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ラテリアちゃんはチュートリアルちゅう?  作者: 篠原 篠
リトル・カレッジ
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 何人のプレイヤーを尋ねたのだろう。実際は五人も尋ねていないかもしれない。けれどラテリアは何百人も尋ねた気がした。尋ねた人数の分だけ絶望したから。その一回がラテリアにとって、とても大きいものだった。


 尋ねる度に同じようなことを耳にすることになる。そんなアイテム存在しない。聞いたことがない。と。

 普段のラテリアなら一人目でその言葉を鵜呑みにしていただろう。

 でも今のラテリアは違った。ただ、そう思いたくなかった。

 もし本当にLv.5の解毒薬がないのならイトナは死んでしまう。せっかくあんな、魔界のような場所から抜け出せたのに。


 気づけばラテリアはイトナを背負っていた。高レベルのプレイヤーに頼るのを諦めて、人気が無い路地裏をただひたすら走る。

 ラテリアのそこそこ高いステータスに助けられて、人一人背負いながら走るのはあまり苦ではなかった。


 しばらくして、たどり着いた先はパレンテのギルドホール。

 迷わず扉を勢いよく開る。


「セイナさん! イトナくんが! 毒で……! 解毒薬が無くてっ!」


 ギルドホールに入るなり、涙をこらえる様な声で、伝えたい単語だけをなんとか口にする。

 セイナはNPCでありながら薬を扱うことができるのを思い出して、ここまでイトナを連れてきたのだ。


 薬についてはスペシャリストのセイナにならなにか治療方法がわかるかもしれない。

 奥の椅子に腰掛けた驚くセイナと目が合う。それからセイナの視線がすぐに背負っているイトナに流れた。


「……イトナ!?」


 まるで信じられないものを見たかのように取り乱し、セイナらしくない声を上げた。瞳孔を縮めた瞳を向けながらイトナの元に駆け寄る。


「毒……どこから……どこから毒を貰ったの!  レベルは!?」


 イトナを強く揺さぶりながら質問を飛ばすが、イトナから回答は返ってこない。ぐったりとした頭がただ揺れるだけだった。


「ダンジョンで……噛まれて、私のせいで! うぅ……」


 代わりに答えたラテリアの「自分のせい」の言葉と、平静さ失ったセイナ様子を見てとうとう我慢していた涙が溢れる。


「泣いてないで質問に答えなさい」


 セイナの鋭い声がラテリアの頬を引っ叩いた。


「うぅっ……解毒薬が無くてっ……それで……」


 嗚咽と答えに急かされて上手く答えることができない。


「もういい。貸して」


 話にならないと判断したのか、セイナがラテリアの背中からイトナを引き剥がすと、背中に乗せようとしてーーーー失敗する。


 軽装備で小柄なイトナだけど、完全に身体に力が入っていないイトナの身体はLv.1のセイナにとっては持ち上げるのも大変な重さだった。

 イトナがズレ落ちて、人形の様に床に倒れる。


「私が、運びます……」


 すかさずイトナの腕を肩に回して起こす。

 セイナが何か言いたげな目をして、


「奥の部屋に寝かせて」


 と言ってラテリアを先導した。


 パレンテの奥の部屋はセイナの部屋になっていた。ベッドがある所を見ると、どうやらセイナはギルドホールに住み込みで働いているようだ。


 一つのベッドと沢山の棚がある部屋。棚には分厚い難しそうな本と薬が入ってると思われる試験管、それに様々な植物が綺麗に整理整頓されていて、ハーブと消毒液が混ざったような匂いが部屋に漂っている。


 ラテリアはベッドにイトナをゆっくりと降ろし、仰向けにして寝かせてあげる。


「それで?」


「ふぇ?」


「毒のレベルと、どこを噛まれたか」


「えと、レベルは5で、噛まれた場所はいっぱいで、首筋と耳とあと他にも……えっと……」


 今度はセイナを失望させないように素早く答える。


「わかった」


 セイナの満足いく答えだったようでそれ以上なにも聞かず、なにやら作業を始めた。

 物を漁るように彼方此方の引き出しを開けていく。やっと目当ての物を見つけたのかそれを持ってイトナの元に戻ってくる。

 その間、なにもすることができないラテリアはイトナの顔と、セイナを忙しなく交互に見ることしか出来ない。


「あの……解毒薬は、イトナくんは助かるんでしょうか」


 痺れを切らしてイトナが助かるのか、そうでないのか聞いてしまう。

 迷惑という文字が滲み出たセイナの顔が一瞬だけラテリアに向けられてすぐにイトナに視線が戻った。


「解毒薬はない。だから今から作るしかない」


「作れるんですか?」


 強そうなプレイヤーに聞いて回っても存在しないと言われた解毒薬。それを今から作るなんてそんな簡単なことなのだろうか。


「私を誰だと思ってるの。〝パレンテ〟のメンバーよ。作れる。Lv.5の毒さえあれば」


 パレンテのメンバー。パレンテのという言葉だけで妙な納得感があった。


「Lv.5の毒……ですか?」


「解毒薬を作るには治すレベルの毒と同じかそれ以上の毒が必要なの。素材さえあれば作れる」


 だから存在しないんだ。それをセイナから聞いて理解する。

 ヨルムンガンドの、リトルガンドの毒を採取出来るプレイヤーがいないから。だからLv.5の解毒薬を作ることができない。だから、誰も見たことがないんだ。


 でも、それならセイナも解毒薬を作れないはずだ。ラテリアは毒を採取してきていない。


「な、なら今から私、毒を採取してきます!」


 急いで戻ればまだ入り口付近に毒の粘液が残っているかもしれない。


「その必要はない。毒ならここにあるから」


 セイナはさっき持ってきた器具をリトルガンドに噛まれた傷の上に当てて、毒を吸い上げていた。

 毒を数滴採取できると、それを試験管に移し、今度は色々な植物をテーブルに広げ始める。


 高度すぎる調合。一回だけしか調合の経験しかないラテリアにはなにもすることが見当たらない。ただ、セイナの動きは手馴れているということだけは素人のラテリアでも分かった


「あの……私になにか手伝えることとか……」


「ない。邪魔だから帰って?」


 もう用はないと、顔さえも向けてもらえず、セイナの冷たい言葉だけがラテリアを突き刺した。


「で、でも、もしかしたら手が足りなくなるかもしれないですし……イトナくんを持ち上げるのとか! セイナさんより私力持ちなので! だからいても……」


 帰りたくない。なにかラテリアがいられる理由を探しながらオロオロする。

 セイナが面倒くさそうに立ち上がると、棚から栓がしてある試験管が入った試験管立てを胸に押し付けられる。

 訳も分からずそれを受け取って、試験管を一つ抜いてみる。どうやら中には回復薬が入っているらしい。


「それを飲ませて」


「あ、はいっ!」


 急なセイナな指示に慌てて栓を抜いて、それをセイナの口に近づける。


「バカなの? イトナに飲ませて」


「ご、ごめんなさい……」


 自分の恥ずかしい間違いに顔を赤く染めてイトナが横になっているベッドにつく。栓を抜いた試験管をこぼさないように口元まで運んで、ゆっくりと傾けた。

 回復薬が口の中に無事入ると、イトナが顔を顰めて顔を横に背けてしまう。

 なぜか回復薬を飲むのを嫌がっているみたいだけど、HPゲージはちゃんと回復している。


 それから毒で削れたHPのタイミングを見て回復薬を飲ませる作業を続けた。


 ややして、しばらく作業の音しかかった部屋にセイナの声が混ざった。


「座ったら?」


 机の下にしまってあった木製の小さな椅子を引っ張り出してくれる。


「ありがとう、ございます?」


 さっきまで怖かったセイナの優しさを不思議に思いながらも素直に椅子を受け取った。


「ありがと」


「え?」


 なにかお礼をされることをしただろうか? 不意のお礼にクエッションマークが頭の上を回る。


「イトナを助けてくれて」


「い、いえ! 助けてもらったのは私で、私のせいで噛まれちゃって」


 ラテリアはお礼をさせるような事をしてはいない。ただイトナの足を引っ張ってこんなことになってしまったのだから。


「過程はどうでもいいの。みんな死に慣れちゃってるから、あなたはそうじゃ無いみたいだけど」


「はぁ……」


「イトナはね……ううん。なんでも無い。はい。できた」


 セイナの言ってることが分からないまま話が切られ、解毒薬を持ったセイナにイトナの隣を譲る。

 急須のような形をした容器に薬が入っている。容器は透明で、ドス黒い液体が透けて見える。

 いかにも不味そうなその薬は見ているだけで気持ち悪くなりそうだった。


 でもよかった。これでイトナは助かる。


 やっと訪れた安堵感にホッと胸を撫で落とす。


「じゃあ私が飲ませるから、ラテリアはイトナが逃げないように体を押さえて」


「えっ? 逃げないようにって?」


「自信がないわけじゃないけど、こんなに高等な薬作っの初めてだから絶対に治るって保証は無いの」


「そう、なんですか?」


 急に強張った顔になったセイナの顔を見てラテリアも不安が移る。


「少しでも治る確率を上げるために一滴残さずこれを飲み干さないといけないんだけど……」


 そこで一瞬悪魔のようにニヤリと笑ったセイナの顔にラテリアは気付くことができなかった。


「すっごく美味しくないの、このお薬」


 セイナが薬の入った容器を軽く傾ける。中の毒々しい液体ーーいや、個体と液体の中間のようなどろりとしたものが鈍く揺れた。


「お薬……ですもんね。苦いお薬ほど良く効くって言いますし」


「そうそう、わかってるじゃない。さ、イトナの体を押さえて。暴れて吐き出しちゃわないように」


「分かりました!」


 イトナにまたがって、ガッシリと両腕をしっかり押さえる。毒状態で弱ってはいるけど、ラテリアと比べて圧倒的にレベルが高いであろうイトナ。気を引き締める。



挿絵(By みてみん)



「いつでも大丈夫です!」


「じゃ、一気に行くわよ」


 セイナはイトナの鼻を摘みながら一気に全ての薬を口の中に流し込んだ。


「っう"!?」


 途端、イトナの腕にピクリと力が入った。


「飲んで」


 セイナがイトナの鼻と口を両手で塞いで全体重をかけるようにして押さえ込む。

 その反動で一回だけ薬を飲み込む喉の音が鳴る。


「ん”ん”ー!? んーんー!!」


「全部飲みなさい」


 一口飲んだ効果なのか、さっきまでぐったりしていた腕に力が入り、急にもがき始める。それをラテリアは必死に抑えた。


 イトナのHPゲージを見ると通常のエメナルドグリーンに色が戻り、ドクロマークも消えている。


 一口目で毒が解除されているのだ。


「セイナさん! 治りました! イトナくんの毒、治ってます!」


 未だにイトナの口を押さえるセイナに喜びの報告をする。


「知ってる。そんなの」


「え? え? だったら……」


「ダメ。これは罰なんだから。私がわざととっておきに不味く作った薬を全部飲まないと許さない」


「ええ!?」


 イトナが首を振って振りほどこうとするが、セイナも必死に押さえ込む。


「そんなに、味わってないで、飲んじゃいなさい!」


 セイナの片手がイトナから離れ、素早くイトナの胸をポンと叩いた。

 その一撃がトドメとなって、イトナの喉がゴクリと大きく鳴った。


「はい。お粗末様でした」


 全て飲み込んだのを確認して、セイナがパッと手を離す。

 さっきまでもがきにもがいていたイトナはすっかり意気消沈し、毒が治ったはずなのにぐったりとベッドに倒れたままだった。


「イトナくん、大丈夫ですか?」


 薬を無理矢理飲ませるのに加担してしまった引け目を感じながらも、イトナの顔を覗き込む。


「ああ……、ラテリア。あれから脱出できたんだね。ごめん、カッコ悪いところ見せちゃって」


 風前の灯火のような声だった。そんなに不味かったのだろうか。


「そ、そんなことないです! イトナくんはすごく凄くて、カッコ良かったですよ!」


 ブンブン首を振ってイトナの言葉を否定する。

 もしあそこにラテリア一人だけだったら脱出は到底不可能で、きっとフィーニスアイランドを辞めていたに違いない。


「そういえば、ラテリアは大丈夫なの?」


「え? はい! イトナくんが守ってくれたので私には傷一つありません」


 そう。遭難にあってからラテリアのHPは少しも減っていない。これも全部イトナのおかげだ。イトナが全部戦闘を引き受けてくれたから。


「いや、そうじゃなくて。僕の上にいるけど……」


「え、あれ……」


 イトナに言われてやっと今の状況に気付く。

 未だにイトナの上に跨って、イトナの顔を覗き込んでいる自分に。

 そして男の人相手に普通に会話をして、しかもこんなにも密着している。なのに自分で驚くほど嫌じゃなかった。


「……大丈夫、みたいです」


「じゃあもしかして……」


「はい。大丈夫です。男の人、大丈夫になりました!」


 なんでだろう。どうしてだろう。

 思い返せばダンジョンに遭難して窮地に立たされてからかもしれない。極限状態になったラテリアは本能的に男性恐怖症を忘れて、無我夢中でイトナを助け出したのがきっかけのだと思う。


 その後も都で見知らぬたくさんの男性と話したのも今になって思い出した。


 必死すぎて全然気づかなかったけど、ラテリアはいつの間にか男性恐怖症を克服していたのだ。

 これで男の人を怖がらずに過ごせる。憧れのギルドにだって入れるかもしれない。そう思うと自然と顔がほころんだ。


「いつまでイトナにくっついてるの」


「す、すみません。今すぐどきます!」


 セイナのキツい指摘に肩をびくっとさせて、慌ててイトナの体から降りる。


 ラテリアがいなくなってイトナも体を起こした。


「もう起きても大丈夫なんですか? 気分とか……」


 普通の毒なら全く心配をする必要がないけど、今回は全く動けなくなるほどの異常すぎる毒だ。ステータスから毒が消えても少し心配だった。


「うん。 苦しいとか気持ち悪いとか無かったから。むしろ心地よかったというか……気持ち良かったっていうか……」


「毒だったのに、ですか?」


「毒に麻薬みたいな成分が入っていたんじゃない? あれも精神を壊す毒だから」


 Lv.5の毒も治してしまうセイナがそう言うのならそうなのだろう。


「うん。なんか温かくて、柔らかくて……なんか懐かしい……。そう、思い出した。コールに似た匂いがしたんだ。でもあり得ないよね。やっぱりセイナの言う通り麻薬みたいな効果があったのかも」


「そんな状態でコールの匂いとか変態ね」


「厳しいね……」


 セイナにキツイ言葉を貰ういつものパレンテ風景。その横で、イトナの言ったことがラテリアの中で引っかかった。


「……暖かくて、柔らかくて、お姉ちゃんの匂い?」


 それを聞いて一つの可能性がラテリアの頭の中に過る。

  イトナを連れてダンジョンを脱出するあの時、確かラテリアはイトナを……。

 自分の胸を見る。


「暖かくて、柔らかい……」


 そこまで思い出して、顔が沸騰するように熱くなるのを感じる。


「どうしたの?」


「な、なんでもありませんっ!」


 慌てて目をイトナから逸らす。同時に隠すように胸を両腕で抱えて、体も逸らした。


 それを見逃さなかったセイナはイトナを強く睨んだ。


「死んで」


 近くにあった、空の試験管をイトナに投げつける。それが見事イトナの額に命中し、ベッドの上に転がった。


「な、なんで?」


 額を摩りながら、なんでセイナが怒ったのか疑問に思うイトナ。


「自分の胸に……いや、ラテリアの胸に聞いてみたら?」


 セイナは怒ったままふんっとそっぽを向いてしまう。


「ラテリアの胸?」


 イトナの視線がラテリアの胸元に移る。途端、ラテリアは早くここから逃げ出したい気持ちが爆発した。

 イトナが次の言葉を口にする前に逃げ出そうと、素早く出口へ向かう。


「そ、そろそろ夕ご飯なので! 私もこれでっ!」


 半分裏返った声で別れの言葉を伝える。ラテリアにとってはいつものさよなら。また明日、また今度の挨拶のつもりだった。でも、その意味は一転することになる。


「うん。短かったけど楽しかった。コールによろしく」


 イトナのお別れのような言葉にドアノブを引く手が鈍った。


 そっか、男性恐怖症が治ってクエストが終わっちゃったから……。


 ラテリアがもうここに来る理由がなくなってしまった。

 今更気付いた事実に胸が少しだけ痛くなる。

 微かに開いたドアをそっと閉じた。


「イトナくん。一つ聞いてもいいですか?」


「ん? なに?」


 まだ、このクエストは終わってない。

 ラテリアにとって、このクエストは理由でしか無いのだから。

 今、ここで話しておかないといけない。

 パレンテに、イトナにクエストを依頼した本当の目的をラテリアはまだ達成していないのだから。


「お姉ちゃんが引退してからイトナくんがずっと一人……ううん。セイナさんと二人のままメンバーを増やさないのって理由があるんですよね?」


 少しの間沈黙が続いた。静かな時間。ラテリアの心臓の音だけが聞こえる。緊張しているラテリアの音だけが流れ続けた。


「…………昔のメンバーが良すぎたからかな。新しくギルドを立ち上げる気にはなれなかったんだ。新しいメンバーを入れても今までのパレンテに戻るわけじゃないってね。みんな卒業してすぐの時はそう思ってた」


「今は、違うんですか?」


「うん。今はちょっと考え方が変わった、かな」


「そう、なんですね……」


 どう変わったのかは聞かないことにした。少なくともラテリアにとっては今の答えで十分だったから。


「もし、もしもなんですけど……」


 本題に入る。ヨルムンガンドを前にした時と比べれば些細な勇気なのに、声が少し震える。


「私がパレンテに入りたいって言ったら、イトナくんは困りますか?」


 言った。ついに言った。


 自信なさ気の言葉は、震えながらも、しっかりとラテリアの口から出て行った。

 ドアの方を向いたままのラテリアは、今イトナがどんな顔をしているかラテリアは分からない。


 妙な沈黙が続く。それが続くほど不安になる。ダメって言われたらどうしよう。


 いや、よく考えたらダメに決まっている。ついさっき力の差を見たばっかりじゃないか。

 イトナはラテリアより圧倒的に強い。ラテリアが入ったところで足手まといになるだけ。そもそもパレンテは伝説の最強ギルド。Lv.77ぽっちのラテリアが入れるわけがない。ラテリアが入れるならとっくにメンバーがたくさんいるはずだ。


 聞かなきゃよかった。


 ラテリアは後悔した。イトナの口から断られるくらいなら、諦めてた方が……。


「歓迎するよ」


 そっと。短い言葉がラテリアの耳に届いた。


「……え?」


「ッ!? ちょっと!」


 セイナの慌てた声も聞こえた。それでもイトナはセイナを無視して話を続ける。


「ラテリアがこんな小さなギルドでいいなら歓迎するよ。セイナもラテリアのこと気に入っているみたいだし」


「ほ、ほほ本当ですか!?」


 思わず振り返った。ベッドの上で上半身を上げているイトナが目に映る。同時にえらく焦ったセイナが見えた。


「イトナ、どういうつもり?」


「セイナ、マスターは僕だよ。ギルドの方針は僕が決める」


 二人の雰囲気がいつもとはガラリと違った。特にイトナの方だ。どこか威厳のある言葉で制すると、セイナが押し黙ってしまった。


「うん。よろしく、ラテリア」


「私も、お姉ちゃんと同じギルドに……」


「うん。本当は僕から誘おうと思ってたんだ」


「なんで、いいんですか? 私、弱いのに……」


「ラテリアはなんでフィーニスアイランドを始めたんだっけ?」


「お姉ちゃんが楽しそうだったから……」


「僕も同じだよ。楽しいから。楽しかったから。今日のラテリアとの冒険が。ラテリアはどうだった?」


「怖かったです。怖かったけど、ワクワクしました」


 これがお姉ちゃんの言っていた冒険。終わった今、今日の物語は誇らしかった。

 そしてやっとラテリアの夢が叶う。

 予防線でもしもの話にしておいたのに、目の前にはパレンテのギルド加入申請のウィンドウが浮かんでいた。


 瞳が熱くなる。視界が少しだけ歪んだ。同意と拒否のボタン。歪んだ視界でも、ラテリアはしっかりと同意のボタンをタッチした。


「ようこそ。パレンテへ」

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