第三話 人間の食べ物はおいしい
今回はねこ視点のみです。
いい匂いがするので目覚めると人間がなにかやっていた。
最初は人間がわれに対しなにか敵対行動をしているのかと警戒してみたが、向こうはおもむろに肉を差し出してきた。
獣の肉などずいぶん久しぶりなものだったからちょっと我を忘れてもぐもぐしてしまった。うむ、やはり肉はよいな。
もぐもぐしながら人間の観察を再開すると、今度は肉を棒に刺して火に当て始めるではないか。肉を黒い塊に変える気か、肉に対してなんたる冒涜、と人間を非難の眼差しでにらんでいたが、なにやら先程よりも香ばしい匂いがする。
こちらが食べ終わり再度警戒の構えを見せると、いい匂いのする肉を左右に動かし始めた。むう、われ、あれ気になる。
何往復かした後、人間はこちらにその焼いた肉をわれの目の前に差し出してきた。われは思わず跳びつきもぐもぐ食べ始めてしまった。罠の可能性もあったが、後悔はしていない。焼いた肉とはこんなにも美味だったのだと知れたのだから。
焼いた肉をもぐもぐしながら考える。もしかしたらこの人間はわれの敵ではないのか。ではなんのためにわざわざわれの拠点にやってきたのだろうか。
そんなことを考えていると、今度は木の器になにか入れたものを差し出してきた。白いもくもくが気になるが、どうやら水のようだ。
ちょうどよいと思い一旦もぐもぐを止めてその水を飲んでみることにする。が、熱い!
まさかこちらを油断させてからの罠だったのか。やはりあやつは敵か。
なんとか舌の痛みを治めて、肉のもぐもぐを再開する。
く、あんな人間を敵じゃないと思うなんてやはりうかつだったか。しばらくもぐもぐしながらにらんでいると、人間は先程の熱湯を自分で飲み始めた。
あんな熱いものを飲めるとは、やはりあやつは人間の英雄かと思いつつも観察を続ける。人間はさもおいしそうにあの熱湯を飲んでいる。
もしかしておいしいものなのだろうか。
もぐもぐし終わったわれは、再度熱湯に挑戦してみることにした。これは人間がおいしそうにしているのが気になったからではない。負けっぱなしは性に合わないだけだ。熱湯ごとき、少し時間をおけばぬるくなるのを賢いわれは知っている。そう、今は千載一遇の好機なのだ。
罠の可能性も忘れずゆっくりと舌をつけてみる。
するとやはりそれはただのお湯ではなく、味付けされた汁だったことがわかった。
ふ、やはりな。われを罠にかけるほどのバカではなかったようだ。あやつはわれのご機嫌を取りたかっただけなのだろう。ただわれの好みを知らなかったせいで少し熱すぎる温度で提供してしまっただけなのだな。
よいよい、許してやろう。われは服従するものには寛大だからな。
おいしい汁を飲み終えて人間に視線を戻すと、あやつは肉を食べていた。しかも焼いたやつだ。
われの腹にはまだ肉は入る。われのしもべになりたければもう一度焼いた肉を差し出すがよい。
そう思いながら視線をぶつけると、人間はわれの考えを理解したのか新たに肉を焼き始めた。ついでに先程の汁もおかわりを差し出してきた。
われは温度に注意しながらそれを遠慮なくいただく。
ふふふ、部下ができるというのはいいものだな。労なくおいしいものを頂ける。こうした生活をここでは送りたいものだ。
ふう、うまかった。だがちと食いすぎたかな。ちょっと横になってお腹を休めるか。
そう思い横になろうとしたが、何かを忘れている気がする。なんだっけ。うーん。
はっ。そうだ、そもそもわれはあやつにここはわれの拠点だと知らしめるために近付いたのだった。おいしいものを差し出されてついそのことを忘れていたが、お腹いっぱいのわれの気迫であいつを傅かせてやる。
さあ、どうだ、われのこの雄姿と荒々しく大地を嘶かせる尾の動きを見て震えてみせよ!
あれ、なんか、あやつ、にんまりしてないか。
このわれの威嚇に何度も耐えるとは、やはりあやつは英雄か。いや、先程のはわれが知らぬうちに配下候補に手心を加えてしまっただけだ。
今度こそわれの奥義である、心の根源から震えを呼び起こす雄叫びでやつの頭を伏せさせてやる。
「みゃああああ!!」
ば、ばかな…。われの雄叫びを聞いて震えないどころか笑みを深めるだと。
ふう、どうやら舐めていたのはわれの方だったか。あやつは人間の英雄、その中でも勇者と呼ばれるものなのだろう。
それならばどちらが上かというのをいつまでも争ったところで死闘は免れまい。まあ最終的にはわれが勝つがな。
あやつは態度こそ不遜だが、旨い食べ物を提供してくることから敵対関係を望んでいるわけではなさそうだ。あちらも命をかけてやり合えばどうなるかくらいは察しているようだ。
おそらくあちらの望みはわれが目を付けたこの素晴らしい拠点に共に住まわせてほしいといったところだろう。なかなか価値のわかるやつだ。
よろしい。
われの拠点に無断で入り込んだことと、今後ここに住むことは許してやる。だが、そちらがわれに歯向かったときは容赦しないからな。そのことはゆめゆめ忘れるでないぞ。
こうしてわれは人間の勇者を拠点に置くことを決定し、膨らんだお腹を休めるために寝心地の良い木の根元で横になることにした。
そして眠気がやってきたところに、新たな存在がやってきた。
動物にアテレコするのって楽しいですね。
みなさんにも楽しさが伝わっていれば良いのですが。
お読みいただきありがとうございました。