怪異『恐怖の大王』
体操服にブルマー、さらにその上から灰色のマントを羽織り、頭には王冠のようなティアラを載せた明らかに危ない格好の少女が凄まじい勢いで降ってきたではないか。
ドガシャアアアン、という物騒な音を立てて無事に彼女の落下(?)が完了したところで。
「まんまオチモノ系か!」
とりあえず日和又が突っ込みをいれておく。
「あ、はい」
やがて、少女はそんな返事すると、ゆっくりと立ち上がる。
黒髪ツインテールとタレ目がどことなく天然な印象を与えているが、あれだけの高さから落下したのに傷一つないところを見ると、間違いなく怪異だろう。
ちなみに、体操服のゼッケンには『私が怪異だ』と大きくプリントされている。
そんな怪異少女を目前にして、メギストスの表情が険しくなった。
「こいつまさか……」
「さっそく分かったんですか! 怪異の正体が」
日和又が真剣な顔つきでメギストスに問いかける。
「うむ」
大精霊は頷く。
「い、一体なんの妖怪ですか、このお嬢さんは?」
今度は依頼人が尋ねた。その声は恐怖のせいか少し上擦っている。
すると鬼気迫る表情で大精霊は言った。
「名づけて怪異・恐怖の大王っ!」
「いや、いま名づけないでください!」
瞬間、日和又は持っていた文庫本でメギストスの頭をパシン、と叩く。
「にゃぃっ。貴様ぁああああああ! ハゲたらどうするのじゃっ!」
「……紳士な突っ込みですよ。ハゲませんよ」
「なら許す」
一方、恐怖の大王と名づけられた少女は、
「そうです。私が恐怖の大王ですっ! ワーッハハハハ」
思い出したかのようにマントを広げると、大きな声で叫んだ。
同時にツインテールがピコピコと大きく上下する。
「キミも合わせなくていいんだよっ!」
パシン。
再び振り下ろされた文庫本。
「ふええ、ハゲの病気が移ります」
「……えーと、僕って嫌われてるのかな」
さて、閑話休題。
日和又は恐怖の大王(自称)に『この屋敷に住み着く目的』や『一行を襲う理由』ついでに、こんなことをやっていてこれから『展望』はあるのかということを問いただす。
対して、大王は顎に手を置いて真剣な表情で考え込んでいたが、やがて、
「えーとですね」
覇気の全く感じられない口調で語り出した。
「……まず、私のかねてからの目標がこのセカイを恐怖のどん底に叩き込むことだということを知っておいてください。でも、そのためにはこの資本主義社会をどうにかせねばなりません。ちなみにそこに至るまでのプロセスも当然あるのですが、常人には到底理解できないガリレオ博士の残した数式や、私が最近バストアップ運動に興味を持っているという前提知識をどうしても要求してしまいますので、まぁ省略いたします。で、話しは戻りますが、資本家を打倒する『恐怖計画』を私はここで言う、世紀末の年に企てていました。でも、その時は、私の認識が甘かったんです。というのも、私の住む異世界にも中学受験といいますか、そういうものが当然あるんですね。そして両親の反対に合い、この計画を折られちゃった訳です。でも、あれから時が経ち、私は色々な紆余曲折を経たあげくここに流れつきました。家を飛び出したので自由も手に入れました。しかも運良くここの住人は金持ちの資本家でした。だから、現在進行形で計画を実行しようとしているのです。依頼人さんを攻撃した理由は、特にありませんが強いて言うなら暇つぶしと資本主義打倒に向けてのトレーニングでしょうか。にしても、冷凍マグロはやりすぎました。ごめんなさい。さて、将来の展望とのことですが、まぁ、私はどちらのセカイでも進学・就職する気はありませんから、俗に言う夢追いニートでしょう。先が見えない状態です。でも、セカイを恐怖に陥れるという夢のためには精一杯努力しますよ。頑張って、例えば『怪異デュラハーンさん』や『怪異ミミックさん』、『怪異バンシーさん』のような一流の怪異を目指して今回のようにトレーニングは欠かせませんって……ああああ、言ってるうちに長くなってしまいました。あなたたちを襲う理由も含めてこのくらいで納得していただけますでしょうか」
「……すまん、長い。中学受験のくだりでリタイアじゃ」
メギストスは銀髪の毛先を触りながら言う。
「うーん。とりあえず、もう少しカットできそうだよね。後、肝心の動機が伝わりにくいかな」
今度は、日和又からダメ出しがでる。
「ふええっ」
大王の長い語りが、水の泡になった瞬間だった。
「うーん。最後まで聞いてたけど、分からないなぁ」
七川までもが首を傾げていた。いくら意味不明な供述でも、電波少女にダメ出しをされたら終わりである。
「そ、そんなぁ。皆さんひどいですっ! せっかくスピーチ頑張ったのに!」
大王は涙ぐむ。
日和又は「スピーチではないだろ」と訂正してやりたかったが、それも酷に思えたので黙認することにした。
いくら怪異とはいえこんな奴に狙われるとは、依頼人が気の毒である。
そんな折。すっかり空気と化していたミーナが、
「そういえばさっき怪異ミミックって聞こえた気がしたんだけど、それ、ボクの一族のこと?」
何気なく口にした途端。
「えええええええええええええええ、嘘っ!」
大王の口から何故か悲鳴があがった。
「ほ、ほ、ほ、本当にミミックさんですかー?」
「そーだよ」
すると、大王の顔はみるみる紅潮していく。
「ふ、ふぇえええええ! 一流怪異のあなたがどうしてここに!?」
「簡単に言うと西遊記的なノリだよ。まぁ、ボクはあっちじゃ名の知れた家の生まれだから驚く気持ちは分かるけど」
そう言いつつ、ミーナは照れたように頭を掻いた。
「え、ミーナ偉いやつだったのか……。その割にはメギストスさまにあっさり退治されてたな……」
日和又からの痛い指摘に、彼女はひくっと頬を引きつらせる。
「うるさいなっ! あれは相手が悪かったのっ! 他の雑魚相手だったら一撃だったんだから!」
「ほー」
日和又は面白そうにミーナを見つめる。
「なんだその目は! おまえだってただの解説厨だろーが。黙ってろやっ!」
「……うぐ」
一方で大王は、
「そうなんですか。でも、まさか、ミミックさんと会えるなんて……す、すごい。敵ながら感激です!」
感動に声を震わせていた。
「いやいやそれほどでも」
「いえ、いえ、いえ。やっぱり本物は超可愛いです。紅い目がミステリアスです。魅力的です。すごいですーっ!」
あげく彼女は喜びを押さえきれない様子でミーナに近づくと、じっと凝視しはじめた。
「あら、やっぱり?」
この褒めちぎりに対して、ミーナはまんざらでもない様子だ。
「あ、あのよかったら……」
本物のミミックを前にした大王はキラキラと目を輝かせている。
「ん、何? サインなら全然構わないけど」
「あ、いえ、そうじゃありません」
「じゃあ一体なん――――」「私と殺し合いしてくださいっ!」
「へっ……!?」
そのカミングアウトに、ミーナだけでなくその場にいた全員が凍りついた。
「あれ、聞こえませんでしたかっ?」
大王はとても無邪気な笑みを浮かべてもう一度言った。
「私と殺し合いしてくださいっ!」
「……」
しばしの沈黙を挟んだ後。
「だが、断る!」
ミーナは当然のごとく、提案を拒否した。
だが、相手は一筋縄ではいかないらしい。
「ダメですっ! 殺し合いしましょう!」
「ノーセンキュー」
「レッツ、戦争しましょうっ!」
「言い方をいくら変えても嫌だからねっ!」
「大好きなミミックさんの血が見たいですっ」
「庶民クラスがボクの血をみようなんて千年早いっ!」
「ふえええっ。内臓ぶちまけて殺したいですっ! お願いします!」
「嫌だっ。雑魚の相手なんかしてる暇ないよっ!」
「ふえええ――――」
両者一向に引かない。
まぁ、ミーナが名に恥じぬ実力を備えていないのは見て取れる。
それにしても長いやりとりである。
この状況に、残された四人は、
「……なんなのじゃ。この茶番は」
「ですね」
「私、依頼人なのに」
ただ苦笑して待つしかなかった。
約十分後。
「うううう。もういいですよぉ、分かりましたっ!」
大王はようやく諦めたかのような口ぶりで言った。
彼女の眦にはいつの間にか涙がにじんでいたが、ミーナにとってそんなことは関係なかった。身の安全が第一なのである。
「ふぅ。ようやく諦めたか……」
大王の諦めを知ったミーナは、ほっとして胸を撫で下ろす……が、それもつかの間。
「じゃあ私、この屋敷から絶対に出て行きません! それどころか、私の仲間を呼んでもっといっぱい悪さをしてやります! そうなったのも全部ミミックさんのせいですからね! うわああああああああんっ!」
大王はとんでもないことを言い出す。あげくには、床に倒れこんで手足をバタつかせはじめる始末。
「どこの小学生だっ!」
ミーナは突っ込む。
すると、その背後から、
「あのー。そうなると私が困るんですよ。依頼破棄どころの話じゃないっ!」
依頼人が切迫した口調で言った。
「えええ! メ、メギストス助けてっ」
だが、メギストスも、
「……というわけなのじゃ。せっかくだから相手してやれ」
むしろ、無責任に追い討ちを掛けてきたではないか。
「ふざけるなああああああああっ……うっ!」
ミーナは思わずキレそうになったが、皆のきつい視線を察してすぐに黙り込む。
やがて目を閉じて、考え込んだ末。
「うううううう、ち、畜生。分かったよ、もーっ!」
しぶしぶ大王との勝負に同意するのだった。
「ふ、ふええええええ。本当ですかーーーっ!」
これを聞いて、まるで生き返ったかのように大王の触角、ではなくツインテールは大きく上下する。
「ったく、特別なんだからねっ」
ミーナはやれやれと肩をすくめて嘆息した。
「やったーーー。じゃあ、どこでバトルしましょうか。ここですか?」
「いや、さすがにここはまずいから場所を移す」
「了解です。じゃあ、河川敷にでも移動しましょうかーっ」
どうやら大王は、あっさりこの屋敷から出て行く決心をしたようだ。
そんな二人のやりとりを見つめながら、メギストスは依頼人に言った。
「とりあえず怪異はここから出て行く。つまりは、依頼人どの。我等の任務は果たした……ということじゃ」
すると、老紳士は安堵の表情を浮かべて、
「よ、よかった。ありがとうございますメギストスさんと、お連れの皆さん! 感謝の気持ちでいっぱいです! それじゃあ謝礼を受け取って、なるべく早めに引き取ってくださいませ!」
「……申し訳ない」
案外、心変わりの早い依頼人から約束の謝礼を受け取った後、一行は別荘を後にした。