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ラテリアちゃんはチュートリアルちゅう?  作者: 篠原 篠
ディア・セイナ
54/119

01

3章1話です。

次回は10月1日の投稿になります!

 今日のパレンテホールは曇り模様だった。


 誰かの機嫌が良くないとか、誰かと誰かが喧嘩してるとか、そんな比喩では無い。文字通り曇っているのだ。


 雲、言い方を変えれば瘴気とも言える毒々しい色をした靄。その発生源はテーブルの上に存在した。


 隙間がないほどびっしりと並べられているのは薬品の詰まった瓶、または試験官。それらから薄い靄が立ち登り、それが混ざり合って雲を生成しているのだ。


 そんな中、セイナは新薬の完成を目指して黙々と作業を進めている。

 胸の中で淡い期待を渦巻きながら、本来やるべき本業の掃除をそっちのけに、セイナは薬品の入った複数の試験管と格闘していた。


「これも違う……これも……」


 あらゆる薬品を手に取り、混ぜ合わせてわテーブルに置く。

 この新薬を完成させることに成功すればダンジョンの攻略は飛躍的に変わる。ゲームオーバーの確率を格段に下げることができるはず。セイナはそう確信していた。

 今回の新薬はこれまで物とは別物。革命的発見なのだ。それだけに、セイナは静かに興奮していた。


「ディア、タイラントの骨粉を持ってきて。一番奥の引き出しの下から二番目」


「なーご」


 やる気のない鳴き声が返ってくる。そんな鳴き声とは裏腹に、デブネコのディアはキビキビとした動きでセイナの部屋に入っていった。


 調合を始めてからかれこれ数時間。セイナの助手をしているディアもまた同じ稼働時間なのだ。普段からやる気のない鳴き声が、更にやる気のないように聞こえるのは疲れのせいかもしれない。


 少しして、口に咥えた小さなバスケットの中に、セイナの目当ての物を入れたディアが帰ってくる。

 感謝を込めて頭をポンポンと撫でてあげると、次の注文をする。


「獣王の爪をお願い。さっきと同じ引き出し」


 ディアはそれを聞いて、くるりと回れ右。再びセイナの部屋に向かっていく。ディアはすっかりセイナに従順だった。


 ディアを少し目で見送ってテーブルに向き直る。セイナは久しぶりに気持ちの高ぶりを感じていた。


 こんな気持ちいつぶりだろうか。


 大きな物の完成を目の前に、セイナはらしくなく周りが見えていなかった。


 煙たく充満している靄にも、部屋の隅っこで落ち込むラテリアのことも。そしてーー。


「なーご」


 この時、セイナの注文通り素材を持ってきてくれたディアの頭を撫でてあげることも。


 それらを全て無視して、全ての集中力を薬に捧げていた。


 ディアから目当て素材を無言で受け取ると、黙々と作業を続ける。その時だった。


 ガシャン! とガラスが割れるような大きな音が鳴ったのは。


 ハッとして手元から視線を剥がすと、テーブルの上にディアがいた。ディアがテーブルに飛び乗ったらしい。びっしりと置いてあった薬品の品々はディアの体積に押され、テーブルから落ちている。さっきの音はこのせいだ。


「ちょっと!」


「な”ー」


 ディアは喉を鳴らしながらセイナの手に頭を押し付けてくる。撫でろと言っているのだ。でも今はそれどころでは無い。破れた破片で怪我をしないようにディアを持ち上げ、被害を確認する。


 ドミノのように倒されたテーブルは大惨事。床は破片と色々な液体が混ざり合ってモクモクと色々な色が混ざった煙が湧き出ていた。


「せ、セイナさん!?」


 異変に気付いたラテリアが部屋の隅で顔を上げている。この惨状を見て、まだ理解が追いついていないらしい。え? え? とキョロキョロと辺りを見回してる。

 どんどん視界が悪くなる中、セイナは片手で口元を隠しながらラテリアに避難指示を出す。


「外に出て。急いで!」


「は、はい!」


 わたわたと出口に向かうラテリアにセイナも続く。ぷすぷすと音を鳴らす散らばった薬品を飛び越えるラテリアに習って、セイナも軽く助走をつけて跳躍した。

 軽々と薬品の水溜りを飛び越えるーーーーその途中。


 ボンッ。そんな篭った爆発音がしたのは、ちょうどセイナとディアが薬品の真上にいる瞬間だった。 音に合わせて、煙がセイナとディアを包み込んだ。


「っ!?」


「セイナさん!」


  ぼんやりとラテリアの声が聞こえる。痛いとか、熱いとかは無い。ただ、意識が一瞬ボヤけただけ。


 バタバタとラテリアが慌てる音が聞こえる。充満した煙をどうにかしようと、パレンテホールにある全ての窓を開けて換気をしようとしてるのだろう。


「セイナさん大丈夫ですか!?」


 大丈夫。そう言おうとして失敗した。上手く口から空気が出ず、声が出なかったのだ。体もおかしい。思い通りに動かせない。麻痺の成分が入った薬品を吸ってしまったのだろうか。


 そんな状況のまま、靄が薄れ視界がクリアになっていく。セイナの視界は低い場所にあった。机の脚が目の前にある。どうやら倒れているらしい。


「え、え!? セイナさんどうしちゃ……い、痛いです! 髪引っ張らないで……ひゃっ」


 ラテリアの声と、ドシンと尻餅をついたような音が響いた。何事かと、動かしづらい体にめいいっぱい力を入れてなんとか寝返りをうつ。


 そこには信じられない光景が広がっていた。


 だって、


 だって、そこにはセイナがいたのだから。


 セイナがラテリアを押し倒し、無邪気な顔でラテリアの髪を引っ張っていた。それにラテリアは戸惑い、あたふたしている。


 どう……、なっているの?


 自分が目の前にいる。とてつもない違和感にセイナの頭が働かない。

 自分は一体どうなってしまったのだろう。数秒して出てきたのはそんな当然の疑問だった。自分自身が目の前にいるのだから、自分はどうな状態なのか。


 自分の手を見る。


 そこには肉球があった。周りには真っ黒な毛がふわふわと生えている。


 これって、もしかしてーーーー。

 

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