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もふぽて  作者: しーにゃ
第二章
110/121

第10話 ねこ、ひとりで子守りをする

気付いたら50万字突破してました!

いつもお読みいただきありがとうございます!

 夜になると虫の鳴き声が聞こえてくるようになり、そんな些細なことに秋を感じる今日この頃、われは拠点の家の中でサクヤと向かい合っていた。現在われたち二人以外、この家には誰もいない。


 毛を紫に染めなくてもわれに笑顔を見せるようになったサクヤは今、クリクリとした藍色の両目でわれをじっと見つめてくる。われも負けじとその目を見つめ返す。


 今この場には謎の熱い勝負が繰り広げられていた。


 …なんてことは全くない。単に珍しく二人きりなので緊張しているのサクヤを観察しているだけだ。


 まったく、こんな幼い子供の世話をわれだけに任せて家族三人とも別の場所に出かけるとは、ケイたちには注意をせねばならんな。


 ぷりぷりとそんなことを思うが、そういえばなぜこんな事態になっているのだろうか。ちょっと記憶を探って思い出してみることにする。



 まずケイだが、今日あやつは狩りに行っている。獣人親子のアウルとミナを連れて、ブラドの背中に乗って森の外の暴れん坊が蔓延る狩り場まで行っているはずだ。


 なぜ遠出してまでそんな所に行っているのかと言いたいが、たしかこの前ブラドが来ていた時にその狩り場のことを聞いたわれがケイに頼んだ気がするな。珍しいうまい肉が食いたいと。


 ふむ、ということは今日ケイがいないのはわれの一言が原因というわけか。ならケイのことは叱らないでおこう。理不尽なことで怒られるのは、とても腹が立つからな。


 さて、ではフレイはどうだ。たしかあやつは今ママ友のテナと一緒に魚たちの芸を見に行っているはずだ。たしか以前から練習していた劇が完成したので見てもらいたいと、先日魚たちから頼まれたわれが演劇好きのテナに話を振った結果二人で見に行くことになったのだったかな。


 そして最初はサクヤも連れて行こうとしていたフレイに、劇の間くらい子守りを忘れてゆっくりと見て来いと気を遣って声をかけた気がする。その時は誰かが家にいるだろうと思っていたからな。


 うむ、これではフレイも叱るわけにはいかんな。


 ならばミリアたちはどうだと思うが、ミリアとヴィム、ルーアは現在子馬と遊ぶため動物たちを引き連れて白馬の管理区域まで遠出している。


 子馬にはいつもわれの拠点に来る時に保護者同伴を強いているから、こちらから出向くのなら保護者役を付けるべきだとヴィムと何人かの動物たちに頼んでおいたのだ。ちょっと白馬に会うのが怖かったからという理由ではないぞ。


 まさかミリアたちが今日行くとは思ってなかったが、現に今いないのだからそういうことなのだろう。


 ふむふむ。これは困ったな。全てわれの言葉がきっかけだったのか。


 これでは誰も叱れんな、と自分の言葉の責任を都合良く忘れて意識を遠くにやりつつ、われはサクヤとにらめっこを続けるのだった。



 それにしても見事にタイミング良く、いやタイミング悪くか、みな別々に出かけて行ったものだな。


 ケイは遠出のため朝早くに誰も起こさないようにこっそりと出かけた。ミリアたちもいつもより遠くへ行くため朝食を食べたらすぐに動物たちを伴って意気揚々と出かけて行った。


 フレイは午前中はサクヤの面倒を見つつ裁縫をしていたようだが、ケイの姿が見えないのをいつもの引きこもりだと思い、テナの所で昼食を食べてそのまま川まで行くとわれに伝言を残して行ってしまった。


 その結果ケイがいるだろうと見越して家に残されたサクヤの他にここにいるのは、われだけということだ。


 うむ、事態はよく理解できた。だが、困った状況なのは変わらんな。


 不幸中の幸いだったのは、フレイがサクヤにご飯を与えてから出かけたことか。われも先程ケイが用意していた昼食を見つけて食べたので腹は減っていない。いつもならこの後昼寝でもしようかという所だが、どうやらサクヤは眠くないらしい。じっとりとわれを見つめ続けている。


 われの何を見ているのだろうか。そう訊いてみたいほどに見つめてくるサクヤの目の前に、われは興味本位でしっぽを差し出した。柵付きの小さなベッドに横になっていたサクヤは、それに反応した。


 ふりふり、すかっ。ふぉん、ひょいっ。


 ゆらゆらと揺れるわれのしっぽを捕まえようと手を懸命に動かすサクヤ。だがわれのしっぽは簡単には捉えられない。


 一心不乱にしっぽを追いかけるサクヤを見て、われは微かに表情を綻ばせた。うむ、ミリアによく似ているな。そう思ったのだ。


 そういえばミリアの時はミリアがわれを気に入っていたのもあってよくこうして構ってやったが、サクヤにはあまりやってやることがなかったな。


 それはケイたちや動物たちが二人目の子供だから慣れたというのもあるし、ケイが大量におもちゃを用意したのも理由の一つだ。それとわれがサクヤの近くにいる時はミリアとミナが構ってやることが多かったからな。


 われがそんなことを考えつつ無意識にしっぽを動かしていると、サクヤがふんと腕を伸ばしてわれのしっぽを掴んだのに気付いた。


 決して強い力ではないが、生命力に溢れた温かな体温が、その小さな手から伝わる。サクヤは自分でも驚いたのか目を丸くしていたが、すぐに笑顔になって大きな声を上げた。


「うぉあぅあ~!」


 流石に赤子が言語を操っているとは思えないのでその言葉の意味はわからなかったが、とにかく嬉しそうにしていることはわかった。


 ふむ、そんなにわれのしっぽを掴めたのが嬉しいか。なら、次は更に難易度を上げるぞ。見事捕まえてみせよ。


 われは相手が赤子でも遠慮なく修行させるのであった。



 しばらくサクヤの瞬発力、動体視力、握力その他諸々を鍛えようとしっぽで構ってやっていたのだが、どうやらサクヤは疲れて飽きたようだ。先程まで目を輝かせて追いかけていたしっぽが目の前を横切っても白い目を向けてくるだけである。


 むう、急にそっけない態度を取られると悲しくなるのだな。覚えておこう。


 さて、われのしっぽには飽きてしまったようだしどうしようか。まだ眠くはないのか視線をあちこちにきょろきょろと動かしている。話をしてやってもいいがまだサクヤにはわれの言葉は伝わらないだろうし、おもちゃで遊んでやるにしてももう疲れて反応しないかもしれん。


 われはしばしサクヤを観察しつつ頭を捻っていた。そしてふと思いついたことを試してみることにした。


 われは少しだけ席を外して急いで近くにあった棚の引き出しを開けて中のものを取り出す。そしてそれをしっぽで抱えてとことことサクヤの下へ戻った。


 サクヤは一人になったことが心細かったのか普段は見せない不安げな表情をしていたが、われが戻ってきたことに気付くと安堵の混じった怒りの感情を向けてきた。


「ぅまぁー!」


 うむ、すまなかったな。せめて一声かけてから離れるべきだったな。われは素直に謝ると持ってきたものを広げて見せた。するとサクヤの目に再び輝きが戻ってきた。


 われが見せたのはミリアの描いた絵だ。ミリアは特別なお気に入りは誰かにあげたり自分で保管したりしているが、納得がいかない出来のものや練習用に描いた絵は適当に近くの専用の棚に突っ込んでいるのだ。たしかここに入れたものはサクヤに見せていなかった気がする。なので今回はそれを拝借することにした。


 ミリアにばれたら恥ずかしいものを見せるなと怒られるかもしれんが、なに、弟のためとわれが言えば大丈夫だろう。それにここにあるのも十分うまく描けていると思うしな。


 われは一枚ずつゆっくりと絵を見せていく。サクヤの顔色を見て満足したり気に入らなさそうな表情が見えたら次の絵に変えていく。そんな感じで何枚も見せていくと、時々サクヤが特定の単語を喋っていることに気付いた。よくよく注意して聞いてみると、それが名前だとわかった。


 ケイやフレイ、ミリア、ブラド、ヴィム、ルーアなど、サクヤが顔と名前を一致させて覚えているものが予想以上に多いことに驚いた。どうやらサクヤもミリアに似て頭が良いらしい。これは将来が楽しみだな。


 何枚も絵を見せていると、それまでと比べて一際強く反応したサクヤ。われは誰のことかと絵を見てみると、そこには紫髪で紅目の魔族の女が描かれていた。サクヤはその絵を見て「いぅひー!」と言っている。ほう、やはりサクヤはシルフィのことが気に入っているようだな。


 われが残りの絵からシルフィの描かれているものを抜き出し見せてやると、サクヤは面白いほど上機嫌になった。うむうむ、われを目にした時のミリアにそっくりだな。サクヤのお気に入りがわれやわれの配下ではないのはちと残念だが、まあよいだろう。シルフィはいいやつだしな。


 そんなことを思いつつわれはサクヤが満足するまでシルフィの絵を見せてやるのだった。結局眠りにつくまでずっとにこにこと眺めていたが。


 われはサクヤが眠りについたのを見届けると、散らばった絵を集めて元の引き出しに戻す。そしてすぐにサクヤの隣に戻ると、体を丸めてしっぽをサクヤの手の近くに置いておく。そのままわれは目をつむり、少し遅くなったが昼寝をすることにした。



 われは目を覚ますと、窓から入る日の光がずいぶん傾いていることに気付いた。最近は日が沈むのが早くなってきたが、それにしても少し眠り過ぎたようだ。


 横をちらりと見てみると、サクヤもまだ寝ていた。気付いてはいたのだが、サクヤの左手はわれのしっぽをきゅっと握っている。


 やれやれ、まあ痛くもないし起きるまではこのままにしておいてやるか。


 われがそう思ってからふと気配を感じて反対側を見ると、フレイとテナがにやにやとした表情でわれの方を座って見ていることに気付いた。


 こやつら、いつの間に!


 内心そう叫ぶも、サクヤを起こさないためにわれは声を上げることも動くこともできない。なので表情だけで二人に質問を投げかけると、フレイがくすりと笑いながら小さな声で答えた。


「十分くらい前よ。ぐっすり眠ってたみたいだから、起こさないであげたの」


 ぐぬぬ。さすがに昼寝をしていても二人が普通に入ってきたらわれは気付く。それに気付けなかったということは、余程深く寝入っていたか二人が意図的に気配を消して入ってきたかだ。


 われは後者の可能性が高いと判断して少しむくれて怒りを示してみるが、何が面白いのか二人はますます笑みを深めた。ひとしきり静かに笑い終えたフレイは目尻に浮かんだ笑い涙を拭いながらわれに声をかけてきた。


「どうやらサクヤと二人っきりにさせちゃったみたいね。ごめんなさい。でもサクヤの寝顔、すっごく機嫌が良さそうに見えるわ。さすがはタマちゃんね。ありがとう」


 その言葉を聞いてわれは怒るのをやめた。まあちょっと悔しかっただけで初めから怒っていたわけではないのだが。だが褒められるのはやぶさかではない。ここは素直に感謝を受け取っておこう。


 われがうむと頷くと、何か周囲の変化を感じたのかサクヤが目を覚ました。そして手に握っているものを見て、不思議そうな顔を浮かべてからすぐ隣にいるわれに気付く。


 もしや泣かれるかと心の準備をしていたが、サクヤはにぱっと笑った。そして手からしっぽを離そうとするが、ゆっくりと手を開きつつにぎにぎしたり撫でてくる。その慣れない感触にむずがゆい気持ちを抱きつつも黙って眺めていると、サクヤは満足したのかやっとしっぽを離してくれた。


 それを確認してからわれがひょいと立ち上がって動くと、われの向こう側にいたフレイに気付いたのかサクヤは声を上げた。


「うあー!」


 そしてフレイに向かって両手を伸ばす。フレイが微笑みながら近づいて手を伸ばして抱き上げると、サクヤは嬉しそうにぎゅっとしがみつく。


 そんな二人を見ていたテナが頬に片手を当てながらポツリと呟いた。


「ああ、やっぱり赤ちゃんってかわいいわ~。ミナも欲しがってたし、もう一人か二人くらい産んでみようかしら」


 われはそんなテナに生温かい視線を向けつつ、少し離れてお気に入りの場所、棚の上のクッションの上に横になる。しばらくフレイ、サクヤ、テナが三人で仲良くしている光景を眺めていると、外から賑やかな音が聞こえてくるのに気付いた。


 そしてドアを勢いよく静かに開けるという器用な開け方をしたミリアが、一直線にサクヤの下まで近づいて声をかけた。


「ただいま! サクヤ、これ、おみやげだよ!」


 そう言って何かの実をサクヤに渡そうとするミリアを、フレイが優しくたしなめる。


「おかえり、ミリア。お土産はいいけど、その前にしっかり手を洗ってからね。それからその実は夕飯の時間に食べましょうね」


 フレイがそう言うとミリアは素直に「はーい」と答えて手を洗いに行った。そんな後姿を母二人はくすくすと笑っている。


 ミリアたちが帰ってきてからほどなくしてブラドとケイ、アウルとミナも戻ってきた。ずいぶんとくたびれた様子の三人と一人元気そうなブラドが家に入って来る。


「ただいま~。おっ? サクヤ、なんだかいつもよりご機嫌だな」


 ケイがそんなことを言いつつサクヤの頬をつつこうと手を伸ばす。それをぺしっと遮りながらフレイが声をかける。


「おかえり、ケイ。まずは手を洗ってね。ミリアがまねしちゃうでしょ?」


 そう注意してくるフレイにケイは胸を逸らして自慢げに答えた。


「残念! 俺たちはちゃんとさっき魔法で手を洗ってから入ってきたのだ! だからサクヤ! ぷにぷに~!」


 笑ってサクヤの頬をつつくケイにフレイは小さく溜め息を吐く。


「パパ、ずるい!」


 そう言ってケイの背中に飛び乗るミリア。どうやら文句は口だけのようだ。その顔は笑顔に溢れていた。


 そんな親子の触れ合いをしている三人を見ながらフレイが先程のケイの質問に答えた。


「今日は私たちがみんな出かけちゃったから、タマちゃんが一人で午後から面倒見てくれてたのよ」


 フレイの言葉を聞いてケイとミリアがこちらをバッと振り向いた。


「タマ! お前うちの子に何をした! サクヤがこんなに機嫌がいいなんて、まさかその毛並みを使ってもふもふさせたんじゃないだろうな! ずるいぞ、俺にももふもふさせろ!」


「タマすご~い! さすがあるじだね!」


 なぜか変なこと言って追いかけてくるケイ。われはミリアやミナたちの背中に貼りつき、そのうざったい追及を黙って躱す。そんな様子をみなが笑って見ている。


 うむ、今日もここは平和なようだ。これなら、たまになら一人で子守りをするのも良いかもな。そう思うわれだった。


 そんなほのぼのとした空気をブラドの一言が切り裂く。


「ケイ、腹が減った。せっかくだから今日獲ってきた肉を使って、外で焼き肉をしよう」


 おお、ブラドにしては良い提案だな。よしブラド、さっさとケイを捕まえて準備させろ。


 そうしてブラドに連行されたケイに付いていき、その後われたちはわいわいと焼き肉を楽しんだ。


 うむ。平和な日常、うまい飯、より懐いてくれた幼き配下。今日も良き日だった。明日からもがんばるか。


 今日もそんな風に思うわれなのだった。


ぐぬぬ、日付変更前に間に合いませんでした。まああくまで目標なので気にしていませんが。

今日はあまりちゃんとスポットが当たっていなかったサクヤとタマの触れ合いを書いてみました。のんびりほのぼのとした空気が伝わっていましたら幸いです。

そういえば最近シルフィが活躍してない?と今思ったので、次回あたりシルフィ無双になりそうです。


お読みいただきありがとうございました。

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