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目まぐるしい刃のやり取りが行われる。そのハイレベルな接近戦闘を前に、観客席からの歓声は薄れていた。
息を呑み瞬きを惜しむ。そんな激闘をイトナとニアは顔を寄せ合って注視している。
ギルド戦が始まって早十五分。試合は中盤になり、拮抗したHPの削り合いになっていた。
『す、凄すぎて実況の言葉が見つかりません。これは一体どっちの優勢なのでしょうか?』
『そうですね。HPの削り具合を見ればナナオ騎士団優勢でしょう』
いつの間にか現れた解説プレイヤーが無難な解説をしていた。
残HPの残り具合で判断するならば、決して間違っていない評価だけど、総評とするならまた違った評価をしなければならないと思う。
「イトナくんはどう思う?」
「そうだな……」
いつもより一段階低い声でニアが尋ねてくる。もはやデート中の男女の会話では無い。高みを目指すプレイヤー同士の考察と化していた。
今一度戦況を見直す。
今の見所は前衛にある。勇者パーティの前衛、テト、ガトウ、ロルフは四人のナナオ騎士団とかち合っていた。
ナナオ騎士団の前衛は四人。対して勇者パーティの前衛は三人と、人数的戦力はナナオ騎士団に軍配が上がるパーティ構成になっている。が、質は勇者パーティの前衛の方が上だろう。
ペンタグラム唯一の前衛である勇者テトは言うまでもなく、ホワイトアイランド最強の前衛である。続くゴブリンガトウも勇者と匹敵する実力者。この二人の存在のおかげで、三対四の圧倒的不利な状況でも、なんとか前線を持ちこたえている状態になっている。
ナナオ騎士団にも一人抜けて優秀な前衛がいるけど、テトとガトウのコンビネーションで抑えられていた。
だが、ジリ貧でもあった。得物が重なり合う分にはお互いのHPは減少しない。基本的には武器、または攻撃と判定されるものが、防具または体の一部分に触れることで初めてダメージが生まれる。
防戦一方の勇者パーティは相手前衛にダメージを与える機会はあまり無く、ナナオ騎士団の攻撃の方が勇者パーティ前衛のHPを多く削りつつあった。
だから、前衛だけを見るなら解説の通りナナオ騎士団優先。
「解説どおり今は勇者パーティ不利だけど、わざと不利にしてるよね、これ」
前衛が三対四、ならば後衛は三対ニで勇者パーティ優勢かと思いきや、そうでも無い。現在、勇者パーティの後衛は二人しかいないのだ。
点数はゼロ対ゼロのまだ倒されたプレイヤーはいない。だが、アンデットのフレデリカが試合前半で姿を眩ませたままで、戦闘に参加していなかった。
「フレデリカずっと潜ってるわよね。イトナくんは誰に潜ったか見えた?」
「テトだよ。上手く影が重なったところで使ってて分かりづらかったけど」
ニアの言う〝潜る〟と言うのはフレデリカのスキル 《シャドウルーク》のことを指している。パーティメンバー誰かの影に潜り込んで、外のあらゆる攻撃の対象にならない守りのスキル。代わりにシャドウルーク中はなにもすることが出来ない。
本来の使いどころとしては、難関ダンジョンを前衛の防御に頼って無傷で駆け抜けたいとか、ピンチ時の緊急避難として使われる。
でも、今回フレデリカのシャドウルーク使用意図が分からない。ただ戦力が減って不利になってるようにしか思えないけど……。
「きっとなにかを狙っているよね」
それは間違いない。だから現状不利でも偽りの不利とも言える。
「不気味な分、勇者パーティが絶対不利じゃ無い。不利と判断するのはフレデリカが動いてからかな」
曖昧だけど今はそう結論づけるしか無い。いや、結論が出せないのが結論か。
「でも、そろそろ動かないと取り返しのつかないことになるわよ」
ニアの言うとおり、このまま時間が進んでいけば勇者パーティ三人目の前衛がもたないのは明らかだった。
勇者パーティの中で最も若いと思われるプレイヤー、獣人ロルフのHPは残り一割を表す赤へと色が変わっている。この戦場の中で、誰よりも苦しそうに顔を歪めていた。
試合が終盤に差し掛かる中、前衛戦も大詰めが見えてくる。
ロルフが倒れる前になにかが起こるはず。そう確信してウィンドウを食い入るように見るが……。
観客席から歓声が上がる。
誰でも分かる大きな試合の動きがあったのだ。
微動だにしなかったポイントが変動する。
一人のプレイヤーが、勇者パーティのロルフが砕け散ったのだ。
「前衛が崩れた!」
秘策があったのでは無いか。あまりにも呆気ない展開にニアが愕然に言う。
ナナオ騎士団に先制点。109ポイント。
失点はレベル情報が晒されることでもある。あのロルフというプレイヤーレベルは109だったということだ。
前衛の拮抗が完全に崩壊した。これで前衛は二対四。テトとガトウといえども、最上位ギルドの前衛四人を相手するのは無茶に決まっている。
取り返しのつかない差が付いた。これに対して、テトの取った行動はイトナとニアを更に愕然とさせるものだった。
テトは大きくバックステップすると。剣を掲げる。そこに金色の強い輝きを収束させるようなエフェクト。この試合で最も強いスキル発動の光。
「この光は……!」
「ここで 《極光剣》!?」
嘘でしょっ!? とニアが声を荒げてログを確認するが、ログと目にしたものが変わることはない。
スキル難易度五の最強スキル。Lv.100を超える上級プレイヤーに許された逆転の武器。
その光に観客席は大盛り上がり。だが……。
「……タイミングが悪すぎる」
「焦った!? この場面で?」
最強のスキルといえども万能ではない。テトの発動させたスキルは三十秒のチャージが必要となる。もちろんその間は無防備。攻撃も出来なければ、防御も出来ない。
「これで三十秒間、前衛はガトウ一人か」
「もうっ! なにやってるのあのバカ勇者」
あれほど黎明の応援はしないって言っていたのに、戦犯と言ってもいいテトスキル選択にニアは批難の言葉を飛ばす。
ガトウはテトを護るように四人のナナオ騎士団に立ちはだかる。
「確かにそうするしかないけど……」
仮に、ガトウがテトを守り切ったとして、無事に極光剣が発動したとして、果たしてこの形成を逆転させることができるのか。
できない。
会場の皆は発動さえすれば勇者パーティ絶対有利と信じて疑わない目で見ているが、使い古された勇者の有名スキルの対策をナナオ騎士団が考えていないわけがない。
その証拠にナナオ騎士団の前衛はテトには目もくれず、ゴブリンを痛めつける。
それは一方的な狩りだった。
最強のゴブリンでも上級プレイヤー四人の前にだだの一匹のゴブリンと化すしかない。
まだ多く残していたガトウのHPがどんどん削られていく。
それでもガトウは上手かった。
アイシャの弓や、アーニャの魔法の援護があったのもあるが、キッチリと避けれる攻撃は避け、弾けるものは弾く。
時間を極力引き伸ばし、HPが赤になる頃には見事三十秒間近だった。
発動される極光剣を察し、ナナオ騎士団前衛の面々はガトウにトドメを刺すのを諦めて武器を玉藻、八雲の方へ投擲すると、 《相棒の呼び声》を発動させた。
優秀な移動スキルにより、ナナオ騎士団が一つの位置に固まる。
「全員で極光剣を受けるつもりか」
なんとか極光剣の発動に漕ぎ着けたが、払った代償は大きい。
ガトウのHPはもう戦力になるか怪しい程にまで削れ、後衛は後衛同士の駆け引きを捨て、ガトウの援護に回った。
結果、玉藻と八雲の攻撃が直撃し、二人ともHPは半分以下にまで減らされている。
「これで決めなかったら負けね」
ニアの言うとおり、これがラストチャンス。勇者パーティ最初で最後の攻めの機会。しかし逆転の可能性はかなり低い。
ーー負けた。
イトナとニアがそう思ったその時、勇者パーティ各プレイヤーを映したウィンドウに、口角が上がる顔がそこにはあった。
負けを目の前にしたような顔ではない。力を出し切って満足した顔。いや、違う。むしろ、勝ちを確信したかのような顔だ。
ニアはそれに気づいていない。
アイシャの口が小さく動く。
なにか指示を出している。やはり何かを狙っている?
同時にアーニャが高難易度魔法詠唱を開始する。今から始めても極光剣と重ねるのは無理。極光剣の発動時間三十秒後の魔法となるはずだ。
ガトウは動けない。
アイシャ火力では相手に致命的なダメージを与えるのは難しい。
そのまま、勇者パーティー圧倒的不利の状況フィーニスアイランド最大難易度のスキルが発動された。
極光剣。
極光剣とは攻撃のスキルではない。三十秒の間、攻撃、敏捷のステータスを大幅に上昇させ、その間一切のダメージを無効にする、つまり無敵の状態になるというスキル。
勇者は光になる。
光速のスピードを持ってナナオ騎士団に突撃した。
先ずは一撃。
勢いある一撃がナナオ騎士団の一人を大きく吹き飛ばした。そのままナナオ騎士団を通り過ぎて直進していく。勢いを殺さずコロッセオの端まで行き、水泳のターンのように壁を蹴って、再びナナオ騎士団に突撃する。
「相変わらず荒すぎ」
「でも、一回止まるよりかこっちの方が速いから間違ってはいない」
だが、問題は相手にダメージを与えられていない事。遠くに吹き飛ばされるプレイヤーはうまく武器を盾にしてダメージを防いでいる。
二回目。
三回目。
四回目。
全ての攻撃が防がれる。でも、
「これで前衛が全員飛ばされた!」
ニアが一段とウィンドウに身を乗り出す。
時間からして最後の一撃。その一撃は攻撃を防御の乏しい後衛が受けなければならない。
テトの狙いは玉藻だった。
ペンタグラムのぶつかり合い。
玉藻は扇子を折り畳み、硬化魔法をかける。続いて八雲が鎖を召喚し、扇子に巻きつけて更に強化を重ねた。
上手い。本来捕縛に使用する硬い鎖のスキルを応用している。
万全の状態を整えた玉藻が構える。
そして、
二人の武器がぶつかった。
その衝撃で玉藻の周りの地が沈み、硬さの補助をしていた鎖が弾け飛ぶ。
だが、それだけだった。
極光剣の効果は切れ、テトの剣は玉藻の扇子の上で止まっている。
点数は入らなかった。 その光景がアップされたウィンドウには勝ちを確信した玉藻の顔と悔しがるテトの顔が映し出されている。
それを見てニアが残念そうに肩を下す。でも直ぐにその肩が持ち上がった。
「え……ッ!」
一瞬の連携技だった。
極光剣が止められた直後、アイシャから三つの矢が放たれていたのだ。二つは玉藻と八雲に。もう一つは味方であるテトに。
玉藻と八雲は矢を見切り、扇子と鎖で弾く。その隙にテトへと向かった矢はテトの剣を弾き飛ばした。
玉藻と八雲がはと振り返る頃には、そこにテトの姿はいない。弾き飛ばされた剣の元に、 《相棒の呼び声》を使用して移動したのだ。
そして、その連携が行われると同時に黄色いマジックサークルが玉藻を中心に展開される。
アーニャの難易度四攻撃魔法 《サンダーストーム》。
当たれば強いが、この手の魔法はダメージ範囲がマジックサークル範囲であるせいで避けるのは容易い。
マジックサークルの外へ移動する八雲。だが、玉藻は動かなかった。
動けなかった。
「フレデリカ!?」
テトが相棒の呼び声で移動する直前にシャドウルークを解いたフレデリカは玉藻に抱きついていた。白くか細い骨の腕でしっかりと。
そして、フレデリカは一つのスキルを使用する。アーニャのマジックサークルを上書く漆黒の魔法陣。
《デスレゾナンス》。
このスキル範囲と重なった味方の魔法ダメージを二倍にする。代償として、このスキルの使用者は等倍の味方の魔法ダメージを受ける。
「これが狙いだったのか!」
驚嘆するイトナに、ニアが反論する。
「でも、これで玉藻を倒して逆転しても勇者パーティは壊滅状態よ!」
「いや、これは……勇者パーティの……」
「えっ? でもーー」
強大な魔法発動の前触れエフェクトで巻き起こる風に、玉藻の着物とフレデリカのゴスロリがはためく。
無様にもがく玉藻はもはや冷静な判断ができていなかった。
そしてーーーー。
轟音がコロッセオに轟く。
雷が犇めく一柱の渦が召喚された。
火力が凝縮されたその渦は凄まじい勢いで玉藻のHPを削っていく。
削る。削る。削る。削る。削る。削る。削る。削る。削る。削る。削る。削る。削る。削る。削る。
幾らペンタグラムでも、勇者パーティ火力担当の大魔法を、しかも二倍のダメージで受け切れるはずがなかった。
「玉藻のレベルが晒される!」
最強のギルド、そのギルドマスターのHPがついに空になった。
黎明の剣に125ポイント。
「レベル125とかやべー!」「こんなん勝てるわけないやん」「ペンタグラムが120代ってマジだったんか」
一人のペンタグラムプレイヤーのレベルが公開されて、盛り上がるコロッセオ。同時に、黎明の剣が逆転した。
雷の渦が消えると、中にいるのはHPが黄色まで削れたフレデリカの姿だけ。
そこにナナオ騎士団全てのプレイヤーが飛びかかった。
「玉藻を倒すことにだけに固執しすぎ! これじゃ直ぐに……」
109対125。一人のプレイヤーがやられればまた結果が変わる。
全てを賭けて獲得した125点が呆気なく逆転される。ニアはデスレゾナンスの発動を見た時から、この未来を読んでいたのだろう。
戦場のど真ん中に、HPが半分以下なった後衛プレイヤー。格好の的になるのは明らかだった。
鎌が、レイピアが、剣が、槍が、札が、様々な武器がフレデリカを狙う。
その武器のどれもがフレデリカに触れようとする寸前、
時が止まった。
ホワイトアイランドの頂上決戦。
それを一つの芸術作品にしたかのように。
停止した。
「嘘……」
フレデリカがデスレゾナンスを発動した時、イトナはここまで結果が見えていた。
ギルド戦の根本的なルール。時間だ。
試合は一試合三十分。それはこの世界の創生者が決めた絶対のルール。
試合が終了するその時、試合中のプレイヤーの動きは全て停止する。
最後に攻撃が当たったのか、またはその攻撃はどこまで体に食い込んでいたのか、その些細なダメージ判定をするために、時は止まるのだ。
そしてフレデリカに届いた攻撃は一つもない。
すなわち。
黎明の剣が勝利した。




