海とキャンプとあと青春
カメラとタバコとあと青春(https://ncode.syosetu.com/n7099fn/)の続きのようなものです。先にこちらがおススメです。
筆舌に難し。
その言葉の意味は文字の通り、文章にするのが難しいという意味だ。言葉にならないという言葉自体どこか矛盾を感じるような気するが、こればかりは「松島や ああ松島や 松島や」という俳句が残っているのだから仕方ない。松尾芭蕉でも無理だったのだから、所詮半分飲み会サークルと化した写真サークル所属の俺達に出来る事と言えば、だ。
「ミノル先輩撮れましたか?」
カメラを構えてシャッターを切る事ぐらいである。
まぁデジカメなんだけど。
「一応」
「へぇ、見せて下さいよ」
三脚に載せた、というか三脚が生えてると表現すべきバケペンから離れ、砂地を歩きづらそうに駆け寄ってくる。
ので、画面を手で隠す。
「何ですか? 喧嘩売ってます?」
「いや、なんかそっちはフィルムだから撮ったの見せるの癪だなって」
思った事を素直に口にする。彼女は古いフィルムカメラを使っているので、ハイチーズ見せて見せてとはいかない。写真屋にフィルムを渡してそこから現像してと最近の子供は確実に知らない工程を踏まなければ見せる事は出来ないのだ。
「器小さいっすね、マイクロフォーサーズでももっと大きいですよ」
「フルサイズだけど」
一応訂正する。デジカメのセンサーサイズに例えるぐらいならさっさとデジカメ買えばいいのに。
「こっちは中判なんで勝ちですね。ホラ見せて」
ちなみにカメラのセンサーサイズはフィルムを基準にした名称となっており、彼女の指摘通りバケペンはロクナナなので負けている。ので俺は諦めて隠していた左手をポケットにしまう。
「うっわ、手ブレひどい」
「三脚忘れたんだから仕方ないだろ」
三脚を忘れたという事実は、こんな夕暮れ時にカモメでも撮ってみようなどと試みた写真に刻まれていた。もうブレブレで人に見せられるものではない。
「普通忘れます? 仮にも写真サークルなんですよ私達」
ため息混じりの反論。そして彼女は後ろを振り返り、俺が砂と太陽と格闘しながら立てた大きな緑色のテントを指差した。
「キャンプサークルじゃなくて」
ぐうの音も出ない。今日持ち込んだキャンプ道具の総額ウン十万円なり。もっとも今度はアウトドアだと言い出した流行り物好きの爺さんが買い揃えた最新の道具をそのまま借りてきたので俺の懐は特に痛んでないのだが、何しに来たのお前と言われたらそれまでである。
「そう言うならお前……テントの中入れないからな」
結局出てきた反論は小学生並のひどいもの。
「またまた、どうせ先輩の物じゃないんでしょう?」
その通りなのでまた黙る。しかし二度目の沈黙は辛かったのでポケットから加熱式のタバコを取り出し煙を注入。
「都合悪くなったらタバコ吸いますよねミノル先輩って」
「……吸いたくなっただけです」
「でもまぁ、テントから追い出すのは車の鍵貸してからにしてくださいね。そこで寝ますから」
「それはずるい」
古いSUVなので後ろのシートを前に倒せばアサヒの言う通り車中泊ぐらい楽勝なのだが、いかんせん汗まみれになってビールで水分補給をして立てたテントより車の方がエアコンもあるので快適という事実には目を背けたくないのだ。
「じゃ、テント入ります」
「へいへい」
テント、といっても爺さんが買ったのはなかなかでかい奴で人間二人が寝るには十分過ぎた。おまけに前室だかはバーベキュー出来るぐらい広くて快適。正直これが無かったら熱中症で帰りはSUVじゃなく救急車になるところだった。
「にしても先輩のお爺さん凝り性ですよね、もう持ち運べる家ですよこれ」
「まぁなぁ」
それには迷わず同意する。俺が知らない間にキャンプの歴史は随分と進んだらしく、テントに寝袋ランタンどころかベンチに机に棚にカートおまけに簡易ベッドまでもはや部室より充実した設備がここにあった。
が、無い物もある。
「日が沈むまでもう少し時間ありますけど、ご飯先食べておきます?」
「いや任せるよ」
「まぁ……たしかにコレはどっちでも良いですよね」
コレ、というのはカップ麺とコンビニのおにぎりである。いくら爺さんがキャンプ道具をタダで貸してくれるからといって、食料までは借りられない。そしてバーベキューなんて貴族の遊びをする財布の余裕もない俺達は、この豪華な設備でカップ麺を啜るという当然の帰結に辿り着いていた。
ちなみに少し離れたところにいる家族連れは、まるでそれが法律ですとでも言わんばかりに汗だくのお父さんが火起こしに勤しんでいる。
「じゃ、食べましょ先輩。カレーとシーフードどっちが良いですか? キャンプ気分を味わうならカレー、海気分を味わうならシーフードですけど」
「あー…シーフードで」
せめて海気分だけでも味わおうということで決定。タバコを吸い終えた俺は吸い殻を元の箱にしまいテントの中の椅子に腰をかける。一応設置場所を気をつけたおかげで、そこからは海がよく見えた。
「しかし先輩、バーベキューさせろとは言いませんけど晩飯コレなら先に言っておいてくれて良かったんじゃないですか?」
アサヒは冬山でも使えるらしい抜群の耐候性を誇るというガソリン式のバーナーでヤカンに水を入れてお湯を沸かし始める。なお夏の海ならカセットコンロで十分だった模様。
「……だって俺達バーベキューサークルじゃないし」
「カップ麺サークルでも無いですけどね」
流石にそれはうちの大学になさそうだ。
「言ってくれたらこっちも用意ぐらいしてきたのに」
「バーベキューの?」
「違います、料理ですよ料理。こんな学食以下の夕食だって知ってたらお弁当ぐらい用意しましたよ」
少し意外な発言だ、彼女が料理出来るとは思わなかった。てっきり得意なのは白黒のフィルムの現像ぐらいかなと思っていたが違ったらしい。
「まあ冷食詰めるだけですけど」
あってた。
「うわもう湧いた、どれだけ火力あるんですかこれ」
「調べてみる?」
「いえ、規準わからないんで遠慮しておきます」
「それもそうだ」
取り出そうとしたスマホをポケットの奥に戻して、割り箸を乗せてお湯が沸くより長い時間を待てばカップ麺の出来上がり。蓋を開ければ磯の香りが鼻腔をついたが、よく考えれば当然のことだった。
「いただきます」
「いただきますか」
アサヒにつられて一言漏らし、海を眺めながらカップ麺を啜り始める。この間食べた時よりも随分と美味しく感じられたから、結局海を見ながら食えば何でも美味しく感じるのだろうという結論に一人至った。
「こういう景色見ながらだと何でも美味しいですよね」
訂正、二人至った。
ーーその瞬間、手が止まった。
ふと目に飛び込んだ光景。能天気な青空を映していただけの海が、赤く燃える太陽を呑み込み始めた。不恰好なはずの厚い雲はオレンジの光に染められ、空に幾つもの層を作る。水平線の先は深く、深く紺色のラインを描き、描くグラデーションがそこまでの距離を表示する。
などと言葉を並び立ててなお、その美しさは表現できない。それでもあえてこの景色に言葉を飾り立てるなら。
筆舌に難い美しい景色がそこにあった。
「写真、撮らなくて良いんですか?」
「三脚忘れたからね。そっちは?」
「フィルム、星の撮影に使いたいので」
「そっか」
そこで会話は終わり。ただ二人で椅子にもたれ、日が沈む様子をただ黙って眺め続ける。写真サークルの一員として疑問の残る行為かもしれないけれど。
ただのデートにしては、上出来すぎたように思えた。