第一話
莫大な財産を残して両親がこの世から去って3年。
それからというもの、佐田雅夫18才は家にずっと籠っていた。
もう半年くらい洗っていないグレーのパジャマに、長くなったら適当に自分で切っているボサボサの髪の毛。
食べ物は全て通販に頼っている。人と話すのは宅配のお兄さんに「印鑑お願いします」と言われて、「あ、はい」と返す時だけだ。
雅夫の家は11LDKの世間一般に言えば豪邸と言われる家だが、雅夫の行動範囲は自分の部屋とお湯を沸かすリビングの二部屋のみである。
小さいころから雅夫は両親の期待に応えられるよう、勉強に励んでいた。雅夫は一人っ子であったから、その期待はとても重大な物だった。そうやって両親の敷いたレールに沿うように人生を歩んできた彼であったが、不慮の事故で両親がいなくなってから人生は一変した。
―――今まで両親の期待に応えられるように生きていたので、その両親がいなくなってから生き方が分からなくなってしまったのだ。
当時15歳の雅夫は両親の遺産を知り、驚愕した。普通の会社員が束になって一生働いても稼げないような金額であった。
雅夫は思った。こんなにお金があるのに、これから一生懸命に勉強して、一生懸命に働いて、お金を稼いで生きていく必要があるのかと。
それからは自分の部屋に籠り、四六時中オンラインゲームに励む毎日を送っていた。
「俺の人生ってなんなのかな」
暗い自分の部屋で、独りぼそっとつぶやく。
親の遺産で生活して、ただオンラインゲームを毎日プレイするだけ。
この人生は一体なんなのか。
そんなときだった。
「あなたの理想の世界が待ってますよ」
優しい女性の声だった。雅夫は最初、オンラインゲームの音声だろうと思ったが、繰り返し聞こえてくる。ヘッドホンをはずしても、聞こえてくる。
「やべぇな… 変な生活しすぎて、とうとう幻聴が聞こえるようになったか」
「いえ、これは幻聴ではありませんよ」
幻聴だと思っていた声が自分の発言に対して答えてきた。雅夫の背筋がゾッとする。
「ふっ… じゃあ、そんな俺の理想の世界があるっていうなら連れてってくれよ」
「ええ、いいでしょう」
その瞬間、雅夫は意識をなくした。
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意識が戻ると、雅夫がいたのは暗い自分の部屋ではなかった。
日光が雅夫を照らし、耳には海の声が聞こえてくる。
彼は砂浜の上に倒れていた。
「どこだ… ここ…」
呟いた瞬間、遠くから男の声がした。
「おい!大丈夫か!」
男はこっちの方へ駆け寄ってきて、足を止める。雅夫を助けに来たのかと思ったが、彼の近くで立ち尽くしている。
不思議に思った雅夫が倒れたまま、顔をあげると驚愕している中年男性の顔が目に映った。
そして、男は口を開く。
「そのグレーのパジャマにボサボサの髪の毛、ま、まさか… あなたはあのマサオ様でしょうか…」
「え? あぁ、確かに俺は雅夫だけど、様なんてつけられるほどのすごい人じゃ…」
「や、やはりあのマサオ様でしたか! まさか生きている内にお会いできるとは、感激です… さあ、私の馬車に乗って城へ!」
「え? あ、あぁ」
状況が全く飲み込めなかったが、雅夫はこのおっさんの言う通り馬車に乗ることにしてみた。