03
フィーニスアイランドでのレベルはその対象の強さを表すための数字である。もちろんレベルだけが全てじゃない。装備や取得しているスキルでステータスは大きく変わるし、数字に表れない知識や経験も強さに関係してくる。
これらを運営側が総合的に評価して、各アイランドの上位五人のプレイヤーに 《ペンタグラム》という称号が贈られるのだけれど、イトナはこれを呪いと思う。
ただの称号。これを持っていたところでステータスは一も上がらない。強いと認められたレッテル。だだの自己満足。
でも、この称号を持っていない多数のプレイヤー達にとっては憧れでもあったりする。ただの飾りだとしても、それはキラキラ光る宝石よりも凄いものだと、そう思っているのだ。
かつてのパレンテに所属するプレイヤー五人はこの称号を全員が持っていた。
最初は喜悦し、人によっては周りのプレイヤーに見せびらかす。多分、この称号得たプレイヤーのほとんどが辿る道なのかもしれない。
そして、そのツケが後からやってくる。
上位五人にしか与えられないこの称号。欲しがるプレイヤー達がとる行動は一つ。奪うこと。
決闘を挑み、勝利すれば自分の方が強いと証明される。そうすれば晴れて自分がペンタグラム。そう思う人がたくさんいた。今、イトナの目の前にいる人達のように。
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ほんの少し前の出来事。
学校が終わり、フィーニスアイランドが賑やかになってくる時間帯。いつものイトナならこれからダンジョンに向かう最中、またはダンジョンの中真っ最中なのだけど、今日は用があってギルドホールに帰るところだった。
今日は月に一回のイベント。家庭教師がある日なのだ。といっても、リアルの自宅に先生が訪れるわけではない。
家庭教師の名前は天野天莉。でもイトナはフィーニスアイランドにいた頃の名前、コールと呼んでいる。
パレンテの元サブマスター。そして、ラテリアの姉。
コールは十八を越えてフィーニスアイランドを卒業してから月に一度、時間があるときにイトナの家庭教師をしてくれている。それが今日なのだ。
リアルでの繋がりがないコールとはフィーニスアイランドを卒業しても生き残る唯一の機能、テレビ通話を用いて勉強を見てもらっている。
そんな大事な用事を前にして、問題が発生した。
「これから用事があるんだけど……」
「逃げるのか?」
古都イニティウムの南門の目の前、ラテリアをストーカーしていた金の鎧を纏ったプレイヤーの……確かカースって名前だったろうか。通称金ピカとその仲間たちが、なぜかイトナを待ち伏せていた。
最初の都から出てすぐの場所。ここにいるプレイヤーは基本初心者で、小さな子供が多い。イトナと、場違いなガッチガチの鎧を装備した彼らが対峙するのを見れば近寄りがたいのは当たり前。イニティウムから出てくる可愛い冒険者たちはイトナたちに少し興味を持って視線を送るも、やっぱり怖くて遠回りしてダンジョンに向かっていくのが目に映る。
前回もそうだけど、あまり人の目に付くところで騒ぎを起こさないで欲しいものである。ただでさえ金ピカで目立つのだから。
「どっかで見たことあると思ったんだ。黒の軽装に双銃。あの時は熱くなって決闘のリザルトを気にしてなかっけど……イトナ。あのパレンテのイトナだろ!」
少し興奮気味な様子の金ピカは身を乗り出すように言う。
「……」
その問いかけに無言で返しておく。イトナの持つレアな装備品を狙って襲われた経験は数え切れないほどある。正体がバレているみたいだけど、実力の差は前回コテンパンにして見せつけたし、イトナと分かっているなら正面から襲いかかって来るとは思わないけど……。
「やっぱり……そうか」
イトナの無言を肯定と捉えたのか、俯いた金ピカの体がゆらりと揺れる。金ピカが前衛ということを踏まえて、念のため後ろに距離を取ることも意識する。なにをされても対応できるように身構えてると、
「やっぱりそうでしたか!」
顔を上げた金ピカの低い声は高い声へと変わっていた。
「へ?」
金ピカはスタスタとイトナに近づき、両手でイトナの手を握る。
「か、感激です! 自分、パレンテの大ファンでして!」
目を輝かせ、握ったイトナの手をスリスリと撫でてくる。控えめに言って気持ち悪い。
「お願いします。もう一回決闘をやらせてもらえないでしょうか!?」
「ええ!?」
金ピカは物凄い勢いで頭を下げてきた。それに習って仲間も頭を下げてくる。それを見て思わずたじろいでしまう。
「まだイトナさんはペンタグラムなんですかね!? 五人しかいないあのペンタグラム! いやぁー、あの伝説のイトナさんに会えるなんてっ! もう引退したかと思っていました」
前のこともあって、金ピカがイトナに対して丁寧口調なのはもの凄い違和感。しかも目を輝かせて、尊敬の眼差しは演技でも罠でも無い純粋なものに見える。でも、それが余計不気味だった。
「こんな凄い人と知り合えるなんて滅多にありません! 友達になってください……とまでは言いません。もう一度だけ決闘を、次は最初から真面目にやるので!」
あまりにも凄い勢いで迫ってくる金ピカに耐え兼ねて、思わず何回も頷いてしまう。
「やってくれるんですね? ありがとうございます!」
「え、いや!? ちょ、ちょっと待って! これから本当に用事があって、だからまた今度の機会に……」
「そんなことを言って、俺は騙されませんよ。負けてペンタグラムの称号が奪われるのが怖いんですよね」
時間に遅れて用事、具体的に言えば家庭教師に怒られるのが怖いんです! と心の中で叫ぶイトナのことはつゆ知らず、金ピカは必死にせがんでくる。
「なら俺とフレンド登録して下さい。いつでも決闘できるように。じゃなかったら俺……イトナさんのこと言いふらします!」
「え?」
「パレンテのギルドホールってあそこなんですよね? 解散してからイトナさんも引退したと思っていました。リエゾンもそう発表していたけど、あんなところにギルドホールを……。隠れていたんですよね。なら……」
「ちょ、ちょっと待って!」
言いふらされるのは非常にまずい。居場所が広まれば大きなギルドに身を置いてないペンタグラムは特に狙われる対象となるし、変なアイテムくれくれプレイヤーとかの訪問も多くなる。普段ギルドホールにいないイトナはともかく、セイナへの被害が膨大になり、結果セイナにとてつもなく怒られるのは間違いない。
「じゃあ……!」
「い、一回だけなら……」
「ありがとうございます!」
背に腹はかえられない。ここは折れて仕方なく金ピカとの決闘を受けることにしよう。
時間を確認する。コールとの約束の時間まであと五分。決闘一試合だけならギリギリ間に合いそうだ。
早く終わらせるように、こっちから決闘の申請を送る。
「手合わせならデスゲームマッチじゃなくてもいい……ですよね?」
「はい! ルールはイトナさんの好きなように」
ルールはペナルティもハンデもないできるだけスタンダードな設定。単純に相手のHPをゼロにしたら勝ち。一つ個人的な理由で制限時間は三分にさせてもらった。
そのルールを確認した金ピカは満足したかのように頷く。
「よろしくお願いします!」
「こちらこそ……」
〝KEEP OUT〟のラインが二人を囲む。六十秒間用意された準備時間を五秒で終わらせて金ピカの様子を確認する。
「よし……集中しろ俺……滅多にないチャンスだ」
前回はあんなにイトナを急かしていたのに、今回は装備一つ一つに指差し確認している。結局、制限時間である一分を丸々使って準備を終えた金ピカ。気合いを入れるために「よしっ!」と声を出している。
大丈夫。試合は三分に設定したから、ギリギリまでやってもまだ一分の余裕がある。終わったあとにすぐにアイテムを使って、ギルドホールに戻れば間に合う。
そんなことを考えながらも、目の前のことにも集中する。今回の金ピカは真面目だ。正々堂々と、全力で勝負をしようとしているし、勝つ気満々でペンタグラムを奪ってやろうと考えているようにも見える。
前回の手応えからして金ピカのレベルは90代後半ぐらいだろうか。レベル、装備、経験。全てを取ってもイトナの方が上だろう。申し訳ないけど、間違いなくイトナが勝つ。
でも、いくら自分の方が格上だったとしても、ふざけた試合をするつもりはない。いろいろあった相手だけど、相手が真面目ならこっちも真面目に。お互い納得いく試合内容にしよう。
〝Ready〟のブロックが赤く染まっていく。真摯な目がお互いに重なる。そしてーー。
試合開始。
さぁどう来る。下手な斬撃は弾くと見せた前回の試合を通してどう立ち回ってくるか。
金ピカの足は動いていない。両手持ち剣を片手で持ち、体を大きく仰け反らせている。
……あれは、投擲?
剣は光らない。スキルなしの投擲。純粋な力のステータスと己のセンスに任せた技が発射された。
金ピカはクラスの影響もあってか、相当な力のステータスを持っていたらしい。もの凄い速度で長剣が飛んでくる。
だけどイトナは一歩も動かなかった。正確に言うと動く必要がなかった。
投擲に慣れていないのか、軌道は逸れてイトナの横を通り過ぎていく。予想外の初動なのは良かったけど、これで金ピカは武器を失った。できる行動が大きく制限される。
愚行と言わざるを得ない。リスクが多すぎる初手。案の定、失敗に終わったように見えた。
それでも金ピカの表情は変わらない。むしろまだなにかを狙っているような面持ち。
途端、自分の影が前に大きく伸びているのが視界に映った。金ピカの唇もニヤリとつり上がる。
……なるほど。そういうことか。
自分の後ろでなにかが光っている。つまりあの投擲された剣が。このタイミングでスキルを発動してきたのだ。
咄嗟に下げる。上をなにかが掠る感覚。
身をよじらせて背後を確認すると、剣を振り切る金ピカの姿があった。
「っくそ!?」
避けられたのが痛いのか金ピカから苦しそうな声が漏れる。
スキル 《相棒の呼び声》。武器が主人を呼び寄せる移動系スキル。
武器が手から離れている時に使えるスキルで、主に相手の攻撃で武器を飛ばされてしまった時の緊急時に使われる。
今回の金ピカのように、わざと自ら手放して移動のために使うこともできるけど、移動先は必ず武器の元。先読みされれば逆に不利になる。
その点、金ピカは上手かった。投擲攻撃と思わせるに加えてイトナの視界の外でのスキル発動。この前の愚直な金ピカとは一味も二味も違う。でも……。
低く、捻った姿勢から銃口を顔に向ける。
金ピカは引きつった顔で銃口から直線の位置にならないよう、無理やり体を捻った。
そこまで目で確認して、思いっきり足を払う。
「うぉっ!?」
無理な体勢だっただけに金ピカは簡単に尻餅をついた。
形成逆転。
見下ろすように向けた銃口と金ピカの目が合う。
「……ま、参りました」
潔い降参の言葉に決闘は終了。結果はイトナの勝ちに終わった。
ふぅ。と、安堵の息を吐く。油断をしているわけではないけど、危うく足をすくわれるところだった。
「流石です。やっぱり少し考えた小細工ではイトナさんに通用しませんね!」
試合に負けてより敬服の眼差しが金ピカから向けられる。
「いや、金ピ……カースさんも凄い良かったと思います。不意を突かれました……。えっと、じゃあ僕は急ぐので」
試合は早く終わったけど、金ピカの準備が長かったおかげで時間ギリギリ。少し失礼かもしれないけど、話を早く切り上げて移動アイテムの準備をする。
「ま、待ってくださいイトナさん! 俺たちとは!?」
「へ?」
金ピカの後ろにいた四人が前に出てくる。
「えっと、もう時間が……」
「そんな! カースさんだけズルいです! 俺たちだって………」
決闘してくれないとギルドホールの場所を言いふらします。四人のプレイヤーの顔にはそう書かれていた。それだけはなんとしてでも阻止しなければならない。
「……つ、次は誰ですか……」
ダメだ……諦めて残り四試合をやりきるしかない。半分泣き声で次の対戦相手を催促する。
絶対に怒られる。頭の中で家庭教師への言い訳を考えながら、イトナは決闘をする他なかった。
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〝イトナ WIN〟の文字が浮かぶ。今日これを見るのは五回目。
「これで、終わりですよね……?」
「流石です! 五戦全勝。しかも全部ノーダメージのパーフェクトゲームだなんて!」
「あ、ありがとう……」
尊敬の眼差しを受けながらも急いで移動アイテムを取り出す。時間を見ればもう十五分も時間が過ぎているじゃないか。
「また今度、相手してもらえませんか!?」
「機会があれば……はい」
「おお!」
もう無難な返事を返すしかない。
その返事に金ピカ達は満足してくれたようで、「ありがとうごさいました」とだけ言い残して、やっと去ってくれた。あとは後はギルドホールに位置記憶した移動アイテムを砕いて、十秒のカウントを待つだけ。
移動のの準備をしています……の文字が現れ、カウントダウンが始まる。
結局、うまい言い訳は一つも思いつかなかった。もう素直に謝るしかない。腹をくくって怒られよう。




