第十六話 冬のもふもふ
本格的に冬がやってきたようだ。外には雪がこれでもかと積もってきている。寒さも外に出るのがためらわれるほど厳しい。
こんな環境にわざわざ出向くのは食料の蓄えのない弱者、または酔狂なものくらいだろう。われは絶対的な強者。ゆえにわれは家の中で過ごすことにした。
ヴィムのやつははしゃいで雪の中を駆け回るというか掻き回るというか、まあ元気にやっているようだが。
少し前にケイが一日中いなかったかと思えば、亀の甲羅を持って帰って来た。驚くことにその甲羅は魔力を込めると温かくなるらしい。それを利用した『こたつ』とやらをケイが作ったところ、これが非常に便利なものだった。
しかしそこには一つ罠があったのだ。一度こたつの中に入ると決して出られなくなるという呪いの効果だ。われの力があればこの程度の呪いなどあってないようなものだ。しかし、現状ずっとこたつに居ても特に問題はない。
ということでわれは決めた。冬の間はずっとこたつの中にいると。
「タマ~。ずっとこたつに居るのは良くないんだぞー。いくら猫でもこれ以上はダメ。おとなしく外に行くか、家の中の運動スペースに行くか、俺と遊ぶか好きに選びなさい」
そう思っていたのにふざけたことをぬかすケイの魔の手によってわれはこたつから放り出されてしまった。くう、やはりわれの一番の敵は一番の臣下であるケイか。いつか倒さねばらぬ時が来るやもしれん。
しかし今はその時ではない。今日の所は引き下がるが、われはお前にやられたことは忘れないからな。せいぜい後で自らの行いを後悔するがよい。
ふむ。だがたしかに一日中丸まっているのも確かに体には良くないかもしれん。かと言って外に行くのは…。ここはおとなしくケイの作った室内用運動器具で鍛錬することにするか。
数日後、今度はブラドに家から放り出された。こう、ぽーいっと。あやつめ。調子に乗っておるな。ついでにおつかいも頼まれてしまった。
『ケイの試作した料理なのだが、どうもこの家の住人用ではなく森の小動物用らしくてな。あの者らと一番面識のあるタマに感想を聞いてきてもらいたいんだ。なに、タマならこの程度の雪や寒さに負けるなんて弱者のようなことにはならないだろう? むしろこれはタマにしかできないから頼んでいるんだ。うむ、わかったのならすぐに頼んだぞ』
あそこまで言われてはわれもやれないなどとは口が裂けても言えぬ。なにかうまくはめられた気がしないでもないが、多分われがいるとできない話でもするのだろう。こういった配下たちの口に出せない気持ちを汲み取るのも良き上司の責務だ。
ということでむりやり括り付けられた布の袋の重さに耐えながらあの大木まで行くとするか。…寒い。あそこまで行けば温かいはず。急がねば!
ふにゃあ、ふにゃあ、ふうっ、なんとか無事着いたようだな。
あやつらの様子はどうかなっと、おい、嬉しそうにこちらに向かってくるのはやめろ。おぬしら結構数が多いからちょっぴり怖く感じるんだぞ。それと、魔法で退路を塞ぐのもやめろ。わかった、おとなしくおぬしらのじゃれつきにつき合ってやるから、その逃げたら捕獲すると言わんばかりのやる気を引っ込めろ、な。
はあ、やっと落ち着ける。それで、なんでここに来たかというとな。いや、ちがう、おぬしらと会えないのが寂しかったとかはない。むしろ家から出たくなかった。それで、本題だがこの布にわれの配下からおぬしら用の菓子が入っているとのことだ。ぜひ食べて感想を聞かせてほしいと。いや、だからわれから頼んだわけではない。あっちが勝手にやったことにわれがつき合わされているのだ。本当はわかっているのだろう? だからそのにやにやはやめろ。
なんとか菓子を食べさせることに成功したわれは疲れ果てたので休むことにした。うむ、十分な量があったようでなにより。なかなかうまそうに食べているな、どうやら良い報告ができそうだ。
む? われにも食べてみろと?
いや、だがこれはおぬしらのために持ってきたものであって。友達におすそ分けするのがこの森の流儀? いや、その、われは決しておぬしらの友になったわけでは。そう、われは孤高の獣であるから友など不要。あくまでおぬしらはわれの倒すべき相手なのだ。
だから、そんな、われに優しくする必要など、ない、のだ。
うむ? だったら良きライバルとしてこの後の勝負の前に不平等な条件にはしたくない、こちらが食べたのだからそちらも食べるべき。それとも毒でもしこんだのか。だと?
言うではないか。このわれがそのような卑劣なまねをするわけがなかろう。では食べて証明して見せろと? よいだろう。われやケイが卑怯なまねをしないのだということをきちんと証明してやる。
食べた後はきちんと正々堂々と勝負だからな。ただし一対一だ。わかったか。
こうしてわれはエンドレスの決闘を続けた。
決闘種目は色々あったが、鳥にかけっこで勝ったり、兎に垂直飛びで負けたり、モモンガに木登りで負けたり、狐に穴掘りで接戦で勝ったり、狸と木の実の早食いで圧勝したりした。戦績は五分五分と言ったところだが、こちらが連続で戦い続けたことを考えると、まあわれの快勝と言ってよいだろう。うむ。
ではきりも良いし日が沈んできたので、われはそろそろ帰ることにするぞ。
なに? 泊っていけと?
それはできない相談だ。われが返らないとケイたちが心配するのでな。それに家には幼いヴィムもいる。拠点の主たるわれが戻ってやらないとさすがに不安になるだろう。
だが、もし次の機会があるならその用意をしてくるから、せいぜい良い寝床を準備しておけ。いいか、冬だからといってわれがここを襲いに来ないとは限らんのだからな。油断しないでおくことだ。
ではさらばだ。
そう言ってわれは家に帰ることにした。
行きよりも心なしか心が温かかったのは、激しく運動したせいだろうか。
それで、昨日の今日でなぜおぬしらがここにいるのだ。ここはわれの拠点だぞ?
なに? 竜王からお泊りの許可が出た?
ブラドのやつめ、何を勝手なことを。これは粛清せねば。うにゃ? これ、だからわれにじゃれつくのはやめろ。われはこれからブラドにお仕置きをせねばならんのだ。こら、そこをなめるのはやめろ、くすぐったいだろうが。ええい、わかったから。一緒にいてやるから、われを取り囲んでにやにやぺろぺろすりすりするのはやめろー!
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この日俺は天国にいるのではないかと不安になった。
タマが見知らぬ小動物たちと和気あいあいとじゃれ合っているのだ。
もふもふが一匹、もふもふが二匹…。もふもふがいっぱい。
そうか、やはりここはパラダイスだったのだ!
俺が近づきすぎると警戒されてしまうので、キッチンの向こうからこの光景を脳内フォルダに鮮明に焼き付けつつ、どうにか飼育員的な感じで慣れてもらうためのわいろ、もとい料理を必死に考え続けるのであった。
「やはりあのものらをここに呼んで正解だったな。
タマも嬉しそうだし、ケイは気持ち悪いし、ヴィムも今は隠れてしまっているがそわそわしている。すぐに友達ができそうだ」
「ブラド、グッジョブ!」
こうして冬の間も俺たちは楽しく過ごすことができた。
タマは他のもふもふと会話できているわけではありません。雰囲気や行動、仕種から考えを読んでいるだけです。
だけどまあほぼ合っているので仲良しなのは間違いないでしょう。
お読みいただきありがとうございました。