08
『さぁ! 遂に……遂にこの時がきました! ナナオ騎士団ばぁーさぁ?す黎明の剣! ご覧の通りここ、十万人の観戦席が用意されたコロセッオが満員で大盛り上がりになっております!』
ギルド戦専用施設、コロセッオ。大きな円形闘技場のには多くのプレイヤーがひしめき合っていた。
そこに響くのはリエゾン放送部プレイヤーのアニメ声。この一大イベントを更に盛り上げようと、今回の実況者は現役の人気新人声優さんを投入してきたようだ。
月に一度のペースで行われる最上位ギルドのぶつかり合い。その度に大盛り上がりを見せるコロッセオ。
強さはプレイヤーを熱狂させる。プレイヤーのほとんどは強さに憧れるものだ。特に頂上決戦となれば尚のこと。今回はそれとは別に特別な対戦でもあった。
現在序列三位、ギルド黎明の剣のパーティに勇者テトの参戦。
数多の個人大会優勝を重ねてきた勇者が半年ぶりに舞台に出てくるとの情報がリエゾン発行のリエゾン誌から情報が出回り、ホワイトアイランドの注目を集めていた。
勇者が戻った黎明の剣とナナオ騎士団、どちらが強いのか。ホワイトアイランド民なら誰もが気になる一戦である。
更にグランドフィスティバルというフィーニスアイランド最大のイベントが近づいているのも注目の要因である。
各アイランドから三ギルドの選出。その一枠がギルド戦での序列一位。その確定日も近い。
ナナオ騎士団、サダルメリク、黎明の剣の三ギルドが一つ抜けて強く、また僅差でもある。このギルド戦の結果によっては、黎明の剣が一位に登るほどに。
そんな特別な要素も混ざり、多くのホワイトアイランド民は今か今かとこの試合を待っていた。
『さてさてー! そろそろ開始時刻になろうとしておりますが……おおっと! ここで現王者ギルドのナナオ騎士団の登場だー!』
ナナオ騎士団入場を大袈裟に煽るナレーションに、わーっと歓声が上がる。
『情報によると今回の黎明の剣は久しく姿を見せていない勇者が出られるとのこともあって、ナナオ騎士団もフルメンバーの面々! 順々に紹介させて頂きます! 先ずはーー』
コロセッオの盛り上がりが格段に上がる。それらの音は観客席の外にも届いていた。
黎明の剣の控え室。
今回のギルド戦に参加する〝五人〟の勇者パーティが揃うこの場所は、会場の熱気とは真逆に、どこか冷えきり、どんよりとした空気が佇んでいた。
「やばいやばいやばいやばいよー! ナナオもう入場開始しちゃってるー!」
さっきまで一言も発することの無かった沈黙の空間に甲高い声が響く。
控え室にある窓に鼻を押し付けながらそう喚くのは小さな小さな少女。
亜人種リリパット。すなわち小人の彼女は、窓を覗くのに身長が足りなく、武器である箒を器用に登ってバランスを取りながらナナオ騎士団入場の様子を確認していた。
「キャンキャンうっせーんだよクソババァ!」
その声に苛立ち、黒い耳をピクリとさせて反応したのは獣の顔を持つプレイヤー。
子供しかいないフィーニスアイランドの中でも、まだ幼さが目立つ少年は粋がった汚い言葉を歳上の少女にぶつける。
「むかー! ババァじゃなくてロリババァって言えって言ってるでしょー! 何回も言わせるなーこのチビ助ー!!」
「ああ!? オメーのがチビだろうが!」
「ええい! うるさい!」
勇者パーティはかつて無いほどピリピリしていた。
普段は冷静な参謀のエルフさえも珍しく声を荒げる。その珍しいエルフに喧嘩をしていた二人がムスッとそっぽを向く。
これから戦う強大な相手を前に、気を落ち着ける事が出来ていない……なんてわけではない。こう見えても暦年のプレイヤーが集う最上位ギルドの黎明の剣。その中でも選びに選び抜かれかプレイヤーがこの場にいるのだ。むしろ今回こそはナナオに打ち勝って、黎明こそが最強ギルドとホワイトアイランドにその名を轟かせる。そのつもりだった。だったのだが……。
「あーもー! なんでテットン来ないんだよー!」
勇者の不在。
ギルド戦まであと数分。もう入場を始めてもいい時間にもかかわらず、勇者パーティの勇者はまだ姿を現していなかった。
頭を抱えて上下に振るリリパットはこう見えても勇者パーティの最大火力を務めるリトルウィッチだったりもする。朱と黒の魔導装備と、大きなとんがり帽子が小さく揺れた。
それを見て、さっきまで喧嘩をした亜人種、人狼の少年がジロリと睨みつける。
「だからうっせーって! ロリ? ババァ! テトがいなくても勝ちゃーいいんだろ!」
「よくそんな事が言えるねー? この中で一番レベル低いくせにー。この前のナナオ戦だって一番でやられちゃったくせにー?」
「あんだと!? やんのか!?」
「やるかー?」
青いカンフースーツに身を包んだ人狼は武器である硬い拳を構える。それに対してリトルウィッチは余裕の表情で、立てた箒の先に片足で立ち、華麗にファイティングポーズをとった。
「やめんか! アーニャ! ロルフ!」
綺麗な銀髪に褐色の肌を持つエルフのプレイヤーが二人の間に入る。
「アイシャー、最近ロルフくんはチョーシ乗っちゃってるからここらで教育しとかないとだよ! まだ小学生のくせに高校生に刃向かうなんて、リアルだったら先輩に揖斐られちゃうよ! ここは美少女女子高生のアーニャちゃんがビシッと分からせてあげるんだから!」
「っは! 誰が美少女だ! だいたいゲームではつえー奴が偉いんだよ!」
「ほー。じゃあ強さでも格の違いを見せてあげようじゃないか。これでロルフくんの三十六戦三十六敗になるけどねー」
「今日は負けねー!」
今にも飛びかかりそうな二人にはもう口で言っても止められそうに無い。アーニャの方は揶揄い気味で買った喧嘩のように見えるけど、ロルフの方は完全に頭に血が上っている。
実力行使でもアイシャでは手に余る相手だ。ロルフの方はまだしも、アーニャはレベルから見てもアイシャより格上だ。
「ガトウ! こいつらをなんとかしてくれ!」
ロルフの言う通り、ゲームの世界では強いプレイヤーが偉い。とはいささか思いたく無いアイシャだったが、あながち間違ってもいない。仕方なくこの二人を一人で止める実力者の名前を呼ぶ。
その声に反応して顔を上げたのは醜い顔を持つプレイヤーだった。
亜人種、ゴブリン。誰でも簡単になれる亜人種だが、最も不人気な亜人種でもある。
醜く、弱いとされるゴブリンだが、このガトウというプレイヤーは別枠。世界一強いゴブリン。世界一かっこいいゴブリンとも称されている。
醜い顔は本人も気にしているのか白い包帯で隠し、片目だけを出している。その片目が、ギロリとロルフを捉えた。
「ロルフ、どうした」
「ど、どうしたもこうしたもねぇ! アーニャが俺のこと弱ぇって!」
それを聞くと、ガトウの体が音もなく消えた。
テーブルの椅子に腰掛けて、武器である小さな一本ナイフの手入れをしている最中。ガトウの姿はいつの間にかロルフの背後に立ち、小さくも鋭いナイフが喉元に突きつけられていた。
「ッッ!?」
スキル無しの俊速にロルフは息を詰まらせ、アーニャは目を細めた。
「アーニャの言う通りだ。最近勇者パーティに選ばれたからと、図に乗るのは早いぞロルフ。強くなったが、勇者パーティの中ではまだ未熟と知れ」
ロルフよりも低身長。アーニャと同等の小さな体を持つゴブリンでも、凄まじい威圧でロルフを黙らせる。
ゴブリンガトウ、勇者パーティで勇者と対等の実力を持つ彼は次にアーニャに目を向ける。
「アーニャ、お前ほどのプレイヤーがどうしてそう狼狽える」
「だって、テットン無しでナナオには連敗中だよー。テットン来るって言ってたのに来ないんだからそりゃー焦りますのよ?」
「それでも、だ。テトさん抜きのギルド内個人戦で二位のお前が不安がれば、他のメンバーの不安も増す」
「ガトウくんは不安にならないの?」
「俺は……俺のやれることをやるだけだ」
ガトウは表情一つ変えずにそう言う。その一つ一つの小さな仕草がいちいち決まっていた。
「ガトウくんはかっこよしおくんかよー」
その会話を最後に、ガトウはロルフからナイフを離して、小さな鞘にしまう。それから時計をチラリと確認すると、入場口へと足を進める。
「……出るぞ時間だ。フレデリカもそんな所にいないで、立ち上がれ」
控え室の一番端。一番光の無い場所にいた五人目の勇者パーティプレイヤーがガトウの声にカラリと体を震わせた。
「テト……まだ来てない……」
「テトさんは諦めろ」
「テトいないなら……私も出ない……」
自信なさげにそう言うフレデリカは頑なに動こうとしなかった。
美しい真っ白な肌を、否。骨を持つ彼女は亜人種、アンデット。肉の無い不気味な体をカタカタと鳴らし、何かを怖がっているかのように震える。
余談だが、フレデリカが何故アンデットの亜人種を選んだかと言うと、人前に自分の顔を出すのが恥ずかしかったかららしい。でも、オシャレは好きなのか、ゴスロリで風通しのいい体をを着飾っている。乙女心は複雑なのだ。
強さを求める黎明の剣という組織では大抵のことは先のやり取りのように強さで解決する。でも、フレデリカだけは違う。恥ずかしがり屋のフレデリカは強くなりたくて強くなったわけではない。恥ずかしくないように強くなったのだ。
負ければ恥ずかしい。仲間の足を引っ張ったら恥ずかしい。失敗したら恥ずかしい。その思いが、勇者パーティに抜擢される程の強さの源だったりする。故に、ガトウが勇者パーティの中で最も扱いにくい存在がフレデリカなのだ。
「……アーニャ」
ガトウが顎で合図を送ると、アーニャはテクテクとフレデリカの前まで歩く。
「フレちゃん一緒に頑張ろうよー。テットンいなくても大丈夫だって!」
「嫌……今日いっぱい見てる人いる。負けたら恥ずかしい……アーニャもさっき連敗中って、言ってたよ」
身を捩って拒否するフレデリカの頭をよしよしとアーニャが撫でてあげる。フレデリカは座った状態だけど、その座高はアーニャの身長の二倍以上。そのため、箒に登っての撫で撫で。撫でるのにも一苦労である。
「大丈夫大丈夫。どうせ惨めにやられるのはロルフだから大丈夫だって!」
「おい!? てめ……」
「黙ってろロルフ」
「で、でも……この前ネットで晒されてた。フレデリカ、何もしない役立たずって。掲示板に……いっぱい、悪口……」
そう言って、フレデリカは青ざめる。顔も骨だから実際は分からないけど、長い付き合いのアーニャには分かるのだ。
「そんな奴らは言わせておけばいいんだよ! だいたいそいつらなんかよりフレちゃんのが強いんだから」
「それでも……やっぱり負けるのはイヤ。負けるの、分かってる勝負はしたくない」
「フレちゃん……」
今まで思っても誰も口にしなかったことをフレデリカは言う。やってみなくちゃわからない。そんな言葉はアーニャからは言えなかった。アーニャもそう思っているから。
数秒の沈黙が続いて、ガトウの小さな言葉でそんなやり取りも幕を閉じる。
「四人で行くぞ」
昔、とある伝説のギルドが五人のパーティで頂点まで上り詰めた。それよりも更に一人少ないハンデをもって、現在ランキング一位のギルドに挑む決断だった。
アーニャは箒から降りると、柄を握り直す。
「よーし、アイシャー! 四人でも勝っちゃう最強の作戦を頼むぞー!」
「無茶を言うな、無茶、を……?」
そんな空元気のアーニャから無茶振りをされたアイシャは何かに気づいたかのようにドアの方を向く。その動作を取ったのはアイシャだけでない。ガトウ、アーニャ、ロルフ、フレデリカ、全員が同時に同じ方向を向いた。
ドタドタと誰かがこちらに向かって走ってくる音。次第に大きくなる音が、バン! とドアを勢いよく開ける音に変わった。
「ま、間に合ったか!?」
ゼーゼーとだらしなく膝に手をつく亜人ではないヒューマンのプレイヤーだった。
「テットンきたーーーー!!」
その勇者とは程遠いカッコ悪い登場をした人物は見間違えようがない。黎明の剣の主、勇者の姿だった。
「お、ぎりちょんセーフか」
「ちょーぎりちょんだよテットン!」
ノリでイェーイとハイタッチをする勇者と魔法少女。テトの登場に他のメンバーも笑みを浮かべる。
「ひやひやしたぞテト」
「わりぃ、ナナオの下っ端がしつこくてよ」
「おせーぞテト!」
「あれ、ロルフがスタメンなのか」
「おうよ! 見とけよ強くなった俺を!」
まるで憧れの父親に試合を見てもらうかのようにはしゃぐロルフ。
「時間です。テトさん」
短いテトの歓迎をガトウが打ち切る。
「おーし! いっちょやってやるか……って、フレデリカそこでなにやってんの? 腹痛いのか?」
未だ隅に座っていたフレデリカがテトの声を聞いて、スッと立ち上がる。
「勝てる試合は……出る」
「お? よくわかんねーけどやる気だな!」
揃った勇者パーティが横に並ぶ。半年ぶりの整列。勇者の一歩を合図に、勇者パーティの入場が始まった。




