侍女長カレオラ来たる
「――あの子の将来の相手、ですか? まだ少し早いと思われますが、姫様」
「私もそう思うのだけれど……」
「人の寿命は私たちに比べてはるかに短いもの。それに辺境の地においては十代で嫁ぐのも珍しくはありません。あの子は家族を亡くしたばかり、早めに自分の家族を持たせるのも必要なことだと思われますが」
「それはそうでしょうが……」
「あの子の母親役を自分から申し出たあなたです、気持ちは十分わかるわ。私たちだって心配だもの。だからあなたに一つ引き受けてもらいたいの、ここまで言えばわかるわね? カレオラ」
「相手がどんな人物なのかを見極める……かしこまりました、その大役謹んでお受けいたします。我が姫君、アルスフェロー様――」
恭しく主に首を垂れた銀髪の女性、彼女は自分の義娘に迎えた少女カンショウのために尽くそうと心に決めたのだった。
… … …
宴が始まって間もなく、工房食堂の表玄関より一人の高貴な女性が忙しく動き回る厨房の方に現れた。彼女をよく知る村人たちはみな一様に驚きを露わにして頭を下げる。
「これはカレオラ様、よくお越しくださいました。いかなる御用でござますか?」
「お気になさらないで、皆さん。聞けばこの周辺の鍛冶師の皆さんがお集りとのこと、たまには私も他の村の人たちと交流してみたいと思っていたのです。後で当家から宴に掛かる代金の一部を支払いましょう。それで構いませんね?」
「は、はい、そうしていただけるならありがたい限りです」
女たちの返事に笑顔を見せるカレオラ、彼女はあいさつを交わすとそのままリュウ家の先々代リュウゲン達重鎮のいる方へと歩いていく。
姉姫の侍女長であり王家の傍流を引く彼女が亡くなった村長と親しく交流していたことをよく知る村人たちはそのままカレオラを見送ると、自分たちの仕事にもどっていく。
一方のカレオラもリュウゲン達壮年の鍛冶師たち一人一人に世間話を交えた挨拶を交わす間、抜け目なく食堂に集まった人々を観察していた。
――なるほど、さすが音に聞こえた北の鍛冶師たち。さすがに荒々しいものたちが多いようですね。
それが悪いわけではない、彼らとて普段は肉体を酷使して自分たちの仕事に全身全霊で臨んでいるのだ。しかし、今のカレオラにとってそれらは重要ではない、姉姫のもとに話を持ってきたのは妹、姫長メイシャンの義理の妹の一人リュウフォンだという。
義娘カンショウとともにいる彼女を目ざとく見つけたカレオラは一瞬、底光りする表情を見せて周囲の人たちとあたりさわりのない会話を交わしながら、そちらへと近づいていく。
「おや、二人ともそちらにいたのですね。宴を楽しんでいますか?」
「あ、カレオラお義母様! はい、皆さんが良くしてくれるので私も楽しんでいます!!」
にこやかに微笑みながらこちらにやってくる義理の母親を同じく顔を綻ばせて迎えるカンショウ、彼女と引き換えに宙に浮かぶリュウフォンは気まずい雰囲気を漂わせている。
「あ、私用事を思い出したから、これで……」
咄嗟にうそをついて逃げ出そうとする彼女に向かい、カレオラは小声で言い放つ。
「逃げるなら、容赦はしませんよ? かわいいカンショウのためですからね……!」
「はい、わかりました……」
姫長、姉姫ほどではないにせよ王族の力たるやすさまじいものがある。もはやここに逃げ場はなしと悟ったリュウフォンはすごすごと戻ってくるほかなかった。
「素直でよろしい、私は別にあなたがどうこう言っているわけではありません。私の眼鏡にかなうかどうかを確かめに来たのです。そのつもりでいなさい」
「は――い……」
「あの、何のことですか?」
二人の話がいまいち理解できなかったカンショウが首をかしげているとカレオラはふっと笑顔を浮かべて彼女の頭を撫でた。
「たいしたことではありませんよ、これから私は村の衆とお酒を楽しんできます。あなたも他の人たちの手伝いを頑張りなさい」
「はい、わかりました」
カンショウの返事に満足したのか、カレオラは笑顔のまま向こうで元締めリュウメイを中心に盛り上がる男たちの方に鋭い視線を向けた。
「では、手はず通りに」
「かしこまりました」
近くにいた商人組合の職員に目配せして、表情を改めるとカレオラは素知らぬ顔つきで鍛冶師たちの方へと歩いていく。そんな彼女の後姿をカンショウは不思議そうに見送るのだった。
… … …
「ハハハ、今年の酒は旨いなあ――……」
酒が入っていよいよ盛り上がる男たち、そんな彼らのもとに上品な佇まいの貴婦人カレオラが声をかける。
「もし、そこの皆さん」
「あん、誰だよ一体……って、これは姉姫様の! おい、野郎ども!! レゾニア貴族様のおこしだ、失礼なことをするんじゃねえぞ!!」
カレオラの登場に驚いた男の一人が大声で騒いでいた男たちに声をかける。彼女を見た男たちはみな一様に恐れを抱き、平伏する。
「そのようにかしこまらずともよろしいのに。一つだけ訂正させてもらうならば、傍流とはいえ私はれっきとした王族の一人。お間違えないように」
「ハ、これは失礼を! お越しのご用は何でしょうか!?」
静かに周囲を見回すか俺ら、彼女に親し気に声をかけたのはリュウメイだ。すでに出来上がっていた彼女は上機嫌もいいところであった。
「おや、カレオラさんじゃないかい。あんたも楽しみに来たのかい?」
「ええ、せっかくの機会ですし私もご一献お付き合いしたいと思いましてね……」
そう言って手を叩いたカレオラの後ろから、重そうな酒樽二つが運ばれてくる。一つはリュウメイ専用、もう一つは男たちとカレオラの飲み比べようだ。
「知り合いの貴族を通じて高級な酒を手配しておきました。私も皆さんと親睦を深めるいい機会だと思います。いかがでしょうか?」
「そ、そりゃあ、願ってもない機会です。はい……」
お互いに顔を見合わせた男たちは不安を隠しきれずにいたが目の前の見るからに高そうな酒樽を前にしては引き下がることはなどできるはずがなかった。
「ハハ、こいつは旨いねえ! あんたたちもさっさと飲んでごらんよ、こんな銘酒めったにお目に掛かれるものじゃないよ!! さあ飲んだ飲んだ!!!」
「姐さんが言うなら間違いねえ、それじゃ失礼して!」
立ち上がった男たちは酒樽に群がっていく、そのさまに呆れた視線を送る女衆。そしてほくそ笑むカレオラ、彼女を見たリュウメイはその狙いに気が付き不甲斐ない仲間たちの末路を思い浮かべて心の中で嘆息する。
――まったく、義娘可愛さはどこの親も変わりはないらしいね。怖いこったよ――。
大きな杯でくみ上げた酒を胃の腑に流し込みながら稀代の女傑は独り言ちたのであった。