第15話 魔王は意外と聞き上手
少し強めの風が吹き荒び外でじっとしていると寒さを感じる今日この頃、リビングのテーブルにてわれはシルフィと二人きりで話をしていた。
最近頭を悩ませていることについてつい弱音を吐いてしまったのだが、悔しいことにシルフィに良い助言をもらったので、他の悩みも聞いてもらうことにしたのだ。
「ヤギのネルについてはもう大丈夫っすか? それじゃあ他の配下さんの悩みとやらも、この魔王様にどんと話してみるといいっすよ」
自信満々にそう言うシルフィに、われは悩みを打ち明けた。
『うむ。次の悩みなんだがな、ハリネズミのアイクについてだ。アイクのやつは基本弟気質というかなんというか、言葉を選ばなければ舎弟という言葉が似合うやつだな』
新たな配下であるハリネズミにケイが付けた名はアイクラッゾ。呼称はアイクだ。
アイクは小さな体だが気が利くし何事にも一生懸命で、見ているだけで元気が出てくるようなやつだ。われたちの中ではヴィムと似ているだろうか。だがヴィムとは違い、まだまだ仲間というよりも下っ端だと思い込んでいる節がある。
別にわれはある程度の節度を持ってくれるのであればタメ口だろうが馴れ馴れしくしようが構わんのだがな。まあ追々慣れていけばよいかと今は放っておいているが。
『それで、二日前のことなのだが。われは夕食後そこの棚の上のクッションでいつも通り寝ころんでいたのだが、ふと水が飲みたくなってな。特に何も気にせずひょいと跳び下りたのだ。だが運悪くアイクのやつがすぐ下を歩いていてな。われが上から踏みつけてしまったのだ』
われの話を聞いたシルフィが首を傾げる。
「それで何を悩んでるんっすか? そりゃ不幸な事故かもしれないっすけど、それくらいで気まずくなるなんてことはないっすよね」
うむ、われが踏みつけてアイクが痛がったというだけならわれも反省はすれど悩みはしなかった。
『いや、違うのだ。たしかにわれは上から踏みつけてしまったのだが、その時咄嗟に危機を感じたアイクが自己防衛のため背中の針に魔力を通してしまってな。踏みつけたわれの足の方がダメージを負ってしまったのだ』
われはとてつもなく低いトーンでそう説明した。シルフィは笑い出しそうな切なそうな呆れたような、複雑な表情のまましばし黙っていた。
「…。それで? 配下を誤って踏みつけたばかりか逆に自分がダメージをくらったことに、身体的にも精神的にも傷付いたってわけっすか?」
ひどく棒読みな口調でシルフィに問いかけられた。むむ、おぬし、われの悩みを理解しておらぬな。
『それだけじゃない。怪我は近くにいたフレイにすぐに癒してもらったのだが、われが傷付いたことをアイクが殊の外気にしてしまってな。昨日からわれと目が合う度に泣きそうな表情をするのだ。それがどうにも居心地が悪くてな。ミリアにも早く仲直りしろと言われてしまったし』
われがここまで言うと、シルフィが大きく息を吐いた。
「あの、タマさん。これってお悩み相談なんすよね? 自慢話とか惚気話じゃないんすよね?」
うむん? 何を言っているのだ。先程から悩んでいると言っているだろう。
われが眉を寄せつつ首を傾げると、シルフィは再度大袈裟に息を吐いた。
「タマさん。だったらアイクをガツンと一発叩いて痛み分けってことでお互いスッキリしたらいいんじゃないっすか? ミリアの見てない所でやれば何も問題ないっすよ。フレイに協力してもらえば完璧っすね。それが嫌なら難易度の高い命令でもしてやればいいんすよ。聞いた限りではアイクならそれで得る達成感から贖罪できた気分になるんじゃないっすか?」
おお、シルフィ、おぬし頭が良かったのだな。いつも残念なやつだとばかり思っていたが、見直したぞ。
われが目を見開いて感心していると、シルフィは嫌そうな顔をしながら言葉を続けた。
「っていうかこんなの悩みじゃないっすよ。タマさんも一回位、特に理由もなくメイドから殴られる生活を送ってみれば、小さい悩みなんか気にならなくなるっすよ」
そう言うシルフィの姿は、どこか哀愁が漂っていた気がした。ふむ、やはりおぬしは配下にいろいろ苦労させられているのだな。
シルフィの環境を思い出したわれは、なんとなく心が軽くなったのだった。
「それじゃあ次は誰っすか? ビーバーのエイネっすか?」
そのシルフィの言葉に頷くわれ。エイネ、正式にはエイネルシアと名付けられたビーバーのやつにも、われは頭を悩ませているのだった。
『実はな、エイネが配下に加わってからというもの、ミリアがわれを抱き上げてエイネに威嚇するようになったのだ』
われがそう言うとシルフィはテーブルに額をごつんとぶつけた。ふむん? 座りながら急に倒れるとは奇妙だな。何かの魔法攻撃でもくらったのか?
そんなことを考えたわれだったが、その予想は外れだった。
「一度ミリアとエイネにとことん話し合いさせればいいんじゃないっすかー? っていうかホントに悩んでるんすよね? 惚気じゃないんすよね?」
シルフィがテーブルに突っ伏しながら力なくそう提案してきた。ふむ。ただ単に呆れただけだったか。いやだがな、これは実際やられると案外辛いのだぞ。
われはポンポンとシルフィの頭をしっぽで叩きつつ弁解する。
『それはもうやろうとしたのだ。だが、どちらがよりわれに詳しいか勝負だとか言い出して、まともに話が進まんのだ。二人に美化されたわれの話なぞ聞きたくもないし、かと言ってわれ以外が言ってやってもあの二人が話を聞いてくれるかどうかわからんしな』
ミリアとエイネからは深い愛情は感じるのだが、何かがおかしい気がする。幸い恋愛感情ではないのが救いだが、逆に強く言うこともできないので手をこまねいてしまっているのだ。
シルフィはわれにしっぽで髪をくしゃくしゃされるのも気にせず、適当に返事を返してくる。
「んじゃ、なんか勝負でもさせればいいじゃないっすか。毎日でも毎週でもいいっすけど、適度にお題を調整して勝ったり負けたりを繰り返させれば勝手に仲良くなるっすよ」
ふむふむ。それも悪くはないな。われを奪い合うという謎の構図から、互いに認め合うライバルという関係にすればわれの苦労はだいぶ減りそうだな。よし、それでいこう。
シルフィが今年から伸ばし始めた紫の髪をわしゃわしゃと弄りつつそう思うわれだった。
体を起こして髪を手櫛で整えるシルフィを見ながらわれは最後の悩みの相談を始めた。
『最後はミミズクのヘレンだ。正直、こやつが一番厄介だな』
そう言ってわれはヘレン、本名ヘレナージュのことを頭に浮かべながら話し出す。
『ヘレンはな、一番年上だとか落ち着いた性格だとか、そう思っていたのだが、それはわれの勘違いに過ぎなかったのだ。あやつは、一度家族だと認めた相手に対しては、子供のような態度をとるやつだったのだ』
シルフィは苦虫を食いちぎったような顔をすると、顎で続きを促した。
些かその態度にぷんすかするわれだったが、先程からシルフィの助言が役立っているのも確かなので、おとなしく話を続けることにする。
『基本的には問題ないのだ。ここの生活を尊重しつつもやりたいことをやる。われが口出しするまでもなく既にケイたちと同じくらい馴染んでいるように見える。だが、われのお皿からおかずを奪ったり、気まぐれにわれを掴んで上空の旅へ連れて行こうとしたり、ケイと一緒になっていたずらを仕掛けてくるのはどうにかならんのだろうか』
われが後半一気に捲し立てると、シルフィはわれの肩にポンと手を置くと、慈愛に満ちた眼差しを向けて口を開いた。
「慣れろ。それだけっす」
表情に反してシルフィの言葉は無慈悲だった。
われはそれを見て打ちひしがれた。だがシルフィの口撃は止まらない。
「その程度いたずらの内に入らないっすよ。配下のいたずらに辟易するって言うなら、蛇がひしめき合う穴に落とされて出口を埋められたり、毎日味が微妙なお菓子をおやつとして出され続けたり、ミスを魔王である自分に押し付けてなかったことにしようとされたり、新鮮な果物を食べに行くと騙されて視察に連れて行かれたり、そういう経験をしてから言って欲しいっす」
シルフィ…。
われは目の虹彩から光を消してそう言う魔王を前に、何も言うことができなかった。だがダークな空気を纏ったシルフィは口を止めない。
「今のは子供の頃の話っすよ。最近だともっとひどいっす。この前は訓練のためだとか言って自分を的に十人がかりで新魔法である戦術級魔法とやらを試してきたっすね。戦略級じゃないから大丈夫とか言ってたっすけど、結構必死にならなきゃ死んでたっすからね。あと新たな部族が見つかったから行ってこいって送り出された場所がワイバーンの巣だったこともあるっすね。それにドレスを新調するって言われて一日中着せ替え人形にされたり。それから、それから…」
われはぶつぶつと不満を語り続けるシルフィをそれ以上直視することができず、そっと席を離れてキッチンの保管庫から作り置きの料理やデザートをシルフィの前に並べ始めるのだった。
新たな配下ができたことで色々悩んでいたが、どうやらわれは慣れないことに動揺していただけだったようだ。シルフィに比べれば、われの配下たちは十分優しいやつらだ。少しくらいぶつかることがあっても主のわれが落ち着いて対処してやらなければならなかったのだと、改めて実感することができた。
『ということで、今回は色々と助かったぞ、シルフィ。作り置きの食べ物を食べ尽くした件についてはわれが感謝の印に差し出したとケイには言っておくから、気にするな。これからもよろしく頼む』
われがそう言って頭を下げると、落ち着きを取り戻したシルフィが笑って応えた。
「いやだな~タマさん。自分とタマさんの仲じゃないっすか。こちらこそ、これからもよろしく頼むっすよ。タマさんの拠点で今度は誰が何をやらかすのか、楽しみにしてるんすから。あ、でも料理の件はよろしく頼むっす。ケイさんは怒らせると怖いっすからね」
その言葉にうむと頷くと、われたちの間にはほっこりとした空気が流れた。
それからのんびりと世間話をしていると、外からサクヤの泣き声が聞こえてきた。さて、今度は何が原因だろうな。サクヤはびっくりするだけで泣いてしまうようなので、ちょくちょくこういうことがある。
目の前でそわそわしだしたシルフィにわれは声をかける。
『気になるなら遠慮せず見てきても良いぞ』
だがシルフィは顔を赤くしつつ首を横に振った。
「いや、別に自分はサクヤのことなんてこれっぽっちも気にしてないっすよ?」
ふむ。われがあえてサクヤの名を出さないでやったのに。自爆とはこういうことを言うのだな。
われはそんなことを思いつつ、サクヤの成長の為に泣くのを宥め過ぎないようにしている魔王に助け舟を出すことにした。
『では、われが配下の様子見に行きたいので少し協力してくれ。サクヤが何を見て泣いたのか確認しておきたいし、それとヘレンのやつにいたずらの仕返しもしておきたいからな。おぬしの魔法でこっそりと忍び寄らせてほしい』
われがそう頼むと、仕方ないとばかりにやれやれとオーバーリアクションをしてからシルフィは引き受けた。だが口元ゆるゆるに緩んでいる。やれやれ、こやつは本当に嘘が下手くそだな。だから部下からからかわれるのだぞ。
われはするするとシルフィの肩に乗ると、広場で親睦を深めている配下たちの下へと向かうのだった。
今日は大きな収穫があった。新たな配下に新たな生活に慣れさせようと気を遣ってしまっていたが、これからはもっと気安く適当に接していくとしよう。それでも配下を守るというわれの気持ちが変わらなければ、大丈夫なはずだ。
それに誰かに励まされるという事態はやはり悔しいので、そうならないよう精進していくことを改めてわれは決意した。
こうして新たな配下を迎えた秋の日々は、賑やかに過ぎていくのだった。
なんか一話で一人紹介していくと飽きそうだったので、一気に紹介することにしました。配下の名前の由来というでっちあげはその内どっかで出します、多分。
今日はたくさん読んでくれた方がいたみたいで、とても嬉しいです。やっぱり休日パワーってすごいんですね。
これからも読んでもらえるようがんばっていきます。
お読みいただきありがとうございました。