12
どうしてこうなったのだろうか。
いや、こうなりそうな予想をした上で無理矢理大浴場に放り込まれたのだが、それでもちょっと違った。
現在、イトナはニアに招かれて白く濁ったお湯に浸かっていた。
なに風呂だったかは覚えていない。
きっとなにか効能があるのだろうけど、今は濁って色々見えなくなってることが最大の効能だと思う。
浴槽はそれほど広くはない。
そんな浴槽の中で、お互い背中を向けあって浴槽の端と端に座っていた。
お湯が濁っていて見えなくとも、やっぱり目のやり場には困るものだ。
「どお? ウチの大浴場は」
少しの無言を挟んで、最初に口を開いたのはニアだった。
ニアといる時はいつもニアから話を出してくれる。
「正直驚いたよ。なんというか、テーマパークみたいだね」
率直な感想を言う。
「テーマパークかぁ。確かにお風呂じゃないのも色々混ざってるもんね」
横を見れば高いところからウォータースライダーが螺旋を描いている。なにも知らずにここに入ればお風呂かどうか疑う空間だ。
「ごめんね。変なことに巻き込んじゃって」
「え?」
「だってイトナくんは勝手にこんなところ入らないでしょ? 無理矢理入れられたんじゃない?」
「え、ああ。そうだね。無理矢理服を脱がされたよ」
イトナは苦笑してそう答える。
ラヴィの服剥がしスキルは中々なものだった。
もちろんフィーニスアイランドのシステム的なスキルじゃない。ただ、服を脱がすのに手馴れていたのだ。
ラヴィはきっといいお母さんになるだろう。服を脱がす部分だけだが。
「ごめんね。ユピテルにはあとでキツく言っておくから」
「ん? いや、無理矢理入れたのはラヴィだけど?」
まぁ、ユピテルの後ろの方にいたけど。
「え、ラヴィ? そっか、ラヴィも……か」
ニアはなにか知っているようだった。
ユピテルだけだったらいつもの悪ふざけと考えられるが、言われてみればラヴィはそんなキャラではない。
それに、 珍しくニアが落ち込んでいるように見えた。
普段、こんなシチュエーションならイトナをからかい倒しているだろう。
「なにかあったの?」
「……ちょっと風香とあってね」
「喧嘩?」
「ううん。私が一方的に失望されちゃっただけ」
そうニアが言うと「あーあ」と腕を伸ばして天井を仰いだようなパチャリと水の音が聞こえた。
「だから風香じゃなくてイトナくんがいてちょっとホッとしちゃった。ダメだなー私。こんなんじゃダメなのに」
鼻声なニアの様子に、深入りするべきか迷った。
きっと、戦争のことで揉めたのだろう。
でもあの風香がニアを追い詰めることを言うだろうか。
風香は大人だ。
フィーニスアイランドでは最年長でもあるし、性格も落ち着いている。同年代のユピテルと比べてもしょうがないが、歳相応と比べても大人びているように感じる。
そんな風香がニアになんと言ったのだろうか。
もしかしたら大したことは言ってはいないけど、普段なにも言わない風香に言われたのがニアには効いたのかもしれない。
「モモコさんの時はこんなこと無かったのに」
ニアが口にしたのはサダルメリク初代マスターの名前だった。
モモコが卒業して、その後をニアが引き継いで、ニアは二代目ギルドマスターだったりする。
ニアの言う通り、今までサダルメリクがここまでコテンパンにやられたことは無かった。モモコがギルドマスターだった時の方が城に攻め込む無謀な集団が多かったが、全て返り討ちにしてきたのがサダルメリクだ。
しかし、今までの攻め込んできたギルドはサダルメリクから見ればどれも格下だったのは間違いない。
それらを今回のナナオ騎士団と比べるのはどうかと思う。
なのに、ニアは前のマスターであるモモコと自分を比べているのだろう。
守れたか、守れなかったかの結果だけで。
「だから。だからね。私、ギルドマスター辞めようと思うの」
「え?」
「だって、大変な時にギルドを留守にして、いざって時に居ないんだもん。
こんなマスターじゃみんなギルドを辞めちゃうでしょ?
だからその前にね。
もう一年もしないうちに卒業しちゃうけど、風香なら上手くやってくれると思うから……」
ニアは思ったより重症だった。責任感が強い部分が、このタイミングでは裏目に出たか。
多分だが、風香はこの時に、ギルドマスターを辞めると言った時に、ニアに何かを言ったのだろう。それはきっと優しい言葉ではなかったのだ。
こんな時、なんて言葉をかけてあげればいいのだろうか。
イトナはこういうのは苦手だ。正直、正しい言葉をかけてあげられる自信はない。
なんて言葉をかけるか考えている途中、ユピテル達がどうしてイトナとニアを大浴場に入れたのか、なんとなく想像がついた。
きっとユピテルやラヴィもニアを励ますのに失敗したのだろう。
励まして、なんとかマスターを辞めないように説得しようとして、失敗した。
そして、滅多に見せない弱気のニアを見たユピテル達は、それをなんとか元気づけようと考えた結果が、きっとこれなのだ。
イトナとニアを二人で風呂に入れればニアが元気になるかな? と。
……どうしてこうなった。
どう考えればこれでニアが元気になると思ったんだ。
こんなニアを見て流石にユピテルもいたずらはしないだろうし、ラヴィも協力してるところを見ると、やっぱりそうなのだろう。
二人ともイトナに期待しすぎである。
しかし、深く考えてみればニアが落ち込んでいる原因はイトナにもあったりする。
話によればニアが落ち込んでいる理由は戦争があったあの時、ギルドホールにいなかったことを悔やんでいるようだ。
いざって時に何もできなかった自分を責めているのだ。
本当は普段からギルドホールにいる時間なんて少なくて、ほとんどの時間はダンジョンの中で過ごしているのだから、大事な時にギルドホールにいないのは栓なき事なのだが、
あの時ニアはサダルメリクではなく、パレンテのギルドホールにいた。入れ替わったセイナとディアの面倒を見てもらうためだ。
つまり、ニアがサダルメリク城にいなかったのはイトナのせいだ。
つまりイトナが悪い。
と言うのは言い過ぎだが、全くの無関係じゃないとは心に留めておこう。
ユピテルとラヴィに色々託されたのはわかった。
しかし、何度も言うがニアを元気づけるなんて正直自信ない。だから、今思っていることをそのまま伝えよう。
「ニア」
「ん?」
「ニアは……マスターを辞めたら上手くいくって本当に思ってるの?」
「……思ってるよ」
間を空けて、少し自信なさげな返事が返ってきた。
不安が混じる声は、触れられたくない部分だと意味してるのだろうか。
いや、話を振ってきたのはニアだ。
辞めると勢いで言っただけで、まだニアの中で整理がついてない、または自信がないのかもしれない。
だからイトナに確認したい、とか。
相談ならイトナよりサダルメリクのメンバーにした方がいいだろうに。と思ったが、身内に聞いたところで辞めないでと言われるだけか。
でも、それはイトナも当てはまる。ギルドが違えど、個人的にはやっぱりニアにはギルドマスターは辞めて欲しくないと思う。
でも、ニアが求めるなら、寂しいからとか感情的な思いを無しにして話そう。
「ニアは失敗した。だから辞めるんだよね?」
「そうだよ?」
「じゃあ、ニアは何に失敗したの?」
「それは……」
ニアの言葉が詰まる。
そりゃそうだろう。
ニアはなにも失敗していないのだから。
ただ、タイミングが悪かっただけだ。
いや、ニアが普段ギルドホールにいない時間を見れば必然とも言える。
「ニアは本当にサダルメリクのために辞めるの?」
それに、ニアの肩がピクリと反応した。
「風香にも同じような事を言われた」
「うん」
「私は、サダルメリクのためにって思って……でも、違うのかな」
ニア自身、本当は分かっているのだろう。酷い失敗や、人前で恥ずかしい事をしてしまった時、誰だって思った事はある。
消えて無くなりたいと。
逃げ出したいと。
誰だって思った事はあるんじゃないだろうか。
または怖いのかもしれない。
ニアは今まで良いギルドマスターを務めてきた。女の子限定のホワイトアイランドナンバー2のギルド。
性別の縛りや、強者ゆえにプライドの高いプレイヤーも多いだろう。
それをニアは上手くまとめてきた。
上手くまとめて先代のモモコよりまとまりのあるギルドに育ててきたと、イトナは思う。
それがたった一回のミスとも言えない出来事で、積み上げてきたものが崩れるのが怖いのかもしれない。
ギルドホールを壊され、みんなギルドを抜けてしまうかもしれない。
あの時、ニアがいなかった事を責める人がいるかもしれない。
そうなる前にギルドマスターを変えれば、皆んなギルドを抜けないでくれるんじゃないだろうか。ニアを許してくれるんじゃないだろうか。
少なくとも、ギルドマスターを辞めれば今のしかかっている荷が降りるのではないかと。
ニアはそう考えたのかもしれない。
「……イトナくんはどうすればいいと思う?」
「ニアみたいに大きなギルドのマスターを経験した事ないから分からないけど、僕は……残念って思ったかな」
「それって……」
「あ、いや! 残念って失望とかそんなんじゃなくてね! 寂しいと言うか、勿体無いないって感じ」
慌てて付け加える。
結局感情論になってしまった。
でも、わざわざ風香でついた傷口をさらに広げようなんて思っていない。
「ニアがマスターを辞めたいなら、それは仕方がないことだと思う。ゲームは楽しむものだから、辛いなら辞めてもいいと思うよ。
ただ……その辞める理由がさ、責任をとるとかなら、勿体無いかな。
ギルドマスターの優劣なんてつけるのは難しいけど、僕はホワイトアイランドでは一番ニアがしっかりしたギルドマスターだと思ってる。
ニアはモモコと比べてるみたいだけど、ニアがマスターになってからのサダルメリクの方が、僕は好きかな」
少し上から目線で言っちゃったかもしれない。
でも、言いたい事は言えた気がする。
後ろにいるニアがどんな顔をしているか分からない。
イトナなりに励ましたつもりだけど、それでも辞めると言うなら止めはしない。
決めるのはやっぱりニアなのだから。
それから暫く沈黙が続いた。
湯気が登り、天井に集まった水滴が何処かに落ちる音と、お湯が流れる音を聞きながらニアの言葉を待った。
「ねぇ、イトナくん」
「うん」
「背中洗ってあげる」
「うん……ってなんで!?」
「いいじゃない。せっかく二人っきりでお風呂なんだから。女の子に背中を流してもらえるなんて滅多にないよ?」
「いや、いい…………うん。じゃあ、お願い、しよう、かな?」
「うん」
断ろうとして、やっぱりニアの申し出を受ける事にした。
ニアにもイトナに対する体裁もあるだろう。それに、何故か断っちゃいけないような気がした。
イトナはニアより先に湯船を上がると、ペタペタと歩いて洗い場に向かう。後ろからニアも湯船から上がる音が聞こえた。
たくさん並んだ洗い場の中から適当な椅子に座ると、隣の椅子が後ろに引っ込んだ。すぐ後ろにニアの気配を感じる。
すぐ後ろに裸のニアがいると思うと、とてつもなく居た堪れない気持ちになった。
「イトナくんなら大丈夫だと思うけど、後ろ向いちゃダメだからね?」
「わ、わかってます」
そんなやり取りをしながら、背中にスポンジが当てられると、それがゴシゴシと上下に動いた。
たまに当たるニアの指がスポンジよりも柔らかく感じた。
「もうちょっとギルドマスターを続けてみるよ」
背中からポツリとニアがそう言った。
「そっか」
それにイトナは内心ホッとした。どうやらニアを思いとどませることができたようだ。
後はサダルメリク次第だ。
戦争後で色々と問題が残っているだろうけど、ニアなら上手くやっていくだろう。
「でも、みんなから辞めろって言われたらどうしよう」
もう大丈夫だと思った矢先、まだニアは自信なさげだった。
弱っているニアは思ったより繊細なようだ。
「そんな事言われないと思うけど」
「絶対?」
「ん…………多分?」
「そこは絶対って言わないと」
ニアが薄く笑った。
イトナは絶対って言葉はあまり好きじゃない。だって絶対なんて事は殆どあり得ないのだから。
それでも今は絶対って言ってあげるべきだったか。
「じゃあもし皆んなに辞めろって言われたら、パレンテにお邪魔してもいい?」
「ないと思うけど、そうなったら歓迎するよ。ラテリアも喜ぶと思うし」
本当にそんな事になったらサダルメリクの多くのプレイヤーがパレンテに入りたいと雪崩れ込んできそうだが、多分ないだろうし大丈夫だろう。
「ほんと? 良かった。これで皆んなに嫌われても一安心だ」
今日の様子を見ると、実際嫌われたら立ち直れないほど落ち込みそうだけど、ニアは声色が少し調子を戻したように感じた。ニアの中で何かが固まったのかもしれない。
「うん。マスターを続けるって決まったなら、頑張らないとね」
「僕も手伝えることがあったら手伝うよ」
「ほんと? 実はちょっとイトナくん頼りな作戦が浮かんでたんだ」
イトナ頼りというとちょっとキツめなクエストまたはモンスター討伐だろうか。
今のサダルメリクなら未攻略のS級クエスト。即ち七大クエスト以外なら余裕を持って攻略できる。
つまり、攻略済みの元S級クエストのボスか。
望むところだ。
「できる事はさせて貰うよ」
元七大クエストのボスモンスター攻略となると、適正Lv.130《白骸の王デスタイラント》辺りだろうか。
七大クエストのボスモンスターは一律、討伐してから次のリスポンまで丸一週間かかる。
リスポン時間が他のモンスターと比べて圧倒的に長いのと、攻略可能なパーティがかなり限られることもあって、奴らのドロップアイテムは高額で取引される。
S級クエストのルールで一度攻略したクエストはなくなってしまってはいるが、ドロップアイテムだけでもサダルメリク城の復興にはもってこいだろう。
デスタイラント以下、ヨルムンガンドを除くモンスターであれば、ここ一週間で討伐されたのは適正Lv.110のホワイトレックスぐらいだ。
最近はホワイトレックスの討伐方法が確立されつつあって、討伐の競争率が高い。
たまに覗きに行くが大体はナナオ騎士団が独占してる。
ナナオ騎士団のルールは早い者勝ちでは無く、強いもの勝ちだ。リスポン時間よりだいぶ前から待ってるパーティがいても、そのプレイヤーを殲滅して討伐してしまう。
ゲームシステムがモンスターの横取り可能なだけあって、こればっかりはモラルの問題だ。
そんな事で、討伐のモンスターはホワイトレックス以外のアダマントとデスタイラントとなると推察する。
安全とは言えないが、今のサダルメリクならなんとかなるだろう。
「それでね。イトナくんには結構頼らせて貰う予定だから、その、色々報酬とか必要じゃない。その事なんだけど……」
なるほど。ニアの言いたい事はわかった。
今サダルメリクの大きな問題は金銭面。だから報酬を後にして欲しいって話だ。
「いや、いいよ。今回は手伝いって事で」
「それはダメ。ちゃんとしないといけないところだよ。黎明だって報酬を要求してたじゃない。親しい間でも貸し借りはちゃんとするの」
そういうものだろうか。助け合えればそれでいいと思うが。
「じゃあ、この前セイナ助けてもらった時の借りを返すって事で。この前のはセイナとディアの件で無しになったんだよね?」
「それはダメ! デートはちゃんとやり直すんだから」
ダメか。ニアのルールはよくわからない。まぁ、イトナとしては報酬なんてなんでもいいのだが。
「じぁあ落ち着いた頃に何か報酬を貰うってことで」
「ううん。前払いする」
「え?」
金銭面が辛いから後払いって話じゃなかったのだろうか。
ニアの意図がよくわからない。
クエッションマークを頭に浮かべていると、ニアが肩に手を乗せてきた。
「こっち、向いて?」
「……は?」
ニアが何を言っているか、一瞬ラグがあった。
「いやいやいやいや。今向いたら流石に……」
「報酬。今、イトナくんに渡せるものはこれくらいしかないから……それとも、私って報酬になるほど魅力ないかな?」
ニアさんは一体なにを考えているのだろうか。
つまりあれか。つまり払えるお金が無いから体で払いますってことか?
いや、違う。最後ちょっと笑ってた。絶対にからかいにきている。
それにどう反応するか困り果てていると、
「そうだよね……。前に告白断れてるんだもんね。私なんかの体なんか見たく無いよね。はぁ、自信なくしちゃうなぁ」
やたら芝居かかったニアの追撃がくる。
「いや、ニアはとても素敵だと……」
「じゃあこっち向いて」
ぴしゃりと言われた。
その言葉を待っていたと言わんばかりに。
どうやらニアはどうしてもイトナに振り向いて欲しいらしい。
もうなるようになるしかない。それに大体予想はつく。
ニアが自分の裸を見せたいなんて痴女じゃ無いことを信じて振り向いた。
「……」
そこにはニアがいた。
肌を多くさらけ出したニアがいた。
もちろん全裸では無い。
隠すべき所は隠されていた。
というか、ニアは水着姿だった。
水色のビギニで、白のフリルがついているのが特徴的の奴だ。
この前一緒に行った店で買ったのだろう。あの時の試着で見た覚えがある。
ニアはニマニマしながらイトナの反応を楽しみにしているように見えた。
だが、残念ながらニアの期待に応えられそうにない。今回は流石にわかりやすすぎた。
大きすぎくもなく、小さくもないニアの胸に一瞬目を奪われるも、イトナは冷静にニアとのアイコンタクトに戻す。
「えっと……似合ってる、よ?」
咄嗟に思いついたことを述べた。
女の子の水着を見たら褒める。
昔誰かに教わった。
実際よく似合っている。ニアは水色が似合うのだ。
イトナのその言葉に、ニアはあれ?っと少し顔をしかめた後、目線を横にすらして顔を赤らめた。
「なんか思ってたのと違う」
ぶすっとニアがそう呟く。
「僕も日々大人になってるって事かな」
そして、イトナはちょっと調子に乗った。
さっきまで割と真面目な話をしていた効果だろうか。
色々思考がクールダウンして、ニアの水着姿を見ても平常心を保てている。
「大人って……確かにイトナくんは同年代から見たら落ち着きがあるし、大人っぽいところもあるけど……」
ニアがつまらなそうな顔をグイッとイトナに近づけると、
イトナの大事な部分を隠していたタオルを摘んで、
「こっちはまだまだお子ちゃまだけどね」
中を覗いてきた。
「ちょっ!?」
「あはは、大人にはまだまだ程遠いなー」
してやったりと、ニアが満足気に笑うと、
「じゃあ私は先に上がるから、イトナくんはもうちょっとゆっくりしていきなよ」
そう言い残して早足で大浴場を出て行ってしまった。
なんだか最後に逆転サヨナラホームランをくらった感じだが、とりあえず、ニアがいつもの調子に戻ってよかったとしよう。
÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷
ユピテルとラヴィは大浴場前でウロウロしていた。
もちろんサダルメリク城の復興作業をサボっているわけではない。中にいる二人が気になってしかたがないからだ。
「……ちょっと長くねぇか?」
痺れを切らせて口を開いたのはラヴィだった。
ニアが入ってから時間は大して経っていない。
だが、二人とも作戦を実行してから、重大な不安点に気づいたのだ。
「で、でもお風呂だよ? ニアちゃんなら最低でも三十分は入って思うけど……」
「なぁ、一ついいか? この作戦のヤバい部分に気づいたんだけどよ……好きな男と裸で二人きりにして大丈夫なのか?」
「……」
ウロウロしていたユピテルの足が止まる。
そして二人の顔が青くなった。
二人は思った。
もしかして超えてはいけない一線を超えてしまったのではないかと。
イトナは大人しい男の子だ。いくらニアが美人でも、イトナから手を出すなんてことはしないと思う。
だが、ニアから誘われたらどうだろうか。
おねぇさんとイイコトしようかとか、ワルイコトしようかとか、そんな風に迫られたら、いくらイトナでも身を委ねてしまうのではないだろうか。
ニアは高校生。イトナは中学生。
完全にアウトだ。
「で、でも仮想世界だよ? ここでなら未成年でもお酒許されてるし、先っぽくらいなら……」
「先っぽってなんだよ! 生々しい話すんじゃねぇ!?」
二人はぎゃーぎゃー言い合った。
未経験ながらも知り得た適当な知識を並べて、あーだこーだ言い合った。
そして、一つの最悪な展開が浮かび上がった。
仮想世界ならまだなんとか許されるかもしれない。ホントは許されないけど、目を瞑ろう。
やっちゃったものは仕方ない。
なかった事にできないのだから。
でも、ことが現実世界まで発展したらそれは許されない。
これを期にリアルでもなんて事になったら……。
二人のピンクな妄想はドンドンと膨らんでいく。
「や、やめさせないと!」
「そ、そうだな! 友人として悪いことは止めないとな!」
その悪いことをさせるようにしたのが、この二人だが、そんな事はとうに忘れた。
覚悟を決めて、中で二人が行為に及んでいたとしても、動揺せずに二人を引っ剥がそう。
そう固く決意して、大浴場の扉に手を触れようとする。
だが、その前に開かれた。
「「ニア!」」
出てきたのはニアだった。
お風呂に入っていたからだろうか、顔がほんのり赤い。
「ど、どうだった?」
ユピテルはいろんな意味を込めて聞いた。この返答と反応によっては、中で大変な事が起こった後だとわかる。
ゴクリと喉を鳴らす二人にニアは目を合わせない。なにか考え事でもしているのか、ちょっとぼーっとしているようにも見える。
「ちょっと大っきくなってた……かも」
「は?」
「へ?」
ニアの言ったそれはなにを指しているのか二人には分かるはずもない。
ニアはそのまま早足で二人を置いていき、自室に向かって行ってしまった。
後、ニアの部屋から「やりすぎたー!」と叫ぶ声が漏れていたが、運良く誰にも聞かれる事はなかった。




