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宴の後に~それぞれの道へ~  作者: ミニトマト2
3/14

共同浴場

「ああ、いい湯だな……」


 この村に来て何度同じ言葉を口にしたことだろうか、朝食の後子供たちの風乗りに付き合って天高くそびえたつ八つの峰の頂を駆け巡った体には心地よい。鍛冶師の村の中央、寄り合い所の近くにある共同浴場の女湯にナルタセオ達の姿があった。


 祭りに招かれていた者たちのほとんどは既に帰途についている。今日一日は村人たちだけで楽しむ最後の祭り。


 夜にはまた村中総出のお祭り騒ぎとなってにぎやかになるのは間違いない。それまでの最後の骨休めといったところだろうか。


「イルルにはまだちょっと熱いんじゃない?」


「大丈夫だと思うよ、こっちの方なら少し温いから」


 胸に小さなイルルを抱いたカロルレギオとリュウフォンが何事かを話し合っている。リュウ家の母屋で別れた彼女たちはリュウ家の子供リュウオウとリュウサンを連れて村の子供たちと一緒にイルルレーアと遊んでいたらしい。


 子供たちは初めて見る幼いイルルに興味津々の様子だったとカロルレギオが楽しそうに話しているのを聞いた。あまり感情を表に出さないイルルレーアも他の子供たちが遊んでいる姿を興味深そうに眺めていた。


 ――やはりあの子も他に遊び相手が欲しくなる年頃が近づいているんだろうな。


 風乗りの練習を終えたラグセリオたちはその後、村の子供たちと合流してリュウ家の母屋の裏手に広がる森の中を散策していた。


 一方、商人組合に属して大陸中を回る行商人をしているナルタセオは顔なじみの職員や工房の面々と世間話がてらに今後の仕事についての打ち合わせをしていた。


 それが終わった後で森から戻ってきたリュウフォンやカロルレギオたちと一緒に共同浴場まで戻ってきたというわけだ。


 仕事柄、この村のようにいつでも好きな時に入浴を楽しめるというのは大変ありがたいことだ。常に恵まれた環境で寝起きできるわけではないナルタセオにはこうした恩恵をもたらす炎神への感謝を忘れることは出来ずにいる。


 そればかりではなく、この世界に生きる人々は多かれ少なかれ炎神の加護を得て暮らしているはずだ。今は髪の加護を喪失した中原においては人間同士の騒乱が後を絶たないと聞く。


 実際、この村に住む新入りのカンショウは故郷と家族とを失って神の加護を求めてはるばる中原の地からやってきたのだと話に聞いた。


 ――いつまでもこんな平穏が続いてくれればいいのだが。


 安定した商売が続くこと、それが商売人にとっては一番ありがたいことだ。ナルタセオがそんなことを考えていると、脱衣所の戸が勢いよく開かれて、二人の少女がこちらにやってきた。


「あ――、疲れた――! もうやってられねえ――!!」


「後片付けの手伝いはもう終わったのか、リュウレイにカンショウ」


 やれやれといった様子で二人の方に視線を向けたナルタセオ、それを聞いたリュウレイはまるで飛び込むように激しい水しぶきを上げて湯船に入ってきた。


「まだ全然片付かないよ、だってうちの義姉さんとラセルエリオ、おまけにあのクソババアまで親方たちと飲み会やっているんだぜ? こっちの方には一滴も酒よこさないでさ――!!」


「それは……何とも言い難いな」


 リュウレイが荒れている理由はそれだけではあるまいが、自分だけきつい後片付けを押し付けられたことが気に入らないらしい。リュウレイの義母の名はリュウメイ。この村はおろか、北の地にその人ありと呼ばれた鍛冶師たちの元締め。かつて並ぶ人がないとまで言われた鍛冶師であった。


 稀代の女傑とも呼ばれる彼女は、酒蔵酒場潰しの常連に名を連ねるほどの大酒豪でもあった。そこに同じく酒好きな姫長とラセルエリオが加わるとなれば、もう止められるものなどどこにもいない。


 彼女たちが大騒ぎするのを横目にリュウレイは連日開かれていた宴の後片付けを統べて押し付けられていた。それは収穫祭前後に彼女がいろいろと問題を引き起こしたことに起因している。


 今は無言の妹分カンショウもその巻き添えを食って話す体力さえ残らないほどこき使われたらしい。


 ――あれではあの子も浮かばれまい、それに姉姫アルスフェローの手前もある。後で何か差し入れてやらねばならないな。


 商人としての損得勘定からかそれとも持ち前の人の好さからか、ナルタセオがそんなことを考えていると目の前の湯船をぷかぷかと浮いたイルルレーアが器用に移動していくのが見えた。


「イルルはどこに行こうとしているんだ?」


 その視線の先には、隣のカンショウに何かをしきりに話しかけているリュウレイの姿がある。子供好きなリュウレイはイルルのこともかわいがってくれるだろうが、それ以前に彼女は姫長、すなわち炎神の姫巫女メイシャンを命がけで守る護衛士の役割を担っている。


 彼女は自分の命を引き換えにしてでも姫長とその子供たちを守ることを誓っていると姪のリュウフォンが語るのを聞いたことがあった。


 ましてやメイシャンの両親、最後のレゾニア国王夫妻を抹殺したのはイルルの母シレルレオネだった。もし幼いイルルが姫長一家に仇なすものと判断すれば、リュウレイは間違いなく手を下すことになるだろう。


 そうなれば、風の長たるナルタセオも彼女たちと敵対することになる。何よりも優先するべきは一族の安全なのだから。


 ――さて、リュウレイはどう出るかな?


 注意深くその対応を見守るナルタセオ、その向こう側ではイルルを見送ったカロルレギオやリュウフォンが楽し気に微笑んでいた。


「お、今度は私たちのところに来たのか、午前中は忙しくて付き合えなかったからな。ごめんな、イルル!」


「あ、イルルちゃんだ! お願いだから今度は逃げないでね」


 自分の前まで流れてきたイルルを抱き締めたリュウレイはそういって笑っていた。隣のカンショウも嬉しそうに破顔している。下宿先の姉姫には幼い二人の子供がいる、その相手をすることも多い彼女にとってはイルルは気が置けない存在なのだろう。


 リュウレイに抱かれたイルルはくすぐったそうに身を預けている。どうやらあまり馴染みのない彼女たちに興味津々の様子であった。


「そうだ、もう少ししたら昼飯を食いに工房に行かないといけないんだ。その時に、向こうの厨房を借りてイルルに焼き菓子でも作ってやろうか?」


「お菓子?」


 リュウ家の食卓を預かる主婦のメイシャンがその役目を放棄している時は大抵、リュウレイの姉リュウシュンが切り盛りしている工房の食堂を利用することが常だった。ついでに村で唯一の売店も隣に併設されており、リュウシュンの旦那が仕入れや販売を担当している。


 夫婦には赤ん坊のリュウキョウがおり、村人や工房関係者から可愛がられていた。いずれはこの店の看板娘になるともっぱらの評判に叔母であるリュウレイも鼻が高かったとか。


 そうしたリュウレイの提案にイルルは首をかしげながらもうんと頷く。おそらくこの村に来て初めて口にするものが多くて、さらに興味を惹かれたものと思われる。


「姐さんばっかりずるいですよ! 私にも抱かせてください!!」


「わかったからそうせっつくなって、ほらイルル。カンショウの方へ行ってあげな」


「うん」


「わ――、かわいい――。フォン姐さんの親戚だけはありますね――!」


 イルルを抱き締めたカンショウは嬉しそうな声を上げてはしゃいでいる。その勢いに驚いたイルルは目を瞬かせていた。


「おい、相手はまだ小さい子なんだからあまり驚かせるなよ。それくらいの年頃の子は一度警戒するとなかなか心を開いてくれなくなるぞ」


「そ、それくらいわかってますよ、でも可愛いんだから仕方ないじゃないですか! 本当にもう……」


 実際、カンショウが自分より小さな子供たちと触れ合う機会が持てるようになったのはこの村の着てからのことだった。それ故に体がボロボロになるまで、子供たちの相手をさせられても次の日にはそのことを忘れるくらい子供たちのことを可愛がっていた。


 そんなカンショウにとっては憧れの存在であるリュウフォン、イルルレーアはそのリュウフォンが小さくなったようなもので余計にかわいいらしい。


「お母さんのところに行く」


 とうとう頬ずりまで始めたカンショウから逃れるようにイルルはリュウフォン達の方に手を伸ばしていた。それを見た彼女は湯船の中から浮かび上がると、音もなくイルルたちの方に近づいてきた。


「名残惜しいけど、イルルちゃんまたあとでね」


「うん」


 空中のリュウフォンにイルルレーアを預けたカンショウは残念そうな表情で彼女たちを見送ったのだった。


「ふふ、まあこの後はお昼食べに工房に行かないといけないし、まだ機会はあるさ。そんな顔するなって」


「それはそうですけれど……」


 まだ納得がいかないカンショウを今度はリュウレイが自分の方に引き寄せて良し良しと頭を撫でてやる。こうされると弱いのがカンショウなのであった。


「あ――、リュウレイ姐さんがまた私のことを子ども扱いします――。でもうれし――」


「……仲がいいな、あの子たちは」


 そんなリュウレイたちをナルタセオやカロルレギオがほほえましく見守る。


「もうすぐご飯なのじゃ――!」


「ご飯――!」


 奥の方で遊んでいたリュウサンとシラルトリオが戻ってきて声を上げたのを合図に、みんな揃って湯船から上がり、村のはずれにある工房に移動する。それはもうじきお昼時を迎えるときのことであった。

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