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ラテリアちゃんはチュートリアルちゅう?  作者: 篠原 篠
リトル・カレッジ
2/119

02

 光が薄い。白と黒に覆われた異様な世界のがそこには広がっていた。


 モノクロ樹海。白と黒しかない、色が抜け落ちたようなこのダンジョンはそう名付けられている。

 地面は無く、底なしの暗闇から天に向かって延々と葉の無い大樹が延び、空を覆う。この樹海の足場は大樹から不規則に伸びる大きな枝しかない。


 霧が立ち込み視界が悪い中、イトナは全速力で出口を目指していた。


 不気味に、かつ異様に大きい枝を蹴り飛ばして速度を上げると。枝を踏み切った勢いで、大樹の皮が剥がれ、永遠の闇へ落下して行く。


 イトナもまた足を滑らせれば、あの皮と同じように地獄へ真っ逆さまなのだけど、今はそんな心配をしている余裕さえも無かった。

 ひんやりとした空気を身体全身で切っているのを感じながらも、焦燥感でじんわりと汗が滲む。


 まだ手を出すには早すぎた。後悔の言葉が過る。


「があああああああああぁぁぁぁっ!」


 怪鳥の様な奇声。いや、憎悪に満ち満ちた怒りの声がイトナの背中を叩く。

 チラリと振り振り返れば、死はもうすぐそこまで迫っていた。




挿絵(By みてみん)




 イトナを追うものは一人の老婆。酷く醜い姿をした老婆の化物だ。


 直径ニメートルはある膨れ上がったような真っ白い巨大な顔。


 それに比べて極端に小さな一メートルにも満たない体。


 ボロボロの汚れきった布を身に纏とい。


 布の隙間から伸びる腕は骨に皮が付いているだけかと思うほどか細く、異常に長い腕。


 三本しかない指からはナイフほどの、黒く鋭い爪が鋭く光る。


 灰色のボサボサな髪から覗かせる大きく見開かれた目玉には黒が無く白一色。


 これが仮想でゲームだとしても、こいつを目の前にすれば大の大人でも足を竦ませてしまうような存在。


 《白灰の魔女 トゥルーデ》Lv.150。このダンジョンの主。ボスモンスターだ。


 その魔女の逆鱗に触れてしまったイトナの現状がこれである。

 魔女の生命力を表すHPバーは残り六割。手持ちの回復薬を全て使って半分も削れなかったイトナは敢え無く撤退を選んだのだが、それが魔女のお気に召さなかったらしい。


 思いのほか戦闘狂、もしくは殺人願望を患ったご老体だったらしい。さっきまで恐ろしくも無邪気な顔で戦闘を繰り広げていたのに、撤退をしてからは一変。魔女は逃げるイトナに怒りを顔に露わにし、しわくちゃな顔に更にシワを上乗せして襲いかかってきている。


「これはもう冒険ファンタジーじゃなくてホラーだな……」


 夢と希望溢れる、剣と魔法を駆使してモンスターを倒す……。なんてそんな言葉はここには無い。

 真っ白な眼球が飛び出す程の激怒ぶり。そこら辺のお化け屋敷なんて目じゃ無い。多分、今この状況をフィーニスアイランド全プレイヤーに体験させれば、半数は引退してもおかしく無い恐怖だ。


「それにしても、地形無視は反則すぎでしょ」


 枝を蹴って進むイトナに対して、魔女は浮遊。宙を駆けている。それならまだいい。魔女という名前だし、浮遊してもおかしく無い。イトナの思う反則は別のところにある。

 魔女は一切木を避けていないのだ。イトナが両腕を広げても届かない直径の大樹を、魔女は己の爪で切り裂き、あるいは掘り進んで行く。

 魔女なのに、名前に反する物理力。これは反則と嘆いても誰も文句を言わないだろう。


 結果、直線距離で進む魔女の方が速かった。イトナも敏捷のステータスにはかなりの自信があるが、ボスモンスターの持つ圧倒的なステータスと、反則的な能力の前では形無しである。

 

 このまま追いかけっこが長く続くのであれば結果は目に見えていた。追いつかれたら殺される。

 これはゲームで、HPがゼロになったとしても、デスペナルティとして丸一日ログインできなくなる。それだけだ。でも、イトナはどうしても生きて帰らないといけない理由がある。だからこれだけ必死なのだ。


「あと少し……」


 薄い霧の先に光がぼやけて見える。ダンジョンの境界線だ。ダンジョンさえ出てしまえば、魔女は追って来ることは出来ない。

 チラリと背後を確認する。


 すぐそこまで迫っている巨大な顔。でも……。


 逃げ切り勝ちかな。


 心の中で勝利を確信する。厳密に言えば、負けて尻尾巻いて逃げてる最中なのだけど、今の目標は生きて帰ること。目標が達成できるならポジティブに捉えていこう。

 そして最後の枝を蹴るその時、決定的なミスが訪れた。


「げ……」


 イトナの体はズルリと前に傾き、体勢が大きく崩れる。

 湿り、腐った木皮がイトナの蹴り飛ばす力を殺すようにスライドしたのだ。前方へ倒れこむようにして身が投げられる。


 方向的には問題無い。このまま行けば無事ダンジョンから抜けることが出来るだろう。でも緩く、放物線を描くイトナにはさっきまでのスピードは全くない。


 ゆっくりと出口に向って行き、イトナの片腕がダンジョンの外に出るのを感じる。それもつかの間、すぐにその腕はダンジョンに引き戻された。


 魔女がイトナのもう片腕を捉えたのだ。異様に長い腕が握り潰さんとばかりにイトナの腕を掴み、樹海の中へ引きづり込む。


「はっはぁ-!」


 息を荒げ、興奮しきった魔女は獲物を掴んだことに大変満足のご様子だった。喜びの声を上げ、巨大な口を三日月の形に変える。


 もうこうなってしまうと、五体満足で帰れることは無い。イトナは咄嗟に浮かんだ脱出プランをすぐさま実行に移すことにした。

 サブウエポンである黒い短剣、バゼラートを取り出すと、魔女に掴まれた自分の腕を躊躇無く切り捨てる。


「……が?」


 不意を突くイトナの行動に、魔女が呆気にとられた声が漏れる。


 切り離され体が自由になった瞬間、魔女が行動を起こす前に、武器を入れ替える。

 メイン武器の愛銃を握ると、そのまま魔女の顔目かげてスキルの名を呟くように口にした。


「フェイタルストライク」


 漆黒の光が魔女の顔へ噴射される。イトナの習得してる中でも高火力を持つそのスキルは魔女を大きく仰け反らせた。


「ガァっ!?」


 そして、その威力の反動がイトナの体をダンジョンの外へ飛ばす。


 世界は一転。湿っぽい霧から、カラッと乾いた砂の絨毯に転がり落ちる。ダンジョンを抜けた感覚を肌で感じて、安堵のため息を吐いた。


「ふぅ。無事生還っと」


 ダンジョンを振り返れば、魔女がダンジョンとの境目である見えない壁をドンドン叩いているのが見える。そして、出れないと分かったのか、魔女は悔しがってハンカチを噛む少女のように、切り離してプレゼントしたイトナの腕を噛みちぎり始めた。


 哀れ魔女。ダンジョンのモンスターはどう頑張ってもダンジョンから出ることはできない。


 それを尻目にしてから空を仰ぐ。


 西の空には沈んでいく夕日で朱色に染まり、東の空には瑠璃色の夜空に星の光が薄っすらと輝き始めている。世界が夜を迎えようとしているこの時間だからこそ見れる絶景。


 今日もフィーニスアイランドは平和だ。今は、まだ。



次回は本日22時投稿です!

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