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ヴェロシティ  作者: Jang
Act 1
2/6

1 物語

平凡な日常は、些細なことによって突然破られてしまうことがある。自分の場合、それは流血とともにやってきた。


「気を付け、礼」

 授業の終わりを待ちわびた生徒達が次々と立ち上がる。隣の席の生徒はスパイクを手に取ったのち急ぎ足で部活へ向かった。またその隣の生徒は一足先に授業を終えた友人を廊下へと迎えに行った。そして自分はというと、急ぐ理由もないのに早々に荷物をまとめ、早足で教室を後にした。

 学校というものは不思議な場所であると思う。性別、名前、趣味嗜好、髪型、身長、様々な点が異なった子供達を集めて「学生」という括りでひとまとめにし、五十音順で席を振り分け、同じ話を肩を並べて聞く。授業が終われば部活や遊びや塾。それぞれが望む場所へと向かっていく。そんな生活の節々で少年少女は気の合う仲間を見つけては独自の人間関係を築き、交友を深めていくのだ。中には「一生の友達」や「生涯のパートナー」を見つける者もいるのだろう。そうして学生たちはそれぞれの物語を紡ぎ、学校はそれぞれの物語がごちゃ混ぜになって詰め込まれていく。

 「おまたせ」

 校門の前で、一人の小柄な男子が身長の高い女子に話しかけているのを見た。その表情は緊張で少し強ばっていたが、どことなく嬉しそうでもあった。そして、話しかけられた女子もどこか嬉しそうな顔をしていた。

 「おら、声出してくぞ!」

 その手前をユニフォームを着た男子の集団が駆けていく。振り返ると、校舎の窓には全国大会への出場が決定したサッカー部を激励する大きな弾幕が掛けてあった。

 そんな風景を尻目に、普段から利用している最寄り駅へと歩いていく。あとは電車に乗って家に帰るだけ。

 学校というものは不思議な場所であると思う。誰もが羨むような恋物語や感情を揺さぶられる青春物語。そして自分のような家と学校を往復するだけの退屈な物語が混雑している。何とシュールな光景だろうか。

 学校を出るとイヤホンを耳に付け音楽を再生する。音楽は好きだ。どんな景色も自分の思った通りに彩られるのだから。煩わしいエンジンの音は ドラムのリズムに。けたたましい話し声はベースの重低音に。まばらな足音はギターの痛烈な音色に姿を変えていく。ボーカルが脳を真っ直ぐに貫き、鼓動は旋律に同調する。

もしも、この声が自分のものであったなら。

 埋め尽くされたドームと光で満たされたステージ。その上でマイクを握る自分。張り上げた声に観客の叫びが応え、巨大な振動が生まれる。膨大な熱気に身体を預けたままに、会場を縦横無尽に駆け回る。右も左も関係ない、思考を置き去りにしたまま、本能のままに大暴れ。そしていよいよ曲はクライマックスへーーー

 急にノイズがメロディを途切れさせた。確かに長く使っていたがイヤホンの調子が悪くなってきたらしい。頭を満たしていた熱が急激に抜けていき、思考を現実に引き戻した。

 そう、これが現実なのだ。自分にはギターも、それを弾く技術も、歌声もない。仮にどんなに素晴らしい声を持っていたとしても、詩なんて歌えない。だって声に出したいことなんてないんだから。

 人ごみの流れが止まった。ああ、そうか、ここか。

 街中の大きなスクランブル交差点。はっきりとした理由は自分でもわからないが、どうもこの場所を好きになる事ができない。定められたルールのもと、人々は信号機の色が青になるまで道の前で待つ。そして、信号が青に変わった途端、一斉に歩き出す。そしてその瞬間、何かに心臓を掴まれたような錯覚に陥いるのだ。そうなると、ろくに前さえ見れなくなってしまう。道行く人々の足だけを見て雑踏の隙間を縫い、交差点を抜けた。少しだけ安堵すると、また家路を急いだ。

 

 鍵を開け玄関のドアを開くと、薄暗い廊下を抜けて大して荷物も入っていないリュックサックを放り投げた。夕日に照らされたリビングのソファに腰をおろす。

 

 こうして今日の自分の物語は幕を降ろす。

 日が沈み徐々に暗くなっていく部屋の中で、遠くを走る車の音をただ聞いていた。

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