第四楽章「ドール」
そこはハリボテの街。全てがどこか薄っぺらで、三流の映画の中のようだ。向こうから一人の少女がふらふらと歩いてくる。彼女の上で、細い糸がキラリと光った。彼女は巨大な何者かに操られているようだ。と、どこからか浦戸が現れる。彼女を動かす糸を引きちぎり、それきり彼女は動かない。動揺した成実は問う。
「あの子、大丈夫なの」
来也が答える。
「死んではいません。言うなればそう、擬死反射です」
「じゃあ」
「ストレスに耐えかねて、動き方を忘れてしまっているんです。だから、刺激を与えれば」
「そんなこと」
キチキチ、キチキチ。カッターの刃を出し入れする。彼の真意に、彼女はすでに気づいていた。そしてその上で、そうはしたくないと思っていたのだ。浦戸の言葉がフラッシュバックする。
「被害者でいれば加害者より楽なんて、そんな考えが透けて見える」
呟いてみる。
「覚悟が足りない、か」
傷つける覚悟もなしに、人は救えない。そして心の壁を切り開いて、中に触れるための鍵を彼女はすでに持っていた。カッターを見つめ、誰にともなく問う。
「良いの、私なんかがそんなことして」
「いい方向に転ぶかどうかは、誰にもわかりません。ただ、人は傷つけあって生きている」
少し間をおき、意を決した彼女は人形にカッターを突き刺した。中から声が聞こえる。
「誰、放っといてよ」
「放っておかない。目の前で倒れてる人を、見殺しにするようじゃ駄目だから」
「そんなこと言われても、私にはもう何もない。糸が切れたら、もう」
「糸って、何なの」
「私は凄いと思ってた。でも、凄いのは私を動かしてる人だった。私が何をしても、駄目なんだよ」
「駄目じゃない」
「何がわかるの」
「わからない。やってみないと、駄目かどうかはわからない」
「やってみた。やってみたけど、駄目だった」
「でも今は糸がなくなった。だから、わからない」
「でも」
反論を遮って、成実は傷口に手を入れる。その中から一人の少女を引き上げた。
「大丈夫、きっと大丈夫」
浦戸が立ち去る。
「俺の役目は、終わったってことか」
亀の中から、澄香を救い出す。澄香はただひたすらに感謝していたようだった。
「ありがとう、成実、ありがとう」
「私なんか、大したことしてないよ」
「いいや、大したことあるね」
「違う、違うんだって」
「違わない。大したことあるって私は思った、だからそう言った。それを否定するの」
「そうじゃ、ないけどさ」
「じゃあそれでいいじゃん」
「わかったよ、もう」
笑いあった。




