07
ユピテルがブリューナクを放つ時、その更に上空にイトナとラテリアはいた。
ラテリアに頼み、ユピテルよりも高い位置まで連れてきてもらったのだ。
強大なスキルのぶつかり合いで、衝撃波に揺れるものの、ラテリアの飛行は安定していた。流石である。
そこから見た光景に、イトナは少し驚いていた。
まさかこの戦況でサダルメリクが勝ってしまうなんてと。
八雲の異常事態により、玉藻の想定が大きく崩れたのだろう。
八雲が脱落し、ユピテルがブリューナクを放った時に、イトナはサダルメリクの勝利を確信した。
だが、それはその場凌ぎの勝利である。
今、ここで勝ったとして、明日、明後日、最悪数ヶ月も戦争が続くと考えれば、この勝利はサダルメリクにとって最悪と言わざるを得ない。
低レベルプレイヤーを多く抱えるサダルメリクにとって、この勝利は十回やって一回勝てる。そんな確率をたまたま最初に引いただけに過ぎないのだから。
この一勝は玉藻の機嫌をえらく損ねるだろう。
彼女の機嫌が損なわれるほど戦争が長引くと考えていい。それ程このいざこざは玉藻がキーとなっている。
ならば、サダルメリクの被害を最小にする結果に抑えるならば、この結果を変える必要があった。
「行ってくるよ」
「お願いします!」
ラテリアがイトナを掴む手を離し、イトナが落下して行く。
その途中、ナナオ騎士団が多く相殺した残りのブリューナクを穿つため、イトナは大きなスキルを選んで使用した。
タイミングは完璧だった。
ブリューナクは火力を一点に、厳密に言えば五つだが、特定の部分に強いダメージ判定を持っている。故に弱点は側面だ。
最大限に弱まったブリューナクがナナオ騎士団に直撃する直前、理想的な角度からイトナのスキルがブリューナクを消滅させることに成功した。
鼓膜を破りそうな轟音と、ブリューナクが砕ける派手なエフェクトの演出の中、そこにイトナが到着した。
両ギルドは呆けたような顔で、突如現れたイトナを見ている。
確定したと思われた結果が大きく変わり、何が起こったか理解できていないようだった。
「双方、運が悪かったね」
その言葉に、いち早くイトナに敵意を見せたのはナナオ騎士団だった。
ギルド間で見ればナナオ騎士団には友好関係のギルドはいない。
だから身内でないやつは全員敵とみなしているのだろう。
それが例え助けてくれたプレイヤーであったとしても。
対して、サダルメリクは未だイトナが敵か仲間か判断できずにいるように見えた。
それもそうだ。勝ち確定の攻撃を台無しにしたのだからやった事を見れば敵。でも今までの関係のお陰で、敵と判断できずにいるのだろう。
ナナオ騎士団は敵意を見せるも武器を投擲したせいで、そうすぐに攻撃は出来ない。サダルメリクも、武器を向けてこない。
それを見て、イトナは素早くこの場のマウントを取った。
この場にいる全てのプレイヤーに銃口を突きつける。
比喩ではない。
文字通り無数の銃口が全プレイヤーの喉元に突きつけられたのだ。
宙に浮く銃は計三十六。
それらは各プレイヤーの残りHPを見て分配された。
「さて、交渉をしよう。ナナオ騎士団」
さっきまでの轟音が嘘のように静まりかえる中、イトナだけの声が空気を振動させた。
「お、おい! なんの真似だ!」
ラヴィが声を荒げる。
ごもっともである。
ラヴィからして見れば、この前セイナを助けた恩を仇で返しているようなものだ。イトナはサダルメリクの味方として来てはいるが、ハタから見れば敵そのものだろう。
「落ち着きなさい。まだ、わかりません」
風香は落ち着いた声でラヴィを制す。
今の状況を正しく理解している人は少なかった。多分わかっているのは風香ぐらいだろうか。
念話で色々話したいところだが、どうやら厄介なスキルの範囲内にいるらしい。
しかし、それも好都合か。玉藻に変な勘繰りをされにくくなる。イトナとサダルメリクは念話での打ち合わせはできない。そして、今のラヴィの反応がその証拠となっただろう。
「なにをしたいのかしら? 貴方は敵? それとも味方?」
「中立……って言いたいけど、正直に言えばサダルメリクよりかな。さっきも言ったとおり交渉をしに来たんだよ」
「それにしては武器を向ける相手を間違えていません?」
「あくまでも中立だからね。全滅するのを助けたんだ。少しは信用してもらえないかな」
玉藻の質問に淡々と答える。
玉藻は冷静を装っているが、少し困惑しているようにも見えた。
玉藻からして見れば、銃を突きつけられていてもイトナがナナオ騎士団にとって得をした行動をしたには変わりない。
あのブリューナクをイトナが消していなければ、今ここに玉藻はいないのだから。
玉藻との問答の途中、一人のプレイヤーが動いた。
ナナオ騎士団のメンバーだ。イトナの事を知らないのだろう。
自分の敏捷値に自信があったのか、インベントリから素早く武器を取り出そうとした。
それをイトナは見逃さない。
短い発泡音が響いた。
ダンッ! と短くとも力強い音だ。
動いたプレイヤーがくの字に折れ、後頭部にセットしていた銃口を押し付けてうつ伏せにさせる。
手数頼りの低火力スキルと勘違いされても困る。それが証明できる一撃となった。
大きく削れたHPゲージを、ここにいるプレイヤーのほとんどが見ていた。
イトナは本気だ。
自分で言うのもアレだが、このホワイトアイランドでイトナに勝てるプレイヤーは、一人としていない。
NPK事件では不覚を取ったが、守るものがなければ、大きな不利を背負わなければ、イトナは負けることない。
その理由はさておき、
ここでナナオ騎士団のプレイヤーをキルしてしまうことはサダルメリクも嬉しくないだろう。
デスペナルティが無くなる一日後に、ここサダルメリク城の中からログインする事になるのだから。
と言っても、イトナが来る前に場内で何人かキルしていそうだが。
「あなたたち死にたくなかったら動かないことね」
汗を垂らしながら玉藻はメンバーに告ぐ。
玉藻には銃口が八つ向けられている。
本当は八つも必要ないけど、特別サービスだ。
それから玉藻は少し考えてから口を開いた。
「……交渉。交渉ねぇ。いいわよ。話を続けて?」
「この戦争を終わりにしてもらいたい」
間を空けず、イトナは単刀直入に言った。
回りくどいことは言わず、簡潔に要求を伝える。
「なるほど? それで拒否したらどうなっちゃうのかしら?」
「結果を戻すことにするよ。交渉はなかった。僕もここにいなかった。君たちは負けるはずのないこの状況で、ニアのいないヴァルキュリアに負ける。黎明に続いて、万全ではないサダメリにもね。君たちに向けた銃はそんな状況に戻すためのものさ」
強気で余裕ぶる玉藻にイトナは先までのナナオ騎士団の状況を思い出させる。
言葉にしてみれば無様なものである。少し煽りの入った言い草になってしまったが、間違ってはいない。
それを聞いて玉藻はキッと怒りの目をイトナに向けた。
そんな事をしても事実は変わらないし、絶対優位にいるイトナは表情一つ変えない。他のプレイヤーだったらビビったのかもしれないが。
「……では、戦争をやめると言ったら?」
「ナナオ騎士団はサダルメリクより強いと広めよう。
ここで僕がヴァルキュリアのメンバーを全滅させて、この戦争はナナオ騎士団の圧勝。黎明に負けてもサダメリには勝てる、周りからの体裁は守られるんじゃないかな」
「っな」
それにはナナオ騎士団だけではなくサダルメリクも驚きを見せた。
つまり、サダルメリクへ向けられた銃の意味は、サダルメリクのプレイヤーが交渉材料ってことだ。
ラヴィは目を細め考えている。イトナはサダルメリク寄りの中立と言った。ならなぜサダルメリクを負けにした方が、得なのか分かっていないのだろう。
隣にいる風香は全てを理解したのか、小さく頷く。
そもそも彼女はうまく負けようとしていたように見えた。ユピテルのブリューナクも、本来八雲がいれば結果は変わっていただろう。最大の見せ場を作り、気持ちよくナナオ騎士団に勝たせようとしていたのかもしれない。
「風香、この話はどうなんだ?」
「悪い話ではありません。彼は私たちの味方と思って間違いありません」
「風香がそう言うならそうなんだな。わかった」
ラヴィが武器をインベントリにしまう。イトナに抵抗しないという意思表示だ。手を軽くあげて好きにしろとポーズをとった。
「しかしイトナ。ナナオに口約束だけで大丈夫でしょうか」
風香が懸念をあげる。
確かに、この交渉には保証がない。
風香の言いたいことはわかる。
もし交渉が成立し、約束通りイトナがサダルメリクのメンバーをキルしたとしよう。でもその後の約束を守るか守らないかはナナオ騎士団次第。
結局後日も戦争を始めたなら、ただサダルメリクが負け損しただけになる。
だから担保が必要だ。
でも、それは運良くこの場にあった。
「もしこの交渉が成立したとして、後日サダルメリクを攻めるようなら、戦争の真実を公開する」
「戦争の真実?」
「先の戦闘は映像に撮っている。そこのリエゾン報道部のプレイヤーがね」
イトナが目を向けた先にいたのは、まだ幼さが残る金髪の少女だった。
ただ、あの少女がリエゾンの報道部かどうかイトナは知らない。だが、知らないのはこの場の皆もそうだろう。
玉藻に不安要素を持たせればそれでいい。
「リエゾンのマスターとは友人でね。多少の融通はきくんだ」
「……なるほど。裏切ったらそうなるのね……」
ナナオ騎士団にしても損はない条件だ。むしろ得をしている。それでもまだなにやら考えている玉藻に、更なる交渉材料を出す。
「ニアのキルに成功したと報道するようにお願いしてもいい」
「ニアを?」
ペンタグラムの称号をもつサダルメリクのギルドマスター。それ以上にニアというプレイヤーのキルには特別な意味がある。
ニアがギルドマスターになってからこの数年、ニアのキルに成功したプレイヤーはいない。
それはホワイトアイランドの中では有名な話である。
奇襲のPK集団でも、ギルド戦で狙いを集中したとしても、ニアのHPの色さえ変えることはできなかった。
全ての攻撃を弾く鬼の防御特化。誰も崩せない壁をキルしたとなればナナオ騎士団の株は急上昇間違いなしだろう。
「……嘘の報道をするにしても、辻褄が合わなければ全てが茶番になるわ」
美味しい飴の前でも、玉藻は慎重に考えて、穴をついてくる。
確かに、ニアをキルしましたとリエゾンが報道しても、ニアとフレンド登録をしているプレイヤーが、デスペナルティーによりログインできないはずのニアがログインしているのを見つければ、簡単に嘘とバレてしまう。
ニアにログインしないでとお願いしたとしても、玉藻としてはそれを信用するというリスクは負いたくない。
ニア一人が裏切ってログインでもしたら、ナナオ騎士団がリエゾンを脅して、または金でヤラセをさしたとか、適当な情報が拡散されるだろう。
だが、それも根回し済みだ。
「辻褄ならもう合わせてるよ。僕の仲間が既にニアのキルに成功している」
「仲間? まさかあのピンクのちんちくりんが?」
玉藻はイトナの仲間と聞いて、ラテリアを思い浮かべたようだ。
だがもちろん違う。ラテリアにはここの浸入を手伝ってもらったから。
「いや、テトだよ」
テトの名前を聞いて玉藻は少し顎を引く。
「勇者が守護神をキルできるの?」
玉藻の疑いの目が強くなる。
正直に言えばできない。テトに任せた時は「おう! 任せとけ! 」と言っていたが、イトナの見立てでは奇襲をしても無理だろう。
だから事前に念話でニアとは打ち合わせて、わざとテトにキルされるよう話をしておいた。
城内では念話ができず、テトからの報告が貰えないが、余程のことがない限り予定通りニアはテトにキルされているはずだ。
「念話で確かめてみなよ」
「……」
ニアの足止めでナナオのプレイヤーが外にいるのは簡単に想定できる。足止めしていなければパレンテホールを先に出たニアがここにいるはずだ。
ここの面子を見るとアクマが外にいるのだろう。
玉藻は疑いの目を向けつつも、念話ジャマーを解除した。
「……どうやら、本当のようね」
しばらくして確認が取れた玉藻は、持っていた扇子をパチンと閉じて、インベントリにしまう。
「お上手ね。私たちに選択肢はないわ」
「わかって貰えて嬉しいよ」
「ああ、ホント。コレであなたが手に入れば最高なのに……」
玉藻の目が不気味に笑った。
うっとりと焦点の合っていないような玉藻の目の奥で、また別の目がイトナをジッと見ている。
そんなような不思議な感じがした。
ゾッと背筋に寒気を感じながらも、不自然なく玉藻の眼を見返す。
だが、なにかに取り憑かれているようなその眼は、瞬きをひとつした時にはもう消えていた。
気のせいかもしれない。
なにかスキルを使用したのかと気になったが、何も起こらなかった。
ナナオ騎士団vsサダルメリクの戦争はそのまま幕を閉じた。
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玉藻が交渉に頷いてからは約束通りにことが進んだ。
イトナがユピテル、風香、ラヴィのHPを削り切り、ナナオ騎士団はそれを見届けて解散した。
風香の頼みで預かったNPCは複雑な面持ちで、「ありがとうございます」と感謝しつつも、イトナを少し睨み、同時に怖がっているようにも見えた。
風香たちをキルした事に思うところがあったのだろう。
NPCは生きているのが不思議なほどにひどい怪我で、回復薬を使ってから街に送ったが、感謝の言葉以外は終始会話は無かった。
後ろにいた金髪のプレイヤーは特に接触はしなかった。銃を向けたのは変にあの状況をかき回されたく無かったからに過ぎない。
むしろ、交渉材料になってもらえて感謝したいくらいだ。
これにてひと段落。
と言いたいが、玉藻との約束は果たさないといけない。早くリエゾンと話をつけておかないと号外で拡散されてしまう。
NPCを街に送った後、
イトナは急いでサダルメリク城近隣の森に足を伸ばした。
青々しく茂るその森は、リベラの近くとあってか、微かに発光し、幻想的である。
この森の木はクリスマスシーズンになるとNPC達が切り倒し、クリスマスツリーとして売られるとか聞いたことがある。
まぁ、真夏直前の今の季節には縁のない話だが。
木を蹴って、細い枝に気をつけながら木の上に出る。
すると、離れた所に一人のプレイヤーが立っていた。
そのプレイヤーはイトナに気づくも逃げる様子はない。むしろ待っていたと言わんばかりにこっちを向いている。
イトナは遠慮無く距離を詰め、程よく近い木の上に止まった。
「一応、初めましてかな」
「そうですね。初めましてイトナさん、リエゾン報道部長、五十鈴と申します」
五十鈴は軽くお辞儀をする。
片足で立つ彼女は小柄だった。身長はイトナと同じくらい。でも顔は大人びていて、多分高校生。
高校生で、平均より低いイトナと同じ身長なら女の子でも小柄といっていいだろう。
黒い軽装は忍者を彷彿させるもので、腰に二本の忍刀を下げている。
あとは短い髪に綺麗に揃えられた前髪が特徴的だった。
最近、なにかと事件がある時にイトナをつけて来るプレイヤーだ。
「よくここにいると分かりましたね」
「僕が城に侵入する時に、森の方角にいたからね。身を隠す場所もこの辺じゃこの森くらいだし」
今回もサダルメリク城の裏から進入しようと、ラテリアに飛んでもらった時、彼女の気配を感じたのだ。
セイナが拐われた時、あの真夜中の時間にもいた事を考えると、彼女がオルマと繋がりがあることは薄々分かっていた。
リエゾンの号外で写っていた風景もこの森からだった。
「なるほど、私もまだまだですね」
ふむと考えるそぶりを見せる五十鈴。
本当は偶然である。適当な理由はあったけど、アイテムを使って街に戻られていたり、ログアウトされていた可能性だってある。そうなっていれば、ここに来たのも空振りだっただろう。
五十鈴とは直接会うのは初めてだ。NPKの時、そして今日つけられてはいたが、面と向かって会うのは初めて。
しかし、新手めてリエゾンのメンバーとは思えない身のこなしだ。五十鈴なら三強のギルドにも戦力で加入できる程の実力を持っているように見えた。
そんな隠し球をイトナにつけさせるオルマは何を考えているかわからないが、今はそれをつつくのはやめておこう。
今はナナオとの約束だ。
「ちょっとお願いがあるんだけど、いいかな」
オルマに直接念話も考えたが、イトナはリエゾンの報道までのフローをよく知らない。
毎日リエゾン誌を出しているし、号外となればいつ出るかわからない。その度にオルマが記事に目を通すなんて面倒なことはやっていないだろう。
これでオルマに事情を話している間に号外が出されてしまったら目も当てられない。第二次戦争が勃発してしまう。
なら実際に一部始終の情報を持っているリエゾンメンバーと話をつけたほうが確実だ。
「はい、イトナさんの事ならオルマ様まから聞いております。イトナさんの事、もちろん謎のプレイヤーなどの含みのあるような記事の書き方をもしないのでご安心下さい」
報道部長とだけあって、イトナの事情は知っているようだ。
オルマの判断でイトナの事を言ったのだろう。それはいいとして、なら話は早い。
「それで、お願いがあって、記事の内容を少し変えて欲しいんだけど……」
オルマが信用しているプレイヤーなら話しても問題ないだろうと、事の成り行きを話した。
NPKからのナナオ騎士団とサダルメリクの関係と、取引の内容。
その話を進めていくにつれて五十鈴は苦い顔を作っていく。
そして、
「……つまり、私達リエゾン報道部に嘘をつけと」
明らかに雲行きが良くなかった。
イトナのお願いはそんなに悪い事だったのだろうか。
五十鈴の様子を見ればわかる。
五十鈴はえらく不機嫌な顔をしている。
このお願いはリエゾン報道部にとって、悪い事だったのだ。
オルマに頼めばいいかぐらいにしか考えてなかった事に後悔した。
「ダメ、かな?」
「当たり前です。あなたがサダルメリクを味方するのは勝手ですが、なぜ我々もそれに合わせないといけないのですか。
イトナさんがオルマ様とどんな経緯でどんな約束をしかのか私は知りませんが、少なくともイトナさんの情報は極秘扱いにするとだけしか聞いておりません」
「そこをなんとか……」
もうナナオと取引をしてしまっただけに、引くに引けない。だが、五十鈴は依然と断固拒否の姿勢を見せた。
「報道で……」
「へ?」
「報道で最も重要視しなければならないのは真実です。我々報道部がここまで成長できたのも真実を積み重ねてきたからこそ。部員たちの努力をあなたの勝手な私情で利用されるなんてあり得ません」
早口で言い切ると、イトナはぐうの音も出なかった。
安易に考えすぎていた。ゲームのことしか詳しくないイトナにとって、リエゾン報道部の事情なんて考えたこともなかった。
いや、少し考えればわかったことかもしれない。
リエゾン報道部はホワイトアイランドでは〝普通〟の存在になっている。毎日発行されるリエゾン誌は毎日発行されて当たり前、そんな存在だ。
それはまるでゲームシステムの一つになったように。
凄いことである。
生半可な努力では成し得ない現実世界で企業に成功したのと同じことだ。
五十鈴の言う通り、それを簡単に利用されるのは許せないだろう。
しかし、どうしたものか。途中までカッコよく進んでいたのに、最後の最後で躓いた。
勝っていたはずのサダルメリクの勝利を邪魔し、ナナオ騎士団に交渉をしよう(キリッ)なんて言っといて、やっぱりダメでしたなんて、いくら何でもカッコ悪すぎる。
セイナが聞いたら「だっさ」と言って冷ややかな目を向けてくるだろう。
まだイトナがカッコ悪いで済むならいい。
でも、した事の影響が大きい。
イトナが約束を果たせなければナナオ騎士団の怒りに触れて、戦争が激化してしまう。
サダルメリクにもどんな目で見られるかわからない。なにか別の案を考えないと……。
「……」
五十鈴はつり目を作ったまま、悩むイトナを不思議そうに覗き見ている。
まるで観察をしているかのように。
もしかしたら返事を待っているのかもしれない。確かにまだイトナは返事をしていない。
「ごめん。そうだよね、全然リエゾンのことを考えてなかったよ。悪かったね」
ばつが悪そうにそう答えると、五十鈴は少し驚いたように目を丸くた。
「またなにか変なこと言っちゃったかな?」
「いえ、イトナさん程の実力者なら力ずくで、と思ったので……」
力ずくで、つまり五十鈴をキルするとか思ったのだろうか。
ここで五十鈴をキルしたら号外発行の時間稼ぎにはなるかもしれないけど、所詮はその場稼ぎだ。
結局結果は変わらないだろうし、リエゾンとの関係が悪くなる。
デメリットしかない。
よく見れば五十鈴の右手は忍刀に添えられていて、気を張ったように力が入っていた。
五十鈴から見ればイトナは敵わない相手、それもナナオ騎士団とサダルメリクの戦争に一人割って入って、終戦まで運んだプレイヤー。
自分で言うのもあれだが、バケモノだと思われても仕方がない。
前のラテリアの男性恐怖症と同じ、自分より強い力を持つ相手は怖いものだ。
「なにもしないよ。オルマ……リエゾンにはお世話になってるからね」
敵意がないことを伝えるが、五十鈴の手は変わらずだった。
ついさっき会ったばかりの関係だ。
信用がないのは仕方がない。
リエゾンに頼れないとなると、ここに用はないし、五十鈴に変な気を使わせるのも悪い。
イトナは早々にこの場を去ろうと、リベラのワープゲートの方を向く。
すると、目の前にパーティ申請のダイアログが現れた。
それは五十鈴からのものだった。
「オルマ様からお話があるようです」
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五十鈴からのパーティに加入すると、イトナの知らないプレイヤー名で構成されたフルパーティだった。
『悪いが五十鈴を残して抜けてくれ』
一番最初にオルマの低い声が念話に響くと、続いて『御意』『は、はい!』『りょ』など様々な返事を残してパーティを脱退していく。
残ったのはオルマ、五十鈴、イトナ。
オルマの存在はギルド内でも幹部にしか晒していないと聞く。つまりさっきまでのパーティはリエゾンの幹部メンバーを集めてレベリングをしていたのだろうか。
『さて、イトナ。なかなか面白いことになっているようだな』
『面白くは、ないかな』
オルマの言葉は不思議と嫌味には聞こえなかった。
多分、イトナの想定が崩れたことにではなく、単にナナオ騎士団とサダルメリクの戦争の結果が面白いと言っているのだろう。
どちらにせよ、イトナにとって面白くはないが。
『五十鈴から話は聞いている。うちの報道部に虚報して欲しいらしいな』
『まぁ、うん。そのつもりだったけど……』
さっきの五十鈴のこともあって、耳が痛い。まさかリエゾンの大将にもお叱りを受けることになるとは……。
『その虚報、俺が許可しよう。五十鈴、お前が主になって号外を作れ』
『っは!』
五十鈴はそれになにも反論せずに返事をした。
『え、いいの?』
『ああ、問題ない。なんで俺が虚報を許可したかわかるか、五十鈴』
『……すみません。わかりません』
『もうすぐグランド・フィスティバルだ。両ギルド、ホワイトアイランドの代表となりうる。それらが今戦争を始めて、お互いに潰しあっていたら本番の結果に響くだろう。四年に一度の大イベント。この件が尾を引いて一回戦戦で自分の島が敗退したらつまらん』
『全くもってその通りです。私が浅はかでした』
五十鈴はオルマの言われるがままだった。
リエゾンの上下関係は厳しいのだろうか。
五十鈴がイトナに言ったことは間違いない。
今の報道部は努力を積み重ねて築き上げてきたものだ。
それをギルドマスターがやれと言ったから首を横に振ることは許されないなんて……。
いや、さっきのパーティ念話で『りょ』とフランクに返事している人もいたし、五十鈴だけがそういうキャラなのかもしれないが。
『でもいいの? その、嘘をつくことになっちゃうけど……信用とか?』
『くどいです。オルマ様がいいとおっしゃっているのです。我が報道部はいざという時に虚報をしても問題ないよう、普段から真実を報道しています。これしきの虚報、なんの問題もありません』
報道部の味方をしようとしたのに、なぜか五十鈴に怒られてしまった。この人のことちょっと苦手かもしれない。
それにしても嘘をつくためにって、なんか怖いことを聞いてしまった気がする。
『余計なことをあまり言うな』
『も、申し訳ありません』
オルマに嗜められて、五十鈴に睨まれる。お前のせいだと言わんばかりに。
理不尽だ。
『だが、五十鈴の言った通り、最初からうちを頼りにされるのも困る。今回はよかったが、次からは気をつけてくれ』
最後にオルマから注意を受けて、無事交渉は終わった。
この後、五十鈴に情報提供をお願いされ、リエゾンギルドホールに連れていかれた。
できるだけ多くは真実に近づけた方が信憑性が増すらしい。
話を聞いたところ、あの場にいた金髪の女の子はやはりリエゾンの報道部員で、その子が撮影した映像は回収済みだとか。
あの子だけは真実を知っているのが気になったが、問題ないと五十鈴に言われた。
それから五十鈴はイトナから要点だけ聞くと、早速記事の執筆を始めた。
号外はスピードが命らしい。
もの凄いタイプ速度で文字が入力されていく。
内容はできるだけ真実を、それに嘘を埋め込み、報道部員が撮影した映像から見せ場の部分を切り出して記事に貼っていく。
形になったのは執筆を始めて一時間程。
イトナは記事を書く事に詳しくないが、五十鈴が凄い手腕の持ち主だということだけは理解できた。
仕事のできる女性って感じでカッコイイ。
ゲームしかできないイトナとは大違いだ。
執筆の途中、所々イトナに質問が飛んできたが、そのほとんどが「この時どういう状況だったか」ではなく「どういう状況にしたいか」の確認だった。
あの場にいた報道部員の映像が優秀で、大体が映像を観ればおおよその様子がわかったのだろう。
まだ完成ではないが、内容は変わらないとのことで、イトナの望んだ内容かの確認をすると、もう用済みらしく、イトナはギルドホールから退場させられた。
ほぼ強制退出と言っていい。どうやら五十鈴には嫌われてしまったらしい。
それから三十分ほどして、リエゾンから号外が発行された。イトナの望む記事の内容で。
買ってみると、五十鈴に見せてもらった物よりもだいぶカラフルになっていた。
ここは子供しかいない世界。
今は上級プレイヤーが買ってるからーなんて流れができて、低学年のプレイヤーも頑張って文字を読んでいるが、きっと昔は文字だけだと手にとって貰えなかっただろう。
カラーとイラストはその名残か、低学年への優しさか。報道部も大変である。
ラテリアはその記事を見て浮かない顔をした。「これで良かったんですよね?」と改めて聞かれた質問には力強く頷いて答えた。
あとできることは、この戦争で失ったものを戻すことだ。
NPCは残念だが、城等の復興はできる。
きっと、ニアや風香もサダルメリクのシンボルである城の立て直しを優先する考えだろう。
全てを手助けというわけにはいかないが、軌道に乗るまではクエストを手伝ったりと、ラテリアでもできることは多い。
それを聞いて、ラテリアは頑張りましょうと息巻いた。サダルメリクと知り合ったのはついこの前だったというのに、友達想いのいい子だ。
この日はラテリアにとって、濃い一日だったろう。
セイナの身体がディアと入れ替わり、それを治すために勇者パーティと共に未開地へ挑んだ。そして、帰ってきたそのすぐ後にサダルメリクの戦争である。
ラテリアの顔には疲れが見え、眠そうにも見えた。
対してテトはまだまだ元気だった。
午前もギルド戦だったというのに、疲れ一つ見せていない。
あえていうなら、ニアをキルしちゃったけど嫌われないか心配してるくらいだ。
それもリエゾンの号外が出る頃には忘れたようで、これからクエスト行こうなど、黎明の祝勝会に行こうなど、元気になっていた。
ラテリアも疲れてるし、テトを拒絶することもあって、「んじゃ、また明日な」「もう来ないでください!」のテトとラテリアのやりとりを最後に今日は解散になった。
ラテリアはテトを凄く嫌っているが、以前の男性恐怖症とはだいぶ違う。
恐怖ではなくて拒絶。
普通に人間としてテトが嫌いのように見える。側から見れば仲が良いように見えなくもないが……。
それは良いかどうかは別として、ラテリアの男性恐怖症はもう治ったと思って大丈夫そうだ。
それにしても最近やることが多くなった。
サダルメリク復興の手伝い。時期は決まっていないが黎明の剣との約束もある。一週間缶詰の約束だ。それに加えて……。
イトナはセイナの部屋のドアを見る。今となっては開かずの扉。
明日は時間が空く。
サダルメリクのイトナがキルした主力メンバーはデスペナルティーにより、遅い時間からのログインになる。
だから本格的な復興作業は明後日からになるだろう。
明日にはいつものセイナに戻ってもらいたいが、なかなか難易度の高いクエストになりそうだ。




