05
セイナのお説教が終わり、パレンテのギルドホールは時計の針の音しか無くなった。
退屈だ。
心の奥底で呟く。
仕方ないから何度も見た自分のステータスを眺める。レベルはもちろん力、体力、敏捷、魔力の四つのパラメーターを表す数字はいつ見てもワクワクする。
ただ、何度も見てるだけにすぐに飽きた。眺める対象が、取得したスキル、装備品と変わっていき、ついに暇つぶしが尽きる。
視線を移すとセイナは勉強に励んでいた。眼鏡をかけての本気モードである。
勉強に集中しているその顔はまだ怒りを纏っているようにも見えた。もしかしたらイトナの意識しすぎかもしれないけど。
セイナが手にしている分厚い本のタイトルは 《新薬の調合と付加効果発現の可能性》と如何にも難しそうな本だった。
セイナは薬を作ることができる。
最初はギルドホールのお手伝いさんで、掃除やお金、クエストの管理をお願いしていたのだけど、いつしか自分から進んで回復薬の調合を勉強し始めたのだ。多分、ギルドの皆が出来るだけ死んでしまうことが無いように。きっとそんな思いで作ってくれているのだろう。
毎日薬の勉強。その経験値が積み重なり、今では最上位の回復薬まで作れることができる。その効果は覿面。市販で売っているものよりも遥かに上等なものだ。ただ、欠点を挙げるとするならセイナの作る回復薬はどれも味がかなり不味いということ。
この世界は子供しかいない。だからか、回復薬はどれもジュースのような飲みやすいものがほとんど。なのに、なぜかセイナが作成するものはどれも不味いのだ。もう慣れたけど。
「そういえば」
何一つ面白くない表紙をボーっと眺めていると、突然セイナが話しかけてきた。さっきのこともあって、反射的に背筋が伸びる。
「今朝、リエゾンからクエストが届いた」
セイナが思い出したかのように手紙封筒をテーブルに出した。
クエストとは言わばミッションだ。依頼を受けて、それを達成する事によって報酬が貰える。
ゲームのほとんどはモンスターを倒すとお金がドロップするけど、フィーニスアイランドではモンスターを倒してもアイテムはドロップするが、お金はしない。だからこの世界での収入源はほとんどがクエストの報酬になる。ただ、今回は普通のクエストとはちょっと違う。
「リエゾンから?」
封筒にはギルド 《リエゾン》の紋章の形をした蝋で封がしてある。リエゾンといえばホワイトアイランドで一番巨大なギルド。そこからのクエストのようだ。
ゲーム側から用意されるクエストが一般的だけど、このようにプレイヤーが他のプレイヤーにクエストを依頼することもある。
ただ、ゲーム側、つまり公式のクエストじゃないから、クエストを達成しても報酬を支払わないで逃げられてしまったり、当初の報酬より少ないなど人間トラブルがあったりするのがデメリット。前回リエゾンから受け持ったクエストがまさにそれで、報酬を支払わずに姿を消したプレイヤーを捕まえてくるって依頼だったのは記憶に新しい。
「体だけは大きいんだから頼まれたクエストくらい自分達で捌いて欲しい」
セイナが悪態を吐く。
リエゾン。ホワイトアイランドにいる人なら知らない人はいない超有名なギルドの一つ。所属しているメンバーは千を超えるほどで、古都イニティウムの中央にそびえ立つ時計塔を拠点、ギルドホールとしている。
ゲームで巨大ギルドとか有名ギルドと言えばギルドメンバーが強い、とイメージする人も多いけど、リエゾンは強さではなく、別の方向で有名なのだ。
ギルドの活動が特殊で、プレイヤーの支援、またホワイトアイランドを盛り上げるために日々の出来事をまとめた新聞、声優の卵を使ったラジオ、ときにはイベントの開催。つまりゲーム運営まがいのようなことをしている。
リエゾンのギルドマスターとは古い友人で、たまにこうしてクエストを頼まれることがある。経験からしてそのほとんどが厄介ごとなんだけど……。
封を開けようとすると既に蝋が剥がれてる。どうやらセイナがもう中身を確認済みのようだ。
「読んでいいの?」
「イトナ宛なんだからイトナが読まないとダメでしょ」
つまり。このタイミングでセイナが手紙を渡したということは、このクエストを受けてもいいってことなのかもしれない。
もしそうなら嬉しい。たとえこのクエストが厄介ごとだったとしてもだ。
セイナは約束事に厳しい。それはセイナとの約束に限ったことではない。つまり、このクエストを受ければ外出するチャンスが生まれる可能性は高い。
ちょっと期待しつつ、早速綺麗に折りたたまれた手紙を広げ、細く小さな文字で綴られたクエスト内容に目を通す。
『拝啓 春爛漫の好季節を迎え、毎日お元気でご活躍のことと存じますーー』
いつものことだけど丁寧に綴られる長々とした冒頭を読み飛ばして、クエストの内容のところを探す。
『ーー昨日、僕のギルドにパレンテのギルドホールの場所を尋ねるプレイヤーが訪れた。話を聞くところパレンテにクエストの依頼したいらしい』
二枚目を捲る。
『もちろん他のギルドの情報、ギルドホールの場所を含めて簡単に教えるわけにはいかない。特に隠居中のパレンテはそうだろう。だからそのクエストはリエゾンで巻き取ろうとしたのだが、どうも話を聞いてくれない。依頼者はよほどパレンテにこだわりがあるようだ。更に話を聞けば、僕も納得いく話を聞けたし、今回は特例でこのクエストをパレンテに回しすことにした』
三枚目を捲る。
『プレイヤーの名前はラテリア。Lv.77のクラスは天使。イトナと同い年の十四歳。女の子だ。依頼者は重度の男性恐怖症で、依頼はその克服。彼女には明日の夜にそっちに向かうように伝えておいた。内容、報酬についての詳しい話は直接本人に聞いてほしい。以上』
「へ?」
一方的に話を進められてかつ、謎が多い手紙に思わず声が漏れてしまった。
話しを整理しよう。
まず、聞きなれない男性恐怖症って、文字どおり男の人が怖い病気なのだろうか。なんにせよ、フィーニスアイランドに全く関係ない依頼内容。しかもパレンテが依頼を受ける必要性を感じられない。それどころかラテリアというプレイヤーなんてイトナは聞いた覚えがない。
三つのクエッションマークがイトナな頭の上に浮かぶ。
「それ、受けるの?」
「う、うーん……」
外出禁止令を出されて暇を持て余していても、酷く悩む依頼内容だ。
自分でいうのもあれだが自分はLv、経験を含めてフィーニスアイランドではかなり強い位置にいる。
だからトィルーデに手を出したし、ゲーム内での実力を買われての依頼もよくある。だけど、今回の依頼はそんな仮想の強さはなんの役にも立たないものだ。男性恐怖症とか、そんな解決できるかも分からない依頼を受けるべきではない。そもそも男性恐怖症をゲームで克服すること自体が間違っているのではないだろうか。
こんなゲームに関係ないクエストを回されても困る。なのに勝手に夜向かうように伝えといたって……。まだやるって返事もしてないのに。
「迷うんだ。イトナなら受けると思ったけど」
「いくらなんでも無理だよ。なんて断ればいいかな……」
セイナのイトナの評価はなんでも依頼を受けるお人好しと見られているらしい。確かに大抵の依頼は引き受けるけど、これはちょっと考えものだ。
「ふーん。コールからの依頼みたいなものだから引き受けると思った」
「え? コール? なんでコールが関係するの?」
懐かしい名前が出てきた。
コールと言えば昔パレンテに所属していたプレイヤーの名前だ。もうとっくにフィーニスアイランドを卒業してしまって、今更関係する事なんてないて思うけど……。
「なんでって……手紙最後まで読んだの?」
手紙をよく見れば、まだ折られている部分がある。広げてみると、一文だけこう書かれていた。
『追伸。ラテリアはコールの妹』
一番重要なワードが追伸されていた。
「コールの……妹?」
コールに妹がいると話には聞いていたけど、まさかフィーニスアイランドをプレイしてるとは思わなかった。
パレンテのサブマスターだったコールは、ギルドメンバーで一番歳が低かったイトナの面倒をよく見てくれた。イトナにとっては本当の姉だったような存在。そのコールの妹の依頼なら……。
「……やってみようかな」
「ほらね」
もう分かっていたとばかりにセイナが言う。多分、コールの妹がイトナに依頼してきた経緯は元を辿ればコールになるだろう。コールがイトナを勧めた感じだろうか。
旧友からの依頼なら断る理由はない。
「イトナがコールのこと好きなのは分かるけど、依頼主はコールの妹だからね」
「分かってる」
コールにはだいぶお世話になった。その恩返しと考えれば、こんなクエストでも受けようと思えるものだ。
「でもどうするつもり? 男性恐怖症の克服なんて」
「それは……会ってみてからから考えるよ。向こうもこっちが素人って分かってるだろうし」
「ノープランね」
「今回ばかりはね。男性恐怖症の人になんて会ったことも無いし、想像がつかないよ」
それにもう男性恐怖症を治すプランを相手は持ってくるかもしれない。もしそうなら自分がそれに付き合えばいいだけだ。
「それで、コールの妹が来るのって今日かな?」
「今日じゃない? これ届いたの昨日だから」
もう夜だけど今日来る予定らしい。なんにせよ外出禁止の今のイトナはここにいること以外ないのだけど。
次回は本日20時更新です。