表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/6

第二楽章「●」

走っているうちに、二人はどこか知らない街に来ていた。そこは色のないモノクロームの世界。真っ黒な空に太陽が輝き、ビル群を白く照らしている。

「ここは」

彼女が呟く。振り向いた彼の顔は見えない。顔が塗りつぶされたように、黒い球としか認識できなかった。

「何、これ」

声を漏らす。ノイズがかかって遠く聞こえる。言葉はかろうじて認識できるが声まではわからず、まるで自分の声ではないようだった。

「聞こえますか」

彼も声を出してみるが、やはりノイズ混じりになる。

「まあ、聞こえることには」

「大丈夫そうですね。とにかく、この夢の当事者を探さないと」

「どうやって」

「人一人の心なんて、そう広いものじゃありません。探せばどこかには居ます」

ビルの一軒に立ち入る。中は薄暗い、というより灰色だった。人の気配はなく、かといって埃を被っているわけでもない。ただ今この瞬間のためだけに存在しているような建物だった。一通りの探索をすませると、彼は少し恥ずかしげに言う。

「トイレとか、あるんでしょうか」

「わかりませんよ、そんなの」

「では、外でしてきます」

そう言って階下に降りてゆく。十五分ほど待っていると、再び彼は現れた。

「さっき戻ってくる途中で、すごいものを見つけました。行きましょう」

暗い通路を進み、重い鉄扉を開ける。彼女が中に入ると、彼は後ろ手に錠をおろした。

「それで、すごいものって」

「僕、思ったんです。ずっとここにいて、ずっとこのままでもいいんじゃないかって」

「駄目なんです、このままじゃ。こんな私じゃ」

両腕から血が滲み、傷口から恨み言が溢れ出す。それはただ彼女自身を突き刺すものだった。

「もう、いいんですよ。全ては済んだことです」

「仕事を途中で投げ出すのが、何より嫌いなんじゃなかったんですか」

「だから、もう終わったんですよ」

「あんた、来也さんじゃないね」

彼は見えない顔を両手で覆い、悶え苦しみだした。


拘束を解き、顔に纏わりついた黒を剥がす。来也を救ったのは、亀を追うあの男だった。

「なんでいるんですか、浦戸さん」

「仕事だからな」

「帰ってください。あなたのやり方は間違っている」

「相変わらず生意気だな。俺から逃げ回っていた頃から、何も変わってないらしい」

「変わりましたよ。鏡が使えなくなりました」

「だから大人になったってか。夢の中に囚われている限り、お前は子供のままだよ」

「大人が、そんなに偉いですか」

理解に苦しむ、といった表情で浦戸は聞き返した。来也は怒りを露わにして反駁する。

「子供を見下す大人が、どんだけ偉いのかって聞いてる」

「そういうのは、俺に助けられなくなってから言え」

何も言い返せず立ち尽くすばかりだった。


鉄扉を破り、浦戸が駆けつけた。彼の顔を覆っていた黒を引き剥がす。それは来也とは似ても似つかぬ誰かだった。

「ああ、僕は、僕じゃない、彼だ、彼に、なったのに、取って代わったはずなのに」

世界が崩壊を始める。彼女はどこか、同情してしまっていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ