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ラテリアちゃんはチュートリアルちゅう?  作者: 篠原 篠
ドールマスター
79/119

04

 サダルメリク城二階の通路。


 そこから見下ろせば、エントランスの主役だったシャンデリアは落とされ、メンバーの皆でコツコツ集めた高価な装飾品全てが丁寧に破壊尽くされていたのがよく見える。


 荒れ果てたサダルメリク城一階、エントランスホール。

 瓦礫が散乱するその上に、玉藻、八雲、アクマを筆頭にナナオ騎士団主力メンバーが昂然と勢ぞろいしていた。


 対してエントランスホール二階。

 派手に破壊した二階へ続く唯一の階段を挟んで、ニアが欠けたヴァルキュリアメンバー四人が対峙している。


「あらあら? 中々絵になる構図だけど、そちらの五芒星ペンタグラムは不在なのかしら?」


 ピリピリとした空気が支配する中、扇子を広げ、余裕の笑みを浮かべるのはナナオ騎士団ギルドマスターの玉藻だった。


 その質問を無視して、二階中央、下からの階段が続いていたその終着点で腕を組み怒気を纏う小梅が一つ地団駄を踏む。

 力のステータスに多くのポイントを割り振っている小梅の地団駄は、頑丈に作られているはずの床を軽々と破壊し、派手に鳴る破壊音でナナオ騎士団を威嚇した。


「絶対に許しません……! あなたたち全員ぶっ殺してやりますっ!」


 声を荒げる小梅は怒気を撒き散らし、殺意の目を玉藻に向けている。


『小梅落ち着きなさい。あなたに階段を破壊させた意味はわかりますね? あなたが下に降りたら意味がありません』


 制御不能一歩手前の小梅を諭す風香のギルド通話は他のメンバーも踏み留めた。


 小梅に対して右側、二階の手すりの上に立ち、武器であるモーニングスターをぶら下げたラビットヒューマンのプレイヤー、ラヴィ。

 普段臆病を見せる彼女もまた、怒りの表情をむき出し、いつ飛びかかってもおかしくないように見える。


 小梅の後方に立つ天使ユピテルは無言を貫き、下を俯いていた。

 いつもおちゃらけている彼女だが、物凄く集中する時、無言になる。そんな彼女の髪は少し逆立って見えた。


(まずいですね……)


 頭に血が上り、いつ爆発してもおかしくない主力メンバーの中、風香だけが冷静を保ち、この状況に危機感を感じていた。


 こんな時、場を和ませるようユピテルにサブマスターを譲ったのに、今は静かに怒る彼女はそんな余裕はない。


 それも無理のない事だ。今、彼女達が怒っているのはサダルメリク城が荒らされた事にではない。外で行われたナナオ騎士団による残虐行為に怒りを露わにしているのだ。


 サダルメリクの雇うNPC。庭の手入れをしていた彼女達が最初の被害者だった。


 NPC。

 それは心なく、プログラム通りに動く単なるオブジェクト。そんな認識はとうの昔に終わっている。少なくとも、サダルメリクのメンバーはNPCにそう接してきた。


 もし新入りの低学年プレイヤーがNPCを下に見るような事があれば、先輩プレイヤーがきっちりと叱った。


 そんな文化があったからこそ、信頼が生まれ、安全地帯でない土地でも多くのNPCを雇うことができている。

 そして、乙女夢見るこのサダルメリク城をより良くしようと、プレイヤーだけでなく、NPC自身の意思で働いてくれた。


 この広い城内を掃除して欲しい。

 初代ギルドマスターがNPCを雇い、与えた仕事内容はそれだけのはずだ。

 それが気付けば広く空いていた庭にNPC達が花壇を作っていた。NPC各々が花を持ち寄り、自らの意思で。


 ずいぶん昔の話だ。まだ小梅がギルドに加入して間もない頃。スコップを持ってNPCのお姉さんと一緒に花を植える楽しそうな小梅の姿は、風香の中でもいい思い出の一ページだ。


 あの日からだろうか。小梅が自分もNPCになりたいと言い出したのは。服装を真似てメイド服を身につけたり、口調を真似してみたり。誰からかNPCはプログラムとか機械とかそんな風に教わったのか、気付けば自身のクラスをメカニックにしていた。


 他のメンバーもそうだ。特に長くフィーニスアイランドをプレイをしてきたヴァルキュリア達にはNPCとの思い出は数えきれないほどある。


 そんなギルドメンバーに等しい人たちの〝命〟をナナオ騎士団は執拗に狙った。

 抵抗する初中級者プレイヤーを無視して、笑いながらNPCの命を率先して摘んだのだ。


 運良く城内に多くいた主力メンバーが駆けつけた頃には殆どのNPCが息絶えていた。その光景を見たときの小梅の叫び声はとても痛々しかった。


 こんなにも近くにいたのに救えなかった仲間たち。その遣る瀬無い思いと復讐心が目の前の敵へ向いている。


『いいですか、できるだけ時間を稼ぎます。こちらから攻める必要はありません』


 風香はこの戦局から、真っ先にサダルメリクが勝利する考えを排除した。

 ナナオ騎士団の総戦力相手に、ニアの穴はどう頑張っても埋められない。

 そもそも、サダルメリク城が攻められて、NPCを殺されている時点で負けなのだから。


 風香が目指すのはより良い落とし所だ。

 被害を最小限に抑え、

 ナナオ騎士団に満足してもらい、

 引いてもらう。


 建物はいい。

 キルされてランダムで奪われるアイテムが運悪く装備アイテムだったとしても取り返しはつく。

 取り返しがつかないのはNPCだ。


『いいですか、Lv.69以下のメンバーはログアウト。

 リアルで連絡を取れるメンバーには今日ログインしないよう伝えなさい。

 Lv.70以上のメンバーは城内のNPCをリベラまで避難させること。

 城を破壊して構いません。

 最短ルートで必ず全員のNPCを避難させなさい』


 そう指示を出したのはついさっきのことだ。

 ログアウトを言い渡されたメンバーからは「私たちも戦えます!」と反論を受けたが、本当に大変になるのは明日からだ。

 特に資金集めには低レベルの人も頑張ってもらうことになるだろう。

 誰が何を出来るか。苦しい時こそ、冷静に考えるべき。そう風香は窘めた。


 そして、サダルメリクの顔でもあるヴァルキュリアが差し当たってやるべきことは時間稼ぎだ。


 二階へ続く階段を壊し、地形的に有利を取ってはいるが、戦力を考えれば圧倒的に不利。

 もしナナオが犠牲を考えず、無理矢理前衛に距離を詰められればあっという間に防衛ラインを突破されてしまうだろう。そうなれば、まだ逃げきれていない中にいるNPCが危ない。

 それでもリスクを考えればナナオも簡単には攻め辛いはずだ。

 だからわざわざこちらから仕掛けて勝負を急ぐ必要はない。


「せっかく盛り上がって来たのになんだか退屈だわ? ねぇアクマ、ちょっと上にあがって道を作ってくれない? これじゃあ怖くて私が上がれないわ」


 睨み合いが始まって僅か数秒。

 玉藻は戦力差を見て舐めているのか、念話を使わないでサダルメリクにも聞こえるようにメンバーに指示を出した。


「……断る。こっちはテメーの思いつきに付き合わされてんだ。なんで俺がわざわざ危ない橋を渡らなきゃいけない」

 

「そう。それは残念ね。じゃあ八雲」


「は、はい!」


「あなた、死んでいいから上に行って来てちょうだい。その隙に私たちが上がるから」


「え」


 あまりにも予想外だったのか、後衛クラスである八雲は演技に見えない疑問の声を漏らす。


「でも、前衛が前を詰めた方が確実に……」


「なに? 私に口答えするの? 私がやれって言ってるの。私の言ってる意味分からなかった? 死んでもいいから道を作りなさい」


「…………わ、わかりました」


 心理的な何かか。

 念話では別の指示を出しているのかもしれない。

 どちらにせよ、跳躍というワンステップを強要し、空中でサダルメリクの攻撃を受けなければいけない状況。

 玉藻の指示通り八雲がとんできたところで、四人のうちの一人が叩き落とせばなにも問題はない。


 今にも跳躍しそうな八雲にヴァルキュリアメンバーも身構える。


 その時だった。


 バコンッとなにか破裂したような音が鳴ったのは。


 音の発生源はナナオ騎士団後方の壁。

 その一部が派手に破壊されたのだ。


 何かがサダルメリク城の壁を貫通して中に入ってきたように見えた。


 一斉にこの場のプレイヤーの目線が壁を突き破った物に集まる。


 吹き飛んで来たのは人だった。

 それはメイド服を身にまとった、すなわち、サダルメリクの雇っているNPCだった。


「あら?」


「ハルカ!」


 小梅が飛ばされてきた人物の名前を叫ぶ。

 風香にも見覚えがあるNPCだった。

 風香の記憶が正しければそのNPCは皮肉にも小梅に花植えを教えていたNPCの一人。

 まだ外で生き残っていたのを攻撃されて、ここまで飛ばされて来たのだろうか。


 隣からギジリと軋む音が聞こえた。


「よくも……よくも……よくもよくもよくもよくもよくも!!」


『小梅落ち着きなさい。小梅!』


 壁をを貫通するほどの威力で攻撃されたのだ。Lv.1のNPCが無事でいられるはずがない。怒りに任せて飛び出せば被害が増えるだけだ。


『小梅! 気持ちは分かりますが今あなたが飛び出せば城内のNPCがーー』


『いや、よく見ろ! まだ生きてるぞ!』


 ラヴィが念話で声を上げると、自然に瓦礫に沈んだNPCを中止する。

 ラヴィの言う通り、確かにNPCは生きていた。

 手足が不自然に曲がる身体でありながらも、微かなHPを残している。


 ヴァルキュリアメンバーの視線に、ナナオのメンバーもそれに気づく。


 いち早く動いたのは玉藻と小梅だった。


 まるで新しいオモチャを見つけたかのよう笑みを浮かべて、畳んだ扇子をNPCに向ける玉藻。


 風香の指示を無視して飛び出す小梅。


『小梅っ!』


『小梅は間違っちゃいない! 腹をくくれ! 風香!』


 玉藻から放たれた低難易度スキルの魔弾。その先に割り込んだ小梅が片手で弾き飛ばす。それが開戦の合図だった。


 小梅は気合いを入れるかのように地を踏み鳴らすと、自身にバチバチと雷電を纏う。


 そして、降りてきた小梅を待っていたとばかりに、アクマを含む三人のプレイヤーが飛びかかった。


「スクラップだ。ガラクタ」


「ハルカは殺らせない!」


 ゼンマイを一回転消費する。ガチャリと回った音と共に小梅にも増援が加わる。


『ラヴィは左。小梅はアクマ。いけますね』


『負けんじゃねーぞ小梅!』


『バッチこい、です!』


 三人のプレイヤーがぶつかり合う。


 その初撃で勝負を決めたのは風香だった。

 見えないほど薄く研ぎ澄まされた刃が、相手の喉を抉ったのだ。それに驚き怯んだ相手に、大技の追い討ちをかける。


「《水鎖風刃乱舞の術》」


 水で編まれた鎖が相手を捉え、見えない斬撃が浅い傷を幾つも刻む。人一人キルするには十分なスキルだ。


 短期決戦。出し惜しみをせずに相手のHPを削り切った。


 残りの二人は互いに攻撃を弾き、激しい戦闘を繰り広げている。


 風香はそれを横目で確認すると、後ろに倒れるNPCまで後退した。


 間近で見れば、生きているのが奇跡な状態。きっと、メンバーの誰かが即死を防ぐ補助スキルを彼女にかけたのだろう。不自然に少なく残るHPを見てそう確信する。


「すみませんが回復は後にします」


 痛々しい体だが、Lv.1のNPCを回復したところでここにいるプレイヤー誰の攻撃でもカスリもすればたちまちHPは空になる。今は一刻も早くここから脱出することが優先だ。


 体をそっと持ち上げると、NPCは痛そうに呻き声を上げた。


「ごめんなさい風香様。ご迷惑をおかけしてしまい……」


「謝るのは我々です。申し訳ありません。こんな事態になってしまい」


 風香は短く謝罪をすると、状況を確認する。


 ナナオは完全に遊んでいた。小梅とアクマは互角に近い。ラヴィは押していたように見えたが、気付けば二人を相手していた。


 ナナオは二人をキルしようと思えばいつだって出来るだろう。理由は他のメンバーは戦闘に参加せず、圧倒的に有利な戦闘を傍観しているからだ。もしも運良くこちらが優勢に傾けば、余った戦力を加えればいい。


 だが、それでも好都合だ。問題があるとすれば……。


「わざわざ近寄ってくるなんて余裕ですね」


「うちのメンバーが不甲斐なかったみたいで申し訳なかったわ。暇にしているのなら私と遊びません?」


 風香が抱えるNPCをニヤニヤしながら眺める玉藻はもはや一足一刀と言っていい程の間合いまで歩み寄っていた。


 だがこの距離。

 相手がペンタグラムだとしても前提は後衛クラス。


 勝てるかもしれない。

 相手大将の首を取れば……。


 そんな考えを抱くも、かかえたNPCの温もりと、肌に伝わる心臓を打つ音を無意識に感じとって、キルする考えはすぐに捨て置く。

 守らなければならない者を手にして、わざわざリスクを負うのは愚行だ。目的はNPCの安全確保。風香は素早くアイテムを取り出す。


 緊急脱出用のアイテム。《帰還の魔石》。


「つまらないわー。仲間を置いて逃げちゃうの?」


「あなた達に付き合う義理はありません」


 緊急脱出用。これを使用すれば使用者に触れた人物と共に近くの安全地帯まで瞬時にワープする。上位のプレイヤーならインベントリに一つ入れておくアイテムだ。


「ざーんねん。せっかく私も楽しめそうだったのに…………なーんて、ねぇ!?」


 扇子を向ける玉藻を見て、すかさずアイテムを使用する。

 いくら近いといっても、玉藻が腕を動かした時点でアイテムを使用しようと身構えていればアイテム使用が間に合わないことはない。


 だが、風香の考えは裏切られた。

 アイテムを使用し、石は消えたのに効果が発動しなかったのだ。


(アイテムジャマー!)


 PK専用のスキル。範囲内でのアイテム効果を一切無効にするスキルを城を攻める前に仕掛けていたのだ。


「っく」


 風香はとっさに身をよじって、玉藻の攻撃からNPCを守った。背中でダメージを感じながら、自分のHPが大して減ってないことを確認する。そして、その場から逃げるように跳躍した。


「逃がさないわ!」


 逃げる風香に追撃が放たれる。

 だが、風香はそれを甘んじて受けて、最短距離で脱出を目指す。


「っち!」


 風香の判断に苛立ちを見せたのか、玉藻が大きく舌を打った。


 風香の選択は正しく、最善手でもあった。

 アイテムが使えない。

 すなわち回復が許されない状況の中でも、ダメージを受け、〝NPCの救出〟というただ一つの目標に向かった事が。


 このままでは風香を逃す。逃したところで、玉藻は痛くも痒くも無いが、ただ自分の思い通りにならないことが気に入らなかったのだろう。


 玉藻はムキになって、受ければタダで済まない詠唱を開始する。


 が、その詠唱、始まりの一節を詠見終わる前に、玉藻の目と鼻の先に一人のプレイヤーが降り立った。


「ん〜〜〜〜〜? なーにしちゃってくれてるのかなぁー? クソ狐さん?」


 ユピテルだ。


 互いの大きく実った胸が重なり合い、今にも鼻先がくっつきそうな位置に、ユピテルが降り立ったのだ。


 ユピテルの満遍の笑顔は笑ってはいなかった。


 普段は言わないような言葉を吐き出し、ガッシリと玉藻の口元を掴む。

 強制的に詠唱を止められ、予想外過ぎる距離でのユピテルの登場に玉藻の思考は追いついてはいないように見えた。

 その隙に、ユピテルは空いたもう片方の手で玉藻の鼻先に人差し指をグリグリと押し付ける。


「貫く金色こんじき《オル・レイニア》」


 短い詠唱でぶっ放したユピテルの魔法は玉藻の顔を豚のようなブサイク顔に歪め、少し宙に浮かせた。

 そして、無様に尻餅をつく玉藻をゴミを見るような目で見下ろす。


「ぷぷっ。だっさ〜〜」


「っ!?」


 屈辱。


 きっと、玉藻の中で爆発した感情はそれだろう。

 顔を真っ赤にし、髪の毛と五つの尾を逆立てた。


「この牛女!」


 玉藻のヘイト管理を完了させたユピテルは玉藻には見えないよう、背中でVサインを作った。


 ユピテルは冷静だったのだ。風香の考えを読み取り、見事玉藻の注意を引きつけて見せた。


 風香は心の中で感謝すると、二階に着地するなり、安全地帯である城の半分に急いぐ。そのすぐの事。

 目に入ったのは男のプレイヤーだった。つまり、敵だ。


 どうやら入り口以外にも穴を開けられ、そこから他のナナオメンバーが入り込んでいる。


 別の道をと振り返れば、サブマスターの八雲が立っていた。


「ちょっと、厳しいかもですね……」


 儚くも命を繋いでいるNPCの前に、初めて弱音を吐く風香だった。

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