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「はぁ……ひぃ……。な、なんですかあれ……」
息も途切れ途切れになるほど走ったイトナとラテリアは、通路の真ん中でへたり込んでいた。
「はぁ……はぁ……。僕も初めて見たよ。あのボスモンスター」
「Lv.98でしたよね……。ノコノコ山脈って適正Lv.40くらいの筈なのに」
そう。エリアの適正レベルは40ぐらい。でも、さっきのボスモンスターはその倍以上のレベル。普通に考えたらありえない。
「ここは一体どこなんでしょう……」
そのラテリアの疑問に、イトナは心当たりがあった。
凹凸がないツルツルした壁、所々に斑点のような小さな穴が開いていて、形はトンネルのような円形の洞窟。そしてスキルとアイテムが使えない異様な空間。
「多分だけど、ここはノコノコ山脈じゃなくて別のダンジョン、なんだと思う」
「別の……ですか?」
「うん。あの大穴からこのダンジョンに繋がってたのかな。きっと」
あの大穴は行き止まりでも、トラップでもない。ダンジョンの入り口だったんじゃないのか。そう考察する。
「でも、そしたらここは一体どこなんですか? スキルが使えないダンジョンなんて……」
「スキルが使えないダンジョンなら知ってるよ。この通路の形も見たことある」
「本当ですか?」
「うん。聞いたことあるかな 《彷徨う大蛇の洞穴》ってダンジョン」
「え……彷徨う大蛇の洞穴……? でもそれって……」
ラテリアがダンジョンの名前を聞いて青ざめる。それもそうだろう。このダンジョンの名は誰もが知っている。
彷徨う大蛇の洞穴、それはあのモノクロ樹海と並ぶ未だ誰も攻略が成功していない未開の地。
「場所的にもノコノコ山脈から近いし、多分あってると思う」
「未開地……ですよね? あの七大クエストの……」
七大クエスト。ホワイトアイランドのプレイヤーが勝手に名付けた七つのクエストのことだ。
公式運営が用意されたクエストの中でも最高難易度 《Sランク》のクエストが七つあって、それを指している。
適正Lvが100、110、120、130、150、175、200のダンジョンのボスモンスターを討伐する事がクエストの内容になっている。
その内の適正Lv.110 《百獣の王ホワイトレックス》。
Lv.120 《白の騎士アダマント》。
Lv.130 《白骸の王デスタイラント》。
この三つはかつてのパレンテがクエストを受け持って、複数のギルドの協力により達成しているけど……。
「うん……。適正Lv100 《白蛇神ヨルムンガンド》がいるダンジョン……だと思う」
自分も口にして今の状況を重々しく感じる。
なんで適正Lv110から130までのクエストは攻略できて、このLv100が攻略できないのか。それはこのダンジョン特有のルールが大きく関係している。
回復薬以外の魔法アイテムとスキルが一切使えない。このキツイ縛りが未だ未開地のままである大きな理由である。
「でも、さっきのボスモンスターはヘビさんじゃなくてクモさんだったし、もしかしたら違うってことも……」
「中ボス、だったんじゃないかな。ダンジョンに複数のボスモンスターがいることもあるから」
ラテリアが沈黙する。信じたくない現状に口をキツく結んだ。
昔、何度も挑んで失敗したダンジョン。しかも奥に中ボスがいることも知らなかった。つまり、今イトナたちは誰も踏み入れたことの無い奥地にいるということだ。
絶望的な状況。それは高レベルのイトナにとっても変わりないことだ。
汗が顎を伝って落ちる。
「で、でもでも! 最悪死んじゃっても外には出られますよね! ちょっと怖いですけど……」
「いや、それは無理かもしれない……」
「え?」
ダンジョンで死んでしまった場合、ダンジョンの入り口で復活する。でも今回は……。
「僕たちがここに入ったのってさ、あの大穴からだから、もしかしたら……」
死んでしまっても復活するのは大穴の上からの可能性が高い。つまり始まったらまた落ちてあの蜘蛛の巣に捕まってしまう。
全てを言わなくても理解したのか、ラテリアが涙目になった。
「じゃあもう……ここから出られないんですか? もうフィーニスアイランドで遊べなく……」
静かに涙が流れる。
詰んだ。
そう悟ってしまったのだろう。
死んでしまったらまたダンジョンの奥地から、しかも中ボスの部屋からのスタートになる。確かにこのダンジョンを抜け出す最低限の力がないともうフィーニスアイランドで遊べなくなったのと等しい状態になってしまう。
「だ、大丈夫。きっと外に出られるよ。僕、何度もこのダンジョンに入ったことあるから」
大丈夫。
なわけない。
全然大丈夫じゃない。
でもラテリアの心が折れないようにイトナは強がるしかなかった。
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「僕の知ってることはこれで全部だけど、大丈夫?」
「はい。なんとか……」
ゲームの世界では情報はとても強い武器になる。少しでも脱出の可能性を上げるためにイトナの知ってるこのダンジョンのことをラテリアと共有した。
まずこのダンジョンで出現するモンスターの種類。
一番最初にいきなり知らないモンスターと遭遇しているから不安はあるけど、このダンジョンで出現するモンスターの種類は他のダンジョンと比べて種類はとても少なく三種類だけ。
主に遭遇するであろうモンスターが 《アラーネ・リーパー》。今思えばさっきの 《クイーン・リーパー》がこれの親玉だったのだろう。外形は 《クイーン・リーパー》をそのまま小さくしたもので、レベルは90から95。
鎌のような前足を使った攻撃と、レンズから撃たれるレーザーが主な攻撃となっている。
次に 《リトルガンド》。小さな白い蛇のモンスターで、このダンジョンの主 《白蛇神ヨルムンガンド》の取り巻きである。
《白蛇神ヨルムンガンド》が近くに来ると、通路に空いた無数の穴から湧くように出てくる。レベルは40から45とレベルだけは極端に低いけど、こいつが強力な猛毒を持っている。噛まれたら一発でアウト。だからレベルが低くても決して戦っちゃいけないとラテリアによく言い聞かせた。
そして最後に 《白蛇神ヨルムンガンド》。このダンジョンのボスであり、未だ討伐をされていないモンスター。
もちろんイトナとラテリアが挑んだところで勝ち目は無い。出会ってしまったら全力で逃げる。そう打ち合わせた。
だから戦闘になる相手は 《アラーネ・リーパー》だけ。相手の数にもよっては逃げるけど、戦う相手の種類が一つだけというのが唯一の救いだ。
「あの、質問なんですけど」
「ん?」
「ヨルムンガンドってボスモンスターなんですよね? ボスモンスターって普通ボスの部屋だけにいるんじゃないんですか?」
ラテリアの言いたいことはわかる。普通はダンジョンの最深部にボス部屋があって、そこでボスモンスターとの戦闘が始まる。さっきのクイーン・リーパーがそうだ。
「ヨルムンガンドは徘徊するボスモンスターなんだ。この通路を常に移動してるからいつ会うかわからない。ずくにボス戦ができる時もあるんだけど、それもある意味厄介なんだよね。突然戦闘が始まるから」
因みに白灰の魔女トィルーデも徘徊するボスモンスターの一つである。
「じゃあ、もしかしたらすぐ近くにいるかも……」
「ああ、でもそんな怖がらなくて大丈夫だよ。そう簡単には会わないから。このダンジョン結構広いし」
「あ、あの……」
ラテリアがわなわなと震えながら一歩一歩イトナから遠ざかっていく。
どうしたんだろう? 突然男性恐怖症が発症してしまったたのだろうか。
「どうしたの?」
「い、イトナくん。ヨルムンガンドってもしかして白色ですか?」
「え? うん。白蛇神っていうくらいだからね。真っ白だよ」
なんでそんな質問するんだろう? 色なんか知らなくても見れば一発で分かるのに。
「じゃ、じゃあ目は真っ赤ですかっ!?」
「えっと、どうだったかな。確か赤だったと思うけど……。ラテリアどうしたの? 顔色が悪いけど大丈夫?」
「で、でわ、もしかして、イトナくんの後ろにいるのは……」
ラテリアが震える指でイトナを指す。
「ヨルムンガンドではないんでしょうかっ!?」
「へ?」
後ろ?
後ろを振り向く。
そこには、
そこには通路を埋め尽くすほどの巨大な蛇の顔があった。
目がバッチリ合う。
「…………」
思考が停止した。
今自分がどういう状況なのか、今なにをしなくちゃいけないのか。全てが頭から吹っ飛んだ。
巨大な蛇の顔が割れるように、口が大きく開かれる。
「シャアアアアアァァァ!!」
とてつもない蛇咆哮に体がビリビリする。でも、そのおかげで停止した頭が動き始めた。
ポタリ……ポタリ……。
天井から、何か白いものが落ちて来る。壁から、地面からも白い何かが湧き出てくる。
小さな白蛇が壁一面を埋め尽くす。
「ラテリア、ダッシュ!」
「はいぃぃ!」
二人同時に身を翻すと、その場を一目散に駆け始めた。
敏捷が高いイトナは一旦ラテリアを追い抜いて三歩前を維持する。
「ついてきて!」
ヨルムンガンドは図体が大きすぎてそこまで速くない。特に曲がるときに減速する。
見つけた曲がり道をジグザグに進む。
「あのあの! 道、大丈夫ですか!? 奥に入っちゃってるとかないですか!?」
「今はそんな事を気にしている場合じゃっ!」
「そ、そうですよねっ!」
ダンジョンが揺れる。ヨルムンガンドが蠢くのに合わせてダンジョンが悲鳴を上げる。
でも角を曲がるにつれて少しずつヨルムンガンドが壁に擦れる音が遠ざかっているように感じた。
曲がる。曲がる。曲がる……。
そして次の曲がり道を曲がろうとして、やっぱり直進に変えた。
「あの! 今のところ曲がらないんですかっ?」
「あっちにはアラーネ・リーパーが!」
ヨルムンガンドは着実に離している。でも、モンスターとかち合ってしまえばあっという間に追いつかれてしまう。油断はまだ出来ない。
次の角。ダメだ。またモンスターがいる。
そんな事が何度か重なった。その積み重ねがヨルムンガンドとの距離を縮める。
「イトナくんっ。もう!」
分かっている。ずっと一本の道を走っているから、とうとう同じ直線にヨルムンガンドが来てしまったのだ。
でも曲がれる道が無い。ついに突き当たりまで来て曲がることを強制される。
T字路。右か、左か。
通路から顔を出して確認する。右、大丈夫。モンスターなし。
「右に!」
そう伝えながら一応左にも目を向ける。
「あれは……?」
モンスターはいない。でも、別のものがあった。
目を細める。
あれは祠?
通路の一番奥。そこには石で作られた祠がぽつんと存在していた。なにもない通路が続くこのダンジョンで人が作ったような物がなんで……。
「イトナくん早くしないと!」
左の通路を見て動きを止めたイトナを追い越したラテリアが急かす。
「あ、うん」
どちらにせよ左通路は行き止まり。生き残るには右に行くしかない。
あの祠のことはすごく気になるけど、今回は諦めるしかなかった。




