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もふぽて  作者: しーにゃ
第二章
103/121

第3話 雨が続くのは好きじゃない

今日はいつにもまして中身がないです。

 春の心地よい暖かさから夏の暑さへと変わってきたことを感じ始めた今日この頃、われは家の窓の手前に置いてある台の上に寝転がり外を眺めていた。外は大雨だ。珍しいことにここ三日ほど雨が降り続いている。


 本日雨の中拠点を訪ねてきたブラドに訊いてみた所、この森の川は増水対策は万全なので洪水だとか魚たちが住めなくなるということはないらしい。ずいぶんと住人に優しい森だな、と改めて感じたものだ。


 ヴィムは三日も外に出られないことが嫌になったのか、朝飯を食べたら濡れるのも構わず外に飛び出て行った。若さとは時に無謀なことをさせるが、そこでしか得られない経験を積める良い機会を与えるものでもあるよな、などと少し年寄り臭いことをわれは心の中で考えてしまった。


 一方でミリアは今ミナとルーアと一緒にケイの作った遊具で遊んでいる。ミナもヴィム同様じっとしていられなかったのか、わざわざ傘を差してここまで訪れたのだ。


 ミリアたちが遊んでいる遊具は、サイコロという立方体に数字を一から六まで刻んだ道具を用いたもので、ケイは人生ゲームと呼んでいた。なんでもスタートからゴールまでクリアする過程で一つの人生を疑似体験できるらしい。


 本当にケイの作るものは奇妙だが面白いものが多いな。そうこっそり思ったわれだが、なぜかこてんぱんにやられる未来が幻視できたので混じるのは遠慮しておいた。だがそれは試作時に借金した上に減らせなかったとか、最弱装備のまま魔物と遭遇して死亡エンドを迎えたからとか、決してそんな理由ではない。われの運は悪くない。いや、運などわれは信じない。


 嫌な思い出を頭から追い出しつつわれは外を見続ける。外の雨は容赦なく降り続けている。拠点の地面はまるで泥質の沼のように濁った水で覆われている。この分だと畑も水浸しなのだろうかとも思ったが、そう言えば初日にケイがなにやら対策してきたとか言っていたな。


 それなら拠点に大きな損害はないか。であれば、動物たちはどうだろう。初日は雨に打たれながらも訪れてたが、昨日今日と二日連続で誰も訪れていない。まあ動物たちにもわれのように濡れるのを嫌がるものもいるし、雨にはしゃぐ子供たちの世話でも総出でしているのかもしれない。


 ほんのりと騒がしい者たちのいない日常に静けさや、何か足りないという気持ちを抱く。いや、勘違いするなよ。これは寂しいという感情では決してないからな。ただ静かすぎてどこか落ち着かないだけだ。そうに決まっている。


 われが黙って外の木々の葉が雨粒を弾く様子を眺めていると、キッチンの方からほのかに甘い匂いが漂ってくる。じきにおやつの時間だから、そのための菓子でも焼いているのだろうか。ケイは自分の料理は聞きかじりの知識を使った男料理だから本職には敵わないなどと言っているが、それならケイのいた世界の料理人とはどれほどうまいものを作るのだろうか。


 だがわれはケイの作る遊び心や好奇心、そして気配りや優しさが詰まった料理が嫌いではない。というかわれの生きてきた中で最高の味なので、顔も知らない未知の料理人よりもケイの作った料理の方が嬉しい。だから今後も食事の世話は任せたぞ。


 焼き菓子の香りを楽しみつつ、降り注ぐ雨が屋根や地面を叩く音に耳を澄ませる。近くではしゃぐミリアたちの声、キッチンから聞こえる微かな水洗いの音、リビングでサクヤと戯れるブラドの話し声などの隙間に聞こえる小さな音が、われの耳を楽しませる。


 それにしてもブラドはサクヤに何を語っているのだろうか。断片的にしか聞こえないが、自身の武勇伝、シルフィの悪口、何百年以上も昔の歴史、おいしい料理の話と、話にまとまりが無さすぎるな。


 もしや少し話してはサクヤの反応を見て話題を変えているのだろうか。赤子相手に何をやっているのやら。教育に悪い話はしていないようなので気にしないでおくが、ブラドの話題はあとどれくらいストックがあるのだろうか。


 益体のないことに思考を割いていると、遠くに稲光が落ちるのが見えた。音はほとんど聞こえないのでかなり遠くだったようだな。普通なら自分の付近に雷が落ちることを心配するのだろうが、この森では誰もそんな心配はしないのだろうな。


 なんでもこの森の所々に生えている雷を蓄えて放つ性質を持つ木、あれはかなり昔にブラドがどこかから持ってきた全然別の木だったらしい。それが変化を重ねた結果、偶然雷を引き寄せる避雷針の性質を持ったようなのだ。そのおかげでこの森に落ちる雷はほとんどあの木に落ちる。


 従ってこの森に住む動物たちは、天然の雷が恐ろしいことは知識としては知っているが、体験としてはあまり知らない。その恐怖心のなさ故か適性のあるものは簡単に雷魔法を扱えるようになるらしいとはベルの談なのだが、ではなぜわれの前では使わんのだと言いたい。


 まれに聞こえてくる噂話によるとどうにも住処の大木で生活している時や狩りの際には使っているようなのだが、われはブラド以外のものが雷魔法を使う場面を未だにほとんど見れていない。もはやあやつらから学ぶことは諦めているので未練はないのだが、それならわれの耳に噂が届くようなことをするのはやめてほしい。


 特に雷撃で飛ぶ鳥を落としたとか、うっかり感電して黒焦げになっただとか、自慢したいのだろうか。実はわざとわれに聞かせようとしているのか。まだわれの魔力量ではそこまで強い雷は放てないので悔しいことこの上ない。


 しかし噂話に文句を言うなんて格好悪いまねはできないので、今は全てあやつらの嘘だと思うことにしている。われが悔しがる姿を見たかったら、面と向かって直接その魔法を見せるがよい。その時はその魔法技術を盗んでやるがな。


 われは静かに口の中だけでくっふっふと笑いながら窓の向こう側を見る。ミリアたちが自力で木と木の間に架けたハンモックとやらがびしょ濡れになっているな。あの様子では一度外してしっかり日に当てて乾かした方が良いかもしれん。一応ケイに確認しておいてやるか。


 絶え間なく広がる波紋の様子を観察するわれは主らしくそんなことを思う。われは配下を甘やかすことはしない方針だが、甘やかさないことと面倒を見ないことは違うからな。陰でしっかりと配下の行動を把握し、必要があれば手を貸す。それがわれの仕事の一つだ。


 どうにもブラドやシルフィとは主としての話が合わないことが多々あるが、ベルや首長竜、白馬なんかとはこういった話もよくする。ふとした雑談の内容から普段のあやつらの行動は伺えるし、雑談の延長として直接問いかけることもある。みな自分なりのこだわりを持って誇りある行動をしているようなので、われも負けてはいられないと思えるのだ。


 ブラドやシルフィは、まああれだ。部下に丸投げして自身は最終判断や力技しか行わないというのもまた、主としての一つの在り方なのだろうな。事実それでこの森も魔族領もうまくいっているようだしな。


 遠い目をして灰色の雲に覆われた空を見つめていると、フレイが作業部屋から戻ってきたことに気付いた。どうやら最近は夏用のサクヤの服を繕っているらしい。今はおやつ前に一区切りついたので早めに休憩に入ったのだろうか。


 サクヤがフレイを見て上機嫌になる様子にブラドが嫉妬しているのを感じながら、われはひたすら外を見続ける。


 なぜ雨は降るのだろうか。たしかに雨は大切な水源確保の機会だが、この森では特に必要としていない。ならば降らなくてもよいのではないだろうか。ブラドに言えば雨雲を吹き飛ばしてくれるのではないかとも思ったこともあるが、その時はケイに説得されてそれは止めた。


 水の循環がどうのとか色々小難しいことを言っていたが、正直あまり覚えてはいない。ケイは時々そうして饒舌になり知識を披露してくる。どうやら異世界には頭の良いものがたくさんいたようだ。ケイのようなやつにも理解できるように自然現象を解き明かしたのだから、それは偉業と言えるだろう。まあわれには直接関係ないのでどうでもよいが。


 ふう、いい加減そろそろ止んではくれないものだろうか。われは窓にぶつかり滑り落ちる雫を見ながらそう思う。


 だがどれだけ見ていても雲は空の一面に広がったままだ。いつまでも止む兆候は見えない。まるでわれたちを一所に留まらせるため、あるいは狭い世界に閉じこもらせるために誰かが意図的に降らせているのではないかと疑いたくなってしまう。


 そんな陰謀論を立てては否定しそのまま外を眺めていると、キッチンからケイのわれたちを呼ぶ声が聞こえてきた。どうやらおやつの時間が来たようだ。それとどうやらヴィムも戻ってきたようだな。白い毛並みが泥で汚れてしまっているが、本人は元気そうに笑っている。雨の中の散歩は楽しかったようだ。


 われは重い腰を上げてリビングへと向かう。このまま外を眺めていたい気持ちもあるが、おやつよりも魅力的とまでは思えなかったのでな。


 さてと、今日のおやつはどんな味だろうか。われは一旦雨のことは忘れてこれから食べるおやつに期待を膨らませた。


 こうして雨の降る日もわれたちはのんびりと過ごすのであった。



*****



 雨が降り始めてからタマが窓際で外を眺める時間が増えた。外を見るタマの目は、切なそうにも、楽しそうにも、不思議そうにも、そして何も考えてなさそうにも見える。


 果たしてどんなことを考えているのだろうか、うちの主様は。


 俺はそんなことを思いつつもできたてのおやつをみんなに振舞った。ナッツのような木の実を砕いて、あるいは粉にして、とにかくふんだんに使った焼き菓子はみんなの口に合ったらしい。


 まだサクヤには食べさせてやれないが、ちゃんとレシピは書いてあるから、いつかきちんと食べさせてやるからな。


 お菓子を食べ終わったみんなはゆっくりとお茶を飲んでまったりしていたが、タマだけはさっさと先程までいた窓際に戻ってしまった。


 本当に何を考えているのだろう。


 気になった俺はとりあえずブラドに訊いてみることにした。本命のミリアには最後に訊こう。


「なあ、タマはなんでずっと外を眺めてるんだと思う?」


 そんな俺の問いにブラドは少しの間を開けてから答えた。


「多分、あいつは自分の体が濡れていると雷魔法がうまく使えないから雨が嫌いなんじゃないか?」


 ああ、なるほど。それは確かにありえそうだ。


 そんな会話を聞いていたのかフレイも会話に参加してきた。


「長時間仲良しの動物さん達に会えないから寂しいんじゃないかしら」


 ふむ。それもありはするだろうが、それが一番の理由なら俺達にそんな姿を見せはしないだろうな。まあフレイも冗談半分のようだが。


 次はミナちゃんが答える。


「雨できょてんの管理にとどこーりが出るのをうれーてるんじゃないかな」


 もうすぐ七歳のミナちゃんはだいぶ難しい単語も使えるようになってきたけど、まだまだ覚束ない言葉も多いみたいだな。所々舌足らずになる話し方は聞いていてかわいらしい。


 思わずミナちゃんの頭をなでなでしてしまったが、本人は不思議そうにしながらも喜んでいるからまあいっか。


 さて、それでは本命のミリアさん、の前にルーアも意見を出してくれた。


「ぴぴぃ。ぴよっぴぃ」


 ほうほう。雨粒の数を数えているんじゃないか、って言ってる気がするな。それが当たってたら面白いけど、さすがにそれはないだろうな。


 俺と同意見なのかミリアが笑いながらルーアを叱っている。叱られつつも笑っているルーアの様子から、どうやら冗談だったみたいだ。


 ちらりとヴィムを見ると、首をふるふると横に振った。ノーコメントらしい。


 そしてついにミリアが答えを発表する。


「ママたちのいうこともまちがってないと思うけど、タマは、雨がつづくと毛がふくらんじゃうのを気にしてるだけだよ」


 ミリアは確信に満ちた様子でそう告げた。その瞬間俺とフレイは少し遠くにいるタマに視線をやる。よ~く観察してみると、たしかにいつもより気持ちふんわりしている。そうか、あれは湿気のせいだったのか。


 俺とフレイは視線を交わしこくりと頷き合った。それを見たミリアはうきうきとし始め、ミナちゃんは少し離れて見守る体勢に入った。


 さあ、タマ。これから湿気にも負けないようにお手入れをしようじゃないか。なあに、ただ洗ってトリートメントをしっかりするだけさ。怖がることはない。


 こうして雨の降った日はタマを丸洗いすることが決まったのだった。


なんか雨の日の描写をほとんどしていないことについ先日気付いたので、ひたすら雨の描写をしてみようとしたらこうなってました。

いや、今日は疲れてたんであんまり話が思い浮かばなかったんです。もしこっちの方が好みという方がいましたら幸いです。

タマが外を見ていたのは、ミリアの言う通り湿気による毛並みに乱れが気になっていたからです。変な所でおしゃれさんなんですよ、タマは。多分。決してオチが思いつかなかったわけじゃないんですよ(汗


お読みいただきありがとうございました。

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