21
事前にアイシャから渡されていた帰還アイテムを使用すると、そこは賑やかな広い空間だった。
歓声と笑い声がごった返すこの場所はどこかの屋内。辺りには沢山のテーブルが並び、料理や飲み物が山のように乗っている。
どこかの施設のように見えるが、多分違う。ラテリアが見たことがない場所だったからだ。
アイシャから渡された帰還用のアイテムは直前にいた街への移動とは違う。もうワンランク上のアイテムで、記憶した場所への移動アイテムだったはず。となると、ここはアイシャがよく訪れる場所なのだろうか。
先の大戦闘により、興奮の熱が収まらないまま、仲間の勇者パーティーをキョロキョロと探す。その途中、後ろに気配を感じて振り向くと、すぐ近くに白い顔があった。
「っひぃ」
思わず短い悲鳴を上げてしまう。白い顔……肉のない骨の顔を持つその人は、ググッとラテリアに顔を近づける。
「こんにちは……。見ない顔の人」
「こ、こんにちは」
不意のホラーに戦闘の興奮も一気に冷めて、一歩下がる。すると、骸骨も一歩近づいてきた。
「あの、だれ……ですか? ここ……関係者以外、立ち入り禁止……だよ?」
なぜか骸骨の方も怯えながらも勇気を出しているかのように話しかけてくる。話しかけられるというか、注意されている?
骸骨の震える手がラテリアに伸びてくると、見知った声が割り込んだ。
「ここにいたか。ラテリア」
「あ、アイシャさん!」
探していた人物に会えて、この場を逃げるようにしてアイシャの方へ駆け寄る。
「いやはや、素晴らしかったぞラテリア。最初に戦力外と決めつけて下がるように言ったことを詫びよう」
「いえ! そんな、たまたまです。たまたま運が良くて……それに自分一人じゃなにもできませんでした。あの、卵の殻は……」
「この通りだ」
アイシャが入手した金の卵殻を取り出して見せてくれる。
「テトとアーニャも手にしていたのを目視で確認できている。三つもあれば量にも困らないだろう」
「ありがとうございます! これでセイナさんが元どおりになります!」
「これを渡すまでがクエストだ。早速……ん? なんだ。フレデリカいたのか」
さっきラテリアに話しかけてきた恐ろしい外見のプレイヤーにアイシャが気軽に話しかける。フレデリカという名はラテリアにも聞き覚えがあるものだった。
「アイシャ、遅かった……。その娘は……アイシャの友達?」
「ん? ああ、ラテリアだ。お前がいなかった代わりにパーティーに入ってた」
それを聞いて、フレデリカはラテリアを凝視する。
「ラテリア、さん……かわいいですね」
「え? あ、ありがとうございます?」
何故か褒められて、反射的にお礼を言っておく。
「……テトは?」
「テトもそこら辺に飛んでるはずだ」
「そう……。掲示板、フレデリカ褒められてた。テトにも見せる」
そう言って、フレデリカという骸骨プレイヤーは何処かへ行ってしまう。
「あの、アイシャさんここは……」
「ああ、そうか。ラテリアは分からないか。ここは黎明の剣のギルドホールだ。普段は一面闘技場なんだが、今日は祝勝会で騒がしくてすまんな」
なるほどそうかとラテリアの中で合点がいく。この場所をラテリアが知らないのも当然だ。さっきのフレデリカというプレイヤーも、確か有名なプレイヤーだったのを思い出した。
「さて、テト達を回収して渡しに行くか。急ぎのクエストなのだろう?」
「はい!」
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あの後、剣が折れた勇者、片腕を失ったゴブリン、半分石化した魔法少女に、瀕死状態の獣人。それらこのギルドの代表メンバーがボロボロの状態での転移登場に、辺りの黎明メンバーは驚き、心配して群がっていた。
最強となったパーティーがいきなり死にそうになって戻って来たのだから当然のことなのかもしれない。
そこからなんとか勇者パーティーをかき集めてパレンテホールに向かった。
その道中、ラテリアは今回はちょっと自分も頑張れたんじゃないかと、少しばかり自分を誇らしく思っていた。イトナと肩を並べるにはまだまだだけど、今日は大きな一歩が踏み出せたのではないかと。
そして、胸を張ってパレンテホールのドアを開ける。
自信を持って。セイナが元通りになったらこの冒険の話を聞いてもらおう。そう思いながら。
「イトナくんただいま戻り……ました!?」
パレンテホール内はラテリアがここを出る前よりもグチャグチャになっていた。
ニアが片付けてくれた筈の床にはフラスコ、ビーカなどの調合用器具がまた散乱している。
だが問題はそこじゃない。椅子の上に座っているイトナだ。その膝の上に横の角度でセイナが座り、抱かれながら寝息を立てている。気持ち良さそうに、イトナに頭を撫でて貰いながら。
「なっ! ななななっ!?」
帰ってきたラテリアに気づいたイトナが、必死な顔で唇に人差し指を当てる。
大きな声を出すなという事だ。
その向かい側でも、髪が乱れ、少しやつれて見えるニアも、同じサインを出してくる。
「なにやってるんですかぁ???……」
要望に応えてラテリアは細い声で怒鳴った。
「や、やっと寝てくれたんだ。静かに、起こさないように頼むよ……」
ニアが一緒ならこういった間違いはない思っていたのに。そもそもディアはセイナの部屋に閉じ込められていたはず。
「どうしてこんな事になってるんですかぁ」
「素人だと作るのに時間がかかるから、素材が来るまで調合を進めとくようにセイナさんに言われたの。素材はセイナさんの部屋にあるから仕方なくよ……」
ニアもこの状況は不本意のようだ。
「で、でもまた部屋に戻せばいいじゃないですか!」
「……セイナさんの部屋、見てみて」
それ程広くないパレンテホール。ラテリアは数本足を動かして、セイナの部屋を覗き込む。
「うわっ……」
セイナの部屋はめちゃくちゃになっていた。もともと多種多様の素材や薬品を詰め込んだような部屋。一見ごちゃごちゃしているように見えても、整理整頓をしてこの小さな部屋に収まっていたのだ。
その整理がディアによって破壊され、溢れた素材達がセイナの部屋を占領していた。セイナの部屋には足場なんてものが残されていないのはもちろん、様々な薬品が混ざり合って、なんかプスプス音が鳴っている。とても危険な状態のようにも見えた。
「これ以上そこに閉じ込めるのは危ないって思ったのよ。現にセイナさんもそう言ってたし」
だからディアは仕方なく解放された。イトナがディアの相手をして、ニアとセイナで薬の調合に着手した。そんな感じだろうか。
多分、その間にもディアはとんでも無いことをイトナにしたのだろう。その度にニアは割り込んで……それはやつれたニアを見ればなんとなく想像できた。
「あの部屋から素材探すのだって大変だったんだから……」
「お、お疲れ様です……」
さっきまで誰も経験しないような大冒険をしてきたラテリアだったけど、ニアはニアで、大変な苦労をこの数時間でしていたようだ。
「あとは依頼していた素材を入れれば完成。もちろん取ってきたわよね勇者パーティー?」
「当然だ」
アイシャは不思議そうにセイナを見ながら前に出ると、手に入れた黄金の卵の殻を机に置く。事情はラテリアから説明しているが、間近で見るとやっぱり不思議な現象だと思ったのだろう。
「どうだ壁女! 適正Lv.175攻略してやったぜ!」
「…………」
ニアはつまらなそうに自慢気に誇るロルフを無視して、黄金の卵の殻を受け取る。
「助かったよ。お願いしておいてだけど、初見で取ってこれるなんて流石だね」
「いや、こいつは調子に乗ってるが、我々だけでは達成できていない。流石パレンテのギルドメンバーだ。ラテリアがいなければクエスト成功は成し得なかった。数字だけを見ていた自分を恥ずかしく思う」
「ラテリアも頑張ったんだね」
「えへへ……」
イトナに褒められて頬が緩む。今回はいっぱい頑張った。
「さて、クエストはこれで完了。我々はこれで帰るとするか。報酬は後で日付を決めよう」
「うん。本当に助かったよ。ありがとう」
アイテムを渡して完全にクエストが完了すると、早々に勇者パーティーが帰ろうとする。
「あの、お世話になりました」
「こちらこそだ。また機会があったらよろしく頼むラテリア」
「はい!」
最後に感謝の言葉を交わして、勇者パーティーを見送った。
その最後に元気な返事をしてしまって、はとディアの状態を確認する。
ラテリアの声に反応してか、そうではないのか、イトナの腕の中で寝返りを打とうとするディア。その拍子に目が覚めないようにイトナが優しく頭を撫でてあげている。とても幸せそうな顔だ。
それを見て、ちょっとした欲望がラテリアの中で湧き立つ。
自分も頑張ったし撫でてもらいたいな……なんて。
そういえばイトナにスカートの中を見られた時に、なんでもしてもらえる権利を得たのを思い出す。あれを使えば実現可能ではないのだろうか。
いや、頭を撫でて欲しいなんてお願いしたら絶対に変な子だと思われるに違いない。どうすれば……。
「ぐむむ……」
「はい。完成」
本当に完成間近だったらしく、ラテリアの悩みを遮って、ニアは二つのビーカーをスライドさせて前に出す。中にはほんの少量の透明無色の液体が入っていた。
「ニアもありがとう。僕だけだったら薬作れなかったよ」
こんな状態だしと、幸せそうな顔で寝るディアを困ったような顔で見る。
「当然だけど、埋め合わせはしてもらうんだからね」
「それはもちろん……」
今日のニアはだいぶ不機嫌だった。普段はもっと余裕のある態度なのに。でも、それも当然でもある。話によればデートを途中で抜け出したみたいだし、更には目の前で別の女の子とイチャイチャされたら、誰だっけ機嫌は傾く。
「あ、あの、それでこの薬はどっちが飲めば効果があるのでしょう?」
「ああ、作ってる間にその話になったんだけど、前例がないから両方同時に飲めば間違いないんじゃないかって」
なるほど、だからビーカー二つなのかと頷く。
「ディアの方は僕が飲ませるよ。セイナはタイミング見て飲んで」
黒猫になったセイナが頷く。
「じゃあ行くよ。えっと……、ディア起きて?」
イトナがやり辛そうに揺さぶってディアを起こす。
「分かるかな、これお薬。飲める?」
半目を開けたディアの口元にビーカーを持っていく。それに気づいたディアはビックリしたように目を見開いて、高速のビンタでビーカーを弾いた。
「っと!」
それをなんとか手から落とさずに止まる。貴重な素材で作った貴重な薬。落としてしまったらまたやり直しだ。
あからさまに嫌がるディア。きっと分かっているのだ。せっかく想い人と対等な関係になれる体を手に入れたのに、これを飲んだら元の体に戻ってしまうと。
「どうしようか……」
本人が飲むのを嫌がっている中、薬を飲ませるのは難しい。
「……これはもう口移しね」
「そ、そんなの絶対ダメです!?」
ニアのとんでもない発言を高速で否定する。
「ディア頼むよ、飲んでくれたらなんでもするから……」
「思ったけどイトナくん、簡単に〝なんでもする〟って言い過ぎ。今日何度目よ」
「確かに……」
実際、イトナはなんでもできちゃうのだろう。このフィーニスアイランドの中では。
そんな最上位プレイヤーが猫に頭を下げて懇願している。とてもシュールな光景だ。
それでも好きな相手からの〝なんでもする〟という言葉はとても魅力である。その言葉にディアが反応を見せた。
本当に? と確認するようにイトナのことを数秒ジッと見つめると、薬の入ったビーカーに手を伸ばす。
「飲んでくれる気になってくれたみたい」
それを見て、セイナも薬を飲む態勢になる。
そして同時に口をつけた。ディアは人での飲み方が分からずペロペロと、セイナも猫の体では一気に飲めないようでペロペロと飲み始めた。
「おお」
薬が減っていくに連れて二人の体が光り始める。そして。
一足先に飲み終わったディアは別れを惜しむようにイトナを見上げる。その時、イトナはやっと終わったと完全油断をしているように見えた。
ディアはその油断を突くように、一気にイトナに接近してーーーー。
唇が重ねられた。
「……え」
「あーーーーーーーーー!」
その直後、セイナとディアから光が失われる。
「…………」
「…………」
唇を離し、イトナとセイナが暫しの間見つめ合う。
無言のまま、セイナとイトナの顔が赤くなっていった。その反応はディアではあり得ないもの。セイナでもラテリアの見たことのない反応だけど。
セイナの手がゆっくりと動き、ほんのりと赤く、艶やかな唇に手を当てる。
「……えっと、セイナ?」
無事に戻ることができたのか確認のためにイトナがセイナの名を呼ぶ。
その声に目が覚めたかのようセイナの目が大きく開いた。
「っ!」
その質問に返ってきたのは言葉では無く、ビンタだった。
パシンッと乾いた音が響く。
セイナは慌てるようにしてイトナの膝から降りると、崩れていたスカートを抑える。
「セイナさん?」
「……ちょっと休む。すごい疲れたから」
セイナはそれだけ言い残して、とぼとぼと歩いて自室に入ってしまう。
部屋ぐちゃぐちゃだけど大丈夫かなと思ってると、また直ぐにセイナが部屋から出てきた。
なにかを探しているのか、キョロキョロと辺りを見渡すと、テーブルの隅に置き去りになっていた薄緑色の布を取って、そのままなにも言わずに部屋に戻っていった。
「とりあえず一件落着みたいね」
「とりあえず、ね……」
頬につけた紅葉を摩りながら、当分口を聞いてくれないだろうセイナのことを憂鬱そうにイトナが言う。
「じゃ、私も今日は帰る」
「あ、うん。今日はありがとう。助かったよ」
「次のデートはちゃんとしてよ?」
「頑張るよ……」
「ラテリアちゃんもまたね」
「あ、はい。ありがとうございました」
それだけの短いやり取りをして、ニアは席を立ちパレンテホールを出て行った。
さっきまであんなに騒がしかったのに、急に静かになってしまう。
「大変、でしたね」
「うん。ごめんね。ラテリアが来てから立て続けに問題が起こっちゃって」
「いえ! 初めてのことばかりでちょっと楽しい……って言ったらセイナさんに怒られちゃいますね」
「確かに。セイナの前では言えないね」
あはは……と軽い笑いが出たものの、それで会話が止まってしまう。
最近はもっと自然に話せていたのに、今ラテリアの頭の中にはイトナに何を要求するかで一杯だった。
なんでもしてくれる。イトナはそう言った。なんでもって言ったら頭を撫でてもらったり、ニアみたいにデートもアリってことだ。そして、今は二人っきりのチャンスでもある。
どんな事をお願いしよう。色んな乙女の妄想を膨らませていると……。
「なぁ、イトナ」
一番嫌いな人の声が聞こえてきた。
「あれ、忘れ物?」
さっき帰ったはずの勇者テト。セクハラ勇者が何故かパレンテホールの入り口にいた。
なにか忘れ物でもしたのだろうか。ラテリアがあからさまに嫌そうな目を向けていると、テトはそれを無視して言った。
「約束しただろ? 俺もパレンテ入っていいか?」
「え?」
そのホワイトアイランド大ニュースになり得るとんでも発言が、なんの前触れも無く、確かにラテリアの耳に聞こえてきた。
「ええええええええええええええええ!?」




