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時間が過ぎ一般家庭の夕食が終わる頃、イトナはパレンテのギルドホールの前に立っていた。
ニアがユピテルに怒られているのがどうにも他人ごととは思えず、あの後助け舟を出してあげた。そんな人助けをしても、イトナの悲観的な未来は変わらず訪れるのだけど。
今度はイトナが怒られる番だ。セイナに。
透き通る夜空を見上げる。フィーニスアイランドを初めてもう何年も経つ。見慣れたこの空も、たまによく見てみれば少しだけ心が晴れる。
ラテリアはもう来ているだろうか。
サダルメリクのギルドホールに寄ってからこの時間までわざと帰らずにいたのは理由あった。ラテリアがいればセイナな説教が少しでも和らぐんじゃないかと言う薄汚れた考えだったりする。
なんで最近自分のギルドホールに帰るのが辛いんだろう。そんなことを心の中で呟きながらそっとドアを引いた。
「こう……ですか?」
「違う。全然違う。一滴だけって言ったでしょ? 意味わかる? 一滴よ? なに全部入れてるのよ」
「うぅ……一回押したら全部出ちゃったんです……」
「……?」
驚くことに中ではラテリアとセイナが仲良く? なにかを作っていた。
仲良くとは言わずとも、昨日の最悪な関係じゃ無くなっているのは間違いない。
ラテリアはフラスコとスポイトを持ち、セイナはそのフラスコを覗き込むように見ている。どうやら二人は回復薬を作っているらしい。
「貸して。スポイトぐらい使ったことあるでしょう? もっと優しく押すぐらいでいいのよ」
あのセイナが懇切丁寧に教えている。
驚きの一面だ。
ラテリアはそれを「ふんふん。なるほど」と聞いている。
まるで姉妹のようだった。
薬の調合にはステータスの高さは関係ない。その代わりに調合スキルが存在する。
調合スキルはモンスターの戦闘やクエストで得られる経験値とは別で、調合の知識を得たり薬の調合を実際に行うこと得る経験値で上がっていく。
調合のスキルが高ければ高いほど生成した薬の効果が高まり、スキルLvに応じた確率で特別な効果が付与される。
NPCもプレイヤーと同じようにステータスがある。セイナのLvは1で、ラテリアはLv.77。当然だけど全体的なステータスはラテリアの方が断然高い。
NPCであるセイナはモンスターとの戦闘はリスクがありすぎてLvを上げるのは難しいけど、戦闘では得られない経験値で成長する調合スキルはセイナでも上げることが可能だ。
なんとセイナの調合スキルは上限のLv.10に達している。勉強をしないと伸びないこのスキルはプレイヤーからは絶大な不人気を誇っていて、セイナ程の人材はとても貴重なのだ。
普段はツンツンしているのにラテリアに調合の仕方を教えるセイナは少し楽しそうに見えた。今なら普通に話しかけても大丈夫かもしれない。
「た、ただいま」
イトナの声に二人が振り返る。セイナの表情が一気に暗くなったように見えた。
「イトナ……」
ブチッ……。
「せ、セイナさん!? スポイト潰れちゃってます! 全部出ちゃってます! もっと優しく押すんですよね!? もっと優しく!?」
ラテリアはイトナとセイナの状況を知ってか知らずか、懸命にセイナを宥める。
「イトナ、あとで話があるから」
怒りを噛み締めたような声だった。でも凄いよラテリア。あのセイナをこの場だけでも抑えてくれるなんて。
「ふ、二人でなに作ってるのかな?」
セイナは怖すぎて目を合わせられないからラテリアに視線を向ける。でもやっぱりすぐ逸らされてしまった。
「えっと、解毒薬作るのを手伝っています」
「違う。解毒薬を作ってたけど、ラテリアに邪魔されたの」
即座に邪魔者扱いされたけど、呼び方が〝これ〟から〝ラテリア〟に変わったのは大きな前進だ。ラテリアがこの前言っていた通り男の人はダメだけど、女の人と仲良くなるのは得意というのは本当だったようだ。
「うぅ……さっきまで優しかったのに……」
どうやらイトナが来る前まではそこまで邪険にされていなかったようだ。セイナは素直じゃないからイトナが帰って来たことでラテリアと仲良くしている自分に気づいてしまったのかもしれない。
少し悪いことをしてしまったっ思いつつ、クエストの話を切り出しておく。
「じゃあ、それ作り終わったらクエストの方進めようか」
「……はい」
ラテリアがやけに不安そうな顔になってしまう。
嫌なものを嫌じゃなくなるには、その嫌なものと向き合う必要がある。それはラテリアも分かっているのだろう。
きっと、これから男であるイトナとなにかをすると思って不安になってしまったのかもしれない。
「大丈夫。僕から近づいたり触ったりしないから」
恐がらせないようになにもしないと先に伝えておく。
「大丈夫。もし触ったら私が通報するから」
「なら……良かったです」
全然良くないけどね?
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ややして、解毒薬が完成したラテリアは嬉しそうに声を上げた。
「私、初めて薬を作りました! セイナさんありがとうございます! 一生大切にします!」
「使いなさいよ……」
半ば呆れた声で正論を言ったセイナだけど、自作の解毒薬を嬉しそうに見るラテリアの耳には届いていない。
側から見ていて、ほとんどセイナが作ったように見えたけど、それを口にするのは無粋だろう。
「はい。解毒薬切らしていたでしょ」
セイナに差し出された解毒薬を受け取る。
解毒薬Lv.4。現在ホワイトアイランドで生成できる最も高い解毒効果を持つレベル。しかも調合スキルの恩恵でHPとMPが十パーセントも回復するオプション付きだ。ラテリアに教えながらだったのに流石の出来栄えである。
「ありがとう」
素材アイテムを集めるのはイトナの仕事だけど、こうして毎回最上級の回復薬が持てるのはとても幸せなことだ。ただ、不味いことを除けばだけど。
ラテリアの作った解毒薬の味は大丈夫だろうか。セイナに教わって心配なのはそこだけだ。
「じゃあ、始めようか」
解毒薬を作り終えたことだし、本題の男性恐怖症克服に入る事にした。
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