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もふぽて  作者: しーにゃ
第二章
118/121

第18話 ねこ、お仕置きされる

 そろそろ雪が降るだろうと思われる寒空の下、われの眼前には一面に広がる畑と、そこに生えているうにょうにょした緑っぽい何かが映っている。風が吹いたわけでもないのにうねっているあの緑っぽいものははたして植物なのだろうか。植物だったとして食べられるのだろうか。


 われはちらっと後ろを見て目の前の光景から逃げられないか思案するも、二人の人物が立ちはだかっているためそれは難しそうだ。


「さあタマ、ばばんとやっちゃってくれ」


 思ってもいないことを軽く言い放つケイ。


「これらを相手にタマがどうするのか、楽しみにしているぞ」


 畑の収穫の際に言うセリフではないだろうことを言うのはブラドだ。


 二人はにやにやとした口元を隠さずわれにそう告げてくる。そんな二人にわれは何も言い返すことができない。なぜならこれは、なさねばならぬ報酬への対価だからだ。


 覚悟を決めたわれは、畑へ向かって一歩踏み出した。



 われが畑に入る覚悟を決める一日前のこと、こたつに入ってまったりとしていたわれの所にケイがやって来た。ケイも仕事に一区切りつけ休みに来たのかと思ったのだが、どうやら違ったらしい。ケイはこたつに入りながらさくっとわれにこう告げるのだった。


「明日から『働かざるものこたつ入るべからず』でやっていくから、タマも仕事がんばってくれ」


 われは聞き間違えをしたのかと思い、軽く耳を後ろ足でくしくしとかいてからケイに聞き返した。


 すまない、もう一度言ってくれるか?


「うにゃうん?」


 ケイはこたつの上に置いてあったみかんと呼んでいる橙色の果実の皮を剥きながら、再度言葉を口にした。


「あしーたから、仕事しないとー、こたーつ、はいれませーん」


 その口調に対し端的にうざいと思いつつも、われは聞き間違いではなかったと悟り、更に質問を重ねた。


 なぜだ。そんなことは主たるわれが許さぬぞ。きちんとした理由を述べよ。


「ふにゃあ。みゃぁお」


 ぺちぺちとこたつ布団をしっぽで叩きつつ睨みつけるわれを意に介すことなく、ぱくぱくとみかんを食べながらケイはなんてことないように答える。


「娘たちに頼まれたから。それと面白そうだから、かな?」


 べしーんと布団を叩くしっぽに入れる力を強めながらわれは重ねて問う。


 主に逆らうと、そういうことか?


「うみゃ、みゃぁあ?」


 ケイはみかんの一粒をわれの口に押し込みながらそれに答える。


「俺もこたつは大好きだからタマの気持ちもわかるんだけどな。それとこれとは別で、父親ってのは娘の前ではいいかっこしたくなるものなんだ」


 不思議と切ない表情を浮かべながらきりっと答えるケイ。だがわれはそんなことでは騙されない。軽く毛を逆立てて怒ったふりをしながら問いかける。


 正直に言え。このわれから最大の癒したるこたつを取り上げる真の理由は何だ?


「にゃむ。うにゃあぁあん?」


 ケイはわれを見てさっと真剣な表情に切り替えると、その答えを口にした。


「娘への点数稼ぎと、もふもふ引換券のためだ」


 ふむ…。嘘ではないようだな。この清々しいダメっぷりは、ケイの本心だろう。怒ったふりをやめたわれは、小さな声でケイに話しかける。


 …われへのもふもふ三回でどうだ?


「…ふみゃぁお?」


 にぃっと唇の端を引き上げたケイは手を開いて返事を返してくる。


「五回」


 われが右手を前に出すと、それを右手で握り返すケイ。ここにわれたちの取引が成立した。


 はずだったのだが、翌日朝飯を食べたわれがこたつに入ろうとするもその姿は見当たらない。他の場所を探すも、こたつは影も形もなくなっていた。焦ったわれは急いでリビングに戻ると、ケイを問い質した。


 おい、こたつをどこにやった!?


「うみゃ、うみゃみゃ!?」


 食後の茶を楽しんでいたケイはこちらを見るとにっこりと微笑む。


「タマ。今日の仕事は畑の収穫だから、よろしくな」


 騙された、と思うと同時に、柔らかに笑うケイの目に本気の光が宿っているのを察したわれは、急いで逃げようとした。なに、暖かな空気を発する木はそこら中にある。今日はそこでまったりするとしよう。


 そう思い玄関に向かおうとするわれの首根っこがむんずと掴まれる。ぎくりとしながら振り向いた先にいたのは、呆れた顔をしたブラドだった。


「お前、俺のことを悪く言えないくらいだらけているの、自覚してるか?」


 そのブラドの言葉にわれは力なく俯くのが精一杯だった。



 われはいつもより少しばかり高い視点から辺りを見下ろしつつ口を開いた。


『いやな、われもわかってはいたのだ。今回は新たな配下にダメな生き方の具体例を見せてやろうだとか、配下が主たるわれに具申する機会を与えてやろうだとか目論んでいただけなのだ』


 われを高い位置に支えるのは緑色の蔦のようなもの。それはぐるりとわれを縛っているだけで、そこに決して痛みはない。ただ抜け出せもしないが。


『主たるわれがなんでもかんでもやってしまったり、口出ししてしまったりするのは教育としては下策だろう? だからあえて試すような行動をして配下の反応を見たのだ』


 少し前まで白や黄色の花を咲かせていた植物の先端には、茶色でわれより一回り大きな丸い実が房のようにいくつも付いている。不自然にゆらゆらと揺らめくそれらを、縛られたわれは為す術もなく見つめている。


『だが、どうやらやり過ぎてしまったようだな。配下のためと言いつつも配下を心配させるだけとは、主として情けない限りだ。しっかりと反省しよう』


 少し下に目を向けると、ギザギザした光沢を持つ葉が蠢いているのが見える。少しでも暴れたらすぐにあれでズタズタに引き裂かれそうだ。


『だからな、その、われが悪かったから、そろそろ助けてはくれぬだろうか?』


 われはそう言いながら少し離れた所でお茶している二人に目をやる。それに気付いたケイがわれに向かって叫ぶ。


「お~い、そろそろ本気出しちゃっていいぞ~。さっさと実をもぎ取るか根元から刈り取るかやっちゃってくれ~」


 まるで無垢な少年のような瞳でこちらを見てくるケイを、向かいに座るブラドが窘める。


「おい、ケイ。タマは慎重なやつだから、俺たちがここにいたら本当の力を見せられないんじゃないか? 誰でも奥の手の一つや二つ、隠しておきたいものだろ?」


 その言葉に手を打って理解を示したケイは、こちらに向かって再度叫ぶ。


「タマ~。俺たちしばらく家の中に戻るから~。その間に収穫よろしくな~」


 テーブルなどを亜空間にしまいながら本当に家へと戻ろうとする二人に、われは暑くもないのに流れる汗を止められないまま大声を上げた。


『ま、待て! こいつらとわれは相性が悪いらしい。他の仕事をやるから、今回はおぬしらの力を貸してくれ!』


 われの声が聞こえたのか、こちらを振り向いたケイが、笑いながら声を返す。


「またまた~。修行もしないでこたつに入ってるくらいなんだから、これくらい余裕だろ~?」


 そう言って二人は家まで戻って行ってしまった。


 畑に生える不可思議な植物に体を絡め捕られ、身動きすらとれないわれはひたすら呆然とした時間を過ごすのだった。



 その日の夜。われはミリアの膝の上で撫でられながらおとなしくしていた。対面に座るケイがヴィムを撫でながら話しかけてくる。


「だからさ、こたつに入るのがダメって言いたいわけじゃないんだ。ただ、やることはきちんとやって、そのご褒美として使うようにしていかないと、配下に示しも付かないし、体にも悪いだろうし、それに癒し効果も減っちゃうんじゃないかって俺は言いたいの」


 われが反論せずに話を聞いているのが珍しいのか、ミリアはここぞとばかりにわれを撫で繰り回す。それに負けまいとケイもヴィムをもふりまくっている。


「それにさ、ここの冬はそんなに短くないんだから、タマも冬の間ずっと修行の時間を減らすと後で大変だろ? ミリアたちもタマと一緒に修行したり遊んだりするの、毎日楽しみにしてるんだから、やっぱり外に出るのは色んな面で大事だと思うんだよ」


 多分ケイの話は誰も聞いていない。われはひたすら今日の畑置き去り事件を思い出し最近の生活態度を反省しているだけだ。ミリアとヴィムはそれぞれもふるのともふられるのを楽しんでいるだけだろう。


「つまり何が言いたいかって言うと、大事な配下となによりタマ自身のために、こたつに入る時間を減らして外に出る時間を増やそうってこと。賢いタマならわかるだろ? ここは一つ、配下のためと思って、寒いのを我慢してがんばってくれないかな?」


 なにやら疑問形の言葉が聞こえたので、適当に頷いておく。どうやら正解だったのか、ケイが嬉しそうに話し出す。だが、それを聞くものは誰もいない。


 こうしてなんとか畑から生還できた喜びを噛みしめた今日、われはこたつはほどほどにしようと誓うのだった。でないと寒空の下危険な畑に放置され、最後につまらない説教を聞かされることになるからな。


 ミリアの膝の上で喉元をごろごろされつつ、そう思うわれだった。



*****



「どうだった? 俺の『やられたら嫌な説教』は?」


 タマやミリアたちが眠りについた後、お酒とつまみを楽しみつつ俺はブラドに問いかけた。


「あれは見事だった。面白いくらいに中身がなかったし、誰も聞いてなかったな。あれを見ていたら人の世界に紛れていた時に近所の爺や神父からされた説教が目に浮かんできた。あれは本当に苦痛だった」


 うんうんと頷きながらその時のことを思い出しているブラドを見て、俺は思わず笑う。


「はははっ。やっぱりブラドも経験あるんだな。そうじゃないかと思ったよ」


 俺が笑ったのが気に食わなかったのか、つまみを食べつつブラドが言い返してきた。


「それはどういう意味だ。まるで俺が手のかかる厄介な人物だとでも言いたげだな。というか、俺もって言うことは、ケイだって経験があるんだろう? 人のことを笑える立場じゃないんじゃないか?」


 俺はブラドの言葉に軽く頷きながら、少し昔を思い出してみた。


「俺は好奇心旺盛な子供時代を過ごしたからな。学校ってわかるか? 子供たちが勉強の為に通う場所のことなんだけど、そこにいた教頭ってやつがまた嫌味なやつでさ~」


 そんな思い出話を肴に、あるある、いやそれはない、とお酒片手にしばらく談笑を続けた俺たち。すっかり夜も更けた頃、俺は改めて本心を語った。


「だからさ、俺は本当にタマをお仕置きするつもりなんかないんだよ。ブラドもわかるだろ? 誰だってやりたいことをやってる時が一番幸せなんだ。ただまあ若い時にその味を知り過ぎちゃうと後で苦労するから、ミリアたちの前ではかっこつけてるだけ」


 ブラドはそれに大きく頷く。


「その通りだ。若いうちは苦労は買ってでもしろって言葉もあるくらいだからな。だが逆に言えば、若くない俺は苦労しなくてもいいはずだ。どいつもこいつも、俺が少し仕事をさぼっただけで口うるさく注意してきやがって。俺だって本当はミリアやサクヤと何日も遊びたいんだからな!」


 だいぶ酒に酔った俺はブラドのふざけた言葉に賛同の声を上げる。


「そーだそーだ。ちょっとしたことでいちいち怒るんじゃないって話だよな!」


 だが昔と今を比べてみて思うこともある。


「ただ、叱ってくれる人がいないってのも、それはそれで辛いよな」


 俺が少しトーンを下げてそう呟くと、ブラドも静かにグラスを傾けて会話を続ける。


「まあ、な。相手のことをどうでもいいと思ってたら、注意なんてできないからな。それを考えると、やっぱり俺は恵まれてるんだよな」


 ブラドの言う通りだ。俺だってもしここに一人で暮らしてたらと思うと、背筋がぞっとする。タマやフレイ、ブラド、それに他のみんなや動物たちには本当に感謝だ。


「それじゃ、そんなみんなのために、明日からもがんばるために、今日は酒を楽しもう!」


「おお! ケイもたまにはいいこと言うな! 俺はつまみも楽しむぞ!」


 こうして酔っ払った俺たちはテーブルに突っ伏して寝るまで宴を楽しむのだった。


 翌日ミリアにお酒臭いと言われてショックを受けることを、俺とブラドはまだ知らない。


中身のない話を書くのって気が楽ですね。読んでいて面白いかはちょっとわかりませんが。少しでも共感してもらえたら嬉しいですね(笑)

最近タマのキャラがぶれてるのは配下ができて嬉しいからってことでよろしくです。その内元に戻る、と思います。

明日明後日は更新できるかわかりませんが、書けたら書きます。


お読みいただきありがとうございました。

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