選抜会議
私はここ数日、資料の山と向き合いっぱなしです。マリーも手伝ってくれているけれど、一年という期限内に捌ききれる気がしない……。
「ねえ、マリー。提案があるのだけど……」
「なんですか、姫様。今、お断りの書面を片っ端から処理していて忙しいのですが」
ぐてっと突っ伏す私とは裏腹に、マリーはロボットのように機械的な作業を高速でこなしていく。私がごめんなさい枠に置いた資料を、相手の国の言語で即時に、調べもせず、返事を書いていっていることからもその優秀さが伺い知れるものだ。しかし、それとは反対に、私のだらっと思考には付き合ってはくれない。
「思ったのだけど、ここはいっそ、顔でまずは選んでみるのはどうかしら?趣味があっても、見た目が好みでなければ結局合わないでしょう?」
作業を続けながら、私のことを若干無視していたマリーの手が止まった。作業しながら、私の話も理解する有能な侍女が居て私は幸せ者だ。それに、この提案には、何より、私がフツメンから将来の旦那を選びたいという思惑もある。
「……姫様。今まで、何を見て選んでいたのですか?」
「何って、趣味の欄とか、理想の夫婦生活とか、表面の文面だけど?」
「…………」
あ、マリーが考える人のポーズみたいになった。どうしたんだろう?私、何か変なこと言ったかな?
__暫く、そのまま時間が経った。私はそわそわとマリーの返事を待つ。ドキドキするなあ。王侯貴族って、みんなきらきらして眩しいから、最初以降あんまり見ていなかったけど、見た目も重要な要素の一つだもの。勇気を出して、我慢して写真見ながら選ぶって決意表明だったんだけど……。
「姫様」
あ、マリーが再起動した。今回は今までで一番長かったな。そんなに変なことは言ってなかったと思ったんだけど。
「今まで通りの方法で選びましょう」
「でも、」
「見た目が合っても、心が伴わなければ不幸になるだけです。さあ、再開しますよ」
「…………」
話は終わりだと言わんばかりに、マリーがこっちをガン無視で作業に戻った。仕方がないので、私も言われた通りに選考作業に入る。前世の芸能プロダクションの選考会議もこんな感じなのかな。この何万倍だろうから、私の想像を絶する苦労だったんだろうな。
余計な事を考えながら、手元の資料を隈なくチェックしていく。基本的に王侯貴族の趣味なんて、偏ったものだ。その中でも、大人なしめな趣味が書かれている資料を選別していく。
パラパラと資料を捲っていると、一つ初めての趣味を発見した。どれどれ、『妹の買い物に付き合うこと』ですって。これは、我が家のお兄様に対して、親近感が湧く内容なうえ、さりげなく、普通の男性ならば面倒くさいだろう女性の買い物にも付き合えるという、優しさと、懐の広さが伺い知れる。私の好み的にもポイント高いので、初めて採用枠に資料を置く。
今の今までごめんなさい枠ばかりで、スッカスカ状態だった興味あります枠に一枚資料が置かれた。初めて私がごめんなさいに横流ししなかったためか、マリーが作業の手を止めた。
「……姫様。何があったのですか。諸国の人気のある、並み居る王子たちをあれほど容赦無くバッサバッサと切り捨てておられたというのに……」
マリーが本当に驚いた、という表情でこちらを見ていた。失礼な。趣味が合わなかっただけで、はじかれてしまっただけでしょう?今まで、碌な趣味が無くて、合わなかっただけです!全く。切り捨てたなんて、人聞きの悪い。お口に合いませんでしたとか、そんなレベルの話よ、これは。
「とにかく、まだ資料は残っているでしょう?興味があっただけで、決まったわけではないの。さっさと続けましょう」
未だ、失礼なことを考えているだろう表情ではあったけれど、納得したのか、マリーは再び自分の作業に戻った。私も私でどんどんと選考を行っていく。
もはや、自分の結婚相手を見繕っているような光景ではないだろう。一種の作業ゲーをこなしている心地で、稀にヒットする当たりを正確に選び抜くため、ハズレを横へ素早くどんどんと流していく。
大体の王侯貴族は偏った趣味が書かれている。例を挙げるのであれば、特に多いのは狩猟。次に多いのが馬術。大体はこれで決まりです。前世であれば、目を引くこと間違いなしだけれど、娯楽の少ないこの世界では意外とポピュラーな趣味になっています。
活発な令嬢に対してなら効果はあったでしょうけど、生憎と私はその真逆の果てを超スピードで走り抜けている。一筋縄ではいかないのです。どんな幻想を見ているのか、それとも、正直に趣味を書いてそれしかなかったのか。おそらく後者が多い気はします。けれど、皆同じ形式で提出して頂いているのに、どうして、同じような内容になると気付く方は少ないのでしょうね。やはり、何も考えずに、私のこの美貌に騙されただけの方も多いのでしょう。
慣れてはいますが、マリーの話を聞いてからは、より一層、身の回りにも気をつけなければならないと思ったのです。その要素も加えるならば、まず、考えなしではいけません。この資料の山の中で、目に留めてもらうため、工夫が必要なのです。
こうして選別を行う立場になると、良く分かります。前世で、就活が上手くいっていないとこぼしていた同期がいましたが、あれは表面上のポーズでしか無く、実際には特に目標もないため、それが採用側に伝わり、上手くいっていなかったのでしょう。
熱意が伝わらなければ高学歴でも関係ありません。この資料で言うならば、たとえどこぞの大国の王であったとしても、あるいは、小国の末の王子に劣ることもあるのです。
書かれたポエムにばかり力を入れ、お互いの価値観を図る肝心な部分では目にも留めてもらえないのでは意味がないでしょうに。とても残念です。
__そうして、選考作業はさらに日数を重ねることとなり、ついに、全ての候補者の第一次選抜が完了した。
「残った候補は、ほとんど我が王国の有力貴族ですね」
「本当だわ。どうしてなのかしら?」
「実際に姫様をその目で見たかどうかが分かれ目だと思われます」
選考が終わり、残ったのは約30枚の資料。思ったより残ってしまった。元の数を思えば、むしろ少ないのでしょうけど。しかし、それでも8割は我が王国の貴族の資料。特に家名で選んだわけではないのに、不思議です。
「それほど違うのかしら?不思議よね」
「それほど不思議ではありません。周囲の姫様に対する崇拝っぷりを見ていれば必然だと思いますが」
「…………」
そう言われると、確かに、と頷くしかない。最近は部屋にこもりきりで見る機会も少なくなっていたけれど、ひどいときには、部屋の前で、地に頭を擦り付けんばかりにお祈りされたこともあったな。……すぐにマリーが排除したけれど。
その問題があったかと遠い目をしていると、マリーがそんな私をよそに、残った資料を何やらまとめ始めた。
「?それをどうするの」
疑問に思ってマリーに質問すると、先程の私ではないけれど、同じように不思議そうな顔で、こう告げた
「どうするも何も、これはお見合い用に用意された事前資料です。決まったのならば、早速話を進めませんと、一年なんてあっという間に過ぎていきますから」
「話を進めるって、もしかして……?」
嫌な予感に冷汗が止まらない。もはやただの作業と化していたけれど、よく考えれば、これは下準備。つまり、気になる相手が決まったら、することはただ一つ。青褪めた私の顔を見ることも無く、無情にも資料を持ちながらマリーが告げた。
「__それでは、お相手の方たちと交流できる日取りを纏めて参ります」
有能で優秀な侍女は、後は用は無いとばかりに、さっさと退出していった。残された私は、これから始まる日常に絶望感を抱くのだった__。