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ラテリアちゃんはチュートリアルちゅう?  作者: 篠原 篠
リトル・カレッジ
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01

挿絵(By みてみん)

 怖い……。


 この感情はどこから生まれてくるのだろうか。

 怖いと思いたくないのにやっぱり怖い。擦っても擦っても落ちないシミののように離れてくれない。


 本能がそう訴えてくる。


 怖い。

 怖い。

 怖い。


 どうしても男の人が怖い。

 いつからこうなってしまったのだろう。


「ラテリアちゃん? 聞いてる?」


「えっ? あ……、すみません。聞いて、います」


 不意にかけられた言葉に、繋ぎ合わせたような声で返事をする。

 でも、その返事は少しだけ嘘だった。本当は目の前の男の人が怖くて怖くてしょうがなくて、ラテリアの耳には断片的にしか入っていない。


「それで……、どうかな?」


 どうやらなにか答えを返さないといけない会話だったらしい。ラテリアはなんとか聞き取れた幾つかの言葉を思い返して繋ぎ合わせる。


 いつものようにパーティを組んでアイテムを求めてダンジョンに潜って、それから……。


 ……そうだ。また告白されちゃったんだっけ。


 ダンジョンの探索はもう終わったんだった。終わって、パーティが解散したところで呼び止められて、それで……。


 目の前の男の人の顔を窺う。

 ラテリアより年上で、優しそうな顔立ち。いままで男を避けていたラテリアはこの男とそれ程仲の良い関係ではなかったはず。


 数回、一緒のパーティを組んでダンションに潜っただけ。あえて言うならこの人もラテリアと同じ後衛支援担当だったから近いポジションにいた。それだけのはずなのに。


「えっと……」


 告白。好きという気持ちを伝える行為。それはとても嬉しいことで、こんな自分を想ってくれてありがとうと言いたい。

 言いたいけど、その後にごめんなさいを言わないといけない。

 返事は決まっているのに、ラテリアはそれを口にできない。男の人の言うことを断るのが怖いからだ。


 断って、怒って襲って来たらどうしよう……。


 そんなこと多分あり得ないのに怯えてしまう。そうしている間に返事をするタイミングを見失って、無言の時間が流れていく。男はそれに困ったような顔で笑顔を作った。


「あー、返事は今じゃなくていいよ。ラテリアちゃんのタイミングでいいから今度返事を聞かせて欲しいな」


 そう言い残して男は気まずそうに立ち去ってしまった。


 どうしよう。またやっちゃった……。


 これで七人目。

 現在、ラテリアの告白返答保留者は七人である。

 男がいなくなってからも、ラテリアはしばらくその場に居たままでいた。近場にある木に手を置き、落ち込む。


「はぁ~……」


 自分一人しかいなくなったダンジョン入り口前で溜息を吐く。


「どうしていつもこうなっちゃうの……?」


 理由は分かっている。自分が極度の男性恐怖症だから。ちゃんと断れないから。だからいけないんだ。


 どうしてラテリアが男性恐怖症になってしまったのか。


 その質問にも答えられる。それは昔、お父さんに殴られたからだ。


 小さかった頃、ラテリアはまだお父さんのことが大好きだった。だからあの時、なんの警戒もなく近づいてしまったのだ。


 夜遅くの出来事。その日はラテリアの誕生日だった。

 お父さんは大事なお仕事のお付き合いでどうしても帰りが遅くなる。そう朝家を出る前に言われていた。

 だから誕生日パーティーはお父さん抜きでお母さんとお姉ちゃんにお祝いしてもらった。プレゼントも貰った。


 一つ大きくなった自分に喜んでくれる家族を見てラテリアも嬉しかった。

 その夜遅く、玄関の扉が開く音でたまたま目が覚めたのだ。


  ーーお父さんだ。


 そう思ったラテリアはまだ半分寝ている体を動かしてフラフラと玄関に向かう。

 お父さんにも大きくなった自分を見てもらおうと、そんな純粋な想いだったのを今でも覚えている。


「パパおかえりなさい」


 玄関に姿を現したラテリアを見て、お父さんが手を伸ばしてくる。撫でて貰えると思ったから頭を軽く差し出した。


 次の瞬間、ラテリアは吹き飛んだ。


 伸びてきた手は頭ではなく、頬に激突したのだ。拳を固め、それが思いっきり。

 まだ小さいラテリアは簡単に飛ばされてしまった。

 運悪く意識を失うこともできず、次に訪れたのは激痛だった。


「痛っ! 痛いっ!」


 混乱の中、なんとか言葉を叫ぶ。

 それでもお父さんは容赦なく倒れたラテリアの髪を握り、立ち上がらせようと上に引っ張る。


 なんで? どうして? どうしちゃったの? もう、なにが起きているか訳がわからない。ただただ、恐怖だけがあった。


 この時、お父さんはなにか叫んでいた。ろれつが回って無くて、なにを言っているか分からない。とてもお酒臭かった。


 お父さんは壊れていた。


 この後、お母さんが助けに来てくれる。でもお父さんを止められたわけじゃない。

 ラテリアの代わりに今度はお母さんが酷いことをされる。それを泣くのを忘れて横でガクガク震えながら、ただ見ているだけしかできなかった。


 その時からだった。

 どうしようもなく男の人が怖くなってしまったのは。

 身体に、本能に刻まれてしまったのだ。男の人は危ないと。

 そのせいで自分の生活は悪い方向に変わってしまった。


 外にいる全ての男性が怖くて仕方なかった。なにをされるかわからない。だってあの大好きだったお父さんだってあんな痛い事をしてきたのだから。


 学校に行きたくない。外に出たくない。できるだけ男の人から離れていたい。

 お父さんとお母さんは別れて、女の人しかいない実家が唯一落ち着ける場所になった。

 学校はいきたくないけど、仕方なく、我慢して普通の子と同じように登校している。家に引きこもっていたらお母さんが心配するから。


 毎日が辛い。

 早くなんとかしたい。

 この生活を終わりにしたい。


 そう思ってこのゲームを始めてからもう三年。ラテリアは当初の目的から未だ目を背けてきた。


 目的はとあるギルドに入ること。


 レベルがまだ低いからとか、色々な理由をつけて逃げてきたけど、もう終わりにしよう。


 今日こそ勇気を出して入ろう。お姉ちゃんのいたギルドに。

次回は20時投稿です。

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