07
「舐めてるの?」
ラテリアの話が一通り終わる頃、セイナのイラつきは増しに増していた。
「舐めて……いません……」
セイナの威圧的な声にラテリアがシュンとなる。ラテリアには悪いけどちょっと可愛い。
このような依頼は初めてだったから話してもらえるだけの情報は話してもらった。どうして男性恐怖症になったのか、どれくらい男の人がダメなのか。そこまではまだ良かった。問題はこのクエストの報酬。セイナはそこでとうとう口を挟んだ。
「二万リムって」
ワープゲート十回分。それがラテリアから提示された報酬だった。
「すみません、お金今これしかなくて……」
「ならお金を貯めてから話を持ってきて」
「はぅ……」
セイナの厳しい正論で一蹴される。
「まぁ、セイナ落ち着いて。今回は特殊な依頼だし。コールの妹だから少しぐらい……」
「あのね、イトナはこう見えてもこの世界では指三本に入る上位のプレイヤーなの。パレンテにクエストの依頼をしたいならあとゼロを二つは付けて出直して来て」
「二百万リム……」
二万リムとはかけ離れた金額に蒼白するラテリア。でも、セイナの提示した金額はそう高くは無い。こういったゲームとは関係無いクエストは高いのが相場で、この金額はむしろ格安のレベルだ。
「じゃあ借金って言ったら聞こえは悪いけど、後払いってことで。正直、僕が手伝って男性恐怖症を治せる自信もあまりないし……。どうかな?」
イトナがラテリアの味方についたと分かると、セイナの目はギロリとイトナへ移り変わる。
「もしかしてこんな割に合わないクエストを受けるつもり?」
「う、うん。コールの妹だし……」
「飽きれた。もう寝るから」
もう付き合ってられないと、セイナは席を立ち上がるとそのまま奥の自室に入ってしまう。おまけにドアを勢いよく閉める威嚇音付きだ。その音を境にして嵐が過ぎ去ったように急に静かになる。部屋にはイトナとラテリアと気まずい空気だけが残った。
「……えっと、気にしなくて大丈夫だから。今日セイナ不機嫌だったし。ラテリアのせいじゃないから」
不機嫌な理由はだいたいイトナのせいだから、本当に申し訳なく思う。
初対面の人からここまで言われるのは流石に堪えたのかラテリアは顔を蒼白にしたまま俯いてしまっている。
「ごめんなさい……。借金でも、私に出来ることならなんでもするのでなんとかお願いできないでしょうか」
それでも、ラテリアはどうしてもクエストをパレンテに依頼したいようだ。普通ここまで言われたら別の人を探すか諦めるかすると思うけど……。
「でも大丈夫? 当分セイナと会うことになるけど」
多分、日が変わったからといってラテリアに対するセイナの態度は変わらないだろう。むしろ更に冷ややかになる可能性大だ。
「お姉ちゃんはセイナさんのこと、とても優しい人って言ってました。だから大丈夫です。多分……」
とても自信なさげだった。しっかり者のコールはセイナと仲が良かったのに。もしかしたらセイナもコールの妹と会えることを少し楽しみにしていたのかもしれない。その期待を少し裏切ってしまったのだろう。
ともあれ、ラテリアとセイナでは仲良くなるビジョンが全く見えないのが正直なところ。性格が全くの逆だ。セイナがラテリアに対して優しくするのはあまり期待しない方がいいかもしれない。
「私、男の人はダメですけど、女の人と仲良くなるのは得意なんです。それに、男性恐怖症を治すためには男の人がいないとダメだと思うんです。イトナくんはお姉ちゃんから色々話を聞いているので信用できるといいますか、興味があるといいますか……」
様子を伺うように俯いていた目を少し上げてくる。本当に不安げなその表情から放っては置けない気持ちになってしまう。
「うん。僕でよかったら協力するよ。力になれるか自信はないけど、それでも大丈夫?」
「はい。ダメだったら、しょうがないので」
正直、治してあげれる自信なんてこれっぽっちもない。だけど、どこか放っておけなかった。これがコールには無いラテリアの良いところなのかもしれない。
「よかった……」
ラテリアの顔色は相変わらずで力のない声だけど、どこかホッとした声色だった。
一方、イトナはこのクエストを引き受けたのはいいけど、どうしようかと頭を捻る。当然イトナは男性恐怖症の治し方なんて知るわけがない。知らないなら調べないといけないわけで……。セイナのことも合わせて幾つかの課題が残りながらも、一先ずはクエストの受諾がまとまった。
「明日の予定を聞いておこうかな、夜からとか大丈夫?」
「はい。土曜日なので午前中でも大丈夫です。今日ももう少しなら……」
「んー。明日の昼間はちょっと用事があるから今日と同じ時間に来てくれるかな。今日は、そうだな。もう少しお話しよっか」
夜ももういい時間。ラテリアがもう少し大丈夫と言うならば、少しでも克服のヒントを見つけ出したい。
ラテリアは男性恐怖症で、今こうして会話はできているけど、やっぱり少し怯えている様子だ。イトナの目を見ながら話を出来ていないし、イトナに対しての言葉を一つ一つ考えて様子を見ながら話をしている感じ。間違った返答をしてはいけないと身構えているようにも見えてしまう。
唯一女性のセイナにはボコボコにされちゃってたし、ラテリアにとってこのギルドホールはとても居づらい場所になってしまったに違いない。少しでも会話をして、少なくとも自分は怖くないよとアピールしておいた方がいいだろう。
と、そうは思ってもイトナ自身、人と話をするのはあまり得意じゃない。特に女の子となれば尚更だ。でも今回ばかりはイトナが会話をリードしてあげないといけない。できるだけ楽しい話を。
こういう時はなにか共通のものを探して話すと会話が弾むと昔コールに教えてもらったのを思い出す。幸いにもフィーニスアイランドという共通の話題があるのを活かして、なんとか話の出だしを見つけたい。
「えーと……?」
そこで今まで俯いていたラテリアが顔を上げていることに気づいた。もちろん見ている先はイトナではない。チラチラと動くラテリアの視線を追うと棚の上にある写真立てに行き着いた。
「……写真みる?」
「いいんですか?」
「うん」
本当なら写真を持って行ってあげたかったけど、ここから動かないというラテリアとの約束を思い出して止めた。
ラテリアが真っ直ぐ写真立てまで移動する。
「お姉ちゃん……」
あの写真は四年前のパレンテメンバーの集合写真。セイナを含めた六人が並んでいる。
「優勝、したんですよね」
「うん。その時の記念写真」
四年に一度、フィーニスアイランドにある全アイランドが参加する大会 《グランド・フェスティバル》。各アイランドが代表の三ギルドを選出して競うこのゲームで最大のイベントだ。
四年前、第一回グランド・フェスティバルでホワイトアイランドの代表として出場したパレンテは、無敗の記録を出してホワイトアイランドを優勝へ導いた。
写真の真ん中に立つギルドマスターは大きなトロフィーを抱え上げている。その隣にコールが写っていた。
「凄いです……! やっぱりお姉ちゃんは凄いです」
さっきまでとは打って変わって目を輝かせるラテリア。今度は写真立ての隣に置いてあるトロフィーを熱い視線で見つめる。
「トロフィー持ってみる?」
「い、いいんですか!?」
「うん。減るものじゃないし」
ラテリアは慎重な手つきでトロフィーに触れると、ゆっくり持ち上げた。
「わぁ……」
凄く感激しながらも、直ぐにトロフィーを元に戻してしまった。
「もういいの?」
「はい。壊しちゃったら大変ですから」
そう言って、また写真に視線が戻る。
「ラテリアはコールのこと好きなんだね?」
「はい。お姉ちゃんは私の憧れですから」
それはイトナも共感できた。強くて、優しいコールはパレンテの中ではイトナの一番憧れる人かもしれない。
「あと、イトナくんも、凄いと思います」
「え?」
「お姉ちゃん、よくフィーニスアイランドの話をしてくれました。いつもギルドの話で、私と同じ歳の凄い男の子がいるって」
「そうなんだ」
「私も、ギルドに入ってみたいって思ったんです。お姉ちゃんが楽しそうに話してくれたギルドに私も……」
「だから男性恐怖症を?」
ラテリアがコクリと頷く。
「それだけじゃありません。男の人が苦手だと、その、いろいろと困るので……」
「確かに。学校とか大変そうだよね」
「そうなんです!」
いきなりバッと振り返ってきたラテリアにちょっとびっくりする。
「学校の席ってどうして男女隣同士なんでしょう!」
「わ、わからないけど、男子が隣同士だとうるさくなる……とかかな?」
「本当に止めて欲しいです! 隣の男子がちょっかい出してきて何回学校休みたいって思ったことか……」
なにかトラウマを思い出してしまったのか、顔色がみるみる悪くなっていく。
「女子校に入るとかは考えなかったの?」
「考えました。何度も……お母さんも勧めてくれました。でも、それはダメだと思ったんです。きっとこのまま大人になったら、一生男の人が苦手のままになっちゃうって」
ラテリアの言うことはごもっともだ。大人になればなるほど逃げ道が作られていく。そして、苦手だった時間が長ければ長いほど克服は難しくなっていく。本気で男性恐怖症を治したいなら、子供の今しかないのかもしれない。
「そっか……。じゃあ、明日から頑張らないとね」
「はい。よろしくお願いします」
この日はここでお開きになり、やる事のなくなったイトナも明日に備えて早く寝ることにした。
次回は0時投稿です。