第十八話 ある日森の中ねこさんは出会った
シリアスっぽい展開がすこしありますが、次の話で元に戻ります。
春を迎えてからは動物たちとの修行が増えた。というより向こうからじゃれついてくる頻度が増えた。われからはあまり出向かないのだが、どうしてこうなったのだ。
ついでにヴィムも修行に混ざってくる。まあヴィムがわれとの特訓がしたいという希望を叶えるためにも現状を仕方なく受け入れてやっているという状況だな。たまにヴィムと組んで二対二の勝負なんかもして楽しんでいるのも事実だが。
おかげで個々の実力はもちろんヴィムとの連携もうまくなり、動物たちとの白熱した戦いも更に激しさが増している。われ以外はずっとにこにこしているのが気にくわないが。
まあよい、その修行の成果か魔法を二発まで使えるようになったからな。射程範囲は驚異の1m。ふはははは。この中でわれが最強になるのも最早遠くはないな。
そんな風に過ごすことの増えた日々だが、もちろん日課の昼寝やケイのわがままにつき合ってやることもやめてはいない。ただケイが新しい道具を作ってはわれを実験台にしてくるのはうっとうしいのでやめてもらいたい。
そんなケイの作る不思議な道具だが、われでなくヴィムのために作り行った円盤投げはわれも少しやってみたかった。ケイが投げ飛ばした円盤を、風を切って走り追いつきキャッチして戻る。訓練にもなるし楽しそうな空気がヴィムとケイからばしばし伝わってきた。やはり今度言ってみるべきか。
だが今日はケイが家に籠っており、ヴィムも庭で一人で魔法の練習をするということで、われは一人で探索に出かけることにした。もちろんこれまで何度も行っているので近隣の地形は頭に入っているが、この森は何が起こるかわからないからな。たまに地形がガクンと変わっていることもあるのでこうして頻繁に探索に出るのが重要なのだ。
今日は少し遠くまで行ってみるとするか。森に来てから約一年。あの頃と比べてわれもかなり強くなった。行動範囲も必然的に広がったはずだ。それを確かめに行こう。
ついでに何か面白いものがあったら拾って帰るのも忘れない。これはヴィムにも自分でやるよう勧めている。ヴィムは大喜びでまねを始めた。うむ、素直な愛いやつだ。
しばらくあてもなく探索していると、嗅ぎ慣れぬ、というか、森ではほとんど嗅ぐことのなかった匂いに気付く。
これは、人間の匂いだ。
こんな森の深くまで来る物好きはどこかのバカしかいないと思ったが、他にもいたか。
ケイは違ったが、普通の人間はわれのような強大な存在や魔物を見かけるとなりふり構わず攻撃してくる。わざわざそんな面倒は起こしたくないので本来なら近づかないのだが、こんな所まで来る物好きだ。ちょっと見てみよう。
ということで木に登り枝を伝って身を隠しつつ近づいてみることにした。
いた。
あれは人族のメスか。金属の鎧を身に着け、腰には剣を装備している。どうやら兵士かなにかのようだ。これは感が外れたか。兵士は大概頭が悪くて横暴なやつが多い、とケイもブラドも言いたい放題言っていた。
もしかしたらこやつもそのタイプかもしれん。
だが、様子がおかしい。この人間はひたすらきょろきょろと頭を動かし、何かを見つけようとしているようだ。敵を警戒しているのともまた違う感じだ。
それにひどく焦っているようにも見えるし、非常に疲れているようにも見える。
あれはケイが二日ほど寝るのも忘れて木を彫り続けた後の顔とそっくりだ。
ふむ。なんとなく気になるし、声をかけてみるか。
しゅたっ。みゃあお。
ビクン!
「ひっ。なんだ、猫か。ねこ? ネズミの魔物に駆逐されて絶滅したのではなかったか?
ということは、ここは既にあの世なのだろうか。ははは。お前が私の黄泉の案内人なのか?」
なんかやばいことを言ってる感じだな。目の焦点が定まってないし、声もかすれてる。体にほとんど力も入っていない。死ぬ直前の動物にありがちな特徴だ。
「なんて、聞いても答えてくれるわけないよな。
はあ、最後にケイ殿ともう一度だけ会いたかったな…」
うむ? こやつ今ケイと言ったか?
「みゃああ。みゃああお?」
「ふふふ、こんな私を気にかけてくれるのか。この森の動物や魔物はみんな私を避けて姿を見せてくれないというのに。
そうだ、この森に住んでいるということは、竜王様のことは知っているよな?
この手紙をあの方に渡してもらえないだろうか?」
ふむ? これは、手紙というやつか。だれに渡せばよいのだ?
「ああ、これで最低限私の目的は果たせたか。もう限界が近いようだ。
猫さん、最後に私の前に現れてくれてありがとう。手紙、よろしく、お願いしま、す…」
なにやらわれに言葉をかけると、その人間は満足そうな顔をして倒れこんだ。
ふむ、このままでは死ぬかもしれんな。だが、まだこれを誰に渡せばいいのか聞いておらん。おい、死ぬ前にちゃんとわれにもわかるように言ってくれ。
「みゃあ、みゃああ。ふみゃああん?」
だめだな。まだ息はあるがもう言葉を口にする体力も残っていないようだ。
こうなったら一度戻ってケイに訊いてみるのが早かろう。
早くしないと死にそうだから、急いでやるか。
そうしてわれは魔力に気合を入れて駆け出した。
*****
「ふぁぁああ。面倒なポーションづくりがようやく終わった~。
最近タマもヴィムも修行に力が入り過ぎて怪我することも多くなったからな。魔物だから小さな傷なんかすぐに治るけど、その内大けがするかもしれないし。まだ手持ちのポーションは残ってるけど、保険は重要だよな」
俺はここ数日作業部屋に引きこもってポーション作りに挑戦していた。と言ってもブラドから聞いたポーションの材料となる植物をいくつかつぶしたり乾燥させたり煮だしたりと、いろいろ試行錯誤していただけだが。
だがようやく使ったことのあるポーションのような味と見た目の液体を作ることに成功したのだ。いや~大変だった。途中で魔力を加えることに気付かなかったら、延々とゴリゴリぐちゃぐちゃブクブクもにゅもにゅするはめになっていただろう。
「さて、あとは実際に効くかどうか試してみるだけだな。とりあえずタマが怪我するかブラドに腹が立ったら飲ませてみるか」
という悪魔の計画を立てていると、なにやらタマがすごい勢いで帰って来た。まだ探索から帰ってくるには早い時間だが、まさか俺の思考を読んだのか?
「みゃああお」
ん? なにか咥えてる。ってこれ手紙じゃん。ちょっと湿ってるけど、なになに? 竜王様へ。
なんだ、ブラド宛じゃないか。
「これどうしたんだ? どこかで拾ったのか?」
タマに訊いてみると頷いた後、俺の足をしっぽでぺしぺし叩きながら手を森の方に指している。ふむ。タマは無駄なことはしないはずだ。空回りすることは多いが。ということは、この手紙を拾ったところに俺を連れて行きたいってことかな?
「俺をどこかへ案内したいってことでいいのか?」
タマが頷く。
「じゃあ急ぐか。俺が抱えるからタマは方向を教えてくれ」
そう言って森に入る準備をした俺はタマを抱え走り始めた。
俺の足でも一時間はかかる場所に人が倒れていた。
警戒しながら近づいてみる。だがタマがぴょんと腕から飛び降りてさっさと近づいてしまう。しょうがない。タマが大丈夫と思ったんなら多分大丈夫なのだろう。
そう思いすぐに近寄ってみると、どうやら金髪の女性のようだ。だが、あの鎧と剣、どこかで見たことのあるような。いや、まさかな。
うつぶせになっている女性を仰向けに起こしてみる。どうやらひどく衰弱しているがまだ息はあるようだ。ポーションで最低限体力を回復させてベッドで休ませれば多分死ぬことはないだろう。
だけど俺の家に連れて行って大丈夫かな。
そんなことを思いながら失礼にならない程度に顔を確認してみる。
「あれ、どこかで会ったことがあるような…?」
どこか見覚えのある顔に驚きつつ、彼女が右手に握りしめている物体が目に入る。
「まさか、これは!」
それは少し汚れていたが、たしかに俺がこの世界に呼ばれたときに持っていたスマホに着けていた猫のストラップだった。
そしてこれを持っているのは、数少ないお城で俺の味方をしてくれた内の一人の、女兵士さんだけのはず。
そしてよくよく顔を確認してみると、少し頬がこけてしまった感じはするが、たしかにその女兵士さんその人だった。
「フレイ、さん? フレイさん、フレイさん!」
呼びかけてみるも反応がない。もう反応する体力は残っていないようだ。
だが、まだ息はある。
持ってきた高級ポーションのふたを開け、少しずつ口に含ませてみる。最初は口に染みわたるように。徐々に飲み込めるように。少しずつ、少しずつ。
少しこぼれてしまったが、なんとかポーションの半分ほどを飲ませることに成功した。あとは早く安心できる場所で横にしてあげることだ。
「タマ、肩に乗れ。あと魔力で強化してしっかりつかまっておけよ」
タマは素直に肩に登りしがみつく。
「よし、ダッシュで帰るからな。振り落とされるなよ!」
そうして俺は最大の肉体強化をかけながら家へと駆けだすのだった。
ついにヒロイン登場です。フレイさんがんばれ。
もう一度言いますが、シリアスはすぐに終わります。
作者が書いてて楽しくないので。馬鹿シリアスは好きですが。
今日は少なくともあと一話投稿してこの事件にけりをつけます。
お読みいただきありがとうございました。