20
まだ早過ぎたのだ。
レベルが圧倒的に足りなかったのだ。
言い訳なら幾らでも並べられる。そもそも無謀な挑戦だったのだから。
みんな頑張った。勇者パーティの連携はむしろ凄すぎて憧れるくらいだ。
みんな頑張った……。ただ一人を除いて。
ラテリアはなにもしていない。なにも、出来ていなかった。
これが普通のクエストならどれだけ良かっただろうか。このクエストの失敗はセイナがこのままディアと入れ替わったままになることを意味する。
現在最強の勇者パーティが無理なら、この先何年もセイナはネコの姿で暮らすことになるのだ。
絶対に失敗出来ないクエスト。それなのに、ラテリアは安全な場所で見ていただけ。
また同じだ。それを卒業するためにイトナと特訓をしたのに。
眼前の絶望を振り切り、強く拳を握る。
セイナが攫われて、殺されてしまいそうになった、あの時を強く思い出す。
ーーーー今一度、勇気を出そう。
ラテリアは一歩、足を踏み出した。
今ここには頼れる人はいない。イトナも、セイナも、サダルメリクの皆んなもいない。
ラテリア自身が頑張るしか無いのだ。
ここからラテリアが頑張ったところで逆転の兆しがあるか分からない。
でも、少なくともまだ負けていないということだけは分かる。
だって、まだ誰もゲームオーバーになっていないのだから。
石にされても、体に穴を開けられても、残りHPが無いように見えても、彼らの体はまだこの世界から消えていない。ゲームオーバーになっていないのだ。
勇者パーティでないただ一人のプレイヤーは、ゆっくりと前へ歩み出る。
歩み出した足の感触が土から硬い石へと変わった。コカトリスのブレスの範囲。それは戦場へ踏み込んだことを意味する。
そのままアイシャを抜いて更に前へ進んでいく。
「お、おい」
アイシャから驚きの声が聞こえる。その声に立ち止まり、振り返らずにコカトリスを見上げた。
「私が時間を稼ぎます!」
そして言った。
震える声でも、はっきりと言った。
牡丹色の瞳に闘志を燃やして、コカトリスを見据えながら。
なにをバカなことをと、アイシャには思われているかもしれない。でも、もうただ見ているだけの自分は嫌だ。誰かに助けを求めるだけの自分は嫌なのだ。
ラテリアは天使の翼を広げる。白く、淡い桜色の輝きを灯しながら、飛翔した。
ただ一人、無名のプレイヤーが無謀へ挑む。
一気に距離を詰め、人差し指と中指を立ててコカトリスに狙いを定めた。
「 《レイニア》!」
外す方が難しい程の巨体にラテリアの拙い攻撃が直撃する。でも、それにコカトリスは目もくれなかった。
コカトリスの目の先は小人の魔法使い。半身石化した体でなんとか立ち上がろうとしているのを、慈悲もなく狙いを定めている。
アーニャへのヘイト値はラテリアのどの攻撃でも覆すことのできないほどに高まっているからだ。
単純にアーニャからターゲットを外すには 《ファイアーストーム》を超える攻撃をコカトリスに与えるしかない。もちろん、ラテリアにはそんなスキルもステータスも持ち合わせていない。
がむしゃらになっちゃダメだ。何発もレイニアを放っても意味はない。
考えろ。
時間はない。でもしっかり考えよう。今自分のレベルで、ステータスで、持っているスキルで、まずアーニャからターゲットをラテリアに変える手を考えよう。
コカトリスが足を持ち上げる。その巨大な影がアーニャを覆った。
思い出す。イトナの特訓中、なにを教わって、なにを得たのかを。
こっちを向かせる。振り向かせるスキルをラテリアは持っているじゃないか。
まだ使ったことのない、ラテリアのオリジナルスキルが。
迷っている暇はない。一か八かの選択。
願いを込めて、ラテリアは叫んだ。
「こ、こっちを向いて下さい!」
そしてスキルを発動させる。
「 《チャームリング》!」
スキル難易度1の邪な気持ちで取得した戦闘でなんの役にも立たないと思っていたスキル。
ラテリアの声に応えて、頭上が小さく光る。
スキル難易度1の小さな輝き。そこに具現化したのは天使の輪っかだった。
ハートの形をした天使の輪が、可愛くラテリアの頭上に浮遊する。
その瞬間、アーニャを踏み潰そうとしていたコカトリスの足がピタリと止まった。
巨大な足がグググと持ち上がり、手前に降ろす。そして、コカトリスの首がぐるりとラテリアの方を向いた。充血した恐ろしい目がラテリアを捉える。
「っひぃ!?」
成功だ。この結果を望んでやったのに、ラテリアの口からは情けない悲鳴が上がってしまう。
パニックになりかけた自分をなんとか抑えると、素早く移動する。
冷静になれ。イトナとの特訓と同じ。止まっちゃダメだ。
そう自分に言い聞かせて、コカトリスの周りを不規則に旋回する。それに合わせてコカトリスの首も動いた。
「ギエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!」
定まらないラテリアに苛つきを募らせたコカトリスが怒りの咆哮をあげる。そしてラテリアよりも遥かに巨大な翼を広げた。
突風と毒の羽根を飛ばしてくる攻撃。
そう判断したラテリアは距離を少し取りながら身構える。
直後、突風の嵐がラテリアを巻き込んだ。出鱈目な風の流れが飛翔操作を狂わせる。
でも、それだけで済んだ。本当なら、あっけなく吹き飛ばされるラテリアの体だだけど、アーニャの補助魔法の恩恵のよって突風の威力が大きく緩和されているのだ。
次に襲うのは猛毒の羽根。
散弾銃のように不規則に飛び交う羽根を、ラテリアは冷静に見極める。
特訓と同じ。いや、特訓の時とは全然違う。
ラテリアの今見る攻撃は特訓の、イトナの攻撃とは全然違った。イトナの弾丸はこんなものではない。もっと鋭く、もっと正確なのだから。
こんな攻撃、多少風に煽られても当たらない。当たるわけにはいかないのだ。
羽根の弾幕を縫うようにして進んでいく。
次々と器用に羽根を避け続けるラテリアの姿に、コカトリス羽撃くのを速め、弾幕を厚くしていった。
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遠くでその姿を、Lv.100近く離れているモンスター相手と対等にやり合うラテリアを見て、アイシャは驚きを隠せなかった。
アーニャの補助魔法があるにせよ、上級プレイヤーから見ても、ラテリアの飛翔力は目を疑うほどレベルが高いものだったからだ。
「この飛翔技術。本当にLv.78なのか?」
体を引きずり、箒を杖にしてアイシャの元まで戻ってきたアーニャも同じく空を見上げる。そのアーニャの目はいつもの無邪気な瞳とは打って変わって、鋭いものになっていた。
「アーニャから見て、どう思う」
「……凄いよ。ラテリアちゃんの飛翔、凄すぎる。でも……」
今まで空中戦ならNo. 1と確信を持っていたアーニャがラテリアに闘志を抱きながらも、冷静に見定める。
飛翔について、多くの時間を費やして鍛練したアーニャには分かる。ラテリアは飛び慣れているのだ。まるで人が地上を走るのと同じように、ラテリアは自然に飛んでいる。たけど……。
「長く持たない。キャパシティが足りてない」
「ステータス、か……」
余裕を見せていたラテリアの顔が次第に険しくなるのが見える。
苦しそうに、細かい翼の操作で隙間を探していくが、次第に攻撃が擦り始めていた。
厚くなった弾幕に、ラテリアのスピードがついて行けなくなってきたのだ。
掠めた羽根で傷ついた肌が紫に変色し、毒のバットステータスへ変える。
ラテリアは隙を見ては解毒薬を素早く取り出し、傷口へ垂らしていた。
どんどん激しくなる弾幕。このままでは持たない。解毒薬も尽きる。
足りないのだ、ステータスが。敏捷が圧倒的に足りないのだ。
適正がかけ離れた敵に、技術が追いついていても、数字が追いついていなかった。
「アーニャ! ラテリアにありったけの補助を……!」
「もうやった! もうやったよ!」
「やって、これなのか……ならば……」
アイシャは悔しそうに親指を噛む。本来頼るべきプレイヤーに縋ってしまっているこの状況に。
残された手札で目的を達成する事は不可能。そう確定してもいい状況だ。格下のプレイヤーが稼いでくれている貴重な時間で、何一つ策が浮かばない。今すぐに撤退を指示した方が、全滅という最悪の終わり方を避けられる最善の指示でないのかと、逃げの手だけが頭にちらつく。
「諦めんのか?」
「テト……」
幾つもの回復薬を乱暴に口に注ぐ勇者の姿は未だ満身創痍だった。徐々に回復しているHPバーはやっと黄色になったところ。
「あれを見てもなにも感じないのかよ」
アイシャはラテリアを戦力外と見た。アーニャもラテリアはこの場所に来るための足だけだと思っていた。
だってLv.100にも満たないプレイヤーが未開地でなにができると思うか?
テトも同じである。真夜中のNPK事件の時、始めてラテリアと会った。今にも泣きそうな顔で、でもしっかりと守りたい者の手を握り、エビルコングから逃げ回る姿を見て、強いプレイヤーとは思えなかった。
今もラテリアは決して強いプレイヤーではない。間違いなくこのパーティで一番弱いプレイヤー。でも、この場では一人心を折らさず、最も強い心を持ったプレイヤーであることは間違いなかった。
「Lv.78のプレイヤーが頑張ってんのに、ついさっき最強になった俺らが先に諦めて、指咥えて眺めてるのか? なぁ、どうなんだよロルフ!」
石化したロルフの体にピキリと亀裂が入る。
「散々ラテリアのこと雑魚だの足手纏いだの言えたもんだな! いつまでお地蔵さんになってるつもりだ!」
亀裂は次第に広がり、ついに破れた。
「があああぁぁぁぁ!! クソが……! クソがクソがクソが!! 負けて、られっかよ!」
石から産まれた獣人は吠える。この戦闘で一番無様な姿を見せていた自分に怒り狂っていた。
ロルフは勇者パーティーのメンバーである。中でもレベルが低く、経験が浅い最も幼いプレイヤーでもある。でも、勇者パーティーに選ばれたことには変わりない実力者。
そして前衛である。相手を撃ち砕く力を持つ事は当然、後衛を守るタフさも兼ね備えているが故に勇者パーティーに選ばれた。
守りは防御力が全てではない。異常抵抗の強さも要する。
故に、石化の状態異常の解除時間は人一倍早いのは当然のことだった。
「ガトウ! お前もいつまで寝てる!」
その声にピクリとガトウの醜い耳が反応する、ゴブリンの指が強く石化した地に突き立てられ、持ち上げた顔にあるのは鋭い目だった。研がれたナイフのようなその目は上空で奮戦するラテリアを捉える。
「揃った。アイシャ、指示を出せ」
「だが………」
本来なら撤退の場面である。パーティが再起したところで、皆戦えるような状態じゃない。だが、勇者は、勇者の声に再起した勇者パーティの面々は、今までに無く闘志を燃やしていた。
ラテリアというまだ未熟なプレイヤーの翼を目にして、今見る光景が絶望から挑戦へ切り替わった。
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ラテリアのスピードは限界に達していた。今までに経験した事の無いスピードが出ているのを自身でも感じている。
苦しい。目まぐるししい攻撃に、避けるので精いっぱいで息もまともに出来ない。
ここで諦めたらセイナはずっと猫のまま。そんなプレッシャーも重くのしかかってくる。
終わりの見えない飛翔。
こんなにも苦しい飛翔は今までにあっただろうか。今までのびのびと飛んできたラテリアにとって、ここまで縛られた飛翔は始めてである。ほんの些細なズレがあれば墜落させられる苦しい飛翔。
同時に解毒薬と回復薬がみるみる減っていく。このまま続ければラテリアは落とされるは目に見えていた。
今欲しいのは無限の回復薬じゃない。速さが欲しい。イトナのような速さが。
見えてはいる。どうすれば完全に避けられるかイメージはできている。道は見えているのに体が言うことを聞いてくれない。
「わかっているのに……! どうやって避ければいいかわかっているのに!」
ラテリアは願った。速さを。
この前ステータスの再振り分けをしたばかりなのに、自分のステータスを呪う。
もっと敏捷に振っていれば結果は違ったかもしれない。あの時、イトナの提案通りにしておけば……。
そこまで思い出して、ラテリアの記憶が鮮明になっていく。
敏捷か、体力か。そのイトナとセイナの争いは決着がつかず、ステータスを振り分けを多く残していることを。
ステータスウィンドウを開けば、まだ振り分けをしていないステータスポイントが521も残っている。
あった。スピードがこんな近くに!
ラテリアに一切の迷いは無かった。ステータスウィンドウに手を伸ばし、残りのステータス全てを敏捷へ注ぎ込む。
そしてわ敏捷のステータスが770から1291へと変わる。一番高く振り分けていた魔力のステータスを追い越し、全ステータスの中で一番高いステータスが敏捷となる。
その瞬間、世界が変わった。
体が軽くなり、スッと苦しさから解放される。息も吸う余裕がうまれた。
スピードが溢れ出した。
ステータス階級CからB?の昇格。その補正は今ラテリアが求めるスピードを満足させるものだった。
速い。速い速い速い!
ぐんぐん加速するスピードが、コカトリスの攻撃を振り切る。
でも、まだだ。まだ足りない。
ラテリアは貪欲になっていた。この戦いにラテリアは足りないものが多すぎる。故に、貪欲にならざるを得なかった。
攻撃が避けられるようになって、やっとスタートライン。避けているだけじゃ一生勝てない。
次に欲しいのは攻撃。黄金の卵を穿つ、鋭い攻撃が。
スキルはレベルアップで手に入るとは限らない。イトナから教わった衝撃の事実。
イトナから教わったことを思い出す。イトナは絶体絶命のピンチの時に逆転のスキルが芽生える時があると、そう言っていた。
なら、今逆転のスキルが芽生えて欲しい。ラテリアは願った。いや、違う。確信した。今、絶対に逆転のスキルを取得するんだと。
イメージする。勇者の剣をも砕く、強硬の殻を破る鋭い光を。
イメージする。全てを貫く、細くとも確かな力を。
ラテリアは知っている。この条件を満たした魔法を。
イトナとサダルメリクで攻略したダンジョンを思い出す。
あのゴーレムをも貫く金色の光を。
来て。
来て、来て、来て、来て、来て、来て来て来て来て来て来て来て来て来て来て来て来て来て来て来て来て来て来て!
出来る。絶対に出来る! だって、同じ天使のユピテルができるのだから、絶対にラテリアにも出来る!
だから今、今すぐに芽生えて!
願いを無理矢理確信に変える。
「ーーーー今歌う。祈りの歌を。天に届け、願いの歌」
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「まさか、こんな事が……」
空は輝いていた。太陽よりも強い光が勇者パーティを照らす。
ギリギリのラテリアの飛翔はある時を境に、安定したものに変わった。
「お、おい! 一体なにが起こりやがったんだよ!」
「一瞬、ウィンドウを開いたように見えた……ステータスに、敏捷を加算したというのか?」
「ありえねぇ……!」
普通はあり得ない。レベルが上がればすぐにでも割振るのが普通だ。でなければ、レベルアップの意味がない。ステータスを割り振って、そのレベル相応のステータスになるのだから。
しかし、驚くべきところはそこだけではない。
「あの詠唱は……」
ガトウが低い声を鳴らしながら、驚きの目を見開く。勇者パーティにとって、知らないわけのない詠唱。ライバルギルド、サダルメリク最大火力を持つ天使の詠唱と同じもの。
「聞いてないよ! あのスキルを持ってるなんて!」
事前に確認したラテリアのスキルにはほとんど攻撃スキルは無かった。補助サポートがメインだったはず。これ程の高難易度の攻撃スキルを取得していたのなら、見落とすはずがない。
「このタイミングで 《セレスティアル・フューゼレイド》を開花させたというのか……」
「熱い。熱いじゃねぇか!」
ラテリアの放つ光は、勇者パーティをより一層に焚きつけた。撤退を悩んでいたアイシャさえも不敵な笑みを浮かべる。
「ラテリアに道を空ける! 詠唱完了のタイミングでカエルを剥がせ!」
「おうよ!」「おっしゃー!」「御意」
「アーニャは今回支援だ。大人しく後ろにいろ」
半身が石化したアーニャは悔しそうに頷く。状態異常に弱いアーニャの石化解除の見込みはまだ程遠い。
あの荒れ狂う突風の中ではアイシャの矢も届かない。ならばと、すでに走り出した三人の前衛を追った。
「私も前に出る。ロルフは私の面倒も見ろ!」
「あ!?」
「なんだ、後衛一人護れんか?」
「上等!」
大声でロルフに指示を出すと、パーティ念話に切り替える。
『ラテリア、返事はいい。よく聞いてくれ。今から我々でカエルを剥がす。そこに魔法を叩き込め。これがラストチャンス、絶対に外すな!』
プレッシャーをかけるような指示。でも、それは同時にラテリアを認め信頼した事を意味していた。
『威力の高い魔法は狙いが上に逸れる。ターゲットより少し下を狙え。カエルを剥がす野郎共は縦にカエルを剥がせ。ノルマは一人一匹! 石になっても絶対だ! 勇者パーティの意地を見せろ!』
勇者パーティ四人は、コカトリスの足元に着くと、タイミングを伺う。コカトリスはこちらを見向きもしない。ラテリアに釘付けになっていた。
「くそっ! どっち道脇役かよ!」
ロルフが悪態を吐く。
「その脇役をこなせてから文句を言え。相手は雑魚でもLv.160以上だぞ」
相手は勇者に匹敵する最強のゴブリンに穴を開けたカエル。それを一匹剥がすのも簡単なことではない。
利き腕を失ったゴブリンは、慣れないナイフの握り具合を確かめるように、持ち直す。
「俺が剥がしたカエルがもう湧いている。アイシャ、リスポーン時間は」
「ちょうど一分だ。ラテリアの詠唱完了は一分を切っている。今すぐにでも剥がしたいが……」
ラテリアを必死に襲う羽根は最早雨。カエルに到達するにはその中を掻い潜らないといけない。
「耐性の高い俺とロルフで壁になる。行けるな」
「おうよ!」
テトの信頼に嬉しそうに返事をする若い獣人は二つの拳を作る。
「初見じゃない俺がカエルの攻撃を捌こう。その隙にアイシャが最初の一体を。そこから縦に剥がしていく」
短い打ち合わせを済ませ全員が頷くと。上を仰ぐ。
「カウント三で行くぞ! いちにのさんっ!」
テトの素早いカウントに合わせて、四人同時に跳躍した。
羽根を避けることを考えない垂直跳び。テトは全ての耐性を高めるヒーローマントを盾にして、ロルフはがっちりと腕でガードを固めて羽根を受けていく。
「「うおおおおおおおおおおおおおおおああああああああああああ!!」」
突き刺さる羽根、一つ一つダメージは少ない。毒の状態異常を与えることを目的とした攻撃なのだろう。
だが、少しのダメージでも、こう連続で剣山をミシンのような速度で刺されれば、驚く速さで体力を削っていく。そして猛毒で感覚が失われていく。
「抜けた!」
攻撃の嵐を抜けた頃には、テトとロルフ共に体はズタボロだった。HPはゲームオーバー寸前。
嵐を抜けただけでも運が良かった。でもまだ仕事は残っている。
目的はカエルの排除。まだその過程に過ぎない。だが……。
HPがもたない。毒で削り切られる。
どうにもできない一瞬。解毒薬を取り出す暇がないほどHPが尽きるまで時間が残されていなかった。
「くッッそ……!」
息が詰まる凝縮された一コマ。HPが残り一ドットになるのが見えた瞬間、時間が止まった。
「ーーーーッ!?」
時間は止まっていない。止まったのは減少するHP。一ドットを残して、毒のバッドステータスが解除された。
雲ひとつない空から、雨が降っていた。解毒薬の独特の味がする雨が。
見ればアイシャが持っていた解毒薬を上に投げ、それを矢で打ち抜いていた。
「天才かっ!」
まさに首一枚で生き残ったテトとロルフは切り替えてカエルを睨む。
既に特攻したガトウが、舌を捌いている。
一度は穴を開けられた舌のラッシュを利き腕でない腕を走らせて捌き斬っていた。
乱舞。美しい剣の舞は高速に突かれるカエルの舌を先読みし、一つの無駄もなく切り落としていく。
ガトウが全ての舌を斬り落とした瞬間、攻守が入れ替わる。
まずは手に握った矢を槍のようにして突き刺すアイシャ。
続いてその上のカエルを硬い拳で吹き飛ばすロルフ。
小さくとも確かな鋭さを持ったナイフでガトウも一匹を仕留める。
それを確認してテトは振り返った。
「神よ授けたまえ、悪を裁く粛清の光をーー」
まだ続くコカトリスの攻撃を低空で掻い潜り、慎重に、そして確実に詠唱を紡ぐラテリア。詠唱の終わりに差し掛かると、思いっきりスピードを上げコカトリスの攻撃を振り切って、七つの魔法陣と共に上昇する。
黄金の卵と平行の位置で止まると、ピンッと伸ばした中指と人差し指の二本を、露出した卵へ狙いを定めた。
「全てを貫く光の聖矢を我が手に!」
そして、詠唱が完了する。
同時にテトが折れた剣でカエルを三体も吹き飛ばして叫んだ。
「行けええーーーーーーッッ!!」
「 《セレスティアル・フューゼレイド》!」
完成したラテリアの魔法が噴き出す。
貫く事に特化した聖属性魔法は、一直線に卵へ打ち当たった。
カエルが魔法完全無効、卵が物理完全無効。ならば卵は魔法で撃ち破る。その目論見自体は当たっていた。黄金の卵のHPゲージが減少している。だが、
「かってぇ……!」
卵から離脱したテトが呻く。卵の耐久値は確実に減っていっている。高難易度の攻撃魔法は破壊においては最強の一手。なのに、卵のHPは消し飛ぶことなく、あと少しのところで耐えている。
あと少し。ラテリアはこの最大攻撃に耐える卵を見て心が折れるか、もしくはーー。
ラテリアは歯を食いしばっていた。
狙いを定めている手首を握るもう片方の手にも力み、小刻みに震えている。
魔法を撃つのに、力を入れてもなにも変わらない。でも、ラテリアがそれだけ本気ということは誰の目で見ても伝わってきた。
たかがゲーム。でも、そのゲームに、この世界に本気になれたプレイヤーだけが強くなる。フィーニスアイランドは不思議なゲーム。強い心があれば応えてくれる、強く願えば叶えてくれる。不思議なゲーム。
だからラテリアのステータスがあの卵を打ち貫くことに達していなくてもーー。
卵がピキリと悲鳴をあげる。
「私だって……!」
〝強くなりたい〟ラテリアの強い気持ちはフィーニスアイランドが応えてくれる。
「私だってぇーーーーッ!」
ラテリアの気持ちが爆発する。
そして、
黄金の卵が撃ち砕かれた。
金色の卵に穴が空き、砕かれた金色の破片が陽の光を反射し、キラキラと光りながら四散する。
アイシャはその一欠片をキャッチすると、パーティ念話で高らかに言った。
『総員、撤退!』




