ!」

 突然のそのセリフに海月は、驚いて振り返る。

 そこにいたのは、少女だった。

 海月が通っている高校のセーラー服をきて、警察が被るような制帽を被っている。

「ふぁー、あ」

 そして、本当にあくびをしていた。

 驚きのあまり、海月は持っていた鉄の棒を床に落とす。

 カランと、その場に響く軽い金属音。

「……いつのまに!」

 そのセリフを最後に、海月は吹っ飛んでいた。

 ふいに、少女が強烈なアッパーを放ったのである。

「不意打ちには、不意打ちでっ」

 少女は笑顔で呟いた。

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