第11話 魔王、ねこに相談する
時間…ギリギリアウト…でした。
われの拠点のアイドルであるミリアの誕生日が迫ってきた今日この頃、われはまた静かな家の中でサクヤと向かい合っていた。いや、今回は二人きりではないし、サクヤも正確にはわれではなくわれの後ろに隠れたものを見つめているのだが。
われは大きく息を吐くと、われとサクヤが乗っている小さなベッドから少しだけ顔を出しているものにぺしんとしっぽを叩きつけた。
「ひぐっ! ちょっ、何するんすかタマさん! 暴力反対!」
そう小さく叫ぶのは紛うことなく現役魔王であるシルフィだ。いや、おぬしのせいでサクヤが全くわれに興味を示さんからつまらないし、おぬしがわれの陰に隠れようとするせいでずっとサクヤの視線を感じるのだ。
要するに鬱陶しい。
「うにゃあ」
われが端的に一言告げると、シルフィは渋々といった様子で椅子を持ってきてすぐ側に座る。サクヤは一時も目を逸らさずにそれを見ている。シルフィはちらちらとサクヤを見ているが、サクヤと目が合うとさっと顔を逸らし、そっと視線を戻すという動作を続けている。
ケイやブラド、ギルあたりなら八つ当たり気味にからかい、フレイやテナなんかはにやにやするだろうシルフィの行動だが、今のわれにとっては只々面倒だった。
ということで単刀直入に訊ねる。
「みゃあん?」
われが声を発するとシルフィはビクンと背筋を伸ばし、ギギギと音がしそうな感じでこちらに目を向ける。
それからボソボソと、いつもの元気はブラドに食べられたのだろうかといった様子で話し出す。
「いや、あの、その…、なんと言いますか。自分の自意識過剰じゃなければ、サクヤっていつも自分のこと見つめてくるじゃないっすか」
うむ、われのいない時のことまでは知らんが、少なくともわれはそう思うし他のものからもよくそう聞くな。
われはこくりと頷く。
「最初はそれが嬉しかったんすよ。あの食いしん坊より、ケイさんやフレイさん、ミリアよりも自分のことを気に入ってくれてるのかなって」
まあそうなのではないか? サクヤが生まれたばがりの頃はシルフィの髪が紫だから気に入られてると思われていたが、実は髪ではなくてシルフィ自体が好きだからその髪の色の紫を好んでいるというのも後でわかったしな。
それで、気に入られていることの何が問題なのだ? われが続きを促す。
「自分、大事にされたり敬われることは立場上多いんすけど、母以外からここまで純粋な好意を向けられた経験って初めてなんすよ」
ほう、父親のウィンも愛情を持っているはずなのだが、娘には伝わっていなかったようだな。憐れ、ウィン。そしてこれまで話に聞く限り、城の部下も慕ってはいるが捻くれた愛情表現しかできないものが多そうだったな。
ふむ、それならサクヤのストレートな親愛表現に戸惑うのも頷けるか。
「それで、最初の嬉しさが、だんだん不安に変わってきたんす。こんなに笑顔や愛情を見せてくれるサクヤが、いつか自分のことを嫌いって言うようになったらどうしようって」
ふむふむ。いつだったかケイもそんなことを言っていた気がする。ミリアに反抗期が来たらどうしようとかなんとか。まあすぐにそれでも愛し続ければいいかと開き直っていたが。
「そう思ってから、わざといたずらしてみたり、距離を取ろうとしたり試してみたんすけど、なぜかサクヤはずっと自分のことを嫌いにならなかったんすよね」
おぬし、顔を見せる頻度が落ちたと思ってはいたがそんな理由だったのか。
「それが凄く嬉しくて、なんだかとっても幸せな気持ちになったんす」
とても嬉しそうな口振りに反して、シルフィの表情には切なさが滲み出ていた。
「でも、サクヤの愛情が嬉し過ぎて、このまま自分の中でサクヤの存在が大きくなるとまずいな、とも思ったんすよ。自分は魔族で寿命も違うし、魔王だから自由時間もそれほどあるわけじゃないっすし、それに、いつかサクヤに依存するようになったらどうしよう、って感じで。頭の中がずっとぐるぐるしてるんすよ」
ふむ、能天気なシルフィもこんな風に悩むことがあるのだな。
われは興味深げな眼差しをシルフィに向ける。隣のサクヤはシルフィが近くにいて嬉しそうではありつつも、切なそうなシルフィを見て心配そうな表情を見せている。サクヤの方を見ていないシルフィは気付いていないようだが。
「タマさん。タマさんもミリアからものすごい愛情を向けられているっすよね? それについてタマさんはどんな風に考えているんすか?」
シルフィが真剣な表情でこちらを見てくる。
さて、これは少しまじめに答えてやるとするか。われは少し姿勢を正してから言葉を紡いだ。
『シルフィ、たしかにおぬしの考えは間違っていない。過度な依存は良好な関係とは言えないし、異種族間での人との接し方にはどうしても問題が付き纏うものだ』
まあわれの配下には異種族しかいないし、もっと言えば頂点たるわれの同類などこの世のどこにもいないだろうが。普段ならそんなわれがこんなことを言うのもどうかと思われるかもしれないが、今のシルフィなら大丈夫だろう。
『だが、おぬしは決定的に勘違いしている。それは、自分が正しいと思えば、それは正しいのだ。例え白でもおぬしが黒だと言えば、おぬしの中でそれは黒になる。それは客観的には間違いかもしれぬし非難されるかもしれん。だが心が納得して起こした行動や決定からは、決して後悔は生まれん』
シルフィはわれの暴論に目を見開いている。だが同時にある種の納得をしてもいるようだった。
『ブラドを見てみよ。あれだけ自由にやりたいことをやっていて、それでも部下から信頼され、森の住人からは感謝されている。それに明らかに自分より寿命が短いケイたちとも仲良くやっている。これは、ブラドが余計なことを考えず、自分のやりたいように行動し、それを貫いているからだ。寿命が異なるのなら、その短い時間を後悔しないよう味わい尽くせばよい。それだけのことなのだ』
われの言葉にシルフィは難しい顔を浮かべている。おそらく本心ではそれで納得したいのだろうが、どうでもいい常識とやらがそれを阻んでいるのだろう。
『シルフィ、おぬしは何だ? 魔王だろう? ならば、わがままを貫く強い意志と、力を持て。そして立ち塞がる障害など全て壊せばよい』
呆然とするシルフィ。よし、もう一押しだ。
『サクヤから気に入られている。結構ではないか。それに対しおぬしが嬉しく思うのなら、素直に好意を返せ。後に嫌われたとしても、おぬしが嫌ってないなら好意を示し続ければよい。もしずっとサクヤが好意を持ち続けてくれたなら、その時には部下や夫にでもすればよいのだ。もしくは父のように自分から立場を放り出すのも良いかもな』
その言葉に赤くなったり慌てたりするシルフィ。うむ、いけそうだな。
『われは配下を大事にはするが、配下の進路を制限することはない。もし本人が希望するならシルフィの所にくれてやるのも構わんぞ』
更に顔を赤くするシルフィが慌てて口を挟んできた。
「ちょっ、今はそういうことを言ってるんじゃないっすよ! サクヤが自分のせいで余計な時間を使うんじゃないか、余計な苦労をするんじゃないかって心配してるだけっす!」
うむ、それは本音なのだろうな。だがその本音の原因となっているのは…。
『それなら、サクヤがどんな道に進もうとも、決して後悔しないような時間を与えてやればよいだけだ。そもそも人生に失敗はあっても、間違いはない。過去をどう生かすかは本人次第だ。なに、おぬしができないというならわれが主として責任を持ってサクヤを育てるから心配するな』
われがそう言うとシルフィの表情は羞恥から怒りに変わり、頭に血が昇ったまま言葉を発した。
「べ、別に自分だってそれくらいできるっすよ! こんな可愛いサクヤに無駄な悲しい思い出なんか作らせないっす! むしろ嫌がるくらい最高の時間を作ってやるっすよ!」
そこまで言ってからシルフィは自分が何を言ったのか理解し、再び羞恥で顔を赤く染めた。まあさっきからずっと顔の赤さは変わっていないが。
『それだけ自信があるなら、余計なことなど考えずただ可愛がってやれば良い。それに喜びはすれど困るものなど誰もいないのだから』
そこまで言うと、シルフィはようやくサクヤに視線を向けた。サクヤがずっと向けていたきれいでまっすぐな瞳を正面から受け止めている。
ふう、これなら大丈夫か。
われが静かに見つめ合う二人を眺めていると、シルフィがはぁと一息吐いた。
「わかったっす。タマさんには負けたっすよ。…タマさんがそこまで自分の指導力に自信がないって言うんなら、自分が将来引き入れるのも視野に入れて可愛がってやるっす」
うむ、どうやら吹っ切れたようだな。だがわれはそんなことは言ってないからな。自分の意思決定のために言葉を捏造するなよ。それとそれをケイとかブラドに言ったら嫌がらせされるから気を付けるのだぞ。もしくはフレイたちに聞かれたらからかわれるぞ。
われはそんなことを思いつつサクヤのベッドからひょいと降りた。そして壁際の棚の上にある定位置のクッションから二人の様子を眺める。
シルフィが手を伸ばしてくるサクヤを抱き上げる。サクヤはようやくシルフィに抱いてもらえてとても満足そうだ。シルフィもすっきりした顔で抱えたサクヤの頬をつついたりしてやっている。
うむ、これで一件落着だな。
そう思ったわれだったが、シルフィが余計なことを言ってきた。
「そういえばタマさん。まだミリアへの感情とか対応について聞いてないんすけど、その辺もっと詳しく聞かせてくださいっす。それと勢いで流されたっすけど、実はこれ何の解決にもなってないっすよね?」
笑顔でそう訊ねるシルフィと腕の中のサクヤを置いて、われは外へと飛び出すのだった。
すまんな、シルフィ。何も聞こえなかったのだ。ということでその質問には答えん。
話をごまかしたことや恥ずかしさを隠すためなら逃走も辞さないわれなのだった。
*****
今年の春、友人のケイさんの所に新しい子供が産まれたっす。それは黒髪と深い藍色の瞳を持つ、かわいいかわいい男の子だったっす。
そんなサクヤが産まれる時は赤ちゃんとの接し方がわからなくて色々自分でもパニックに陥ってたっすけど、かわいいサクヤを見て、そして自分に笑いかけてくれた笑顔を見たら、なんだか色々どうでもよくなったっす。とにかく愛でればいい、それだけだったんすね。
それからしばらくはなぜか自分が相当気に入られていることがわかって、浮かれてたっすね。特にあの食いしん坊よりも自分を好いてもらっているって事実が最高だったっす。おかげで城で鼻唄を歌いながら仕事をしていたら、メイドに頭を叩かれるくらい心配されたっすけど。
っていうかあれ、普通に考えておかしいっすよね? なんでメイドが主人の頭を鋼鉄のメイスで殴ってくるんすか? 普通なら処刑とかする所っすよね。浮かれてたからその時は許したっすけど。
でもそんな感じで浮かれてたある日、仕事のできる部下に言われたんす。
「魔王様。浮かれて仕事を速く済ませる分にはよろしいのですが、もしそのお子さんにそっけなくされても仕事を遅らせるのはやめてくださいね。帰るのが遅くなると私が嫁に怒られますので」
さらっと自分の都合で主に諫言してきた部下に思う所もあったっすけど、そこで初めて気付いたんす。もしサクヤに嫌われたらどうしようって。もし自分が手を伸ばしても拒否されたら、自分を無視して他の人に笑みを見せるようになったら。
そう思った瞬間、一気に頭が真っ白になったっす。すぐに部下に頭をハリセンで殴られたからとりあえず手は動かしたっすけど。
それからどんどん嫌な想像が膨らんできて、仕舞いには自分から嫌われてみようとする始末。でもそれは失敗に終わったっす。心を痛めて冷たいことをしたのに、なんでサクヤはずっと自分に笑顔を向けてくるんすか。
現時点でサクヤが自分を嫌うことはなさそうとわかってからは、嬉しい反面どう対応していけばいいのかわからなくなって、なんとなくサクヤと顔を合わせるのが恥ずかしくなったっす。
正直、男の子がずっと自分のことを好いてくれたら、なんて乙女なことも昔は考えたことがあったっすけど、まさか赤ちゃん相手にそんなことを思うなんて考えもしなかったっす。主観的にも客観的にもやばいとしか思えないんすけど、なんでかそんなことばっか浮かんでくるんすよね。
まあ相手が今赤ちゃんだとしても二十年弱もすれば立派な青年になるし、自分の容姿は多分百年位は変わらないと思うから、問題はないのかもしれないっすけど。ってそういうことじゃないんすよね。
仮に将来サクヤが変わらず自分を好いてくれても、必ずサクヤの方が先に寿命が来るっす。エルフと人族の恋物語なんかでそんな話はいくらでも聞いたことがあったっすのに、自分のことと考えたらすごく怖くなったっす。
サクヤはほとんど老いない自分をどう思うのだろう。だんだんと見た目の年齢に差が開いていくなんて、人族のサクヤにとっては辛いことなのではないだろうか。それならサクヤはやはり同じ人族の相手と結ばれるべきなんじゃないだろうか。
まだ何も始まってないのにこんな仮定の話でここまで考えるなんて、自分でもおかしいとは思うっす。でも、どうしてもそんな考えがぐるぐると頭を駆け巡るのが止まらなかったんす。
そんな感じで自分のサクヤに対する態度を考えていたら、偶然タマさんと二人きりで話す機会が訪れたんす。正確にはサクヤもいたっすけど、まだ話せないのでノーカンっす。
それでタマさんの方から訊いてきてくれたんで、思い切って自分の中に溜まってたものを吐き出したら、予想の斜め上の暴論を返されたのにはビビったっす。でもそんな暴論でも、確かに自分の中で何かが氷解したのを感じられたんすから、やっぱりタマさんはすごいっすね。
自分より生きてきた年月は短いはずなのに、どうやったらあんな感性と信念を持てるようになるんすかね。不思議っす。
というわけで色々悩むのはやめて、今はとにかく心が命ずるままに行動しようって決めたんす。とりあえずサクヤはかわいいし、自分に向けてくる笑顔がすっごく嬉しいっすから、愛でて愛でて愛でまくるっす。
可愛がり過ぎると嫌われるってケイさんとかメイドから言われたっすけど、毎日会うのを我慢してちゃんと仕事してるんすから、多分大丈夫っすよね。
それにサクヤはそんな簡単に自分を嫌いになんてならないと思うんすよ。なんたってサクヤが好きなおもちゃを隠したり、サクヤが手を伸ばしてきても顔を背けたりっていう冷たいことを何度かしても、変わらず笑顔を向けてくれたんすから。
そんな感じでひとまず十年、いや十五年くらいは様子を見てみようと思うっす。その時サクヤが自分のことを女性として好きでいてくれたら…。むふふふふ。
そんな未来が待っていたら、どうするっすかね。その時になって慌てるのはかっこ悪いんで、今の内から色々シミュレーションしておくっす。メイドたちにばれたら鼻で笑われそうっすけど。まあ自分は優しい魔王っすからね、それくらい許してやるっす。その代わり仕事を増やしてやるくらいはするっすけど。
そんなわけで今回の教訓は、色々悩んだらとにかく他人に相談してみるといいってことっす。もちろん相手は選ぶ必要があるっすけど。バカドラゴンとかギル爺に相談しようものなら爆笑されて知らんとか言われるのがオチっすからね。
さあ、それじゃあまずは更に仕事の効率化を図って、あの拠点を訪ねる頻度を上げる所から始めるっすよ。それでちょっとずつおしゃれとかも覚えて、いざという時に備えて次の魔王の候補も決めておくっすかね。そう考えるとやることはたくさんありそうっす。
よし、これからはつまらない仕事でも気合を入れてがんばっていくっすよ!
なんだこれ(白目
こんな乙女?な話を自分が書くなんて思っていませんでした。いや、乙女な話なのか?自分ではよくわかりません。
でもこんな話に唯一の解決策なんてあるはずもないと思うので、今回はタマに自由に言わせてみました。暴論極論を用いた強引な話題のすり替え。これはその場しのぎに作者がよく使ってしまう方法ですね。後で怒られますが。
それでは次回はミリアの誕生日の話です。
お読みいただきありがとうございました。