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「ちょっと小梅! なにするの!」
ニアは小梅にもの凄い力で腕を引っ張られていた。
半壊したサダルメリク城の瓦礫を片付けている途中の事である。
広範囲のシールドをスキルで展開し、ブルドーザーのように瓦礫を掃く。
メンバーには「ニア様にはそんな作業をされなくても!」なんて言われたが、この作業はニアにとって天職だ。何十人も総動員してやる作業がニア一人のスキルで片付くのだから。
それを見て「流石ニア様です……」「なんでも出来てしまうのね……」と、感銘したような物言いが耳に届く。
それが聞こえる度に心が痛かった。
こうなってしまったその時、ニアはなにも出来なかったのだから。
償う。そんな単語が正しいだろうか。せめて今できる事をと、目の前作業に没頭して、気を紛らしていた時だった。
小梅に無言で腕を引っ張られたのは。
有無を言わずニアの腕握ると、無言のまま城内引っ張っていく。
「ちょっと、小梅……?」
何度も呼びかけるが、小梅は無言を貫く。
そんな時間が1分もつづけば、不安を覚える。
どうしたんだろう。様子がおかしい。
もしかしたら怒っているのかもしれない。あの小梅が。
それも無理も無いとニアは自分で納得する。
この戦争で多くのNPCを失った。
その事については小梅が一番悲しんでいる。
そんなサダルメリクの窮地に、ニアはなにをしていたのか。
デートだ。
呑気に好きな人とデートをして、浮かれていたのだ。もしニアがいれば結果は違っていたかもしれない。
そう考えれば小梅が怒るのも当然だ。
いつしかニアは無言で引っ張られていた。
この後小学生の女の子になんて言われるんだろう。
きっとそれにニアは何も言い返せない。情けなくて泣きたくなる。
もしかしたらついた先には小梅の他にもプレイヤーがいるのかもしれない。
人目のつかないところに呼び出して集団リンチ……なんてことはないと思うけど、多くの人に言い責められるのかもしれない。
そして小梅の足がピタリと止まった。
サダルメリク城の端っこ。大浴場の前だ。
安全地帯であることからここはなにも被害を受けていない。人もいなかった。
人がいないところまで連れてきて、小梅になにを言われるのだろうか。
「ニア様」
「……うん」
「お風呂に入って下さい」
「……え?」
なにか聞き間違えてしまったのだろうか。
いや、間違えてない。
確かに小梅はお風呂に入れと言った。
「えっと、なんで?」
「それは極秘です」
小梅は何故か得意気にそう言った。
「へ?」
「小梅はニア様に入って欲しいです」
「入って欲しいって、今はそれどころじゃ無いでしょ?」
「それどころです」
小梅は頑なに動こうとしない。少し引っ張ってみるが、小梅はニアの腕を握ったまま離そうとしない。
一体小梅はなにを考えているのだろうか。真っ直ぐニアを見上げる小梅の眼は怒っているようには見えなかった。
いつものニアなら叱ったかもしれない。でも、今のニアにはそんな自信も元気もなかった。
「お風呂に入るとなにかあるの?」
「ニア様が元気になります」
ああ、そうか。
小梅はきっと気を使ってくれているのだ。
顔には出さないように努めていたつもりだったが、小梅はニアが落ち込んでいることに気づいたのだろう。
ニアはお風呂が好きだ。自宅のでは無く、このサダルメリク城の大浴場が。
それを知っている小梅がニアを元気づけようとお風呂に誘ってくれたのだ。
なんて優しい子なのだろう。
「ありがとう……小梅が背中を流してくれるの?」
「いえ。小梅は入りません。二人っきりです」
「え? 二人っきり? 誰か入っているの?」
すると小梅は慌てて自分の口を押さえた。
「間違えました。ニア様お一人様です」
小梅が横に視線を流す。そんな反応をされればすれば誰だってなにか企んでいることぐらいわかる。
「……」
多分、小梅がなにか企んでいるわけでは無いのだろう。多分、誰かに言っちゃダメと指示を受けて動いている。
そこまで予想がつけば大体誰だが検討がつく。
ユピテルだ。
大体サダルメリクでこういうことをするのはユピテルと相場が決まっている。
とすれば、なにを企んで、誰がお風呂に入っているのだろうか。
パッと頭に浮かんだのは風香だった。
ユピテルが入っている可能性も浮かんだが、今、このタイミングで二人っきりとなるとやっぱり風香だろう。
それなら小梅が協力したのも頷ける。
正直、今風香に会うのは憂鬱だ。
風香に失望されて昨日の明日だ。
いつかは会ってちゃんと話さないととは思っているが、ニアにだって心の準備というものがあるのだ。
心の準備。
それは甘えであることは重々承知してしている。
心の準備はズルズルと先延ばしにする言い訳に過ぎないのだから。
せっかく場所を用意してくれたんだ。
どうせもう失望されてしまっているのだし、今更言い訳を考えて言い重ねてもしょうがない。当たって砕けろだ。
「そっか……わかった。じゃあお風呂に入らせてもらおうかな」
「はい。ごゆっくりどうぞ」
ニアは小梅の頭をポンポンと撫でると、大浴場に入った。
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イトナは裸になっていた。ラヴィに身ぐるみ剥がされて大浴場に放り込まれたのだ。
もちろんイトナだって抵抗はした。
服ぐらい自分で脱げると。
でもラヴィはイトナを信用できなかったのか。「まぁまぁまぁ、まぁまぁまぁ」と言いながら、一枚また一枚剥いでいったのだ。
ちなみにパンツだけは自分で脱げたと付け加えておこう。
タオル一枚を装備して、警戒しながら大浴場に入ってみると、そこには……。
誰もいなかった。
「あれ?」
ラヴィの言った通り、誰もいないように見えた。
いや、別に期待していたわけじゃない。
それに事情を知らない女の子がいたりでもしたら、イトナは社会的抹消されてしまう。
いくらなんでもそんな酷い仕打ちはラヴィもユピテルも考えていないだろう。
それに被害に受ける女の子が可哀想だ。
ユピテルは変なイタズラをよくするけど悪魔ではない。
それらを踏まえれば誰かしらが待ち受けていると思ったが、どうやら杞憂だったらしい。
「じゃあ何がしたかったんだ?」
キルされたことのお返し、なんて思っていたけど、本当に感謝していてお礼をしたかったとか?
それにしてはラヴィの話し方が胡散臭かったけど。
それにしても。
イトナは改めて辺りを見渡す。
想像よりも遥かに広い面積。そこら辺の銭湯なら圧倒できる設備だ。
あのあまり外に出ないセイナがちょくちょくここの大浴場にお邪魔するのも頷ける。
風呂に興味がないイトナでも色とりどりの種類を前に、あっちこっち目移りするほどだ。
そんな大浴場。隠れようと思えばいくらでも隠れらる場所はある。が、視線も気配も感じない。イトナにはなんとなく誰もいないと感じ取れた。
「ふむ」
正直お風呂なんて全く興味無かったが、ちょっと楽しそうだ。
一番最初に目が止まったお風呂は《素潜り風呂》たるもだった。
素潜り風呂と書かれたプレートの隣にウィンドウが浮いている。そこにはランキングが乗っていて、名前の隣にタイムが記載されている。
つまり、何やミニゲーム的なお風呂のようだ。
距離ではなく、時間が記載されているところを見ると、どうやらどれだけ深く潜れたかではなく、どれだけの間潜ってられたかのランキングのようだ。
「面白そうだな」
ランキングなんてものを見ると、上位を目指したくなるのがゲーマーってもんだ。
ランキングに名を残せるのはトップ十まで。十位の記録は二分五十二秒と、約三分だった。
三分間息を止める。普段そんなことをしないイトナはそれが凄いのかどうかすらわからない。
でも息どめはステータスとは関係ない。とすれば普通の女の子の記録。きっと大したことないのだろう。
因みに一位は風香の五分二十八秒だ。
となれば……。
「四分くらいはいけるのかな」
せっかくだ。もう挑戦する機会もないだろうし、いっちょランキング入りを狙っちゃおうじゃないか。
軽い準備運動を済ませて、とりあえず湯船に入ってみる。
お湯は緩く、湯船はだいぶ深かった。
水深五メートルくらいだろうか。足がつかない。
ルールを確認する。
お風呂にルールがあるなんて面白いが、記録の測り方だ。
湯船の底にボタンがあり、それを押し続けている時間が記録になる。水深五メートルもあるのはボタンを足で踏んで不正できないようにだろう。
つまり、このランキングに載っているタイムには底までの行き来の時間は含まれていない。
多分、底までの行き来が重要だとイトナは考察する。
とりあえずはやってみないと感覚が掴めない。イトナは大きく吸って、試しに湯船に潜った。
「四十秒……」
湯船から上がって、自分の記録に肩を下ろした。
目標は四分とか言っておいて、一分にすら届いていない。
全然ダメだ。でも、ダメだったところは思い当たりがある。
反省点は底まで降りるために息を吐いてしまったことだ。
息を止めるのに重要な酸素を、記録開始までに消費してしまったのがいけない。
でも、息を吐かないと浮いてしまうのだ。ボタンのところまで行ってしまえば、ボタンの隣に取手があって、それに捕まって踏ん張れることができる。
息を吐かず、泳ぎだけで底まで行ければあるいは……。
天井を見る。
高い天井。でも、跳躍すればなんとか届く高さ。
それならばと湯船の縁に立ち上がる。
息を止める直接な部分にはステータスの影響は無い。けど、息を止める手前。ボタンを押すところまでは色々やりようがある。
イトナは思いっきり跳躍した。
半回転し、頭を湯船から垂直の位置に持っていく。
天井に足をつけると、湯船に狙いを定めて天井を蹴った。
勢い良く、湯船の中に飛び込む。
ざばーんと、大量の水しぶきを撒き散らすのを感じながら、ぐんぐんと底を目指す。
そして取手を掴むとボタンを押した。
ボタンを押すまでの酸素のロスは一回目と比べれば圧倒的に少ない。
後はどれだけ息を止められるかの勝負だ。
イトナは湯船の底で時を過ぎるのを待った。
「ぶは………っ!」
不足していた酸素を一気に肺に送り込む。
自分でもみっともない程ゲホゲホと咳き込みながら、湯船から這い上がったら。
正直手応えはあった。ワールドレコード更新の手応えが。
が、その期待はすぐに打ち砕かれた。
「一分三十二秒……」
記録は全然だった。
最初の四十秒よりかはマシだが、トップ十の記録には程遠い。
なんだろう。他にもコツがあるのだろうか。
それとも単に肺活量の差だろうか。
だとしたら風香の肺活量はイトナの三倍以上って事になる。素直に凄い。
とにかく小手先の策を考えるだけでは超えられない記録だとわかった。
ランキングに乗れないならやっても仕方ない。普通のお風呂を楽しもう。そう思って、踵を返したその時だった。
「え?」
「ん?」
一糸纏わないニアとエンカウントしたのは。
綺麗な肌を晒したニアが少し驚いた顔でイトナを見ている。
完全に油断していた。
素潜りに夢中で、そもそもここが女湯ということが頭から抜けていた。
「……」
「……」
硬直するイトナに対して、ニアもまた硬直していた。あのニアの様子だとイトナが入っていることを知らされてないに違いない。
お互い、とりあえず無言のまま手持ちのタオルで大事な部分を隠した。具体的に言うならイトナは腰に巻き、ニアは胸の上から垂れ下げるように隠す。
体を洗う用のタオルはさほど大きくはない。そのせいでニアはギリギリである。それが逆になんとも……なんて思っている場合ではない。
「ご、ごめん!」
やっとの思いで言葉を絞り出すと、慌ててニアに背中を向けて逃げるように出口を目指す。
「ま、待って」
その呼び止めに足を止める。
「……えと、せっかくだから入って行ったら?」
次回!
湯気が消えます。




