第十七話 いぬ、成長する
やっと冬が終わった。
冬は色々なことがあった。森の動物たちにじゃれつかれたり、大木までお泊りをしに行ったり、雪の中に埋まったり、こたつの中でのぼせたり、ケイの新作料理に舌鼓を打ったり、ブラドとケンカしたり、ねこじゃらしと格闘したり、雪の中から生えてきた畑の植物が爆発したり、これまた突然生えてきた食獣植物の伸ばした蔓で捕らわれたわれやヴィムが食べられそうになったりと、他にも色々あったが、概ね平和に過ごせた。
今日は冬を越して成長したヴィムにブラドが魔力を与えて強化する日だ。ヴィムは既にわれと同じくらいの大きさまで成長している。ふん、別に悔しくなどはない。個々の成長速度や成長限界はそれぞれ異なるからな。そこに文句を言ったところでしょうがないであろう。だから、決して、悔しくはない。
そして雪の解けた庭でブラドがわれのときと同様ヴィムの額に指を添えて魔力を注ぎ込む。じわじわとヴィムの持つ魔力がブラドの魔力を取り込み、その絶対値を上昇させているのがわかる。
ブラドが注げば注ぐほど、ヴィムの魔力は強化されていく。ぐんぐんと。…。おい、そろそろいいのではないか? なんか既にわれよりも魔力が大きい気がするのだが。気のせい? いや、そんなはずは、むう。われにはもっと注いだ? だが、しかし…。
結局それからしばらくしてヴィムの魔力強化は終わった。外見は一回り大きくなったのと、牙が少し大きくなったくらいで、それほど変化はない。そして魔力量はわれの二倍、と言ったところか…。
これはひいきではないか?
「にゃああ、うにゃああ。みぎゃあああ!」
「こらタマ、静かにしなさい。ヴィムが新しい体の調子を試してるんだから」
「うみゃあああああ!」
納得できん、納得できんぞおおおおお!
それからヴィムは体をふんふん匂いを嗅いだり、軽く動いてみたり、火を吹いたり、闇を纏って気配を薄くしたりしていた。既に魔法の扱いは問題ないようだ。
「ヴィムは火と闇属性をもつようだな。白いから光も使えると思ったが、まだ使えないのか、それとも適性がないのか、どうだろうな。
魔法については既に親から魔力操作を習っていたようだし、俺が冬の間に仕込んだから問題なく扱えているな。タマと違って素直だから教えがいがあったぞ」
「それ、タマには言うなよ。なんか魔力量も魔力操作も負けてることに気が付いたみたいで、すごく落ち込んでるみたいだから」
「みたいだな。一応励ましておくか」
われがこの世の残酷さについて頭を悩ませていると、ブラドが話しかけていた。ええい、なんだ、ヴィムの肩ばかりもつ極悪非道な森の主がわれになんのようだ。
『タマよ。この世には二つの成長パターンがあることをしっているか?』
『二つ? いや、知らん』
『それはな、やればやった分だけじっくりと堅実に成長していくパターンと、最初の内はどれだけがんばっても伸びづらいがある時点を境に急激に実力が伸びるパターンだ。
ヴィムは前者。タマは後者なのだろうな。
そしてほとんど必ずと言っていいほど、後者の方が最終的な実力は圧倒的に高くなるのだ。つまり、いずれはタマが最強になるということだな』
なんだと!?
にわかには信じ難い話だが、現状を鑑みるに間違っているとも言い切れん。それに長生きしているブラドの話だ。もしかしたら本当のことやも。ふむ。しょうがない、ひとまず信じることにしておいてやるか。だが。
『おい、ブラドよ。その話信じてやっても良いが、一つだけ、間違えるな。
われは既に強い。たまたまわれと同等のものがいくらかこの森にはいるが、われは決して弱くはない。それを忘れるなよ』
『そうだったな、訂正しよう』
ブラドは理解してくれたようだ。
それと、自分のことばかりではなく、ヴィムのことも考えてやらねば。ヴィムもようやく力を手に入れたのだ。ここは祝福の言葉でもかけてやるべきだな。
『ヴィムよ。どうやらなかなか強大な力を手に入れたようだな。だが、くれぐれも忘れてはいけないことがあるぞ。それは、その力はお主だけの力で得たものではない。
冬を越すための家、食料をケイが与え、ブラドが魔力を与えることで得た力だ。そしてなにより親やこの森がお主を育んできたこと。この事実をゆめゆめ忘れるな。
まずはその力を十全に使いこなせるようになり、更に高みを目指すこと。そして、その力を自らのためだけではなく、他者のためにも振るえるようになった時、初めてお主は強くなったと言えるのだ。
力に溺れることなく、自らの名前の意味を忘れずに、まっすぐと成長することを、われは応援しているぞ』
ふっ、ちと説教臭すぎてしまったな。しかし、力を得た若者は往々にして間違いを犯すものだ。だがヴィムはわれの大事な配下。配下が間違った道を歩むのを防止するのもわれの役目だ。
今は実感がないだろうが、近いうちヴィムは良きにしろ悪しきにしろ変化が生じるだろう。どう変化するのか、それをわれやケイ、ブラドが見ていてあげねばならん。場合によっては、力づくで止めてあげることもあるやもな。
だが、ヴィムなら必ず良い方向に成長してくれると信じている。なぜならこんなに近くにわれという素晴らしい手本がいるのだからな。
「わぉん!」
おお、どうやらヴィムも理解してくれたようだ。さて、今後のヴィムの成長が楽しみだな。われもうかうかしてられん。冬も終わったことだし、これからも一層修行に励まねばな。
ということで、ひとまず大木の動物たちの顔でも見に行くか。ついでに修行につき合ってもらうことにしよう。
*****
なんだかんだ暖房の用意もできて、寒さにも負けず楽しく過ごした冬も終わりを迎えた。冬の間は外に出るのが面倒だったので、最低限の特訓や魔法の練習以外は木彫りの人形や彫刻などを作って時間をつぶしていた。
いや、これはただのひまつぶしじゃなくて、よくあるラノベみたいに人形に特別な魔石とか埋め込んだら意思を持つようにならないかとか、なんか魔法陣が作れないかとか、木彫りの熊が作りたかったとか、ライオンの口からお湯が流れるでかい風呂を作って見たかったとか、いろいろ実験も兼ねていたんだよ。半分は趣味だけど。
だってこの勇者のナイフ(笑)の性能が良すぎるんだもん。慣れるとかなり使い勝手が良くて、大雑把な切断から細かい彫刻までこれ一本で短時間でできるんだ。そりゃはまっちゃうよ。他にやることも特にないしな。つまり全ては平和な森を作り上げた竜王とこんな便利な道具を持たせたまま逃走を許した勇者たちが悪い。
それにまだまだ下手くそだが、がんばってドラゴンや猫、犬の彫刻を作ってみたら、みんな思いの外喜んでくれたんだ。おかげでちょっと泣きそうになるくらい嬉しかったから、冬の間はかなりこれに時間を費やせた。
そして冬が終わったと思しき今日、ブラドがヴィムを強化した。
タマと違って結構スムーズに魔力が強化され、倒れることもなく強化は終わった。見た目は少し成長して40cmくらいになっただけで、色や形に変化はなかった。属性は火と闇を使えるみたいだ。種族名にホーリーってあったし、色も白いから多分光属性も持ってるらしいとはブラドの談だ。
とにかく成長したことは喜ばしい。大きいのはこれはこれでもふりがいがある。どうやら性格なども変化はないようで今も走り回ったり俺やブラドにじゃれついたりしている。うむ、かわいい。
だがタマに突撃するのはちょっと危ないかな。すこし手加減してあげてくれ。ああ、ぺろぺろするのはやってもいいぞ。タマには嫌がるくらいに愛情をぶつけてやらないと伝わらないからな。よしよし。
「今回だいぶスムーズに強化が終わったな。倒れたりしなかったし。
タマとは何か違ったのか?」
気になったのでブラドに訊いてみる。
「今回は前回と比べてヴィムとは何度も会っていたからな。魔力の波長、のようなものを合わせやすかったんだ。それとタマで試した経験がうまく活きた、というところだろう」
「タマは実験台だったって聞こえるな。まあ元気にやっているから問題はないか」
これでヴィムも自分で狩りをしたり他にも色々できるようになるだろう。タマも少しずつだが成長しているし、今後も楽しみだ。
実際、この森で暮らし始めてから一年が経つ春の終わりまでは、何の問題もなく楽しく暮らせたんだ。そう、タマが問題を持ってくるまでは。
ついに事件が起こる!?
この物語に鬱展開はありませんのでご注意?ご安心?ください。
強さ タマ<<ヴィム=動物たち<<ケイ<<<<勇者<<越えられない壁<<竜王
なイメージで書いてます。
お読みいただきありがとうございました。