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オチモノの館


 ◆◇◆



「……で、ここが問題の別荘か」

 大精霊の厳かな声が響く。

 怪異相談所のある地区から車を走らせること約二十分。日和又たちは高級住宅地の一角にある資産家所有の別荘に辿りついていた。

 相談所メンバーたちは、ある者は専門道具が入ったカバンを、ある者は某出版社の解説本を、ある者は回転式の改造モデルガンを、ある者はコスプレ道具一式を手に、それぞれ緊張した面持ちで門の前から広大な敷地に建てられたその屋敷を見上げた。

 どこか中世風に造られた巨大な屋敷は、所有者の家柄を象徴するかのように洗練された気品と美しさを漂わせており、まるで童話に出てくるお城のようである。

 そんな別荘を見つめていた一行の身に、間もなく冷たい風が吹き付けてきた。寒いというよりは、刺されるような痛みに近い。

「ううううっ、寒いよ。おじーさま、とっとと開けてくれないですかっ」

 耐えかねた七川に急かされた依頼人は、

「了解しました」

 玄関前に行くとキーを差し込み、落ち着いた口調で暗証コードを読み上げる。

「えーと確か……。もう、おにぃちゃんっ、わたしのブルマいい加減に返してよっ!」

 老人がやや裏返った声でコードを読み上げると、ガシャ、プシューッという音を響かせながら重厚な扉が自動で開いていった。

「どうぞ。お入りください」

「…………ぐはっ」

 その場に倒れた四人を目の当たりにして、

「設定した人に殺意が湧くこともあるんですよ」

 老人は本音を漏らした。

 さて、屋敷の内部へ足を踏み入れたメギストスたちは、

「暖かいな。やっぱ金持ちの家は違うのじゃ」

「正直、住んじゃいたいのです」

「調査を忘れそうなくらい快適な空間だ。くそ、こんないいとこ住みやがって!」

「だんだん恨み節になってきてない?」

 そんなことを口ぐちに言いながら、長い廊下を抜けた先にある問題の場所へ向かう。

 やがて。

「ここですね」

 辿りついたそこは吹き抜けの大きなホールだった。部屋には上の階からさらに上の階へと続く形でらせん階段が設置されており、その場から屋敷の天井を見上げるとまるで永遠とそれが続いているように見える不思議な造りになっている。

「通称・『オチモノホール』と呼ばれております」

 広いホールの周辺を眺めながら老紳士は言った。

「オチモノホール……。なるほど。確かに何か不気味な雰囲気だ」

 らせん階段を見て、七川は脅えたように呟いた。改造ガンのグリップを握る彼女の手にも力が入る。

 そんな張り詰めた空気の中、

「まぁ、いま考えたネーミングなんですけどね」

 依頼人は早くもカミングアウトした。

「……あの、一応いい流れで来てるんで、この際『オチモノホール』ということで統一しましょうか」

 カミングアウトをそのまま流す形で、日和又はメギストスに問う。

「さて、どうですか、メギストスさま。ここに怪異の気配とかは?」

 尋ねられたメギストスは、

「うーむ。気配はないが、潜んでいる可能性は否めん。まぁ、このホールを中心に調査したほうがいいのは確かだな。後、付け加えるならあまり上は……」

 いつもの彼女らしからぬ歯切れの悪い口調で言うと、ふぅっと嘆息した。だが、その手にはすでに『めぎすとすっ!』が握られている。

「なるほど。まぁ、何かが落ちてくる気配はいまのところなさそうですしね」

 日和又は、まるで事件の犯人を見つけられない刑事のように、やるせない様子で『オチモノホール』の吹き抜け部分を見上げる。

「なっ!」

 だがその瞬間、彼は絶句した。

 驚愕する青年の視線の先にあったもの。

 それは、鋭い刃先をこちらに向けたナイフ。

 ステーキを切るときに使うナイフ、それが真っ暗な闇の中からまるで漆黒を切り裂くようにして現われたのだ。

 瞳の焦点がそれに合った瞬間。ナイフはこちらに向かって当然とでもいうように落下を開始した。

 それだけではない。先ほどの一本が合図だったかのように、今度は、ゆうに百本を越えるナイフが一斉に鋭い刃先を向けて闇の中からズラリと姿を現した。

 そして雨が降るかのごとく、それらもこちらに向かって落下を開始したのである。

「おいまさか……」

 まるで悪夢を見ているかのような信じがたい光景。

 この物騒すぎる奇襲に日和又は、

「う、嘘だろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおーーーーっ!」

 大きな声で絶叫した。

「……強く意識すると同時に落下する仕組みの〝イビルトラップ〟じゃ。精霊力もったいないから本体叩くまでスルーしておくつもりだったのに」

 大精霊いわく厄介な罠なので気づかないふりで乗り切るつもりだったらしい。

 だが、何故そんな大事なことを最初に知らせないのだろう、普段の日和又なら突っ込みを入れたいところだったが、もちろんいまの彼にそんな余裕があるはずもない。

「うわああああああああああああああああああああ」

 日和又の絶叫に、やれやれといった様子で魔法書をめくるとメギストスは、

「クリオラン、サバオト、バイケオン――――」

 素早く呪文を唱えはじめる。

「怪異の奇襲キターーーっ!」

 一方で七川は構えた改造ガンを上空に向けてすでに、ズキュン、ズキューーン、と撃ちまくっている。あげく、何本かを撃ち落とした。

 おまえはルパン三世の相方か、と突っ込みたくなるような射撃の腕はお見事である。だが、それどころではない、まだ残っているナイフの方が明らかに多い。多すぎる。

 これらを銃で全て撃ち落とすにはどう考えても時間が足りない。

 名誉の戦死フラグは目前だ。

 さて、高校物理の授業で習った通りにナイフの群れは落下し続けている。ニュートンなら歓喜しただろうか。否、彼でも絶叫するだろう。

 そんなナイフの一群と五人との距離はどんどん縮まってきており、このままでは間違いなくゲームオーバー。血まみれエンドである。

 だが、ナイフがその落下をやめてくれるはずもない。

 もはや、なすすべがない日和又に対し、鋭い刃先がもうそこまで迫っていた。

「うわああああああああああーっ! こ、これ間に合わないってえええええええええええっ!」

 絶体絶命のピンチに彼は目を閉じる。

「……」

 ズバッ、ズバババババババババババババッ、ある意味爽快な音がしてから、一秒が経ち、二秒が経ち、十秒、二十秒、一分と時間が経過した。

 死を覚悟した脳からアドレナリンが分泌されているせいだろうか、時の流れがやけにゆっくりとしたものに感じられる。

 もう、ダメだ。降り注いだナイフは僕の全身を貫いた。出血多量で死ぬ。早く僕を病院に連れて行ってくれ。でも痛くないのは、どうしてなんだいパトラッシュ。

 訳の分からない言葉でしばらく自問自答を繰り返していた日和又だったが、

「あれ」

 やがて、肝心の痛みがいっこうに訪れないことに気がついた。

 恐る恐る青年がその目を開けてみると……。

「……あっ!」

 なんと頭上に魔法書が浮いていた。しかも、メギストスが抱いていた書の何十倍という大きさで。

 宙に横たわるそれが盾となってナイフの雨から日和又たちの身を守ってくれたのは明白だった。

 件のナイフ群は全て巨大な『めぎすとすっ!』の表紙に突き刺さっていたが、それらはやがて水あめのようにドロドロに溶けて蒸発していく。

 それはあたかも巨大な傘が雨水を弾くかのようである。

 この完璧なブロック魔法に日和又が息を呑んでいると。

「命拾いしたなー。にゃはっ」

 大精霊が冷やかすような口調で言った。

「メ、メギストスさまあああああああ!」

 ナイフ雨から生還した日和又は思わずメギストスに抱きつこうとするが、

「おまえのせいでいきなり精霊力減ったぞ、バカヤロ!」

「つうううううううっ!」

 抱擁の代わりに強烈なスネ蹴りが戻ってくるに留まった。

 ちなみに、ミーナはというと、

「……ぐすっ」

 恐怖のあまり床にうずくまって泣いていた。

 正直、戦力としては期待できそうにない。

「それにしても、なかなか残忍なことをしてくれる」

 上空の闇を見上げてメギストスが言った。

「まったくだよっ!? 怪異が怪異に殺されかけるなんてジョークにもならないしっ!」

 ミーナが頬を膨らませて呼応する。

 そんな時。

 闇に包まれた上空から今度は一枚の白い紙がヒラヒラと落ちてきた。

「む……」

 メギストスは落ちてきたそれをすぐに拾い上げる。

「なんだこれ?」

 五人は神妙な面持ちで紙を覗き込む。

 するとそこにはタイピングソフトで打たれたと思われる文字が並んでいた。


『私を退治しにきた偉大なる勇者さんたちへ。私が設置したトラップをかわすとはお見事です。パチパチ。こうなれば直々にお相手をするしかありませんね。それが礼儀というもの。まぁ、とりあえず長々と書くのが昔から苦手な私ですから、空を見てください。いや、見なさい、いや見やがれです』


 言われたとおりに五人が吹き抜けの天井部分を見上げると、

「ふ、ふええええええええええええええええっ!」

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