07
頑なに動こうとしないセイナに、イトナとラテリアは困り果てていた。
平日とあって、有限である一日の時間はそう長く無い。刻々と過ぎていく時間に合わせてラテリアが沈んでいき、それに合わせてイトナも焦る。
そんな時だった。
コンコンと、ドアをノックする乾いた音が鳴る。念話に続いて今度は来客のようだ。
まるでラテリアの邪魔をするかのように、次々と挟まるイベント。でもここまで来たら意地でもラテリアと出かけよう。そう心に決めながらイトナは席を立とうとする。
「あ、私がでます!」
どんな相手でも急ぎの用事は断ると、固く決意したけど、どうやらラテリアが出てくれるらしい。
自分ももうパレンテの一員ですから、そんな目を送ってラテリアがドアを開いた。
「イトナさんはいらっしゃいますでしょうか」
透き通った女の子の声がギルドホールを通り抜ける。しっかりとした口調だけど、まだどこか幼げが残ったような声。イトナはその声に聞き覚えがあった。
タイミングが悪いと、頭に手を当てて小さくため息を吐きたい衝動に駆られる。よりにもよってこのタイミングで面倒臭い人が来てしまったと。
「い、イトナくん。凄い有名人さんのお客さんです……」
こっちを向かずに、惚けた声でイトナを呼ぶラテリア。
どうしたものか。出て行ったら余計時間がかかるような気がして、イトナは悩む。
「えっと、今忙しいからまた今度って言っといてくれないかな」
わざとドアの向こうにまで聞こえる声でそう返す。でも、そう言ってから失敗したと後悔した。
「あの、そういう事みたいなので……」
「中にいるんですね。すみません、入らせてもらいます」
「あっ……」
戸惑うラテリアの脇を通り過ぎてギルドホール内に浸入してきた少女はイトナの目の前まで進み、足を止める。
「毎回言ってるけど、勝手に入ってこないでくれない?」
「すみません。ですが、こうでもしないと会ってもらえませんから」
セイナの文句をお辞儀と謝罪で交わすと、少女はイトナに向き直る。
銀と、少し金が混ざった髪に狐耳。和をモチーフにした装備で全身を固めて、ふんわりとした二股の尾を持つ少女。
プレイヤーネームは八雲。現在ホワイトアイランド最強と謳われるギルド、 《ナナオ騎士団》のサブギルドマスター様だ。
「わざわざ来てもらったところ悪いけど、これから出かける予定なんだ。いつもの話なら僕の返事は変わらないし、それでも話をしたいならまた今度にしてくれないかな」
少々突き放すようにきっぱりと言ったイトナに、ラテリアが不思議そうな顔を向ける。
イトナ自身、本当はこんな態度は取りたくない。でも、こうでもしないと帰ってくれないのが八雲というプレイヤーなのだ。
「そんな、滅多に会えませんのにこの機会を逃すわけにはいきません。ダンジョンに行くのでしたら私もご一緒していいでしょうか。イトナさんの足は引っ張りませんので」
八雲の朱色の瞳がまっすぐイトナを見つめる。話を聞いてもらえるまでずっとくっ付いてくるつもりらしい。
八雲は真面目な女の子。言われたことはキチンとこなそうと、精いっぱいの努力をする。やれる事は全てやる。きっと、そんな人なのだろう。その努力が極まって、こちらとしては少し困ってしまっているのだけど。
「いや、今日はギルドメンバーだけで行くって話になっててね」
「ギルドメンバー、ですか? 嘘はやめて下さい。パレンテにはイトナさんしかいないはず……」
そこまで言って、はっと未だドアの前に立つラテリアに振り返る。
「せ、先週加入しましたラテリアです!」
どうぞよろしくお願いしますと、慌て頭を下げ、自己紹介をするラテリア。それを見た八雲はラテリアには応えずに、驚きの顔に変えてイトナに向き返る。
「新しいメンバーを入れたのですか?」
驚くのも無理は無い。
四年前、パレンテのみんなが卒業から誰一人としてメンバーの加入が無かったのだから。
グランド・フィスティバルでの功績もあって、名を轟かせたパレンテの解散に目をつけるプレイヤーは少なくはなかった。まだフィーニスアイランドに残れるイトナのギルド勧誘。またはパレンテへの加入を望むプレイヤーもいた。
それを全て断ったことは、当時のリエゾン誌の一面に載るほどの出来事。その頃、加入を望んできたプレイヤーの中に八雲とその姉がいたのを今でも覚えている。
「では、なおさら帰れません。今日こそイトナさんにはナナオ騎士団に加入してもらわないといけませんから」
「えぇ!?」
驚くラテリアの声が混ざる。
「何度も言ってるけど、僕はこのギルドを抜けるつもりはないし、他のギルドに入るつもりもないよ」
そう。何度も、四年近く前から断り続けているやり取りだ。なのに、断っても断っても八雲は定期的にギルドの勧誘に来る。
ナナオのギルドマスターであり、八雲の実の姉であるプレイヤーの玉藻から頼まれてイトナの勧誘に来ているらしい。
真面目で、姉の玉藻に言われたことを誠実に行っている。でもここまで続けられると、ちょっとしつこいと思ってしまう。玉藻はともかく、八雲はあまり悪い人では無いと思うんだけど……。
「なぜですか? イトナさんほどの人がこんな小さいギルドにいるのはもったいないです。今年はグランド・フェスティバルです。その期間だけでも移籍を考えてもらえないでしょうか」
「あなたいい加減しつこいわよ。何年断り続ければ諦めてくれるの?」
そこでセイナが加勢する。だけど、セイナの言葉がより一層八雲を炊き上げてしまった。
「NPCは口を挟まないでください。私とイトナさんの、プレイヤーの話です。NPCのあなたには関係ありません。そもそもあなたのせいです。あなたがいるから気を使ってイトナさんがパレンテを抜けれないんです」
その言葉にセイナが怯む。睨む様に八雲を見据え、口が固く閉ざされた。どこか悔しそうにも見えるセイナは、それからなにも言い返さない。
そのままキツイ目線を絡める二人の空間に似合わない声が混ざる。
「あのー……よく分からないですけど喧嘩はよくないと思います」
おどおどしいラテリアが二人の仲裁に入る。が、ぐるんと二人の目がラテリアに向くと、固まってしまった。
「まぁ、二人とも落ち着いて……」
「イトナさんは今のままで楽しいですか? 数々の未開地を攻略したあなたが、なにもないギルドにいて。ナナオに来ればまたあの時のパレンテの様に未開地の攻略もできます。グランド・フェスティバルだって本戦出場の約束もできます。イトナさんは絶対にナナオに入るべきなんです!」
熱の籠った言葉が次々と八雲の口から出てくる。それでもイトナの気持ちが変わる事はない。
「何度も言うけどここを抜けるつもりはないんだ。それにセイナを悪く言わないでくれるかな。僕にとっては大切なギルドメンバーなんだ」
いくら話しても平行線。いつものことなのだけどラテリアがいるからなのか、今日の八雲はいつもより熱が増していた。また、焦っているようにも見えた。
「……イトナさんがこのNPCをそこまで大切にする意味がわかりません」
「わかってもらえなくてもいいよ。僕にとっては、だから」
「……やっぱり、姉さんの言うとおりみたいですね」
ぽつりと溢れた八雲の声を上手く聞き取る事ができない。ただ、その小さな声の温度はとても冷たく、悲しそうな感情が混ざっていたことだけは分かった。
「わかりました。今日はこれで失礼します」
「え?」
イトナの予想ではもっと続くと思っていた八雲のギルド勧誘はあっけなく終わる。少し驚いた声を口の中で発しながら、深く一礼をして踵を返して、出口へ向かう八雲を見送る。
「……一つ忠告です」
八雲は足を止めると、首だけを回して振り返る。
「最近、外は物騒なので気をつけたほうがいいですよ」
「え?」
「次はいい返事をもらいに来ます」
最後の目線はイトナに、でもその前のよく分からない忠告はセイナに向いていたような気がした。
なにか引っかかるような感じがしながらも、八雲の姿が完全に消えたところでホッと息を吐く。
今日は早く帰ってもらえた。いつもはこうはならない。いろいろな条件を出して、なんとかナナオに入って貰おうと交渉してくるからだ。
「ありがとう。助かったよセイナ」
「別に、いつものことだから。それに、これから出かけるんでしょ。長引いたら面倒くさかっただけ」
「え?」
どういう風の吹き回しか、あれ程拒んでいた外出に、なぜか行く気になってくれたらしい。
行くなら早く行くわよと、セイナが立ち上がる。
「セイナさん!」
それに喜ぶラテリアがセイナに駆け寄り大袈裟に抱きつく。
「ちょっと! くっつかないで、ウザったい」
「私、セイナさんのこと大好きです!」
「私はそうでもない」
「えー? じゃあ大好きのそうでもないだから普通に好きくらいですか?」
「イトナ、これウザいんだけど」
「あはは……」
ラテリアの扱いに困るセイナに苦笑いを浮かべながら、それを温かい目で見守る。
「離れないと行くのやめる」
「ふぇ!?」
セイナの気持ちが変わらないうちにお店に向かうことにした。




