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『セイナさんは大丈夫ですか!?』
念話とは思えない大音量が頭の中に響く。
ラテリアからの念話出たのはいいけど、突然の大声とその内容で二重の驚いた。
今、確かにセイナは大丈夫かどうか聞かれてもおかしくない状況。でも、今小梅とダンジョンにいるはずのラテリアがそのことを知るわけがないからだ。
『どういうこと?』
『さっき間違ってねこねこ丸に攻撃命令しちゃって……! 攻撃がセイナさんに当たっちゃって無かったですか!?』
焦り、心配をするラテリアを他所に、イトナは違うことが頭を巡る。
そういうこと、だったのか?
ペットはプレイヤーの武器と位置づけられている。街の中での攻撃はダメージ判定はない。でもプレイヤー自体が街の中にいなかったら、街の外での攻撃だからダメージの判定になる?
街の中でダメージを与えることができる方法。そのトリックはこれではないのだろうか。
NPKの犯行もモンスターが行っている。これと全く同じだ。つまり犯人はやっぱりプレイヤーでモンスターを操るビーストテイマー……?
『イトナくん聞いてますか!?』
『ご、ごめん! えっと、セイナは大丈夫だよ。ちょっと当たっちゃったけど……』
最後のは言わなくても良かった。余計な心配をかけたかもしれない。
『……セイナさん、怒ってますか?』
今にも泣きそうな声になる。これで喧嘩に滑車がかかり、これ以上セイナに嫌われたらどうしよう。そう思っているのだろうか。
『怒ってないよ。むしろラテリアを心配してるみたい』
『本当、ですか?』
『うん。でもディア……ねこねこ丸の攻撃命令は気をつけてね。セイナもびっくりするから』
もう絶対にしないと思うけど、一応念を押しておく。
それから数回ラテリアと言葉を交わして念話が終わった。
「ちょっと出かけてくる」
この事は早くオルマに伝えた方がいいだろう。念話でもよかったけど、これを知ればオルマは真っ先に本当にこの方法で可能なのか検証を始めるはずだ。イトナも検証には参加したいし、直接会うことにしよう。
「ディアを逃してくるの?」
足早にパレンテホールを出ようとすると、セイナから珍しく不安そうな声がかかる。気づけばディアをまだ捕まえたまま。どうやらディアを逃しに行くように見えてしまったらしい。
「いや……」
どうしよう。イトナの中で少し迷いが生じる。でもすぐに結論は出た。
「逃がさないよ」
そう言ってディアをテーブルに置く。解放されたディアは急いでセイナ元へ駆け寄るとさっきの事を謝っているのか、なーなー鳴き始める。
ラテリアが誤ってディアに攻撃命令を出さなければなにも問題はない。ラテリアを信じることにしよう。
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ラテリアに続いて、イトナも出て行きより静まり返ったパレンテホール内。
時間は深夜一時少し前。セイナにとっては就寝の時間で、ベッドの中に潜り込んでいた。もう少しで眠りにつけそうなところで、微かな物音に目が覚める。
「ディア?」
物音の犯人だと思われる黒猫の名前を呼んでみる。
腰を上げると、一緒に持ち上がった毛布の下に丸くなったディアの姿があった。
「いつの間に……」
さっきまで別の場所にいたのに、気づかないうちにベッドの中に潜り込んできたらしい。
ラテリアがこの子を連れてきてまだ一日も過ぎていないのにすっかり懐かれてしまった。
薬を作るセイナの部屋には様々な薬品が置かれている。自分はもうだいぶ前に慣れてしまったけど、この部屋はかなり薬品臭い。それに加えて薬の素材として、凶暴なモンスターから取った素材もある。
か弱い猫にとって、本能的に危険と思わせる匂いも混ざっているはずなのに、どうしてこうくつろげるのだろうか。
無警戒に眠るディアをひと撫でしてベッドを降りる。
ディアが寝ているとしたらイトナが帰ってきたのだろうか。
ディアを起こさないようにそっと扉を開けて部屋を出る。
「イトナ?」
「あ、ごめん。起こしちゃった?」
明かりもつけずに今日持ち帰ってきたドロップアイテムを収納していたようだ。
寝不足だから昼寝するって言ってたのに、結局ダンジョンに行っていたらしい。でも、ただのレベリングや単のアイテム集めで行っていたわけじゃないことは分かる。そこまで鈍感ではない。
きっと街の中でダメージを与えたことに関してだろう。ディアがなぜセイナにダメージを与えられたのか、リエゾンの依頼であるNPC殺しの犯人の手口を突き止めたのかもしれない。
明かりをつけてあげると、ちょうど作業が終わってしまったのかイトナが立ち上がる。
「そうだ。これ」
イトナが思い出したかのように取り出したのは細長い植物だった。先端にブラシのような穂が付いたもの。薬に使われないただの雑草だ。
「なにこれ」
「猫じゃらしにどうかなって」
「猫じゃらし?」
「うん。ディアが喜ぶと思うんだけど」
最初はピンとこなかったけど、なんとなく分かった。この植物を揺らして穂にディアがじゃれつく。そんなところだろうか。
「……貰っておく」
ディアに甘えられた時、撫でてあげることしかできなかったセイナにとっては嬉しいアイテムだ。自分がディアを気に入っているとイトナに思われるのは癪だけど、これもラテリア克服のため。素直に受け取っておく。
「じゃあおやすみ」
そう言って出口に向かうイトナ。
「また出かけるの?」
分かっていてもつい聞いてしまう。もうこうやって夜中に出かける生活が五日は続いてるからだ。最近は殺人鬼は出没していないみたいだし、今日くらい休んでいいと思うけど。それでも労いの言葉がセイナの口から出ることはない。
「うん。リエゾンからの依頼がまだちょっとね」
「十四の子供をこんな時間に呼びつけるなんてホントいいギルドね」
「まぁ……。僕たちが静かにやっていけたのもリエゾンのお陰だし、恩は返さないとね」
「もうお釣りを貰ってもいいくらいなんだけど」
「あはは……じゃ、また明日」
苦笑いを返されて、イトナはそのまま外に出て行ってしまう。
確かに、コール達が卒業して行ってからの数ヶ月、パレンテは多くのプレイヤーから目をつけられた。
イトナを引き抜こうとするギルド。またはギルドに入りたがるプレイヤー。そしてパレンテの財産を狙うプレイヤー。
ギルドホールを転々と変えて、やっと落ち着くことができたのかこの場所。パレンテが、イトナがどこに行ったのか。その情報を上手く操作してくれたのがリエゾンなのだ。
そしてイトナは最低限の、信用できる数人のプレイヤーだけをフレンド登録に残して、なんとか姿を晦ませることができた。それから時間が経てばイトナは引退した、パレンテ解散など、勝手な噂が流れて今に至る。
ナナオ騎士団には尻尾を掴まれてしまったけど、最初の頃に比べれば全然マシだ。
そんな恩を返すのもあって、リエゾンから貰うクエストには優遇してこなしてきた。セイナが知るだけでも十分な数を。
イトナは人が良すぎる。周りが年長者だったせいか、歳に合わない落ち着きがある。とでも周りからは思われているのだろう。だから頼られ、本来年長者がやるべきことを任されてしまうのだろうか。
「もう少し子供っぽく出来ないのかしら……」
セイナに対しても落ち着いた対応をするくらいだ。昼間ラテリアが飛び出してしまった時もそう。ラテリアには小梅がいるから大丈夫。たがら一人になるセイナの方に残った。そう思うとなんかムカついてきた。
でもすぐにイトナに気を遣われてることに苛立つ自分に呆れる。
「……寝よう」
イトナから貰った雑草を適当な試験管に水を入れて、そこに挿す。これで当分枯れないはず。
明かりを消す。その時に机にある使用済みの試験管が目に入った。
今日イトナが持っていった試験管。綺麗に中身が無くなっている。
「……」
数は四本。今イトナが持っているのは二本だろうか。
この前深夜にリエゾンの依頼で出かけた時に三本の試験管を使っていたのを思い出す。
もし今日殺人鬼が現れて戦闘になり、回復薬が足りなくなってしまったら……。そう考え出すと止まらなくなってしまった。
「クエストって一回リエゾンのギルドホールに集まるんだっけ」
既に用意してある回復薬の入った試験管を持って、セイナもギルドホールを後にした。




