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ラテリアちゃんはチュートリアルちゅう?  作者: 篠原 篠
リトル・カレッジ
6/119

06

 時計の短い針が九の数字を指す頃、セイナは本を閉じ、試験管を並べて薬の調合を始めていた。


 やることのないイトナは、ぐったりと身を伏せて、セイナの調合を見学している。


 はっきり言って、つまらない。退屈だ。ダンジョンに行きたい。


 セイナが生成してくれた回復薬で腕が無事元通りになったのは感謝しているけど、薬品をスポイトで移したり、薬草をすり潰したりと、同じ作業を何度何度も繰り返しているのをただ見ているだけなんて、退屈以外のなんでもない。


 何度も訪れるあくびを噛み殺しながら、ただ時間が過ぎていく。そんな時だった。


「ひっ! こ、来ないでください!」


 微かな物音しかしなかった部屋に、突然の悲鳴がはっきりと耳に入る。顔を上げるとセイナも聞こえたのかお互いに目が合う。


「外?」


 なにか家の前でトラブルでもあったのだろうか。街の中ではスキルが使えないから過激な争いはないと思うけど……。


 それでもセイナが目で見てこいと指示を出してくる。外出禁止中だけど、なんて屁理屈を言ったら後で怖いので素直に席を立った。


「あのあの! 私は決して怪しいものじゃ……!」


「そう言われてもねぇ」


 ドア開けると、そこには近所に住んでいる男性NPC二人と、見知らぬ女の子プレイヤーがいた。

 なぜか女の子はNPCを恐れるようにして、パレンテのポストの影に隠れている。なにか揉め事になっているらしい。


「どうかしましたか?」


「あや、イトナさん。ちょうどいいところに」


「この人が結構前からこの辺をうろうろしていまして。怪しいので声をかけてみたらこのように挙動不審で」


 女の子に目を向ける。確かに。ポストの裏に隠れてる時点で相当怪しい。因みにイトナの位置からは丸見えだけど。


「私は……全然怪しくありません……!」


 か細い、全く説得力のない反論がポストの裏から吠える。


「だって君、もう一時間はこの辺にいるよね?」


「そ、それは心の準備とか色々ありまして……」


 そこで女の子と目が合う。ふんわりとしたショートボブに白とピンクの装備を纏った彼女はまさに〝可愛い〟の塊だった。一瞬見惚れながらも、少しだけ懐かしい感覚を覚える。


「ん?」


 瞳が、似ている。

 彼女の持つ牡丹色の瞳はイトナの知っているあの人のものと瓜二つだった。


「もしかして、君がラテリア?」


 そのイトナの問いに、少し間を空けてから彼女はコクリと静かに頷いた。




挿絵(By みてみん)





÷-÷-÷-÷-÷-÷-÷-÷-÷-÷-÷-÷-÷-÷-÷-÷-÷-÷


「まさか一時間も前からうちの前にいたなんてね」


「すみません……これから男の人に会うと思うとどうしても怖くて……」


 近所のNPCには自分の客とうまく説明して、今はパレンテのギルドホールの中。ラテリアは男であるイトナを怖がって、めい一杯離れた場所に座っていた。


「本当にこれがコールの妹?」


 怯える小動物がラテリアなら、セイナはそれを睨むヘビだろうか。セイナに睨まれたラテリアは元から身体を小さくしていたのに、更に縮こまっている。ラテリアのことを可哀想と思いながらも、セイナの言うことも分かる。コールはパレンテで一番のしっかり者だったから、比べてしまうとだいぶイメージが違うからだ。


「えっと、それじゃあ……」


「っ!?」


 とりあえず飲み物でもと、イトナが立ち上がった途端、ラテリアの肩がビクリと大きく揺れた。


「え?」


「あ、あの! ごめんなさい! いきなり触るとかそういうのは、まだ、まだ待ってもらってもよろしいでしょうか!?」


「え!?」


 いきなりなにを言っているんだこの女の子は。涙を浮かべて酷く怯えるラテリアを見て思わず声が出てしまった。男性恐怖症克服の過程でこれから触られてると思ったのだろうか、彼女の中で色々妄想が膨らんでしまったらしい。目を回しながら両手を突き出してイトナに静止を求めている。


「だ、大丈夫! いきなり触ったりとかそんなことしないから! なんなら今日はここから動かないから!」


「ほ、本当ですか?」


「うん。本当本当! ほら、座るから。今日は話すだけだし、今後もラテリアのこと触らないから安心して?」


 怯えながらも遠くからイトナを覗き込むラテリア。それに何度も頷いて肯定して見せる。

 いくらなんでも怖がりすぎだ。重度の男性恐怖症とは聞いていたけど、立ち上がっただけでこの状態。これはもう男性恐怖症を通り越して男性拒絶症と言っていいレベルなんじゃないのだろうか。


 なんとか落ち着きを取り戻したラテリアは妄想していた不安が取り除かれてか、最初よりもだいぶ顔色が良くなったように見えた。


「いつもこんな感じなの?」


「い、いえ! そんなこと無いです! 前はこうだったかもしれないですけど、フィーニスアイランドを始めてからは男の人とパーティ組んだりしてだいぶ良くなってきたんです。お話も少しならできるようになりました。で、でも触られるのだけはまだダメで……ごめんなさい……」


 前はそうだったことには驚きだけど、取り敢えず話ができることには安心した。話が出来ないようならもうやりようがない。


「えと、あの、イトナくんとセイナさん、ですよね?」


 なんとか会話を続けようと自信なさげに名前を伺ってくる。

 ずっと俯いていたラテリアがやっと顔を上げたと思うと、目が一瞬合って、またすぐに俯いてしまった。


「ああ、うん。自己紹介がまだだったね。僕がイトナで……」


「セイナ」


 イトナはラテリアが怖がらないよう、精一杯優しく振る舞うも、セイナはいつも通りを貫く。


「なんか想像と全然違いました」


「想像?」


「はい。お姉ちゃんからイトナくんは凄く強いって聞いてたから、もっと大きくてムキムキなのかなーって……。セイナさんはとても綺麗で優しい人だって」


「悪かったわね全然綺麗じゃないし、優しくなくて」


「ち、違います! 想像と違ったのはイトナ君でセイナさんは全然お綺麗でっ……」


 ラテリアは慌てて顔を上げて、両手を振りながら訂正する。

 実際ラテリアはそんなつもりで言ってないと思うけど、どうやらセイナはラテリアが気に入らないらしい、文句を付けられるところを見つけてふんっと鼻を鳴らす。


「と、とりあえず、話を聞こうかな。時間ももう遅いし」


 ひとまず時間も時間なので話を進めることにする。イトナほどのプレイヤーなら普段から夜遅くまでいるけど、きっとラテリアはそうではない。


「はい……」


 セイナの機嫌を心配しつつもラテリアは男性恐怖症のことを話し始めた。

次回は本日22時投稿です。

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