酒宴の幕開け
「いやあ、今夜は久々の宴だ! しかもこの間死んだ村長のじっさまの弔いでもある、大いに飲ませてもらうぞ、リュウメイさんよ!!」
「ハハ、好きにおしよ! またぶっ倒れてもあたしゃ知らないからねえ!!」
工房の広間から食堂へと向かう廊下の先で髭面の大男がリュウ家のリュウメイ相手に大きなが鳴り声を立てて笑っている。その昔は、まだ若かったころの彼女に思いを寄せて村の若党を引き連れて、この村に殴り込みリュウメイの鉄拳一つで叩き潰された逸話の持ち主である。
鍛冶師ならば力づくでも嫁に奪い取る、そんな短絡的な思考の息子に絶望した両親は村で一番のしっかり者を嫁に着けてどうにか村長の跡目を継がせたという笑い話にもならない展開も北の鍛冶師にはいくつもあった。
これでも鍛冶の腕前はかなりのものというのだから世の中、何があるかわかったものではない。幸い、嫁の血を受け継いだ二人の後継ぎ息子たちはそろって真面目でしっかりとした若者に育ち、村人たちの期待を一身に背負っている。
以前、親方リコウから他の村の手伝いを頼まれたリュウレイが向かった先、それが彼らの住まう険しい渓谷沿いの村であった。
リュウメイ達の話を後ろで聞いていたほかの村の男たちが笑い声を上げる。
「おい、コウカよ! そんなこと言ってまたリュウメイの姐さんと飲み比べする気じゃなかろうな? 先に酔いつぶれて解放されるのがおちってもんだぜ!!」
「違いねえや、ワハハ!!」
「……お前ら黙って聞いてりゃ、いい気になってんじゃねえぞ! なら今夜はお前らが相手になってみるか!?」
「おもしれえ、皆相手にやってやるぜ!」
「そうだそうだ、俺たちを下に見たこと土下座させてやる!」
それを聞いたコウカは顔を真っ赤にして激怒する、挑発した側も一向に引く気配はない。リュウメイを別にすれば、図体ばかりがでかいコウカに腕っぷしで歯が立つものは少ない。
それでも、負けじと張り合うのが鍛冶師の心意気であった。
「やれやれ、また始まったよ。あんたも妙なことに首突っ込んだりしないで今日はおとなしくしておくんだよ、リュウレイや!」
「……そこでなんで私の名前が出てくるのかな、お義母様?」
「男どもに比べりゃ、あんたの方がよっぽど質が悪いからさ! 全く誰に似たんだかねえ……」
男たちの方を横目に義娘リュウレイにため息をついたリュウメイは周囲に構うことなく食堂へと足を向ける。その背後では、相変わらず男たちの言い争いが続いていた。
「まったく、あんなむさくるしいおっさんどもなんか私の相手になるわけねえだろうに」
腕っぷしでは既にほかの男たちの上を行くリュウレイは自分の利き腕を叩きながら、後ろの騒ぎに目を向ける。
その後、リュウレイの優しい仲裁を受けた男たちはすごすごと食堂へと向かうことになるのもいつもの光景であった。
男どもを腕組みしながら見送るリュウレイに同年代の少年が声をかける、ほかでもない隣村の長コウカの長男坊であった。
「すまないな、リュウレイ。親父たちが毎回迷惑かけて。俺の言うことなんか聞きやしないんだから、困ったもんだよ」
「気にするなって、困った親を持った者同士お互い様だ! 今夜はうんと飲んで騒いでくれればそれでいいさ、コウソク!!」
親しげにその肩を叩くリュウレイにとって彼は貴重な同年代の鍛冶師仲間であった。少なくともともに鍛冶師の棟梁の家を継ぐ身としては愚痴をこぼせる存在はありがたかった。
「それじゃ、私たちもさっさと行くとするか!」
「そうだな、グズグズしていると親父たちにいいところ全部持っていかれちまう!」
二人は足早ににぎやかな声が聞こえる食堂へと向かった。
… … …
食堂の端、宴の準備や手伝いでこの村を訪れていたリュウフォンの友達数名に囲まれたカンショウがやや無言のまま、その中心にいた。黒髪黒目の彼女たちは初めて会ったカンショウにも気さくに話しかけてくる。
「ふ――ん、それじゃこの子がリュウフォンの言ってた工房の新入りなんだね。随分華奢だけど、大丈夫なの?」
「それは大丈夫だと思うよ、だってリュウレイの遠駆けに真面目に付き合ってるんだもん。今は無理でもだんだん体力が追い付いてくるよ」
「わりかしかわいい子なんだね、あのリュウレイの妹分になるなんて度胸あるよね。見直したよ、カンショウ!」
そう言って笑いかけた娘の一人が緊張しがちなカンショウの背中をたたいた。
「ちょっ、ちょっと力入れすぎですよ……!」
「ああ、ごめん! かわいいからつい力が入っちゃった」
抗議の声を上げたカンショウに威勢のよさそうな彼女が頭を下げる。
「ほら、シュウアン! カンショウのこといじめたらだめだよ、リホウやセイリャンに言いつけちゃうからね!」
「叔母さんやリホウには黙っててよ、あの二人怒ると怖いんだからさぁ!」
わざとらしく頭を抱えたシュウアンがおどけた様子で応える。それを聞いたカンショウは姉貴分のリュウフォンに首をかしげながら尋ねた。
「あの――、もしかしなくてもシュウアンって」
「うん、リホウの従姉妹でセイリャンの姪。そしてあのセイランの身内だよ~」
「あ――、そうなんですか――。うわ――……」
意外なものを見たように後ずさるカンショウ、その様子にシュウアンが思わず頭を押さえる。
「リュウフォンさあ、カンショウに何吹き込んだのよ。セイランのことは姪の私だっていい迷惑だったのにさあ!」
彼女の語るところによれば、ふもとの町の領主フェリナ・レイアスの叔母でもある姫巫女メイシャンの逆鱗に触れた叔母セイランはそのまま行方をくらまし、一族はしばらくの間肩身の狭い思いをする羽目になったのだとか。
「そりゃ、リュウ家に届くはずだった高級食材を売り払って路銀に変えればねえ……」
自称メイシャンの親友だったセイランはそれ以外にもいろいろやらかしていた挙句のことだった故に、姫巫女の怒りはすさまじいものだったらしい。
誰も苦笑いを浮かべたその時、廊下方から大勢の話声が近づいてくるのが聞こえた。誰かが言い争うような声も聞こえてくる。それを耳にした女の子の一人が手を叩いて話の終わりを告げた。
「でももう全部過ぎたことじゃない、姫長様だってもう気にしてないって私たちの前で話したのを聞いたよ。だからこの話はもうおしまい! そろそろ母さんたちの手伝いに行かないと!」
「ソンネイの言う通りだね、サボっているとまた叱られちゃう。みんなまたあとでね!」
シュウアンの一言をきっかけにその場にいた娘たちはそれぞれの持ち場へと散らばってゆく。それを笑顔で見送ったリュウフォンは女の子たちの中心にいたソンネイに何事かを耳打ちする。
「……じゃあ、例の件よろしくね!」
「うん、任せておいて。多分、もうすぐやってくると思うから」
彼女たちはカンショウの方に視線を送ると互いに笑顔を浮かべていた。事情が分からないカンショウはますます首をかしげるばかりだ。
――二人揃って何を企んでいるんだろう?
そんなことを考えていると、リュウメイを先頭に威勢のいい男たちが食堂に入ってくるところであった。
「さあ、今夜は思いっきり騒ぐぞ! いいか、野郎ども!!」
「「「「うおおおおお――!!」」」」
響き渡る男たちの叫び声、それを耳にした女たちは思いっきりしかめっ面を浮かべるばかりであったそうな――。