09
『ここで黎明の剣も入場ー!』
「きたわね……」
すぐ隣に座るニアが入場するテトの姿を視認して呟く。
コロッセオ観客席の最前列。ニアの用意してくれた特等席は特等席の中でも特等席だった。
四つ並ぶ椅子を贅沢に二人で使い、小さいけどテーブルも用意してある。
普通なら窮屈な観客席なのだけど、流石サダルメリクのギルドマスター。一体どんなコネを使ってここのチケットを入手したのだろうか。
そんな特等席の四席の真ん中右側にニア、左側にイトナが腰かけていた。
最初はニアから一席空けて、一番左の席に座ったのだけど、ニアに怒られて今の位置にいたりする。
「ねぇ、イトナくんはどっちが勝つと思う?」
テト参戦でのナナオ騎士団vs黎明の剣は今日が初めて。試合前に行われた観客の勝敗予想は半分に割れ、ほんの少しナナオ騎士団が勝利の票が多かったのをさっき見たばかりだ。
「実力的には互角だと思うけど……気持ち的には黎明に勝ってもらいたい、かな。長い付き合いだし。ニアも黎明に勝って欲しいよね?」
「そうね。別に黎明と仲がいいわけじゃ無いけど、ポイント的には黎明には頑張って欲しいかな」
グランドフィスティバルのギルド戦序列一位枠を狙っているサダルメリクからしてみれば、ナナオ騎士団にポイントを離されるよりも、順位が入れ替わってくれた方が嬉しいに決まっている。
「じぁ、黎明を応援だね」
「嫌よ。あの勇者の応援だなんて。今日はイトナくんとデート……のついでにちょっとした偵察。どっちが勝っても、一位になるのはサダルメリクなんだから」
そう言って、ニアは歓声を浴びるテトをつまらなそうに睨む。
「だからイトナくんは解説頼んだわよ」
「え、解説?」
「うん。せっかく隣に伝説で最強のプレイヤー様がいるんだから意見も聞いときたいじゃない? 主にナナオ騎士団と黎明の剣の弱点とか」
「別に僕はそんなんじゃ……」
「それにイトナくん、試合始まったら全然会話してくれないじゃない。夢中になっちゃうのは分かるけど、デート中の女の子をほっとくのは良くないと思うけどなー」
「う……」
今回のイトナの立場からしたら全くその通りでなにも言い返せない。更にニアは追い打ちで「このチケット高かったんだよねー」とか小声でボヤきながら横目でイトナを確認してくる。
「善処するよ……」
滅多にない特等席だし、この対戦カード。集中して見たい……なんて個人的なワガママは今回は我慢するしかないようだ。トホホ……とも思ったけど、ニアと考察しながらの観戦も面白いかもしれない。
「じゃあそうと決まったら、早くウィンドウ出して。今日はイトナくんので観戦するんだから」
「え、僕のウィンドウで見るの?」
「当然。そうしなきゃイトナくんがどこ見てるか分からないじゃない」
ニアの言っているウィンドウとは観戦用のモニターウィンドウのことを指している。ギルド戦の観戦方法は二つある。臨場感を楽しむために直接観戦する方法。もう一つがウィンドウを通して観戦する方法。
直接観戦する人は稀で、ほとんどのプレイヤーはウィンドウを通して観戦する。だって、通常に見たら分かりにくいから。特に上位ギルド同士の戦いは、エフェクトや、スキルの光でなにが起こっているか分かりづらい。
そこで、コロッセオのチケットを持っている人のみ使えるこのウィンドウを使って観戦するのが一般的になっている。
だったら特等席である最前列ってあまり意味ないと思うけど、特等席はゆったりとくつろげるとは他にも便利機能が備わっているのだ。
イトナはその便利機能を操作して、複数のウィンドウを出現させる。ウィンドウが三つ、右に黎明の剣を映したウィンドウ、左手がナナオ騎士団で、中央が全体を映している。
これが特等席の特権。普通席なら全体を映すウィンドウ一つしか出せないけど、特等席だと全体とは別にパーティごと、更にはプレイヤーごとにもウィンドウが分けることができるのだ。これで見やすさ倍増。ニアみたいに偵察目的だと非常にありがたい機能となっている。
「うわ、イトナくんってプレイヤー毎までウィンドウ分けて見てるの?」
ニアが身を乗り出してイトナが出したウィンドウを数える。
現在イトナの出したウィンドウはプレイヤーごととパーティごと、全体の合計十五のフルウィンドウ。
「うん。慣れれば結構見れるよ。全体で試合が動きそうなところを見つけて、そのプレイヤーのウィンドウを大きくするとかね」
「あーなるほどね。私も次からそれやってみようかな」
ニアが顔を近づけて、「ふーん」「なるほどねー」と呟きながらウィンドウの配置を観察していると、ほのかにシャンプーのいい匂いがしてくる。
よく手入れされたニアの髪の毛に、意識すればするほど、なんともいたたまれない状況になっていき、表示したウィンドウをそっとニアの方にズラして距離を取った。
そんなやり取りをしている間に、遂にその時が来る。
『それでは刮目しましょう! ナナオ騎士団vs黎明の剣。開戦です!』
歓声が上がる。
それに応えるようにしてナナオ騎士団と黎明の剣がちょうど二百メートルの距離を離して対峙するその中央に〝Ready〟のブロックが出現した。
そして変色が始まる。
緊張のひと時。
決闘と同じく青から赤へ。
そして、
ブロックげ真っ赤になった瞬間、両者パーティが強く輝きを放った。
開戦。それと同時、怒涛のようにスキルの発動が行使される。
ウィンドウを操作して黎明の剣、勇者パーティのウィンドウを大きく広げた。
各々が戦闘準備のために補助魔法をかけ合っている。そのスキル使用履歴がウィンドウ右上に表示されていて、ログがどんどん伸びる中、あるスキルに目が止まる。
「でた。テトの反則バグスキル」
ニアも同じスキルで目が止まったらしい。
「 《勇者御一行》。このスキルだけでだいぶステータスに差がつくからね」
テトのパーティ全体に付与する補助スキルで、全員の全ステータスを二十パーセントも上昇させる破格なこのスキルはパーセント上昇だけあって、パーティが強ければ強いほど力を発揮する。
そんなスキルに気を取られながらも、黎明の剣側のログに違和感を感じていた。
「ん?」
イトナは別のウィンドウを見て、もうすでに試合が大きく動いていたことを知る。
ギルド戦の定石として、持てる補助スキルをかけ切ってから前衛が前進する。これは奇襲をかけるとか特別な作戦がない限り当たり前のことで、絶対だ。
なぜかと言えばギルド戦のルールがその答えである。制限時間三十分以内に、相手パーティを全滅させる、またはポイントを多く獲得すれば勝ちとなる。
ポイントは倒したプレイヤーのレベルがそのままポイントとして加算される……が簡単なギルド戦ルールだけど、問題はそこじゃない。
一度倒されてしまえば復活が出来ない。
回復薬も使えない、回復魔法が存在しない中で、一人やられてしまったら挽回は難しい。六人対六人という少人数の戦いでは一人の穴はかなり大きい。だから補助スキルで盤石な状態にしてから……なのだけど。
一つのウィンドウを拡大する。
黎明の剣の魔法担当、リリパットのアーニャは箒に跨り、敵陣地へ驀進していた。
本来補助魔法を一番頑張らないといけないプレイヤーが、パーティで一番防御力が儚いリトルウィッチのクラスを持つプレイヤーが、なぜ戦場の最前線を駆けている?
「嘘でしょ? こんなの成り立つの?」
ニアも気づき驚きの声を上げる。
一見、ただの愚行。一見じゃなくて熟考してもイトナからすればただの愚行だった。でも……。
「ナナオ騎士団相手ならあり……か?」
「どういうこと?」
「僕の評価だけど、ナナオ騎士団は個に特化してた戦い方を好むように見えるんだ」
戦い方に定石があっても、スタイルはギルドによって違う。サダルメリクで言うなら防御のスタイル。絶対に失点をしない考え方で、一般的には防御スタイルが一番安定していると思われている。
黎明の剣で言うなら攻撃のスタイル。失点を恐れず、相手の大物から切り崩していく考え方。観戦する側からしてみればこの戦い方が見てて面白い。点数がどんどん変動して、単純に熱いのだ。今回コロッセオが満員になったのも黎明の剣の戦い方にあるところもあるだろう。
両ギルドも、パーティの連携でそれらのスタイルを実現している。算数で言えば掛け算だ。複数のプレイヤーで連携し、一つの戦いを生んでいる。それに比べてナナオ騎士団はというと、
「ナナオ騎士団は個人プレーに任せる場面が多いよね」
足し算。プレイヤー個人の考えで、各々の戦い方をする。
「確かに。ナナオってとりあえず強いプレイヤーだけ集めてパーティに入れましたって感じで、まとまりはあまりないように見えるわよね。でもそれとアーニャの特攻となんの関係があるの?」
「アーニャのこのプレーに正しい解答ができればナナオはかなり有利になるけど、個人プレーだと解答もそれだけ多くなるからね。一人でも間違えたら……」
「どう転ぶかわからない?」
「うん」
アーニャの急接近に気づいたナナオ騎士団は補助スキルを中断して対処に入る。動いたのは玉藻と八雲。
二人から紫黒のマジックサークルが展開され、アーニャの真下から幾つもの鎖が飛びだした。
うねうねと、まるで魂が宿ったかのように踊る鎖はアーニャの身を捕縛しようとする……が。
「上手い」
アーニャの飛行テクニックはその一言に尽きた。
見切りにくい鎖の動きを読み切り、卓越した飛行でかわして見せた。
二人がかりのスキルを避け切ったアーニャは目標の距離まで詰めたのか、ナナオ騎士団の前衛から攻撃が届かない絶妙な距離に着地して詠唱を開始する。
短い詠唱。
唱え終わって出現したのは一列に並ぶ箒達だった。
攻撃か、また別のなにかなのか。召喚された複数の箒だけでは判断出来ないないだけに、ナナオ騎士団も無闇にアーニャを攻撃するプレイヤーはいない。
一体なにが起こるのか、リスクが高い単身特攻までして使用したかった魔法を息を飲んで見守る。
そして、
並ぶ箒達は勢いよく、それはもう勢いよく、掃除を始めた。
「……え?」
リズムカルに左右に掃く箒達は一寸の狂いもない同じ動きを繰り返す。ダンスと同じだ、多くのものが同じ動きをすることで、少しばかり人を魅了する。
人が手にしていない箒達が自ら掃除をする光景はちょびっとだけ幻想的で、見る観客もその動きに合わせて、首を横に振っている。
「これは……!」
「え、なに? あれになにか意味があるの?」
「……ごめん、僕もよく分からない」
思わせぶりにわかったような発言をしたせいか、「もうっ、解説しっかりしてよ」とポコリと叩かれる。
イトナも見たことのない、多分アーニャオリジナルであろうスキルはイトナとニアの目を点にするにはには十分すぎる珍スキルだった。
効果があるとしたら砂埃を巻き上げて視界を悪くする……とかだろうか?
アーニャの特攻の目的はこのスキルの発動だったらしく、すぐさま後方へ撤退しはじめている。
考えれば考えるほど謎が深まる。ログを確認してみたところ、あのスキルの名前は 《パラレルスイープ》というらしい。
あまりにも奇行に頭を捻るイトナとニアが次に見たのは、褐色のエルフに怒られているアーニャの姿だった。
声は聞こえないけど、アイシャがアーニャに対して叱咤しているのはウィンドウ越しでも分かる。「まぁまぁ、いいじゃん盛り上がったし」と言ってるのか、アーニャは笑いながら反省の色を見せていない。
「これが本当にホワイトアイランドの頂上決戦なの……」
勇者パーティのあまりにも適当すぎる序盤に、ニアは頭が痛そうに手を額に当てる。
「まぁ、勇者パーティらしいけどね」
苦笑いで返しておく。
でもそのおかげか、コロッセオ観客は黎明の剣コール一色に染まっていた。
この時は誰も気付かなかっただろう。まさかアーニャのこのふざけた珍プレーがこの試合の勝敗を分けたなんて。




