第7話 いたずら大好きな執事の話
暑いと口に出すのも億劫に感じる今日この頃、われは昨年拠点に作られた噴水で涼んでいた。この噴水は一応まともに動くようになったのだが、ケイが改善すると言い訳して魔石の消費をケチっていたため今までは動いていなかったのだ。そんな噴水をなんとか稼働させることに成功したわれは、噴水の縁に座ってのんびりしていた。
われが噴水の中で遊ぶミリアや動物たちを眺めていると、何かが飛んできたのを察知した。特に何も考えずしっぽでそれを弾く。だがその謎の飛来物はぽんぽんと間を空けずに飛んでくる。
われが少々鬱陶しく思いながらもぺしぺしとしっぽで弾いていると、ようやくそれは止んだ。われが再び訪れた平穏を享受していると、われに小石を飛ばしていた張本人が歩み寄ってきた。
われに嫌がらせのようなことをしていたのは執事のギルだ。どうやら今日は単独で魔王城からここまで遊びに来たらしい。われはちらりとギルを見ながら話しかけてみることにした。
さっきの攻撃の意図はなんだったのだ?
「うみゃぁあん?」
われと問いかけにギルはしれっとした表情で返事を返す。
「暇つぶしです」
悪びれずそう答えるギルに、われは溜息を吐いた。この夏でも暑苦しい執事服とかいう服をきっちりと着こなす老人は、こういうやつなのだ。多分ケイが何かの作業でも始めて暇になったのだろう。その暇をこのわれで潰そうとは、さすが主である魔王をいじるのが生きがいのやつだな。
われはおとなしく話し相手になってやることにした。
『それで、最近魔王城や魔族領の様子はどうだ?』
われがうみゃうみゃとそう訊ねると、影から取り出した椅子に座ってギルは返事をした。
「ひどく平和ですね。人族との戦線から異世界の勇者が離れて久しく、先日も勝手に森に侵入して自滅したようですし。やることがないのでわざわざ私自ら色々いたずらしてしまうほどですよ」
ふむ。相変わらずはた迷惑なやつだな。やることがないのなら昼寝でもすればよいのに。そう思うがこやつはいたずらが好きでしょうがないようだからな。ケイたちにもふもふをやめろと言うようなものだろう。
われはとりあえずスルーして会話を続けることにする。
『それならシルフィで遊べば良いのではないか? 平和ならあやつも暇しておるのではないか?』
われの言葉に首を横に振りながらギルは言葉を吐く。
「いえ、どういうわけか陛下はお忙しそうなので、あまりいたずらする機会がないのです。私はただ城でのいたずらの際、陛下の名前を書き残しておいたり、国宝をこっそり盗み出して会議室に飾ったりしていただけですのに」
うむ、はっきり理由はわかっているようだな。こやつが配下にいなくてよかったと、心から思う。憐れシルフィ。
われはシルフィに同情しつつ話題を変える。
『そういえば以前ケイに頼んでいた魔道具は完成したのか?』
だいぶ前からそんなことを言っていた気がする。何やら複雑なものを頼んだらしく、時間がかかっていたようだが、そろそろできたのではないだろうか。
われが問いかけると、ギルは影から何かを取り出して答える。手のひらほどのサイズの薄い板のようなものだ。
「一応これが試作品になります。試してみますか?」
何とはなしに訊かれたが、ここで頷くほどわれはうっかり屋ではない。
『結構だ。ただの好奇心なのだが、それはどんな用途に使うものなのだ?』
われがいたずらに興味を持ったとでも思ったのか、はたまた単にいたずらについて語りたいだけなのか、ギルは明るく説明を始めた。
「よい質問でございます。これはある程度以上の大きさの魔力を持った生物が上に乗ると、その漏れる魔力を使用して発動する魔道具です。本来は爆発させたり電流が流れたり、落とし穴を生み出すといった罠に使われる魔法陣を流用したものですが、今回ケイ殿に頼んだこちらは一味違います」
興奮してきたのか少しずつ速くなる口調でギルは説明を続ける。
「私が依頼した内容は、ばれないこと、地味なこと、自然に起こりうる事象であること、です。貴重な魔法陣を書ける人物には普通こんな依頼は出来ませんし、わざわざ地味ないたずらに魔道具を使うという発想はなかなかないので、ばれにくいのです」
ふむ。所変われば常識も変わるというやつだな。この拠点ではいくらでもどうでもよいことに魔道具が使われている気がするが、普通はもっと役に立つことに使われているのだろうな。
われはうむうむと頷いて続きを促す。
「そしてケイ殿がひとまず完成させたのがこちらです。この薄い箱型の魔道具を椅子の裏に貼りつけておくと、誰かが座った時に『ミシッ』と小さな音を鳴らすのです。それはまるで自分の重みで木製の椅子が軋んでしまったような嫌な音。これを会議室の椅子に仕込んでおけば、その椅子に乗ったものは会議の間自分が高価な城の椅子を痛めたかと焦るでしょうし、メイドの休憩室に仕掛ければ、メイドに自分の体重が増したと勘違いさせられることでしょう」
そう説明するギルの目はキラキラと輝いていた。そんなギルの口は止まらない。
「もちろんこれ以外にも色々作ってもらう予定です。老若男女、場所も時間も問わずいたずらを実行するには、まだまだ数も種類も足りませんからね」
まるでわれを抱いている時のミリアのように無邪気にはしゃぐその姿は、見る人が見れば微笑ましいと思う光景なのかもしれない。だが、われが感じたのは見たこともない魔王城に努めるまともな人物への同情だけだった。
黙り込むわれを見て更に説明をする必要があると感じたのか、ギルは別のものを取り出した。白っぽいのと赤っぽいのの二色、大きさはわれより少し小さい位の大きさの箱だ。
「こちらはケイ殿が別の目的で試作したものになります。こちらの薄っすらと青く見える白い箱は、魔力を注ぐと外見に反して六十度位の熱を持ちます。逆にこちらの赤銅色の方は零度付近まで温度が下がります」
ふむ、ケイが何の用途の為に作ったのかが気にはなるが、結構便利なのではないか?
われが疑問の視線を向けると、ギルは嬉しそうに話しを続ける。
「実際は持続時間が少ないですし、料理やコップの温度を保つといった使えそうな用途に使用するにしても、サイズが大き過ぎるうえに魔力効率が悪いので使えないでしょうがね」
なんだそれは。われのそんな視線を受けて、ギルはニヤリと笑う。
「そう、何のために作ったのかと言いたくなるもの、だからこそいたずらに使えるのですよ。やり方は単純です。これに魔力を注いでから巡回する兵士の行く先に隠すように置いておく、これだけです。当然兵士は不審に思い手に取るでしょう。しかし、これらの温度は見た目と逆です。素手で触った兵士は、それはもう驚くでしょうね」
しょうもない。ただそう思ったわれは、続くギルの説明に耳を傾ける。
「そしてこちらをよく見てください。ここに印が刻んであるでしょう。実はこれは、魔王とその家族だけが使うことを許されている印をまねたものなのです。現在城でこの印を使うのは陛下のみ。つまりこれは魔王陛下の落とし物、あるいは仕掛けたものだと判断されるわけです」
ああ、それは大変そうだな。主にシルフィや偉そうな立場のまじめなやつらが。
「見るものが見れば偽物と一目で見抜かれるものですが、下級兵では実際に見たことのあるものは少ないでしょう。これを手に取ったものがどう行動するのか考えると楽しみでしょうがありません」
もはやギルは国家反逆罪とかが適用されるのではないだろうか。われはそう思いつつも少しマイルドな表現で訊ねた。
『そんなことしてギルは怒られないのか?』
われの疑問にギルは自信を持って頷いた。
「なに、例え犯人が私だとばれても、兵士の訓練のためだとか言っておけば案外大丈夫なものなんですよ」
そう言って笑うギルの笑顔を見て、ああ、これが悪魔の微笑みというやつか、とわれは思うのだった。
ギルはやっと落ち着いたのか魔道具を影に落とした。魔道具は地面に当たることなく影に吸い込まれて消える。
そういえばギルの使うこの魔法、かなり便利だな。というか、空間魔法とどう違うのだろうか。聞かなければよかったいたずらの話を頭から追い出すためにわれは魔法について訊ねることにした。
『ギルの使う闇魔法は便利そうだな。姿を変えたり、物を出し入れしたり。同じ闇魔法使いのシルフィも似たようなことができるのか?』
ギルは褒められたと感じたのか、嬉しそうに笑って話し出した。
「いえ、同じ闇魔法とは言っても私のような使い方ができるものはそういないでしょう。タマ殿も感じたことがあるとは思いますが、同じ属性の魔法でも、使用者の適性や思想によって得意なことと苦手なことがあるのです。闇魔法でメジャーなのは気配を消すことですので、そういったイメージが強い人にまねをしろと言ってもできないでしょうね」
そう言うギルは少し自慢げだった。
「私も若いころは気配を消すことに特化した魔法を使っていたのですがね、一線を退いてから色々と考える時間が増えまして、他の属性のまねができないか試していたらできるようになったのです」
ほほう。それは朗報だ。われにも何か雷魔法で変わったことができるのだろうか。
われの考えが顔に出ていたのか、若者を見るような微笑みを浮かべてギルは言葉を告げた。
「頭で考えるだけではダメかもしれませんね。私の場合は前例を知っていたのと、強い羨望の思いがあったからこそ使えるようになったのだと思います」
ギルはそこで一旦言葉を止めて空を見上げる。それからこちらに視線を戻して言葉を続けた。
「ですがタマ殿なら、あなただからこその魔法が、いつか使えるようになるかもしれませんね。陰ながら応援いたしますので、がんばってくださいませ」
ギルのその言葉にわれは強く頷いた。
うむ。まあわれなら問題ないだろう。頂点に位置するわれなら、それにふさわしい力を、必要な時に身に着けられるはずだ。
われとギルは少し会話を休むことにして、背を向けていた噴水の内側に目を向けた。
そこではミリアやミナ、ヴィムたちが水魔法を使える動物たちによって遊ばれていた。足元の水が回転して流されたり、下から噴き出る水をぶつけられたり躱したり、動物を模した水の塊に追いかけられたり、楽しそうにはしゃいでいる。
そんなミリアたちを眺めるギルは、見た目だけなら本当に好々爺然としているのに、どうして中身がこう残念なのだろうか。
われが呆れた溜息をこっそり吐くと、何かを察したのかギルが影から一つの道具を取り出しわれに見せてきた。む、それは!
「そういえば先程ケイ殿の所からお暇する時にこんなものを拝借したのですが、たしかタマ殿はこれがお気に入りではなかったですかな」
ギルはそう言って細長いそれをみょんみょんと動かした。われは無視しようとするが、本能的にその先端を目が追ってしまう。
ふりふり、みょんみょん。ぴょ~ん。
あまりにもわれの本能を刺激してくるその動きに、われの体は思わず動き出してしまった。
しなる棒の先端をなんとか捕らえようとわれは上下左右に動く。しかし跳びかかるわれを嘲笑うかのようにそれは逃げ回る。ギルが動かすそれは、ねこじゃらしと呼ばれる兵器。
われは天敵である兵器の前に為す術なく翻弄され、しばらくギルの暇つぶしを兼ねた嗜虐心を満たす行為の手伝いをする羽目になったのだった。
くうっ。今度はわれがギルにいたずらしてやるからな。覚悟しておくのだぞ。
真っ青な夏の空の下、そう決意するわれであった。
いやあ、会話が多いと書くのが楽でいいですね。
今回はギル爺がメインでした。もう少しタマが弄ばれる描写をしたかったのですが、あまり思いつかなかったのでこんな感じでしたね。
魔王城のお偉いさんはギル爺に悪い意味で慣れてしまったので、ギル爺が罪に問われることはないでしょう。あれで優秀な人物でもあるので。優秀な子供っぽい人は扱いづらいという話ですね(笑)
お読みいただきありがとうございました。